単発記事
炭素繊維と鉄を用いた水質浄化・リン除去の事業化
夏場、湖沼に大量に発生するアオコ。発生要因は、水中の窒素成分、リン成分、太陽光照射である。3要素の1つでも無くなれば、アオコは発生しにくくなるのではないかと考え、群馬高専の小島昭特命教授と石井商事はリンを除去する製品を開発し、事業化に乗り出した。
喉が渇いた。コップを水道の蛇口に置き栓をひねる。透明で、キラキラする水が勢いよく流れ出る。ぐいと飲む。日本全国、どこでも見られた光景であったが、昨今は変わった。 講演する時、会場の方々にお聞きする。「水道水をそのまま飲みますか?ペットボトルの水を飲みますか?」。水道水をそのまま飲む方が、年々少なくなってきた。水の汚染が進行し、安全な水が無くなったことを示す市民の行動で、環境水が汚染されたことによる。 筆者は、炭素材料の研究を中心に進めてきた。炭素人工歯根材、補助心臓用皮膚ボタン、繭活性炭の開発などであった。1995年ごろ、炭素繊維を池水の中に落とし、炭素繊維への微生物の急速固着現象を発見。これを契機に、炭素繊維は水質浄化材、魚類蝟集(いしゅう)材として日本各地、海外でも利用されるようになった。
夏場、湖沼の水面が緑色になる。水面に細かい藻がびっしりと発生する。異臭もする。魚も死ぬ。夜にはユスリカが大発生し自動車の前方が見えなくなる。緑色の藻はアオコ。植物プランクトンの異常増殖による。なぜ、アオコが発生するか。水の富栄養化、窒素成分とリン成分の高濃度化による。炭素繊維製浄化材でアオコ除去に挑戦したが、全て失敗。緑の壁にぶつかった。この問題を解決しようと、正面から緑の壁突破に突き進んだ。なぜ、アオコが出るか。発生要因は、水中の窒素成分、リン成分、太陽光照射であった。3要素の1つでも無くなれば、アオコは発生しにくくなると考え、リンを除去することにした(図1)。
アオコ除去に奮戦中、高崎市内にある石井商事株式会社から鉄系スクラップで水質浄化ができないか相談を受け共同研究を開始。同社では、スクラップ産業の20年後を見据え新分野への展開を模索していた。 アオコを発生させないためには、水中のリンを水に不溶にする。リン(P)は、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)の塩を添加すれば、金属リン酸塩を作り水に不溶となる。これら金属の中で安全、安価な金属、それは鉄。そこで石井商事に鉄材の供給を依頼し共同研究が始まった。 鉄を水に溶かす。鉄は水中に浸しただけでは溶けない。どうすれば溶けるか?20年前、炭素繊維強化コンクリートの研究中、炭素繊維を混ぜたコンクリートを鉄製の型枠に流し1日後、型から取り出すと、鉄の型枠が腐食していた。鉄棒(直径3センチ)に炭素繊維を巻きつけて海水中に入れ1カ月後に引き上げた。鉄棒は針金になっていた。この2つの現象から、鉄と炭素材を接触させると鉄が溶けることに気付いた。鉄は、水中のリン成分と反応し不溶性のリン酸鉄になり水中のリン濃度が低下した。早速、炭素繊維織物製の袋(50センチ×50センチ)中に鉄板を挿入してアオコ発生防止材を作成した。アオコに苦しんでいた群馬県沼田市のゴルフ場の池(1,200平方メートル)にロープを渡し、炭素繊維織物/鉄材(図2)30枚をつり下げた。それ以降、3年間アオコの発生は全くない。アオコが発生している高崎市内公園の池(800平方メートル)でも20枚設置して実証試験を実施。設置後2年間アオコのない快適な水面を維持した。回収したリン酸鉄は、リン資源として化学品、リン肥料、2次電池材料として再利用を図る。石井商事は、リン(P)を効率良く取るので、商品名を「すーぱーぴーとる」と名付けた。
群馬県は、科学技術振興機構(JST)の地域結集型研究開発プログラムを2006年から2010年までの5年間取り組んだ。テーマは「畜産環境改善技術の開発」。研究員80数名、研究費5年間で24億円の巨大プログラム。筆者は、代表研究者として全体をまとめるとともに、脱臭技術および畜産排水の浄化技術開発に取り組んだ。畜産農家の排水基準は、暫定的で数年後には改定されるため、新基準に対応できる安価、簡単、安全、安心な畜産排水浄化装置を石井商事と開発した。すーぱーぴーとるを付けた装置は、養豚農家からのしょうゆのような色の排水を脱色し、リンを除去し、COD(水の汚れを表す指標の1つ)および全窒素濃度が低下した。開発した畜産排水浄化装置(図3)は、群馬県内3カ所(鶏1カ所、豚2カ所)で1年間実証試験を行い満足できるデータを蓄積した。寒冷地での実証試験は、岩手大学農学部附属御明神牧場で1年間、肉牛からの排水で実証した。浄化装置は、水産加工業、食品加工業の排水でも効果を発揮した。すーぱーぴーとるを装備した浄化装置は、石井商事で製造し、大手総合商社の阪和興業株式会社が全国から世界にまで販売する。同社ではビジネスモデルを作成し、販売体制を構築中である。すでに中国、台湾などから引き合いがきている。 すーぱーぴーとるの知的財産は、これまでに5件、国立高等専門学校機構と石井商事とで共同出願済み、内1件はPCT出願、内2件は特許査定済み。2011年11月、群馬県地域結集型研究開発プログラムチームは、日刊工業新聞社の「第6回 モノづくり連携大賞 中小企業部門賞」を授賞。すーぱーぴーとるは、大賞受賞の原動力となったといっても過言ではない。
すーぱーぴーとるは、環境水のアオコ対策に有効であった。群馬県ではこの技術のさらなる展開を図るべく河川でのリン除去実験を行った。群馬県東部の観光名所・城沼は、夏場になるとアオコが大発生し、緑の湖となる。これまでさまざまな方法で取り組んだが、決定打は無かった。筆者は城沼の汚濁負荷を少なくするため、城沼に流れ込む鶴生田川にすーぱーぴーとるを100枚設置し、河川中のリンがどの程度除去できるか1年間実験を行い、全リン濃度を85%除去しアオコのない城沼が誕生する可能性を見いだした。 海面が赤くなる現象、アカシオと呼ばれるプランクトンの異常発生は、水中に存在するリンに起因する。新潟県佐渡島に加茂湖がある。この湖は、海と連結した汽水湖で、カキの養殖が盛んに行われている。しかし、湖水の汚濁が進行してアカシオが発生。それによってカキが死滅することがあった。これを憂えた加茂湖漁業協同組合、新潟県、佐渡市は対策を検討し、すーぱーぴーとるに注目、カキ筏(いかだ)からつり下げた。海水中の鉄濃度は増加し、全リン濃度は低下した。カキ養殖の救世主としてこれからが楽しみである。静岡県浜松市の猪鼻湖の一部にもすーぱーぴとるを設置。そこにはボラ、タイ、スズキなどが集まり海洋牧場となった。魚を集める、良質のカキができる、これら漁業関連の技術は、震災で大きな被害を受けた宮城県、岩手県の水産業関係者の復興への大きな力となる。早急に実証試験を同地で実施し、水産業復活の一助となるべく準備中である。 すーぱーぴーとるは、極めてシンプルな構成で、高い効果を示した。環境水ではアオコの発生防止、水質浄化に威力を発揮。下水、畜産、水産加工業などの産業排水でも浄化作用を示した。湖沼や海域では、藻場を再生し魚類を蝟集した。これからの漁業は、獲る漁業から、育てる漁業に変身する。すーぱーぴーとるは、ますます威力を発揮する。長崎県の海で実験を行ったとき、地元の漁師からパワーをもらった。「俺たちの海に入れてよいのは、木と炭と鉄だ。他は全てゴミだ」。炭と鉄によって、地球の水資源を再生する。群馬工業高等専門学校と石井商事との協働で、世界の水、特にアジアやアフリカの水を再生したい。地球の水資源は、危機状態にあるが、炭と鉄とのコラボレーションによって水道水をそのまま飲む、これを夢見て研究に取り組んでいる。 |