2005年4月号
産学官エッセイ
産学官連携についての一つの私見
-東京都産学公連携推進準備室室長としての2年間から-
顔写真

福田 収一 Profile
(ふくだ・しゅういち)

首都大学東京 システムデザイン
学部 教授/元 東京都産学公連携
推進準備室室長、東京都立科学
技術大学 教授・図書館長


東京都の3大学は平成17年4月1日に公立大学法人首都大学東京として再編、統合され一大学となる。短期大学は閉鎖される。2年間にわたり東京都の大学管理本部下の組織として活動してきた産学公連携推進準備室も、首都大学東京の一組織、産学公連携センターとして発展的に解消する。

本稿が掲載される4月には、産学公連携センターが発足している。本ジャーナルの編集者は、新センターについての記事を期待されたのであろう。しかし、新センターについては、発足後に、改めて記事を執筆する機会もあると思う。

本稿の執筆は、3月初めである。そこで、この機会にこれまで産学連携室長を務めて、私が感じたことを述べさせていただきたい。これはあくまで私見であることを、あらかじめお断りしたい。

産学連携では、知財の議論が活発である。本準備室も例外ではない。また新センターも知財とリエゾン関係が主体となる。しかし、筆者は、大学側から産学連携に携わる者として、連携センターは、このようなゲートキーパーとしての役割以外に、大学の特性の活用をもっと考えてもよいのではないかと感じている。

これは決して知財活動が重要ではないと言っているのではない。しかし、大学に長く勤務してきた者から見ると、知財に劣らず重要な産学連携活動も他にある。それらにも、もっと光をあてるべきではないかと思う。そこで、それらについて述べたい。

大学の特性 その1:人材育成

大学の最大の特性は、若い頭脳である。大学は知の伝承から、知の創造へと次第に活動の中心を移していると言われる。知の創造を担う人材は、私のような年寄り教員ではなく、若い学生、助手である。特に、学生は、制約がなく、発想が自由であり、極めて柔軟性に富んでいる。実際、ノーベル賞なども大学院学生の失敗が発想の原点になったとも聞く。

「失敗は成功のもと」とよく言われる。しかし、企業では、失敗をする余裕はない。また、仮に失敗を許す余裕があっても、その失敗を別の観点から解釈し、新しい方向へと発展させることは不可能に近い。大学では、それが可能である。

最近、産学連携の一つの形態として、プロジェクトベーストラーニング(Project Based Learning:PBL)が盛んとなってきた。日本のPBLは、どうすれば成功するかを常に目指している。しかし、アメリカでは、PBLは、いかに失敗から立ち上がるか、予想もしない困難に立ち向かえるかの能力開発の方法として理解されている。PBLは、創造性開発に役立つと言われる。それは、創造的な活動は、未知への挑戦であり、当然失敗や、予想もしない結果を生むからである。それにどのように対処してゆくかが、創造的な製品、技術開発につながる。

実際、企業における製品開発では、予想もしない困難が生じる。それらを克服して初めて市場競争力が確保できる。かかる未知への挑戦が可能で、しかも失敗にめげずに成功へと導ける能力を持つ人材を提供することが、大学の本来の産学連携の職務ではないかと思う。

PBLは単なる人材育成にとどまらない。企業にとっても、自分たちとは異なった柔軟な発想、制約のない視点からの検討が可能となり、また自社で投資すればきわめてリスキーな挑戦をも可能とし、PBLの結果を活用して見通しを得ることもできる。

現在の産学連携は、実った果実についての議論が主体であり、大学の本来の機能である、果実を育てる活動があまりにも看過されているとの感が深い。PBLは、大学本来の機能を活用しながら、しかも企業、大学にとって双方に利点をもたらす可能性が高い。もっとPBLの活用を目指したい。

大学の特性 その2:資格

大学の先生はあまり認めたがらないが、大学の重要な役割の一つは、資格認定である。学生は卒業免状を取りに大学へ来ると言われて久しい。現在でも、それが大幅に改善したとは思えない。

日本の大学教育は、高校卒業生を4年間教育して、卒業させる、同じ年齢層から構成される年輪教育が大部分である。従って、4年間程度在籍すれば、ほとんどの学生は卒業できる。しかし、アメリカの大学では、子供を持つ学生はざらで、構成年齢層も幅広い。アメリカでは、大学は資格取得の場であり、そのために、企業を辞め、あるいは企業に在籍しながら、資格取得を目指す学生が多い。また、大学も、資格付与を、大学の重要な役割として極めて真摯に考えており、入学したからといって、学位が取得できるとは限らないことはよく知られている。

日本でも、技術経営(MOT)や、MBAなどの分野で、資格付与を通して産学連携を進めようとする動きは活発となってきた。しかし、それも一つ一つの大学のレベルでとどまっている。

産学連携で有名なスタンフォード大学は、資格を有効に活用している。同大学の、有名な遠隔教育センターSCPDは、個人単位での受講は原則として認めず、企業単位での受講である。さらに、遠隔教育での受講単位は、1、2の例外を除き、同大学では単位として認めない。それでは、なぜ企業が企業単位で受講させるのか? アメリカは個人の国であり、企業単位での受講はアメリカの風土に合わないと思われる。

その理由は、同単位は、CEU (Continuing Education Unit)と呼ぶ、全米共通の単位に換算されるからである。中西部の大学では、CEUを自大学の単位に換算する。従って、その大学へほとんど通学しなくても、企業負担で、修士号が取れる。

こうして、中西部の大学で修士号を得たシリコンバレーの働き手は、中西部などへ移動し、マネージャーとなり、活躍する。シリコンバレーには、若い新しい頭脳が入り、その空きを埋める。従って、シリコンバレーの企業にとっては、若い新しい頭脳を安く雇用できる。従って、企業、働き手双方に利点がある。大学が、資格付与の役割を上手に活用しながら、社会的流動性を生み出し、地域の活性化を図っている例である。

大学の特性 その3:社会づくり

大学のもう一つの重要な役割は社会づくりである。スタンフォード大学とシリコンバレーは、産学連携の典型例としてしばしば引用される。しかし、社会的流動性を生み出す視点からの議論は、日本では聞いたことがない。

大学は本来、社会づくりとは切っても切り離せない。首都大学東京では、東京という街づくりに貢献しようとしている。その意味では本来の大学の果たすべき役割の一つを担うことになる。

実際、英語のuniversityは、ラテン語の原義では社会であり、一つの社会をつくり出すことである。大学は、もともと価値観を共有するコミュニティづくりを目指し創設された。世界最古のエジプトのAl-Azhar University、ヨーロッパ最古のUniversity of Bologna、アメリカ最古のHarvard University、いずれも例外ではない。この意味でも、今後の大学は、産学連携はもちろん、もっと広く社会づくりに貢献してゆく必要がある。つまり社学、社学公、社学官連携が将来の方向であろう。

実際、東京都産学公連携推進準備室でも、大学が持つポテンシャルを、街づくりへと役立てようとする試みが始まっている。すなわち、企業-大学間だけではなく、一般都民をも考慮に入れた社会と大学の連携であり、地域から出発し、世界へと発展する連携である。それにより、新産業、新インフラが整備され、より豊かなQuality of Lifeがもたらされる。その詳細は、機会があれば、近いうちに別途述べたい。