2005年2月号
巻頭座談会
最先端科学をいかに産業へ移転するか
「ユビキタス&IT」 徹底討論

安西 祐一郎 Profile
(あんざい・ゆういちろう)

慶應義塾大学塾長

白井 克彦 Profile
(しらい・かつひこ)

早稲田大学総長

中島 秀之 Profile
(なかしま・ひでゆき)

公立はこだて未来大学学長


情報技術を社会システムとして構成する

白井 第5世代コンピュータ*1の時代のあとから、知的社会基盤*2であるとか、ユビキタス情報環境*3であるとか、情報社会や知識社会の行く先を示す言葉はいろいろ出てきました。しかし、その実態はどんなもので、人類史的に見てどういう意味があるのかについては、必ずしも明快ではありませんね。情報がたくさん流通して便利になるのは当たり前として、それが今後、人類に何をもたらすのかとか、どういう社会や生活が展開していくのかといったことは、はっきりしていません。

安西 「ユビキタス」という単語を、情報に関連して初めて聞いたのは、1970年代に、ダグラス・レナト*4という研究者が使った、「ナレッジ・イズ・ユビキタス」という表現です。それ以来、僕も使うようになりました。確かにそのとおりで、社会というのは、いろいろな人がいろいろな知識をもっているわけで、それが自在に流通できるような社会基盤をつくる方向というのは、ひとつありうる。知的社会基盤の研究プロジェクトを立ち上げた背景にも、そういう考え方があります。

中島 知的社会基盤の先導研究のころから、情報技術を社会に出そうというモチベーションが、自分の中でものすごく上がってきました。この言葉を安西さんから譲り受けたと、僕はそう勝手に思っているんですが(笑)、情報技術の成熟度からみて、今が社会応用を考えるちょうどいい時期だと思っています。従来、どの技術もまだ社会に応用するには少し足らなかったのが、組み合わせて補完しあうことで、人工知能の時代に目指したようなものとは違うけれども、それなりに知的なシステムができるようになってきています。

白井 情報科学はこの20年間、先端科学という意味ではほとんど進化していませんね。その前に重要なアイデアはあらかた出尽くしてしまって、この20年間は、それをどう実用化するかということが中心だった。1980年代前半頃までは、哲学とか論理とか総動員して、人間の知能を実現しようという人工知能のブームもあったけれど、その後、非常に実践志向が強まって、音声認識にしてもロボットにしても、結局、高尚な理論化とはあまり関係ないところで、ある意味、伝統的な確率統計の手法*5でやってきたわけです。

写真1

安西塾長、白井総長、中島学長は、それぞれ私立/公立の大学を率いる学のトップオフィサーであるとともに、
     今日まで情報科学・認知科学の分野での国際的トップレベルの研究者として、また国内のアカデミック・コミュ
     ニティを牽引するリーダーとして活躍を続けており、互いに共同研究なども行ってきた関係にある。

中島 そうですね。要素追求ではなくて、統合の時代だと思います。音声認識なら音声認識の技術それだけで、人間のようにやろうと理想を追求しても、それはやっぱり無理です。人間だって、音声情報だけで相手の言ってることを理解しているわけじゃなくて、場の雰囲気とか、相手の性格とか立場とか、いろんな知識と組み合わせて補完するからこそ、「分かる」ことができている。そう考えれば、最近のユビキタス・コンピューティングといわれている技術も、要素技術を知的に構成するという志向で取り組めば、タクシーを呼ぶとか、天気予報を聞くとか、社会基盤的なサービスとしてかなり使えるものができるはずだと、そう思っています。ここを情報の学問の新しい方法論として確立したい。

白井 次の時代に来る社会システム、社会応用を考えるならば、やはり哲学とか思想文化とかをもう一度総動員して、グローバル社会と地域とか人間について根本から考えなければいけないでしょう。だけど、日本じゃまだそういうことを考えてやっている人が少ない。

中島 日本はいいモノづくりはするんだけれども、社会的なシステムという発想で情報社会を描けない。その点の弱さから、外国勢力に押されつつあるという観があります。ノキアなんかそこは頑張っています。

白井 結局、携帯電話にしても情報家電にしても、世界でどう市場をとっていくかというところでは、技術標準をとるとか、組み込み技術がどうしたという話だけではなくて、「誰が、どこで、どう使うのか」という、社会システムの問題がずしっと絡んでくるわけです。

トップダウンとボトムアップのメリハリある政策を

中島 今の日本が、モノづくりが得意っていうのは、確かにそうだと思うんですが、そうすると政府は「じゃあハードだけやりましょう、ソフトは要りませんね」という姿勢で行こうとする。これは昔からずっと感じてきたことです。

安西 同感ですね。

中島 ソフトウェアの先端研究というのは、ハードにもまして、ほかがやってないことをやらなきゃ意味がない。電総研*6の時代を振り返っても、霞ヶ関に研究プロジェクトの提案をもっていくと、最初に必ず聞かれるのが「これ、アメリカでやってますか」という質問なんです。「やってないとダメなんですか?」と聞くと、「ダメです。以上、終わり」という感じでしたね。

写真2

「コミュニケーションや生活、社会構造をいかに
     して変えていけるか。そこを構想できた国や企
     業が、結局は勝ちなんです」(白井克彦)



写真3

情報技術というのは、他の技術と質的に非常に
     違う。〈情報版・産学官連携〉を別に考えるべき
     だと思います」(安西祐一郎)



写真4

「いまだに日本には“ソフトなんかどこかで買
     ってくればいいじゃないか”という発想の人が
     結構いて困ってしまいます」(中島秀之)

安西 国の側で、世界にないオリジナルなことを始めようっていったことって、あるのかな。これよく考えると、興味深い命題だと思うんだけど…。

中島 官僚組織というのは、そもそも本質的に新しいこと、未知なこと、リスクの大きなことなんかを、できるだけしないようにできている組織でしょう。これは日本に限らないと思うけれど。

安西 アイデアというのは、やはり上からじゃなくて下から、個人から出てくるものなのですよ。とりわけ情報科学、認知科学の分野では、それしかないといってもいい。

産官学連携の政策についていえば、1つには、やはり日本が強い分野を強力に、集中的に支援すべきでしょう。情報関連でいうと、日本のハードの強さを活かしながら、ハードとソフトの一体的な技術を推進すべきだと思います。携帯電話をはじめ、組み込みソフトウェアの技術などは、まさにそうですね。そしてもう1つ大切なのが、草の根的なアイデアや技術が生まれてくる土壌を活性化することです。どこからどう生まれるのか予想がつかないようなアイデアこそが、イノベーションの源泉なのです。いろいろな場で、多様な人たちが、さまざまな連携をしている必要がある。産官学という形式ばった枠組みに囚われない、非常にフリーなコネクション、コラボレーションですね。そういう社会環境を整えるのが、国が本当にやらなければいけないところです。実際、若い世代は、そういう考え方で一生懸命やろうとしているわけで、そこをしっかり見て、少しでもやりやすいよう支援することが重要だと思います。

このトップダウンとボトムアップの両方を、いかにメリハリつけてやっていくかが、国だけでなく、大学、自治体、企業、すべてのレベルで問われている課題なのでしょう。

白井 結局、お上頼みじゃなくて、一人ひとりが何かを創ろうとしている社会へ変わらなきゃいけないということなんだな。人間というのは、絶えず何かを創ろうとしていないと、生き方や考え方そのものが建設的にならない。今いろんなモノや情報が溢れているけれど、だからといって欲しいものがすでにあって、それを入手していけば満足して生きていけるかといえば、そうとは限らないですからね。

日本は「世界の消防署」をめざすべき

白井 グローバル社会の中で、どこの国も、今は世界の中でどう生きていくかということを考えてますよね。こんどのアジアの大津波に、各国がどういうふうにレスポンスしたかには、それが非常に象徴的に表れていると思います。

安西 津波については、僕もそういう印象をもっています。アメリカ、ヨーロッパは、そういうところは非常に早い。

白井 特に、ヨーロッパの国々の関心の高さが目を引きます。もちろん、自国の国民をたくさん失った国もあるわけですが、しかしそれにしても、あれほど高い関心をもって、巨額の資金を拠出して、しかもお金だけではなく、人の派遣も含めて積極的に参加するのは、それだけ高いグローバルな意識というのをもって、みんな動いているということです。

安西 例えば、アメリカが世界の警察だというならば、日本は世界の消防署をめざすと言ったらどうかと思います。災害救助支援のときに、設備や道具とともに、お医者さんとか看護師さんなど人を派遣する。こういうハードとソフトの組み合わせというのは、ものすごく支援の付加価値を高めるわけです。日本はさらに、その付加価値を、情報技術で高めてみせたらどうなのか。

これはまさに、産業的な課題でもあるのです。人とハードをいかに組み合わせるかというのは、まさにシステムそのものなのですよ。ここを開発して、海外へ貢献し、そして商品としても売り出すべきであると思います。そのシステムの中には、開発した我われ日本人の思想とか知識が込められていくわけです。知識というのはコピーしにくいものですから、これは競争力が強いです。

白井 いや、まさにそうです。高速回線で高精細で美しい画像が送れるとか、そういう話もあるけれど、問題はいかにそれを使って、コミュニケーションを変え、生活を変え、社会構造を変えていくのかということで、そこを構想できた国なり企業なりが、結局は勝ちなんですよ。

プラズマディスプレイをつくるにしても、ハードをどうやって精度上げるか、生産ラインをどう立ち上げるか、歩留まりをどう上げるかとか、そういうノウハウだけあってもだめで、日本人が今後、生きていく糧になるとすれば、むしろ、製品と技術に「人」がついて初めて売り物になる、そういうものが大事です。

安西 日本の強みとは何かを考えたとき、それはやはり「人」だと思いますね。

白井 現実に、日本のモノが世界中の人びとに買われていることを考えれば、世界の多様な民族の個性とか歴史とか文化を、我われ、もっともっと理解して取り組むべきです。使う人たちの感性を知っていること、これが製品を創る側の「芯」であり、それがないと売れるモノはつくれない。実際、技術者のマインドだって、ディスプレイひとつとっても、「きれいなもの、美しいものをつくりたい」「きめの細かいものをつくりたい」と思うからこそ、これだけの執念込めてやってきているわけで、そういう日本人の感性みたいなものがなかったら、今のような製品はできていませんよ。

中島 芸術とか文化もね、国が乗り出してくると、途端にだめになる。

白井 上からの押しつけが強くなると、個人の自由な発想が出にくくなるんだな。

大黒柱の空洞化というソフトウェア技術の危機的状況

安西 いま、日本の情報技術に抜け落ちているなと思うのは、やはりソフトウェアの基盤技術ですね。携帯電話の開発にしても、いまやソフトウェア技術がかなりの割合を占めているはずなのに、ソフトウェアを担っていける人材とその教育が、完全に空洞化しています。情報工学や情報科学の学生であっても、おそらくもう大規模なプログラムは書けないでしょう。それはつまり、ソフトウェアの基礎的な研究開発力がなくなっているということを意味します。

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司会進行・構成/田柳恵美子(本誌編集委員)

白井 海外と比べても、日本は徹底的にだめです。

中島 学生に演習問題でプログラム書けっていうと、自分で書くんじゃなくて、インターネットで検索するんですよ。公開されてるソフトを探してきて組み合わせる。とにかく大きなシステムをつくれる人が、今の教育では育てられないんです。

安西 僕は「シロアリ論」と言ってるのだけど、外から見ると、一見日本の情報科学は強そうに見えるのです。つまり壁をきれいに塗れる人はたくさんいる。だけど、大黒柱の中は完全に空洞化していて、今にも家が倒れるのではないかというくらい、基盤的な教育が完全に抜け落ちている。もはや取り返すのは不可能じゃないかという気がしています。

世界を席巻する日本のモノづくり、家電、ゲーム機器、携帯電話などにしても、その基幹的な技術を開発してきた、日本の中堅どころの開発陣が、もうすぐいなくなってしまう。あるいはもういなくなってしまっている。一昔前の1970年代、80年代の、「これからは情報技術だ」という時代に、猛烈に一生懸命になって、夢をもって勉強してきた世代の人たちです。

中島 海外でいうと、情報系の学科の定員が、この10年で10倍になったといわれています。ところが日本では、せいぜい倍です。学科新設はされていないし、先生はいない。教育を変えるのは時間がかかりますよ。たとえ今すぐやっても、成果が出るのは数十年先です。

安西 例えばひとつの方向としては、三拍子そろった人材、回路設計ができて、OSが書けて、そして交渉力があるという、そういう人が少なくとも何人かはいてほしい。そういう人が、お年寄りにやさしいインタフェースとか、津波や地震のときの救援に役立つシステムを開発し、社会基盤を創出するような仕事をしてくれれば、日本からオリジナルな何かが出てくるのではないか。しかし、そこがなかなか立ちゆかない。これ一体どうするのかというくらいに……。オリジナルに研究開発できる人材が、本当に枯渇していると思います。

白井 日本の企業は今、日本の大学よりも、海外の大学により多くのお金を出しています。しかし、海外に直接シーズを取りにいくのが効率的なのか、はたまた日本の大学にお金を出して、10年後、20年後に活躍できる国際的な人材を育成するのが効率的なのか、胸に手を当ててよく考えてほしいと言いたいですね。本当のところ、どっちが価値の高いことができるのかというところですよ。

安西 大学の構造転換というのも、なかなかできない。これからの時代、やるべき新しいことは、何となく見えてはいるのだけれども。

白井 それは、我われ大学人の責任でもある。やはり、大学と産業界の共同研究が、そのための場になるべきなんだけれども…。

安西 もちろん、早(早稲田大学)・慶(慶應義塾大学)・はこだて(公立はこだて未来大学)に、もしもお金があれば(笑)、それを共同でやることも夢ではないですよね。

白井 そう、お金があれば……。残念ながら、私学にはすでにもう、何かできるだけのポテンシャルがないんだよ。

安西 私学の貧しさといったら、もうどうしようもない。これは本当に恐ろしい状況です。私学の四年制大学およそ500校に対して、政府の経常費補助金が約3,300億円、これに対して、国立およそ100校に運営費交付金・施設整備費補助金が約1兆3,600億円。もう、この違いに尽きると思います。これでソロバンをはじいていくと、私学の経営は絶対成り立たない。そういう中で、早稲田にしても本当によくやってるなと思います。

中島 それはもう端的に言って、私学は研究するなということですよね。いちばんの問題は、それを国が声高に言って責任をとろうとしないところでしょう。

白井 「どうぞ自由におやりなさい」と、ただそれだけね。日本の私学は今、非常に中途半端なところにおかれているんですよ。じゃあ、アメリカみたいにほかからお金入って来て自由にできるかといえば、現実にはお金は流れてこないし、自由にもできない。

しかし、やっぱり歴史ある私学の中には、培われてきた知のプールというのがあるわけで、この資産を活用していくために、教育と研究をうまく人事でローテーションしながらやっていくとか、戦略的な仕組みを、我われ必死でつくるしかない。それは産業界にとっても役に立つはずです。とりわけ理工系では、教育と研究は密接に関係しているから、どっちかに特化するなんてことは考えにくい話です。企業からみて連携の条件が同じかというと、実際には国立大学と組んだほうが、コストもかからない。これが今、私学にとって最大の問題だね。

安西 ものすごく深い問題です。

白井 深い問題だ。

中島 公立はその点、お金はないけど、役割ははっきりしている。何か新しいことをするのでも、本学の場合、地元の40~50人のキーパーソンが集まって議論すれば、すぐに決まるし動く。地元との産学連携も、結構うまくいってます。地域気象サービスの試みとして、函館のソフトウェア会社と電子百葉箱「ウェザーバケット」*7を開発したんですが、最初は文句を言ってた気象庁が、今は逆に、レーダーに我われのシステムを使ってくれている(笑)。地方から中央の体勢を逆転させたという感じです。

「情報版・産学官連携」の場をつくるために

安西 ソフトウェアや組み込み技術などの研究開発を、産官学の共同でやろうということは、非常に価値があると思います。ただし、情報の場合、装置産業の産官学共同と違うのは、さきほども言ったように、自分から新しいアイデアを出すことに前向きな人たちが集まってやらないとだめです。初めから課題が決まっていて、ここを突破すればなんとかなるといった類の研究ではない。課題探索型の研究なのです。だから意欲的な人たちが、ボトムアップで集まってフリーな雰囲気でやらないと良い結果は決して出てこない。そういうことができる人たちが集まってくる必要があるのだけど、なかなかいない。

中島 どこかにいるだろうとは思うけれども、発掘しにくいですね。

安西 そういうやり方というのが、今の産官学連携のメジャーな流れと、かなり違うように思うんですよ。

白井 最初に目標をつくって、ここの何とかミクロンをブレークしようとか、そういうのと違うんだよね。質的に非常に違う。

安西 違いますね。だから、「情報版・産官学連携」というのを、別に考えたほうがいいと、僕は提案したい。

中島 大賛成です。本当にそう思います。

白井 産業界も、基盤的なところの連携を必要としているはずなんだ。

安西 第3期科学技術基本計画には、ぜひ情報技術の重要性を盛り込んでいただきたいです。

白井 もともと日本人は、知識とか情報とかってタダだと思ってるからね。菓子折一つで何とかって世界だったわけだから(笑)。今でもまだまだそう思ってる人は、いっぱいいるわけです。

中島 ハードの研究者の中にも、「ソフトなんか買ってくればいいじゃないか」という人も結構いるんですよ。情報科学は新しい学問だから、科学技術の世界の中でも、なかなか理解されにくい。その重要性と特殊性を、もっと理解してほしい。ちょっと短絡した言い方をすると、「ノーベル情報賞」ができないかぎり、だめなんでしょうね。ソフトウェアを軽視していると、これから先、日本はモノづくりの競争でも、厳しい立場を強いられることになると思います。

安西 まったくそのとおりだと思います。

*1第5世代コンピュータ
旧通商産業省の大型プロジェクトとして、1982年から1992年までの11年間、(財)新世代コンピュータ技術開発機構のもとに産学官の研究者が集結し、論理型言語をもとにした大規模並列コンピュータとそのOSおよび言語処理系、知識ベースに関するソフト技法の開発等が進められた。

*2知的社会基盤
1995年に旧通産省工業技術院産業科学技術研究開発制度による先導研究「知的社会基盤工学技術」として発足、調査委員会は産学官全般にわたり、IT、建設、鉄道、水道、ガス、警備、その他関係分野から多くのメンバーが参加した。2期各2年、計4年間にわたる調査研究期間に行われた議論の成果は、慶應大学の21世紀COEプログラム「次世代メディア・知的社会基盤」(http://www.coe21.sfc.keio.ac.jp/や、産業技術総合研究所情報技術研究部門(旧サイバーアシスト研究センター:http://www.carc.aist.go.jp/のプロジェクトなどに継承されてきている。

*3ユビキタス情報環境
家庭・都市・社会環境など、いたるところに多種多様なコンピュータ(マイクロプロセッサやマイクロサーバ)が組み込まれ、センサー情報をもとにさまざまな情報サービスが提供されるような、次世代の情報環境。

*4ダグラス・レナト(Douglas Lenat)
計算機科学者。スタンフォード大学教授から、産学連携コンソーシアムMCCの主席研究者を経て、現在、米国CYC(サイク;http://www.cyc.com/)代表。

*5
大規模な実データからの統計解析により、情報の特性を大局的につかんで認識技術の向上につなげるアプローチ。

*6電総研
旧工業技術院 電子技術総合研究所。明治24年(1891年)に逓信省電務局電気試験所として設立。その後、逓信省電気通信研究所(現在のNTT研究所)との分割などを経て、昭和45年(1970年)に電子技術総合研究所に名称変更。平成13年(2001年)に、独立行政法人産業技術総合研究所として統合再編された。

*7ウェザーバケット
http://www.agw.jp/bucket/