巻頭記事
マイクロシステムにおける産学連携
日本で一番頼りになる大学の研究室――経済紙がわが国を代表する大企業を対象に行った調査で、最も支持されたのが東北大学大学院工学研究科の江刺正喜教授の研究室だ。江刺教授は、半導体集積回路にセンサやアクチュエータ(運動要素)などの異なった要素を融合させたマイクロシステムの世界的権威だ。マイクロシステムはMEMS(MicroElectro Mechanical Systems)とも呼ばれ、いわば半導体集積回路に付加価値をつけるといった役割を担う。
江刺研究室に整備されている自作の試作装置は、全工程に通じた人材を育成できるとともに、挑戦的な研究を行うのに適している。この装置は企業や他の研究室に開放している。今までに100社以上の企業の研究者が、研究室に2年程度滞在し、多くの製品を開発し世に出してきた。 ライバル関係にある企業から同時に研究者を受け入れる。競争前の技術をオープンに共有し、会社に戻ってからその先の部分で競争してもらう。学生は、企業や他の研究室の研究者、あるいは留学生らと教え合うことで刺激を受け、視野を広げることができる。 有用な人材を育て、新産業の種になるような技術が大学から生まれることを目指している。 オープンイノベーションの最前線から、トップ科学者がリポートする。
半導体集積回路はシリコンチップの上に作られた多数のトランジスタからなり、高度な情報処理を行う。フォトマスクのパターンを光で一括転写するため、組み立てられた状態で形成され、そのチップをウェハ上に多数作ることができる。そのため量産に適しているが、微細化とともに設備投資は巨大化し経済性で行き詰まりを見せている。センサやアクチュエータ(運動要素)などの異なる要素を融合するマイクロシステムはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)とも呼ばれ、高付加価値部品としてシステムの鍵を握る部分などに使用されている**1。身近な例ではデジタルカメラの手振れ防止に用いるジャイロ(角速度センサ)や、モバイル機器のユーザインターフェースのための加速度センサ、あるいはインクジェットプリンタのヘッドなどがある。マイクロシステムは多様で品種ごとに異なり、特に少量の場合に開発コストの回収は容易ではない。このような異種要素を集積回路上に形成する場合には、集積回路を破壊しないように作らなければならず、また表面のMEMS構造を保護する工夫などが必要である。このような研究開発の中で行ってきた産学連携を紹介する**2~4。
マイクロシステムの研究を学生時代から40年ほど続けているが、それには試作設備が重要である。東北大学では西澤潤一先生が長年にわたって半導体の研究を行っていたので、その施設を参考にして自作の設備を中心とした試作設備(写真1)を整備し利用している。ここでは2センチ角のシリコンウェハを処理しているが、これは設備の維持に費用や手間がかからないだけでなく、危険なガスなどは使わず、単純な装置となっている。壊れる部分が少なく、自分で直せるので震災後もすぐ復旧した。このため全工程を実際に経験した人材を育成できると同時に、自由度が高いため挑戦的な研究を行うのに適している。この施設は他の研究室に利用されているだけでなく、今まで100社以上の会社から常駐の研究員が来て2年程滞在し、図1に示すような製品を世に出してきた。外国からも10以上の機関が人を派遣してきている。競争相手の会社から同時に人材を受け入れても、競争前の技術をオープンに共有し合うことで問題はなく、会社に戻ってからその先の部分で競争していただくという方針である。会社から専門の異なる人たちが来て互いに教え合い、また留学生なども居ることで、学生は多様な刺激を受けて視野を広げることができる。研究室ではアウトソーシングせずに実体験することを大切にしているので、会社からのアウトソーシングも受けず受託開発などは行わない。なお共同研究での知財は有効利用されることが大切であり**5、会社と東北大学の共願で会社に維持してもらい、代わりに占有実施権を差し上げ、実用化しない場合は他に使用を許諾してもらうというというのが基本である。 多様化した技術を使いこなすには、幅広い知識に効率よくアクセスできる必要がある。オープンにして最新情報が集まるようにすると同時に、それを蓄積・整理して相談に来た会社などに提供している。特に技術の歴史的経緯や問題点をお伝えし、少し先のところから始めてもらえるようにすると企業活動に有効である。企業からもニーズなどが伝わるので、研究室にとってもテーマ設定などの参考になる。なお企業から相談に来られた時の資料などで、公開できないものは持ち帰っていただいている。 学外との協力関係を図2に示す。16社と共同で進めている「先端融合領域拠点」(図2左)は2007年度から10年間のプロジェクト(技術総括:小野崇人)で、開発のコストやリスクを抑えるため、企業や学内の複数のグループで一緒に「乗り合いウェハ」として集積回路を外注している。乗り合いウェハ上に各グループがMEMSを形成するが、その場合に他のグループの部分は使わない。基盤技術の知財は参加企業が自由に利用できるようにする「パテントバスケット」として大学が権利を保有し、応用技術の知財はそれぞれの企業と大学の共願としている。 2010年から始まった「最先端研究開発支援プログラム」(図2右)は2013年度まで、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)の集積マイクロシステム研究センター(前田龍太郎センター長)と共同で行うプログラム(中心研究者:江刺正喜)である。次世代ワイヤレス機器のために異種要素を集積化する技術に関し、写真1で示した東北大学のMEMS試作実験室で「初期試作」を行い、産総研では8インチのウェハを処理する「量産試作」でこれを量産用の製品に展開するものである。 このプログラムでは「超並列電子線描画装置」の開発も行っている。微細化した集積回路のフォトマスクは1組で数億円もかかるため、多品種少量でも採算が合うように百万本ほどの電子ビームを制御して高速にパターンを描画するもので、これには集積回路の上に電子源を形成したアクティブマトリックス型電子源を用いる。 多品種少量品の開発や生産を行う場合、個々に設備投資すると採算が合わない。そのためこのプログラムでは、使わなくなった半導体製造施設を有効活用し、会社が人を派遣して利用する「試作コインランドリ」*1を運営している図3にその装置レイアウトを示しており、斜線は新規に導入したMEMS用の装置である。図中には毎月の利用件数を示してあるが、利用者は増加しており、今まで50社以上の企業が利用している。なお仙台にある関連企業(図2下のメムス・コア)では、委託でMEMSの開発・生産などを行っている。前者のように人を派遣して施設を利用する場合をPasskey、後者のように委託する場合をTurn-keyと呼ぶ。このようなやり方は米国などでも行われているが、知財は全て利用者側で取り扱う。このように設備を借りて参入障壁を下げ、技術や人を育てながら製品化の見通しを探ることも有効と言える。 国際的な連携を図2の右上に示す。ドイツのフラウンホーファ研究機構と仙台市は7年前より協定を締結し、今年で7回目の「フラウンホーファーシンポジウムin Sendai」を開催している。また同機構のENAS研究所長(Prof. Thomas Gessner)のスタッフ数名が研究室に常駐して共同研究を行っている。ベルギーにあるIMECは半導体分野で有名な研究機関で、わが国の関連企業からも多くの人が派遣されている。東北大学は米国のスタンフォード大学およびスイスのローザンヌ工科大学(EPFL)と共にIMECのStrategic partnerになっている。 仙台市を中心に行っている「MEMSパークコンソーシアム」(図2上)の活動を紹介する。80社ほどがこの会員になっている。年会費は1口5万円と安いが、もともと情報は全てオープンなので会員の特典は無い。しかしこれによる会費で「MEMS集中講義」を毎年3日間10年ほど開催してきた。2011年は京都(170名参加)、2010年はつくば(210名参加)と各地で行ってきたが、参加費や冊子、DVDなどを無料で配布している。無料にすると引用を記載するだけで文献の図などを紹介できて著作権上の問題も無く、参加申込なども不要にして直接参加していただき、手間最小・中身最大になるようにしている。毎年「近代技術史」の集中講義を行い、昔の機械(エジソンの蓄音機やT型フォードなど)も集め実際に見てもらっている。これは技術の流れや先人の工夫を知るだけでなく幅広い分野を理解するのにも役立ち**6、「MEMS集中講義」の時にその冊子も配布している。 「MEMSパークコンソーシアム」の会費はiCAN*2(International Contest of Application in Nano-micro Technologies)という、高校生や大学生のMEMS応用コンテストのための国際大会への派遣費用などにも充てられ る。
以前は会社である程度の基礎から研究開発ができたが、グローバル化による競争激化で開発を短期でせざるを得なくなった。このため図4のように基礎と応用が離れる傾向にあり、これがわが国の産業競争力低下の原因にもなっていると考えられる。大学は企業に比べリスクをかけられる場であるが、ある程度の形になるまで実現してみせられれば産業につながる。それには多数の設備が必要であるが、それは共用されないと維持の手間を負いきれず費用的にも難しい。また利用実績を重ねる中で運用方法を改善し、協調しあいながら多様な形で利用されように工夫する必要がある**7。欧州では大学と公的研究機関が隣接し、公的研究機関の施設が学生に有効利用されている。わが国の場合には、縦割りによる無駄を無くして人と情報と設備が共存するようにしなければならない。 競争社会の中で共通の物差しが無いまま、点数主義化して論文数などで評価する傾向にある。論文の数が目標になり小振りな研究になれば、創造性などに逆効果をもたらすのではと危惧している。人材を育てないと研究成果も出ないので、研究はいわば教育の一環で派生するとも言える。上手くいかせて自信を持たせられるように、良いテーマや適切なアドバイス、設備の利用や情報の活用が自由にできるオープンな環境づくりを心掛けている。ニーズに応え具体的に役立つものを実現し、社会に役立つことに誇りや喜びを感じてもらうように学生を教育している。「良い子ぶりっこ」より「役に立つうれしさ」を大切にし、有用な人材を育て、新産業の種になるような技術が大学から生まれるようにしていきたい。
●参考文献
**1 :江刺正喜.はじめてのMEMS.森北出版,2011. **2 :江刺正喜,本間孝治,出川通.検証 東北大学江刺研究室 最強の秘密.彩流社,2009. **3 :江刺正喜.マイクロシステム研究の経験から考える工学教育.工学教育.2010,58,6,p.95-100. **4 :江刺正喜.“技術コラム「若手エンジニアへのメッセージ」”.株式会社日本情報技術センター.http://www.mmjp.or.jp/tmc-seminar/column/es-column/es-column.html,(accessed2011-11-09). **5 :産学連携知財で空回り.日経エレクトロニクス.2005,892,p.97-115. **6 :江刺正喜.先人の技術を学んで活かす.The TRC News.2011,112,p.1-16. **7 :江刺正喜.創造性を発揮させるコラボレーション-組織の活力はやわらかな管理・運営から生まれる-.IBM USERS,1998,440,p.2-3. |