2005年2月号
産学官連携事例報告
新米バイオベンチャー教授が商大大学院生になった理由
顔写真

守内 哲也 Profile
(もりうち・てつや)

北海道大学遺伝子病制御研究所癌
関連遺伝子分野教授
株式会社ジェネティックラボ取締役


私は、2000年9月に国立大学発ベンチャー第1号(株)ジェネティックラボ*1の兼業取締役に就任した。それは、経済産業省の「平沼プラン*2」で大学発ベンチャーの創業が声高に叫ばれるようになる半年前のことである。この会社は遺伝子解析技術を核に、がんや慢性疾患の予防診断と創薬を目指す会社で、現在の従業員は50名を超えている。設立時の資本金は1,000万円で6カ月以内に資金がショートすることは目に見えていた。当然、第1回取締役会での重要議題は資金調達に関するもので、今後3年間の事業スケジュールと必要資金の見通しについて議論が交わされた。増資、ベンチャーキャピタル、貸借対照表、損益計算書……。さっぱり分からない言葉が飛び交っていた。

この会社の初代社長は、ペンシルヴァニア大学医学部併任準教授の橋本康弘氏で、米国流のベンチャー企業のノウハウが取り入れられていた。すぐに北海道ベンチャーキャピタル*3から投資を受け、そこの常務を最高財務責任者(CFO)に迎えた。監査役は小樽商科大学(小樽商大)の瀬戸篤助教授で、人事院と交渉して(株)ジェネティックラボを国立大学発ベンチャー第1号にした立役者である。彼はこの後、大学発ベンチャーの伝道師となって多くの大学発ベンチャーの設立にかかわることになった。私にも、医学系の大学教授から大学発ベンチャーをつくりたいので支援してほしいという話が舞い込むようになった。「3年間で大学発ベンチャー1,000社」という平沼プランの追い風もあり、ベンチャー設立フィーバーが始まったのである。そこで小樽商大の瀬戸助教授と私で北海道大学(北大)発のバイオベンチャーをいくつか作ることになった。

こうなると「なぜ大学発ベンチャーが必要なのか」という理論武装をしなければ、大学本来の使命である「教育と研究」との整合性を語れない。幸い、小樽商大の大学院は社会人学生のために夜間の授業が整備されている。しかも、北大からわずか車で10分間の距離にある札幌時計台の隣のビルでサテライト講義をしている。これなら勤務時間と重複せずに大学院に通えると考え、私は2002年度から小樽商大商学研究科修士課程の経営管理コースで経営学を学ぶことにした。

私が入学した経営管理コースは2002年度の入学者が11人で、うち社会人は7人だった。社会人学生は1、2年合同で金曜の午後6時から3時間、瀬戸篤助教授に修士論文の指導を受けた。公認会計士や弁護士、元ベンチャーキャピタル社員、大学発ベンチャー社長、学内発明を企業に移転する「ライセンス・アソシエイト」の予定者、そして医学博士の私。出身は多岐にわたり大学発ベンチャーを興すのに必要な人材がほとんどそろっていた。社会人入学の利点は、こうした人たちと苦楽を共にして、信頼し合える人的ネットワークを持てることにある。研究開発でも経営でも問題解決の重要なカギとなるのは人的ネットワークである。ベンチャー企業の成長に必要な3要素として、「ヒト、カネ、モノ」とよく言われるが、それは経営のできる人、資金を導入できる人、ビジネス化できる製品を作れる人で、結局、「ヒト、ヒト、ヒト」である。

マーケティング管理論、財務会計論、特許戦略論、経済データ解析、国際会計論などを、私は初めて教わった。その結果はっきり分かったことは、我が国が置かれている立場である。第二次世界大戦以後これまでキャッチアップ戦略で欧米に追いつけ追い越せでやってきた我が国がついに追いつき、1990年代に入って先頭を走るフロントランナーにならざるをえなくなったことである。そのためには、知的財産を活かした新産業の創出が必要であり、その知的財産が有効に使われずに埋もれているのが大学なのである。ここに大学発ベンチャーの創出を促進する理由がある。米国はバイドール法などを制定して25年前から大学の知財の有効活用を進めてきた。2002年度には文部科学省も大学の第3の使命として「知の創造と活用」を追加した。このような理解に基づいて修士論文を書くことにした。

北海道では全国に先駆けて国立大学発ベンチャーが誕生。以来、3年で13社の大学発バイオベンチャーが生まれていた。うち4社は事業の成否の判断や役員人事の決定など設立に直接かかわり、2社は資金の集め方や学内手続きなどの相談に乗った。そのほかに設立を断念したものが2社ある。そうした経験を踏まえ、「北海道の大学発バイオベンチャーの創出促進」というテーマで修士論文を書いた。「知的財産、資金、ビジネスの基盤充実が叫ばれるが、バイオベンチャーの成功事例と成功体験者の蓄積こそが基盤を作ることになる」という内容である。

私は自分の経験を伝えるために、7月に「株式会社イーベック*4」という治療用ヒト抗体を作るバイオベンチャーの兼業取締役になった。さらに2005年4月から、小樽商大ビジネススクール*5で「ライフサイエンス・ビジネス」の講義を担当する。大学発ベンチャーを作るのは簡単だが、それを育てるのがいかに難しいかを実感した4年間であった。

*1(株)ジェネティックラボ
http://www.gene-lab.com/main/index.html

*2平沼プラン
2001年5月25日に開催された第1回「産業構造改革・雇用対策本部」において平沼経済産業大臣(当時)が提案した新市場・雇用創出に向けた重点プラン。
http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0001574/1/010525hiranuma2.html

*3北海道ベンチャーキャピタル
http://www.hokkaido-vc.com/

*4(株)イーベック
http://www.evec.jp/

*5小樽商大ビジネススクール
小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻
http://www.otaru-uc.ac.jp/master/bs/index.htm