2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
アジアの産業クラスターと日本の課題
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山下 彰一 Profile
(やました・しょういち)

財団法人国際東アジア研究
センター所長


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亀山 嘉大 Profile
(かめやま・よしひろ)

財団法人国際東アジア研究
センター 上級研究員


シリコンバレーなど欧米の産業クラスターの成功例は広く知られているが、アジア各国でも産業クラスターや新技術による起業が活発になっている。韓国、中国、台湾、シンガポール、インドの産業クラスターの成功例を紹介する。

はじめに

1990年代末から、地球規模での情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)の急速な発展・普及によって、知識集約型の生産活動でも国際分業の再編成が始まった。産学官連携を活用した知識集約型の産業集積を産業クラスターと定義するならば、先進国や途上国の特定都市では、ヒト(特に、人的資源)・モノ・カネといった経済資源の集中を背景に産業クラスターの形成が進んでいる。途上国の地方都市が依然として大量生産型の生産活動に特化していると想定した場合、先進国の地方都市は地域発展で最も不利な状況にある。

先進国の地方都市は、先述の経営資源を十分にもっているわけではないが、かといって、大量生産型の生産活動に特化できる賃金水準でもない。しかし、日本の地方都市には、長い歴史とともに蓄積してきた産業技術・産業文化があり、クラスター戦略によって、個々の技術を集合させて活路を見いだしていく必要がある。それでは、産業クラスターの形成をどのように進めていけば良いのであろうか。

この政策課題に応えていくために、財団法人国際東アジア研究センター*1(以下、ICSEADと略称)では、2004年以来、産業クラスターの成功要因を探るために、アジアの産業クラスターの調査・研究を行ってきた。今回の報告は、その成果の一部である。

アジアの産業クラスターの成功事例

産業クラスターの形成は、シリコンバレーをはじめとして欧米諸国で数多くの成功例が確認されており、地域振興のひとつのモデルとして取り上げられている。最近では、アジアの各国でも、産業クラスターの形成、イノベーションやベンチャーの活発化が報告されている。以下では、われわれが現地調査で得た知見やICSEAD主催の国際会議*2での議論に基づき、アジアの産業クラスターの成功事例を紹介していく。

韓国 ソウルデジタル産業団地(以下、SDICと略称)、テヘランバレー、大徳バレー(以下、DDVと略称)

SDICは、ソウル特別市九老区にあり、政府主導のスクラップアンドビルドで旧工業団地(九老工業団地)を高層ビル型のハイテク産業団地に再編して誕生した。テヘランバレーは、ソウル特別市江南区にあり、情報コンテンツ系のベンチャー企業の相次ぐ起業で自然発生的に誕生した。DDVは、大田広域市儒城区にあり、日本の筑波研究学園都市を模して、政府主導で造営された。韓国では、SDICやDDVのように、政府主導の産業クラスターの形成が主流であり、政府のインフラ整備や支援メニューの恩恵を受けている。SDICでは、ソウルという市場への近さを生かした応用研究に基づく製品開発が盛んである。DDVでは、政府系・財閥系の研究機関の立地を生かした基礎研究に基づく製品開発が盛んである。どちらの地域も、連携ネットワークは域内で閉じている。テヘランバレーは、例外的な発展経路をたどっているが、ベンチャー企業の増加や江南地域の不動産バブルの影響でオフィス賃貸料が高騰しており、賃貸料の支援を目的にSDICへ移転する企業も少なくない。しかし、テヘランバレーの連携ネットワークは、地元レベルから世界レベルまで広範であり、この点は優位である。

中国 中関村科技園区(以下、ZSPと略称)

中国政府は、経済発展を高度で持続的にしていくために、科学技術の産業化に重点を置いて、研究開発型の企業・産業の育成に取り組んでいる。ZSPは、産学官連携に基づく産業クラスターの形成で先導役を担っている。中国では、許認可権の行使を通じて、産業に対して政府が強い影響を与えている場合が多く、「政治」と「科学」・「産業」の距離が近い状況にある。また、大学教授の兼業が盛んで、政府や校弁企業の主要ポストを占めている。そのため、産学官連携という科学技術の産業化(製品化)の実行上、首都・北京市ほど都合の良い都市はない。このような中国に特有な事情以外にも、ZSPには、所得税の減免措置や留学生創業園をはじめとして、政府主導の優遇措置が数多くある。これらによって、ZSPに大学発ベンチャーや米国からの帰国留学生の起業が集中し、国内外につながる連携ネットワークの構築が進んだ。多国籍企業もZSPの人的資源の豊かさにひかれて研究拠点を開設している。これらの相乗効果によって、今日のZSPが形成されている。

台湾 新竹サイエンスパーク(以下、HSPと略称)

新竹の地域発展では、台湾政府の役割が重要であった。HSPが産学官連携に基づく産業クラスターを形成していく過程で、「技術革新」と「規模の経済」は不可欠なものであった。政府主導の最新技術の導入は、工業技術研究院(ITRI)、大手企業、帰国留学生(シリコンバレーコネクション)を媒介として、技術革新を促進し、例えば、ファウンドリサービスを垂直的統合型デバイスメーカーやファブレス(自社で生産設備をもたない企業)のデザインハウスに提供するという新しいビジネスモデルを構築した。製造業が享受してきた規模の経済は、海外市場とつながることで、さらに強化されて相乗効果を発揮した。HSPが産業クラスターとしてテイクオフした過程で、ニッチ市場ではあるが世界市場へ攻勢をかけてきた民間企業の成功を見逃してはならない。

シンガポール

シンガポールは都市国家であるので、産業政策=都市政策の意味がある。政府は、国家戦略としてICT関連産業の発展に重点を置き、インフラ整備に続いて、新産業分野で政府系企業を創設し、さらに多種多様な支援メニューを整備した。新産業分野での政府系企業の創設は、ICTという新領域でのビジネス展開をけん引した。一連の国家戦略に促されて、多国籍企業、ベンチャー企業が段階的に参入し、ICT製造業とICTサービス業による重層的なクラスターが形成された。しかし、中国やインドの成長は、ICT製造業の成長を鈍化させている。また、ICTの急速な発展は、かつての最新インフラが瞬く間に旧式になるということでもある。その意味で、政府の対策が緩慢になっており、インフラの再整備を急ぐ必要がある。一方で、国内の民間企業のイノベーション能力の自立的な向上も必要である。

インド バンガロール

バンガロールの地域発展は、インド独立前からのインフラ整備や教育投資に負うところが大きい。独立後も、インド政府は、大手公益企業に投資を行った。一連の投資によって、バンガロールは大規模で近代的な産業の労働力を豊富にもつインドでも有数の潜在力を秘めた地域となった。さらに、時宜を得た支援メニューの実施によって、多国籍企業(ソフトウエア産業)の立地が進んだ。米国からの帰国留学生のシリコンバレーコネクションは、グローバルなヒトの循環と連携ネットワークを構築し、国際的なオフショア開発を可能にした。これらの相乗効果の結果、「2000年問題」の際、シリコンバレーのアウトソーシングを大量に引き受けて、バンガロール・クラスターの形成は決定的なものになった。

アジアの産業クラスターの成功要因-規模の経済と集積の経済-

アジアの産業クラスターの成功事例から、政府の役割、インフラの整備、支援メニューの整備、多国籍企業の誘致、ベンチャー企業の誕生、人的資源や帰国留学生の存在、民間企業の成功、連携ネットワークの構築、を共通の成功要因として抽出できる。さらに、これらの「相乗効果」も見逃せない。これらの産業クラスターでは、売上高や研究開発投資を伸ばしている企業が多く、イノベーションやベンチャーも盛んであり、成功要因の相乗効果の結果として理解できる。

インフラや支援メニューの整備は、政府の役割として重要であり、規模の経済を機能させて企業の固定費用を減少させることができる。これらは、多国籍企業、ベンチャー企業、人的資源(帰国留学生)を誘引し、地元の民間企業や大学・研究機関との連携の呼び水となっている。国内外につながる連携ネットワークの構築は、産学官連携の促進によって集積の経済を機能させて地域発展につながっていくのである。

日本の課題

日本は世界に誇る技術を有しながら、創造的イノベーションやベンチャー企業の株式公開(IPO:Initial Public Offering)が低調で、本格的な産業クラスターの形成に課題を残している。ここまでの議論から、日本の課題として、第1に、地域・産業・企業・組織で長年培ってきた「システム」の硬直化、第2に、国家戦略や政府の在り方、第3に、グローバルな連携ネットワークの構築、を検討していく必要がある。

第1の課題

[1]日本は系列取引が強く、地域内での「ヨコ」連携が弱いので、ある種の「しがらみ」とは関係ない最も効率的で収益の見込めるビジネス展開を考えていく必要がある。

[2]日本は欧米に追い付き追い越せ型の「キャッチアップ・モデル」であり、研究開発能力を備えたベンチャー企業の創出のためには、「ファイブ・サークル・モデル」への転換が必要である**1

第2の課題

[1]国家戦略として、「選択と集中」を考える必要がある。アジアの各国と比較して、日本のインフラ整備等は規模が不十分であり、国際的な競争力が弱く機会損失につながっている。国家戦略による大規模な投資も必要である。

[2]政府の在り方として、トップダウン方式に加え、ボトムアップ方式も検討していく必要がある*3。自地域の特徴の真の理解は、地域の優位性や潜在力の活性化につながるであろう。

第3の課題

アジアの産業クラスターでは、グローバルな連携ネットワークの構築が進んでいる。日本でも、アジアの成長エネルギーを取り込み、グローバル化を推進していく必要がある。例えば、中国やインドの企業の誘致、華僑や印僑の(国内)採用を通じて、彼らの世界中に乗り出して行く精神を見習うことも重要である。

●参考文献

**1 :前田昇.戦略的スピンオフによるイノベーション・システムの構築.山下彰一;シャヒド・ユスフ編.躍進するアジアの産業クラスターと日本の課題.創文社,2008,p. 260-277.

**2 :山下彰一;シャヒド・ユスフ編.躍進するアジアの産業クラスターと日本の課題.創文社,2008,p. 309.

**3 :Yusuf, S.; K, Nabeshima. and S, Yamashita. Growing Industrial Clusters in Asia. The World Bank, 2008, p. 283.

*1
北九州市が中心になり、地元経済界等の協賛を得て、米国ペンシルベニア大学との協同研究施設として、1989(平成元)年9月に設立された。東アジア各国(アセアンを含む)の経済・社会問題を調査・研究し、その成果は、行政、地元経済界、国内外の学界などで活用されている。

*2
2005年12月に、世界銀行と提携して、第2回アジア発展会議「東アジアのICT産業クラスターと日本の課題」を開催した。その成果は、ICSEAD研究叢書第6巻(山下・ユスフ編、2008)**2、ならびに、Yusuf, Nabeshima and Yamashita(2008)**3として刊行されている。今回の報告は、会議や成果物の内容を踏まえている。さらに、ICSEADでは、九州経済調査協会と共同研究で、東アジアの半導体産業クラスターを調査している。その成果は、今秋、中央経済社から「グローバル時代の産業クラスター-東アジア半導体産業の競争・連携・イノベーション- 」として刊行予定である。

*3
この議論は、2008年4月に、ICSEAD主催のシンポジウム「産業クラスター戦略が地域経済の未来を担う」のパネル討論に基づいている。東京農工大学大学院技術経営研究科長の古川勇二教授を講師に迎え、地元の行政、経済界関係者に協力・参加いただいた。