2010年8月号
単発記事
各国の技術標準化戦略と日本への示唆
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平松 幸男 Profile
(ひらまつ・ゆきお)

大阪工業大学大学院
知的財産研究科 教授


技術を標準化することが個々の企業だけでなく、国の産業競争力を左右すると認識されるようになった。しかし、企業が発明を行った場合、それを特許出願したほうが得策なのかどうかという問題があり、また技術を標準化する場合、何を対象にするのかという問題もある。本稿では、技術標準化が市場に与える影響と、各国の標準化戦略を比較する。

はじめに

近年、国の産業競争力を高めるために、技術標準化への取り組みが重要であることが各国において認識されてきた。新たな産業は新たな技術(あるいは発明)の出現とともに発展するものであり、この技術が標準化されるということは、当該技術(技術が組み込まれた製品やサービス)の市場が広がること、すなわち、その製品やサービスを利用するユーザー(消費者および当該技術を利用する企業)が大幅に増えることを意味するわけであるので、当然に収益も大きくなることになる。しかし、このことは必ずしも世の企業に理解されているとは言えない。ある企業は技術の標準化を考えるより前に、技術の独自性、先進性を追い求め、その新規性や優良性などにより市場を獲得しようとする。このようなアプローチも一定のユーザーを獲得するが、市場をさらに広げようとすると、技術標準化された競合製品が現れる可能性があり、そのような場合には市場が頭打ちになってしまう恐れもある。

本稿では、技術標準化に焦点をあて、これが市場に及ぼす影響を考察する。その上で、欧州、米国、韓国、中国、日本の最近の技術標準化戦略を比較・分析する。最後に、これらの分析を基に日本の産業競争力の回復と向上に向けて、あるべき技術標準化戦略を考える。

技術標準化が市場にもたらす影響

まず、技術標準化が市場にもたらす影響について、幾つかの事例を基に考えてみる。この影響は一般に産業分野により異なると想定される。単純に考えれば、通信やIT 分野などの場合は、必ず相互動作する製品があるため、技術標準化のニーズは高いが、これに対して鉄道や車、あるいは化学物質の場合は各国においてそれぞれ標準が定められていれば国を超えて直接相互動作することは少ない。ただし、これらの場合においても外国への輸出(売り込み)を考えると各国間で技術標準化をなるべく統一しておいた方が好都合と分かるであろう。また、薬品などの化学物質の場合は、安全基準は各国で定められるが、全世界の人間に対する安全が対象であるため、ある国において安全と分かればほかの国でも安全な可能性が高いと想定され、国をまたがった安全基準のような標準があれば製品の流通が容易になる。特に、世界貿易機関(WTO)においては、 [1]貿易の対象となる製品の規格は国際標準を基本とすること [2]各国標準に基づく製品の相互認証にかかわる規定がある――ため、国際標準の獲得はとりわけ重要になる。このように、技術標準化は明らかに製品やサービスがグローバル市場に出ていくための重要な要素であることが分かる。

しかし、新技術の場合には何を標準化対象とするべきかという点が必ずしも明らかではない場合がある。一般に、研究開発活動の成果として発明が生じた場合、企業としてはまずその発明を特許出願するかどうかという判断を行うであろう。もし、その発明を特許出願すると決めた場合、次に大切なのがその技術を標準化するかどうかであるが、この第2 の判断については特に日本企業においてはあまり認知されていないように思えるし、また、その決断は必ずしも容易ではない。これらの2つの判断をどのようにするかが企業の戦略となり、戦略である以上、必ず成功する保証はない。ただし、知的財産だけではなく、標準化の戦略を持つことが、これらの一方またはいずれも持たない企業よりは明らかに事業での成功確率が高くなる。さらに言えば、これらの判断は研究開発をしている段階において既に検討し、結論を出しているべきである。というのはその戦略により、開発する製品やサービスの仕様にも影響を与えることが想定されるからである。そして、これらの決断を適切に下した場合には、標準化によりその発明技術にかかわる製品の市場が広がり、特許によりその市場におけるその製品のシェアが広がることになる(図1)。

図1

図1 企業における技術の権利化と標準化に関する戦略

各国の標準化戦略
1.欧州

欧州ではEU の枠組みにより1984 年にフレームワークプログラムが開始され、基礎的な研究開発から実用化、標準化まで一貫して取り組む体制を確立した。2007 年より第7 次フレームワークプログラムが7 年間の計画で開始され、第6 次に比べると予算規模が41% と大幅に増えている。これまで第2 世代の携帯電話GSM 方式で世界市場の70% 以上の獲得に成功し、第3 世代方式や次世代ネットワーク(NGN)方式などの通信分野では世界の標準化をリードしている。欧州は歴史的に多くの先進国が国境を隣接して位置しており、国際的な協調が必須であったこともあり、かねてより国際協調を基礎とした標準化とイノベーションの考えが根付いていたと考えられる。しかも、欧州を起点として世界各国へと協調範囲を拡大する施策もとっており、現状のところ最も組織的に標準化を進めているように見える。

2.米国

米国は国内に自由な市場を形成し、国内および国外よりグローバル企業を引き付け、そこで自由で公正な競争をさせることにより、イノベーションを誘起しようとしている。従って、標準化戦略もあくまで自由な競争を阻害しない範囲にとどめようとしており、新たな標準化の策定には常に慎重な姿勢をとる。このような方針のため、米国市場ではいわゆるイノベーションから生ずるデファクトスタンダードによる独り勝ちの現象が生じやすいとも考えられ、これまでにマイクロソフト、インテル、グーグルのように大成功を収める企業が多く発生してきた。しかし、逆に考えると欧州のような調整型の標準化という面においては遅れがちな面もある。

3.中国

21 世紀初頭に中国がWTO に加盟すると、中国科学技術部(Ministry ofScience and Technology = MOST)は人材、標準、特許という主要3 分野に関する国家戦略を実行し、2002 年に「技術標準化開発戦略に関する研究プロジェクト」を支援した。その後、中国国家標準化管理委員会(Standardization Administration of China = SAC)により第11 次5 カ年計画における標準発展計画が公表されると、政府内各部局、地方政府がそれぞれの標準化戦略あるいは計画を公表していった。このようにして中国における標準化戦略はSAC を頂点とするトップダウンの形で形成され実行されている。これらの標準化戦略により、中国の国内および国際標準化活動は数値データから見ても大きな躍進を遂げている。しかし、一方では海外企業に比べて国内企業の技術力不足により多額の特許料の支払いを余儀なくされており、その改善のためにハイテク技術を中心として独自技術の開発と標準化を強力に推進している。

4.韓国

韓国の標準化戦略は韓国技術標準院(Korean Agency for Technology andStandards)が中心となって推進されており、「第一次国家標準基本計画(2001 年~ 2005 年)」に続いて現在は「第二次国家標準基本計画(2006 年~ 2010 年)」を推進中である。この計画では 世界市場の先行獲得のための標準化への対応能力の強化を基本的方向として掲げ、( イ)ISO への参加拡大 ( ロ)政府研究開発事業と連携した標準化の促進 ( ハ)民間標準化能力の戦略的育成 ( ニ)大学における標準学部の新設、などを目標としている。

人材育成には非常に力を入れており、2006 年度には47 大学で標準化に関する授業(1 学期あたり30 ~ 40 時間)が設けられている。14 人の専門家が執筆した「Future Society and Standards」を共通の教科書として使い、産学官の専門家がチームを組んで教えている。

5.日本

日本では2003 年より毎年策定されてきた「知的財産推進計画」において戦略的な国際標準化への取り組みの重要性に対する認識が高まってきており、2010 年版草案においては3つの重点戦略の第1 点として「国際標準化特定戦略分野における国際標準の獲得を通じた競争力強化」が掲げられるまでに至った。特定戦略分野としては、 [1]先端医療 [2]水 [3]次世代自動車 [4]鉄道 [5]エネルギーマネジメント [6]コンテンツメディア [7]ロボット、が指定されている。これらの分野は、日本の技術力が比較的強い分野と想定されており、日本の製品やサービスの世界市場におけるシェアが国際標準化を通して拡大することが期待される。

今後の日本への示唆

日本は以前、国際標準化という面ではアジアで唯一、欧米と対峙(たいじ)してきたが、近年は韓国、中国の躍進により、5 極化の様相を呈してきている。しかし、本来はアジアが将来的にまとまる方向が望ましい。なぜなら国際標準化組織においては通常、1 カ国だけの意見は通りにくく、欧州や南北アメリカなどの他の地域も近隣諸国での意見調整を活発に行い、国際会議において意見を強めようとしているからである。この意味で、日本は米国型の戦略よりも欧州型の戦略を志向し、アジア地域の意見の調整役として活動するべきである。また、標準化を戦略的に進める上で、知的財産とりわけ特許の取得は前提となる。さらには、韓国のように大学その他の教育機関において標準化教育を進め、優秀な標準化人材を育成することが重要である。