2005年4月増刊号
 「JST科学技術環境シンポジウム」(2005.2.4開催)レポート
 - 法人化10ヶ月を経て -国立大学はどう変わろうとしているのか?
午後の部

パネリスト:遠山 敦子 Profile
(とおやま・あつこ)

元文部科学大臣

パネリスト:尾池 和夫 Profile
(おいけ・かずお)

京都大学総長

パネリスト:鳥居 宏次 Profile
(とりい・こうじ)

奈良先端科学技術大学院大学学長

パネリスト:宮原 秀夫 Profile
(みやはら・ひでお)

大阪大学総長

パネリスト:徳永 保 Profile
(とくなが・たもつ)

文部科学省大臣官房審議官

司 会:北澤 宏一 Profile
(きたざわ・こういち)

(独)科学技術振興機構 理事


★ディスカッション★
教育はどう変わっていくのか

北澤  前半は財務の問題でだいぶ熱くなりましたが、フロアからの質問で、教育はどう変わっていくのか。特に合理化という観点から教育の中に切り捨てられていくものがあるのではないかと心配しておられる声があります。教育の切り捨てが本当に行われつつあるのかといったことで、宮原先生、答えていただけますか。

宮原  質問の意味を十分把握していませんが、切り捨てが現実に行われているとは私は全然思っていません。むしろ先程冒頭に申し上げましたように、法人化によって教職員の意識が変わった点の一つに、やはり大学の使命として人材育成が非常に重要なのだと。今まで研究、研究と言っていた人たちももっと教育に関して目を向けるべきだという考えになってきていますし、それに伴って、今まで何もなかったシラバスを整理し、それをウェブに載せるとか、いろいろなことをやりつつあると思います。私が先程、産学連携に関して言ったのも、ある一つの研究テーマで大学と一緒にやるだけではなくて、人材育成という面でも産学連携に力を入れていきたいという意味です。ですから、私は法人化になって、教育の部分が切り捨てられたことはまったくないと思います。

北澤  カリキュラムといいますか、授業科目数の中で例えば語学教育の数が減ってしまうとか、そういった形での切り捨ては起こり得ませんか。

宮原  それは全然ありません。例えば語学には英語やドイツ語だとかたくさんありますよね。今まででしたら、ドイツ語の先生が辞めたら、ドイツ語の教官を雇わなければならなかったと思いますが、ドイツ語をゼロにしろということではないですが、社会のニーズで、もう少し大学での英語教育が大事だとなれば、そこを増やしていくというような自由裁量が大学に与えられたと思います。ですから、今後、教官構成も含めて自由裁量で、先程申し上げたように社会のニーズに合った教育体制をつくっていけるだろうと思います。

北澤  尾池先生、どうぞ。

尾池  今のご質問は、少し情報の行き違いなどもあるように思います。法人化して良くなった点に、大学の透明性が増したことがあると思います。例えば法人化して第一期6年間の中期目標がはっきり公開され、それに対しての中期計画が全部、ホームページとかに出ているわけです。毎年度、計画というのを立ててやっていくと。その中に、国立大学全部にわたって教育の改善がかなりはっきりしたテーマとして挙げられています。当然皆さんもおわかりのように、目標を置いて計画を書いて公表しているわけですから、その達成度の評価が行われるわけですから、それを達成しなければいけないと皆が一丸になって一所懸命やっています。これが国立大学の今の姿です。その中には教育を切り捨てる方向のことは書かれていないと私は思います。全部を見たわけではありませんが。

 大学の社会貢献の一番の中心は教育です。さらに18歳人口の教育だけではなくて、私のところだと、例えばジュニアキャンパスという計画を持っているし、シニアキャンパスもやっているし、あるいは社会人生涯学習もやっています。このように学生あるいは社会のニーズに応えて教育の面でこうやりますよと宣言をして、それをやっているわけですから、そこを一つ一つ読んでいただきたい。もし努力が足りなかったら、その評価はペケになるわけで、必ず充実するほうに今行われていっていると私は思っています。

北澤  ありがとうございます。鳥居先生、どうぞ。

鳥居  大学の先生を、教育をする教育教員と研究が得意な研究教員とあえて分けるとしますと、先程の審議官の話でしたら、研究教員を抱えている方が有利になっていくのがこれからの時代ですね。となると、私どもの大学は有利になっていくはずです。教育の方は大学にお願いしておいて、いろいろな大学から大学院の受験生をもらいたい。これは現実ですが、必ずしも例えば英語の能力が十分な学生さんが来てくれない。そうすると学内で市販のネットワークを通じた教育システムを導入し、学生さんに常にウェブで勉強できますよとか、あるいは大学の費用でTOEICの試験は受けに行きなさいよとか、そういうサポートを現実にやっています。少しゆとりがあればそういう事をして、学部の英語教育の補完はできるかもしれません。

 しかし、これはもっと基本的な話をしていくと、大学の学部教育に話は移っていくわけで、教養的なことはもうちょっときっちりやって下さいとか、そういうことになった時に、私ども大学院しかない大学に有利に働くと皆さんがお考えになるのだったら、例えば京都大学、大阪大学が2つの大学に分離されまして、京都大学院大学、大阪大学院大学、それからもう一つは学部だけとなると考えてみますと、教育に関して文科省からの費用は非常に少ないことは明確になるのではないかと思うのです。そして教育を専門にする先生方に対して「競争的な資金を取ってきなさい」と、これは本来筋違いのことを言っているわけです。ですから、一体何をしたいのか。大学はやはり人材を供給することが第一ミッションですから、本来の教育を意識している場合に、もっと基本的なことを考えていきませんと、研究の話と教育の話とごちゃ混ぜになって、しかも教育の場がおろそかになるというのでは、少し目先だけの議論に走り過ぎているのではないかと思いますが。

北澤  はい、遠山さん。

遠山  3学長とも教育が大事だとおっしゃったので私も大変心強く思います。今回の改革の狙いの一つに教育の重視を実質化していただきたいという願いが非常にこもっております。

 少し日本の大学の歴史を考えますと、明治時代に日本の大学制度を取り入れたとき、フンボルト的な研究重視の、学問・学術の蘊奥(うんのう)を極めるのが大学であるというようなことで、それを模倣していろんな大学が出来てきました。そこのところを戦後の新制大学に切り替える時に、米国型を入れて教育中心でいこうと制度はしたのです。今の単位制度、あるいはカリキュラムの考え方も、米国教育中心のものに切り替えたのですが、基底が研究重視でやってきた日本の大学の先生方はうまく内容を切り替えられませんでした。そこから戦後の大学紛争や、今日のいろいろな問題が起きています。そのようなことを考えて、1990年代に大学審議会が大学設置基準の大綱化を図って、それぞれの大学がカリキュラムを自由に考えて、もっと自主的な教育をして下さいという改革をやりましたが、結果的には教養部を廃止したりという形になってしまいました。そのようなことの反省の上に立って今回の改革によって、大学が自在にいろいろなことを、研究組織なり、教員の資質の向上なりができるようになり、そのことを活用して教育を重視してもらいたいというのが非常に大きなミッションとしてございます。

そのことからいって、ぜひとも幾つかやってもらいたいことがあります。

一つは、本当にその大学のカリキュラムが真に優れた市民なり職業人をつくるのに十分かを今一度見直していただきたい。そしてシラバスをつくり直し、カリキュラム全体の狙いが本当にその大学の目的に合っているかどうかを見直していただきたい。

それからもう一つは、教員の指導力といいますか、指導方法が本当に十分に学生の知識なり、意欲を高める形でなされているか、その評価も十分なされているかを見直していただきたい。このことは非常に大事だと思います。それから学生が本当に力をつけて卒業できるようになっているか、学生の学力のチェックも卒業時にはしっかりやってもらいたいし、また学生自身が教授のやり方についてきちんと評価できるようになっているか、またそれを取り入れて教育を改善する仕組みになっているかどうか、いろんなポイントがあろうかと思います。

それぞれの大学で違うと思いますが、教育の重視というただ掛け声だけではなくて、それを実質化するためのいろいろな仕組みを各大学で取り組んでいただく時であるかと思います。

北澤  ありがとうございます。先程の鳥居先生のお話は、研究の方にはお金がより行くようになるかもしれないが、教育のある部分に関して、もしかすると心配な部分もあるというご発言と私は受け取ったのですが、結局最終的には、すべてのお金を合算した時に学長が裁量権を持ってそのお金を配分できるのかどうか。そして、そのお金は増えているのか減っているのか。そういうこととも関連する問題かと思います。つまり教育という名前でお金が来るのか、それとも学長の裁量で最後にそれに変えられるのかと。そういったこともあるかと思います。先程のお答えをお伺いしていると、3大学とも教育に関して今までよりも合理化して、そこを減らしていくお考えはないとお伺いしました。

人事問題の方向性

北澤  時間も押していますので、次に行かせていただきまして、人事の問題です。国立大学法人では学長裁量で人事を、これまでとは違った形で行えるという法律になったわけですが、人事のことで鳥居学長が先程の話で少し突っ込んだ形で議論をされました。それで人事がどうなっていくのかは、各大学の教員、それから外から見ていましても大変興味のあるところですが、例えば米国とか、最近ではイギリスなんかも非常に有能な人を外から引き抜いてくることも行われているわけですが、日本では今までそういう自由度はありませんでした。そういったことに関しては京都大学や大阪大学ではどういう方向になっていきそうでしょうか。何かお考えありますか。

宮原  教員の人事は、先程申し上げましたように、今までですと、寄付講座の教師だと時間給幾らで、学卒で幾らといろいろ決まっていたわけですが、そうではなくて、いわゆる年俸制で、高給で今の指定職ぐらいの人まで雇えるような仕組みを導入しました。

 それとは別に一つ、これが人事の問題になるかどうか分からないのですが、要するにTA(ティーチング・アシスタント)、RA(リサーチ・アシスタント)という人たちをもっと自由に採用できるようにして欲しいのです。これはなぜできないかというと、例えば教授があるファンドを持ってきましたと。そして今年、ある学生に急に給料を出したと。その学生はそのファンドから、ドクターの3年間、お金をもらえると思っていたと。ところが途中でファンドがなくなって、その学生がお金をもらえなくなったら、今まで文科省の言い分は「国が訴えられたら国が負けますから、そんな雇用はしないで下さい」という言い方をしていたわけです。今もそれが生きています。学生はあくまで学生であって、勤労者ではないと。しかし、今のドクターの学生はリサーチ研究者です。そういうところに重要な人材をキープするためには、人事の自由な雇用制度を導入していくべきであろうと思いますが、非常に難しい。

 そうすると、一般的にお金を取れる先生はたくさんドクターの学生を雇えるではないかと。それはそうでしょう。そこで本当の共存なのだと私は思うのです。だから、そういう意味で、教員の人事も含めてぜひRAなんかに、もう少し自由に企業のお金を投入できる仕組みをつくっていきたいと思っています。それでもなかなか難しいのです。

尾池  宮原先生が言われたのはどこの大学にも共通する大事なポイントだと思います。若い人たちの職を保証することとも連動して、博士課程で育てておいて職がないでは駄目なわけで、本当は博士課程のときから大学院生に給料を支給するシステムが必要だと思います。諸外国に学べとおっしゃるなら、当然それが出てくる訳でありますが。

 もう一つは、教員の人事ということもあるのですが、非常に専門分野に特化した人事は、やはり専門家でないとわからないこともあるわけで、優秀な人を引き抜いてこようと思っても、そこの分野の人でないと分からないこともあります。それは教授会の自治という問題と関係していくわけですが、それもそれで大事なあまり変わってはいけないことだろうと思います。

 ただ、いわゆる先生の問題ではなくて、大学にはさまざまな職が必要でして、今まで国立大学のときは事務官、教官と言っていたわけですが、そうではない、どっちにも所属しない中間的なというか、少し種類の違う職種がたくさん必要です。先程、私がカウンセリングセンターと言いましたが、カウンセリングをどうやっていくか。カウンセラーは必ずしも大学院の授業をやるような先生でなくてもいいですし、事務官でなくてもいいわけですが、やはり先生という立場でやっていく。そういう新しいタイプの教員がさまざまな面で必要だろうと思います。それから、いつもこの議論で忘れられるのは技術職の問題です。大学にはさまざまな技術を必要とする職があります。これに関して、人を減らすために例えばアウトソーシングとすぐ言う人がいるのですが、それは間違いでして、人件費の範囲でできるだけ自分たちで、それを全部ができるようにするのが効率化の一番大事なところだと私は思います。そういうさまざまな職種を必要とする大学につくっていく。そういうことが、これから求められる大事なことだろうと思っています。

それからもう一つはトップの人事です。学長をどうやって選ぶかで今、非常に大学の特色が出てきました。法人化して特色ある大学をと遠山さんが盛んに言われましたが、随分特色が出てきたように思います。私のところは具体的に言いますと、非常勤含めてすべての教職員に対して、まず参加する選挙権を持たせると決めさせていただきました。つまり大学における教職員のすべてが学長を自分の一票で選ぶのだと。そこで京都大学の教職員だという意識をもってもらうというのが基本的考え方です。与えられたものでやるのではないということですね。私は自分が職についたときに、ボトムアップを基本としたリーダーシップという話をしましたが、大学をうまく運営していくために、みんな、その1票を投じているのだということは京都大学の場合は特に大事なことだろうと思って、そういう選び方、決め方にしました。このトップの決め方がいろいろさまざまに大学によって変わってきました。これも良くこれから見つめていただきたいと思います。

北澤  ありがとうございました。既に学長選挙にまでお話がおよびましたが、学長選挙に関しましては、最近皆さんも新聞や報道でご存知かと思いますが、東北大学が学長選挙を逆に止めました。そういうことからしますと、日本の国立大学が学長選によって、より民主的に学長を選ぶことで成功するのか、それとも逆の方向で成功するのかは、そこにも多様性が出てきているようでして、歴史的にこれがどうなっていくのかを見ないと判断はまだできないのかもしれませんが、そういう状況になっていると言えるかと思います。

産学連携がどう変わったか

北澤  次に、産学連携がどう変わったかは皆さんからのご質問でも多く、たくさんの方々が興味を持っておられます。産学連携に関しまして、まずこれからは特許権を大学側が握って、ライセンシングを行う。それによって大学の知財本部あるいはTLOが大学の産学連携の中心となってやっていくことになるわけですが、その辺に関して、何か法人化によってこういったことが変わる、あるいはこういう問題がまだあるということがあるかと思いますが、そこについて何かご意見はおありでしょうか。まず、宮原先生。

宮原  産学連携に関して私自身悩んでいる問題がありますので、それを問題提起として今日フロアの方にお伺いしたいと思います。

 最近、大学発ベンチャーということで、どの大学が何個ベンチャーをつくったかで大学ランキングされるようになっています。私の大学でもベンチャーはもう100近く起こっていると思います。その中で、はっきり申し上げて、相当の利益を得ている教官もいると思います。そのときに、学長である私のメールボックスみたいなものがありまして、一般の方々から次のようなメールが来るわけです。要するに、ベンチャーと言うけれども税金をもらっている時間で考えたものではないか。大学の施設を使って考えたものではないかと。その通りの文章を読みますが、「私らが一生懸命働いても退職金がこれくらいしかもらえないのに、それよりも何倍かのものを、税金を使ってパッと儲けたものを、それを大学が許すのか」と。そういうメールが来るわけです。それに対して私はどう答えてよいかはっきり申し上げてよくわかりません。

 よく調べてみたら、米国の場合には、教官は大学と9ヶ月の契約です。ですから、3ヶ月間はいわゆるフリーで自由に行動してよろしいと。大学から9ヶ月の給料しか貰っていない。しかし、我々は12ヶ月分もらっているわけです。そのように社会背景が随分違う中で、そういう問題が起こってきます。それで現実的にベンチャーを良く調べてみますと、大学発ベンチャーの中には、こんなことを言うのはあれかもしれませんが、要するに自分の身内を社長や社員にして給料を取っている例がたくさんあるわけです。そういうことに関しての社会からの批判に対してどう答えるかは非常に難しいです。それでは、ある程度儲けたら大学に戻しなさいというルールがすぐにできるかというと、それも難しい。そういうことをやるとベンチャーの魅力もなくなるわけですから。実のところ非常に悩ましい。

 これは今日出席していただいている我々の元総長の熊谷先生もおっしゃっているのですが、「ベンチャー、ベンチャーと騒ぎ、日本でベンチャーが起こらないと言っているけども、そうかな。日本の企業を見たらほとんどがベンチャーからスタートしているじゃないか。何を今さら言っているのだ」とよくおっしゃっています。私もその通りだと思います。ですから、マスコミの方も今日来られていると思うので言っておきたいのですが、要するにベンチャーは研究の結果であって、大学の先生方はベンチャーで大儲けすることをインセンティブにやっているのではないということです。自分がやっている研究がどこかで世の中に少しでも役に立てば、それだけで満足し、それをインセンティブにして研究しているのだということを理解していただきたい。そうでないと、世の中、どうもベンチャー、ベンチャーと騒ぎ過ぎではないかと。私がいろいろなところでこう発言すると、「お前はベンチャーをして産学連携を否定しているのか」と言われるのですが、決してそんなことは言っていません。もう少し社会にちゃんと答えられるようなシステムを社会背景を元に考えていくべきだろうと思います。

北澤  鳥居先生、今の件に関して何かございますか。

鳥居  はい。ベンチャーは、産官学連携の中の単なる一つの切り口を言っていると思います。ところが、言葉としては耳障りがいいものですから、ベンチャーを100社つくる、1,000社つくるなどと言っていますが、その定義自身あまり良くなくて、要は大学のミッションである社会貢献の手段として、産官学連携があるでしょうと。

 大学自身がやらなくてはいけないのは、知的財産をきちんと確保していくことだと思います。やはり私どもは何と言っても国立で、国の税金で賄ってもらっているのが大部分ですから、知財をまず確保することが大切だと思うのです。その結果、たまたま今、宮原先生がおっしゃっているように1つの例で、ベンチャーが出てきたというとニュースバリューはあり、それはそれで面白いかもしれませんが、あまりそこに話が行き過ぎて、すり替えた議論になってはおかしいなと思います。

北澤  全体の産官学連携の中でベンチャーが占める割合は、どちらかといえば小さいという認識かと思います。また実際に経済的効果からすれば非常に小さい、日本では特に小さいかと思われます。そこで、米国で毎年数百社のベンチャーを大学が起業しているのに対して、日本が5年間に1,000社という目標を旧通産省が立てました。最近になって、それがどうも達成されそうだとなってきたため、にわかにベンチャー熱みたいなものが高まっているところもあるのかと思いますが、経済効果からすれば、日本ではベンチャーの占める割合は非常にまだ小さいかと思います。この件に関して尾池先生、さらにご意見はありますか。

尾池  ベンチャーで大事なことは、研究者の使い捨てになってはいけないということです。あまり流行に乗って、ベンチャーとして育ってどこかに行って潰れてしまって、後のケアができないのではいけないと思うので、大学としては慎重でなくてはいけないと思います。

 もう一つ、ベンチャーで特許でもあれば収入をものすごく確保できるように思う方たちがたくさんいるというのが問題でして、特許はほとんどお金儲けになりません。今まで国立大学で保護されていたのが裸になったわけですから、自分たちの研究を守るための特許が必要です。つまり防衛特許ですね。これがものすごくお金がかかるわけで、企業の方はお分かりだと思います。ほとんど収入に繋がる特許ではなくて、研究そのものを守るためにお金をかけていく。それが大学の知財本部の一番大きな仕事になっています。もちろん特許の中には収入になる良いものもあるでしょうが、そんなに私は期待していません。大学の先生の研究をしっかり守るという意味で特許は大事な部門になるだろうと思います。

 この2つのことをぜひ皆さんに良く知っておいて欲しいと思います。

北澤  大学から出る特許が間もなく年間5,000件くらいになりつつあるという話ですが、大学では間接経費あるいは産学連携で得たお金などから特許申請費用を支払っていくことになると思いますが、大学にとって知財を確保することが、現時点あるいは近い将来に何によって制約されそうか、何か状況として見えていますか。

鳥居  これはもう当然、出願費用ですよ。それで首が絞まっていきますね。現に私どもの大学の場合には、まだ規模が小さいため、今までは知的財産に関するビジネス、契約という発想がなかったので、先程申し上げました知的財産本部で弁理士に法に基づく契約などをやっていただいていましたが、これからは、そういう考え方が大学の中に根付いていかなくてはいけないと思います。

 しかし、先立つものは要ります。尾池先生がおっしゃる防衛特許は大学には少しそぐわないと思いますので、これは学内で絞り込んだ出願になるかもしれません。しかし当然こういう傾向ですから、出願したいというのは増えてまいります。そうすると、その原資は間接経費その他で、大学としての管理運営の一般的なところから、普通に言えばピンはねみたいな格好で、大学で確保して、それをそちらへ流していくことをまず第一歩として今やろうとはしていますが、これは試行錯誤しながらやっていくわけですから、ある方向で一つなどとは決して言えない状況です。

 それで、ついでで恐縮ですが、この関係で、もう少し米国なんかと同じようにエンジェル的な資産家がひょっとしたらいらっしゃらないかと甘い期待をしています。日本の場合には、金融関係から声がかかってきます。融資だと投資はやりますよと。しかし、いわゆる米国のようにエンジェル資金で、ベンチャーやってみたらとか、何か特許出してみたらとか、そういうのがありませんでしょう。しょせん、大企業の社長さんも雇われ社長さんというと表現がおかしいですが、0が二つも三つも違うような収入のある方がいらっしゃらない。その辺は、もう少しお金がどこかにたまっていくような制度にしていただいて、それを間接的に大学に流していただくというのがあればありがたいですね。

北澤  徳永審議官、何かご意見はおありですか。

徳永  知的財産権の場合、特に共同特許で、ある企業が製品化しようとする場合、それに対して共同所有するにはかなりコストがかかるという特許権上の問題があります。このようなことに対して制度改正を私どもとしてもいろいろな方面に働きかけていきます。

 また、米国の大学の場合は、給与は教育労働にしか支払われないので、研究は全部、競争的資金でやっていきます。ですから、先程のように9ヶ月の給与は基本的に教育の労働に対する給与という形になっています。

 ただ、日本の場合一番問題なのは、従来、国立学校特別会計、あるいは私立大学も同じですが、経理的には若干どんぶり勘定でやってきましたから、いろんな意味でコスト分析がきちんとできていないことです。例えばスペースといった問題で、そのスペースの維持管理費、光熱水料、こういったものについて大学のいろいろな部門で全部コスト分析をやっているかというと、例えばイギリスの大学の場合、1994年、95年ぐらいにすでに法人化をされまして、現在10年が過ぎていますが、その中では確かにプロフィットセンター、コストセンターという概念を使い、例えば一定の部局が共益部門、施設部門、大学の維持管理部門、本部管理運営部門、図書館、そういったところに対して適切にコストアロケーションして、全部そこで負担をするというきちんとしたコスト分析があって、その成果に基づいて、プロフィットをどうアロケーションしていくのかという分析があります。きちんとしたコスト分析をそんな短時間ではできませんから、私どもとしてはさまざまな制度改正をそれぞれやっていきたいと思いますが、中期的には、大学の中でもう少しきちんとしたコスト分析をやっていただきたいと思います。

 これは決して、その部門部門でペイするとか、独立採算でやるという意味ではありません。いろいろな制度改正なり、きちんとものを考える時には、大学の中でいろいろな意味でお金がかかっているわけで、そういったお金がどういう教育活動や研究活動に対して幾らぐらいのコストがかかっているのか。それについて、これは本来社会的使命として、あるいは公共的性格から、あるいは時には特定の便益に対する受益者負担とかという形で、きちんとしたコスト分析の上で、それぞれの使命、特性に照らして、そのコストを誰が負担すべきなのかという具体的・実証的な検討をもとに、どういう費用負担にするのかを要求していく必要があると思います。ぜひそこは各大学で、今まで人件費も物件費も含めて若干どんぶり勘定でやって来たものを、きちんと数字を固めた上で、然るべき制度改正を行っていくという手順が必要だと思っています。

北澤  産学連携に関して、まだ他に何か付け加えることはありますでしょうか。

 特に特許の問題に関しては、これまでは特許は例えばライセンスフィーが何%とか、そういったことも国の規定に従ってやっていたわけです。しかし、強い特許は高く売れるし、弱い特許は安く、あるいは一山幾らで売るとか、そういう具合に特許にも商品性があるわけで、その意味で、これから大学が法人化されて、そこも自由に大学がある程度決められるようになったことで、特許に対する取り組み方がずいぶん変わっていくのではないかと思われます。

 先程の話の中でもありましたが、米国でなぜ特許が各大学でうまくいくかというときに、米国の大学では「何をやってはならないか」と決まっている。それに対して日本の大学では「何をやっても良いか」だけが決まっている。そのため、ほとんどのことはやって良いのか悪いのか分からない。そういう問題が日本の大学にはあるわけです。これだけはやってはならないという形で決められ、それが倫理規定になると、例えば米国の大学では特許を出して、それをもとにビジネスを比較的容易にスタートできますが、日本では、もしかすると手が後ろに回るかもしれない、どうなのか良くわからないといった形で、物事が行われていかなければなりません。しかも、学長はそういう状況で判断してルールをつくっていかなければならないので、なかなかまだ難しい部分があるのかなと今の話をお伺いしていました。この観点についてもし付け加えることがあったらお願いしたいと思いますが。なければ次に行かせていただきますがよろしいでしょうか。

国立大学法人化により大学間の格差は拡大するか

北澤  さらに、いろいろいただいた質問をまとめてみますと、まず一つには、こういう状況になってくると大学間の格差が非常に大きくなっていくのではないでしょうかと。特に地方の大学はどうしたら良いのでしょうかという質問があります。これに関しては最初に少し申しましたように、今回の法人化は、これまでの護送船団方式から競争的環境に各大学を導き込むものだという観点からしますと、当然潰れる大学が出てくることも不思議ではないと考えなければならないと基本的には思えます。しかし、その点に関して何かご意見のおありの方がおられたらお伺いしたいのですが。

尾池  発言をすると少し過激になるかもしれないと思って、どうしようかなと思って迷っていたのですが。

 今、日本はどういう時代かというと少子化の時代です。もう子供が減っているわけです。受験生はどんどん少なくなっている。ところが、文部科学省の政策を拝見していると、大学を自由化して、株式会社大学であろうが何であろうがどんどんつくろうとしています。これは私には不思議でしょうがありません。定員はどんどん増やしておいて受験生は減る。それでどういうことになるかというと、当然潰れる大学が出てきます。私には、それが国の政策と見えるわけです。それがどうも不思議で、本当にそれで良いのだろうかと。競争を煽っておいて、勝手にひとりでに、潰れるものを誘導するのではないかという気がするのです。間違っていたら教えて下さい。

もう一つの大事なことは、今の地方大学の話ですが、授業料を今度上げようとしています。地方大学は、いろいろなところからの外部資金よりも授業料収入の率が非常に高いわけです。大きな大学は競争的資金とか、いろいろな事でカバーしていますが、地方へ行くと授業料が大きな比率を占めています。しかし今は、交付金を減らすことによって、競争的資金の方に誘導しているわけです。それが今のお話のように、いろいろな大学に回ってくる。要するに資金が移動しているわけです。そこのところで、地方大学は競争的資金をなかなか取れないとなると、地方大学にどんどんしわ寄せが行くのではないか。文部科学省か財務省か知りませんが、とにかく資金は全体として減っていないと言うのであれば、資金は移動しているわけですが、それがどこへどうしていくかについての見通しはかなり厳しい問題ではないかなと私は受け取りますが。

北澤  この件に関しては徳永審議官あるいは遠山元大臣、何かございますか。

遠山  そうですね。将来日本の高等教育がどうなっていくのかについて、言わばグランドデザインが欲しいという話がずっとありまして、それに答えるために地方教育委員会が先般1月に答申を出されました。「高等教育の将来像」ということで2015年から20年ぐらいの間にどうなっていくかという鳥瞰図のようなものを出しています。その中には日本の18歳人口が少なくなっていく状況で、どうやったら良いかという視点が入っていて、各大学は自らの個性を輝かしてもらいたい。そこでしっかりやれば生き残るのではないかと言っています。そのサゼスチョンも含めてだと思いますが、大学には7つの機能があると、答申では言っています。

 地方大学にもいろいろあると思いますが、その地域の中で非常に重要な存在になっていく必要があると思います。今日でもなっているのかもしれませんが。その地方においてどうしてもその大学が大事であると。人材養成においても、このような人材をつくってきてもらっている。それによって自らの企業なり社会は成り立っているという相互関係が生まれているかどうか。また一般の市民にとっても、その大学において学ぶことができてメリットがあるかどうかという相互をつくっていく必要があると思います。ですから、その7つの機能の中には、世界のトップ水準の研究をどんどんやってもらいたい大学、地域に貢献をしていくような大学、さらには一般的な教養人をつくっていく大学とかございます。その中できちんとそれぞれの地方大学が選んで、努力をしていただきたい。

 法人化の中には、自らその中期目標、計画を立てて、それに沿って、どれだけ努力をしたかが、きちんと5年ないし6年後に評価されるシステムがビルトインされています。その大学が本当に努力をしていれば、私は評価されると思います。ですから、そのことを目指して、きちんとオーバービューされた機能を明確にして努力をしていく。それをまた評価のときに、さらにその大学を元気づけるような評価をして、改善していくことが必要だと思います。それもしないでいるとどういうことになるか。なかなか難しいと思います。

北澤  徳永審議官、何かございますか。

徳永  遠山大臣のときに設置認可制度を大きく緩和をしました。例えば平成16年4月だけでも、薬学部の入学定員が1,600人増えています。また来年もかなりの数で数百人、あるいは1,000人にするような勢いでいろいろなご相談がきています。ただ、結果的に見ますと、これはどういうことかわかりませんが、16年の短期大学を合わせた大学の入学定員は若干減っています。これは逆に言うと、大学自身が判断をして、自ら分野別に重点を置き、あるいは短期大学から4年制大学へとシフトされたと思っています。

 これまでは高等教育計画を定めて、極めて厳格な量的な規制をしてきたわけですが、そういう中で、大学が自らこういう学部をつくって、こういう人材を養成したいのに、なかなか定員を増やすことができない。そういうことの方がいいのか。あるいは瞬間的には若干定員がダブついたり、いろいろな問題があるかもしれませんが、大学が自由に自分の自立的な判断のもとに新しい教育研究組織をつくって、どんどん世の中で必要とされると大学が判断される人材を育成するほうが良いのかとなりますと、私どもとすれば、今のような形で大学が自分の判断で分野を転換し、教育研究組織を転換していけるほうが、むしろ日本国全体のため、世界に通用する我が国の大学のためには良いのではないかと思っています。

 また先程、元大臣から出ましたように、今回の「将来像」の中では7つの機能を言っています。その中で先程の鳥居先生のご発言に若干反論するようですが、今我々が競争的というのは、単純に研究資金だけではありません。元大臣が冒頭にご発言されましたように、例えば特色ある教育活動、これは短期大学と4年制の学部の活動に対してお金を出すものですし、例えば現代GP(現代的教育ニーズ取扱支援プログラム)、これは地域貢献といったことに着目したお金です。また来年新規で30億円の「魅力ある大学院教育イニシアチブ」、これは研究水準ではなく、日本の大学院も、米国のようなきちんとしたコースワークをやっていただきたい。いわば学生の品質管理をきちんとするような教育課程をつくって、大臣がおっしゃったような課程制大学院を実質化し、スクールとしての大学院の教育をきちんとやる。トレーニングをする。そういった大学院に対して支援をしていくものです。従来は競争的といえば単に研究資金とイコールでしたが、今では決してそうではなく、いろいろな大学がそれぞれの機能、文化、これはご自身が選択をすることですが、そういう選択に対応して努力をされる。そのことに対してきめ細かく、私たちは支援をしていきたいと思います。

 まだまだ全部に対して足りないではないかとおっしゃられるかもしれませんが、ぜひそういうことでは、今年も82億円も増やしていますので、これからも、この関係のお金をどんどん増やしていきたいと思っています。大学ご自身による選択と集中という形で、資源を重点配分して特色を出していくことについては文部科学省としては大いに応援をしていきたいと思っています。特に今回の法人化は、学長のご判断で、そういうことがやりやすくなるシステムだと思っていますので、私どもとすれば長い目で見れば、こういった方向が国立大学を良くするためには一番良いのではないかと思っています。

北澤  ありがとうございました。徳永審議官の思いが込められたようなご発言をいただきました。時間が迫ってまいりましたが、今のご質問に関するご意見をいろいろお伺いしていると、地方の大学も特色あるユニークなアイデアを考えていかなければならないというご意見だったと思います。そのことは裏返せば、それができなかったら、やはりうまくいかないこともあり得るのだなと私は聞いておりました。そういう意味で、今回の法人化はどうしても競争的側面があるかと思われますが、いろいろな大学が競争環境の中でどれだけ特色を出していけるかということを進める。そういうものであると理解できるかと思います。

法人化後の大学の将来像

北澤  それでは最後になりましたが、今日パネル討論に来ていただきました方々に、法人化後のこれからの大学のイメージということで、日本の大学が世界の中でどう位置付けられるのか。あるいは社会の中でどう位置付けられるのか。どのように今後の法人化大学をしていきたいと考えておられるか。遠山元文部大臣、最後に徳永審議官にも一言、思いを、大学のイメージということで、お一人2分ぐらいしか時間がなくて申し訳ないのですが、まとめていただけたらと思います。最初に尾池先生、いかがでしょうか。

尾池  こういうパネルディスカッションは、いつも言いたいことが残ってしまってストレスを感じるのですが、1つだけ付け加えて今のご質問に答えるとすれば、何回か申し上げましたが、日本の教育全体の、教育体制そのもの全体の国際競争力を付けることが21世紀の全般の課題だと思っています。

 そのためには、鳥居先生が、大学学部は大学院にちゃんと優秀な人材を供給しろと言われましたが、大学学部から言うと、高校までにもっと頑張ってくれと言いたいわけです。これは文部科学省の縦割り行政を私は問題にしているわけでして、初等、中等教育、高等学校の教育、大学の教育全部、違う方たちが担当していますが、小学校の理科離れとか何とか言われて、それがずっと積み重なった形で積算していくのが教育ですから、それを大学に持ち込まれて、大学だけにちゃんとした人材を出せみたいなことを言われても困るわけです。例えば私たちの世代は、小学校のとき、国語の先生に国語の授業で理科を習ったりました。詳しくは言いませんが、偉人の伝記を読んだり、あるいはいろいろな話の中で、とにかく国語の先生が理科を教えてくれたのです。そういう国語の先生は今、小学校にいないですよね。やはり小学校教育をきちんとする。中学校教育をきちんとする。高校もちゃんとやる。そして大学は仕上げて、大学院に送り込めと。こういうふうに順番に来ないと出来上がってこないものを、ちょっと後で直しとけみたいなのは困るわけで、これだけは私は申し上げておきたいのですが、それをやった上で、世界に対して国際競争力をつける日本の教育システムを完成しなければいけない。これが大学の使命でもあると思っています。

北澤  それでは、宮原先生お願いします。

宮原  いろいろ、法人化に際してはご批判をいただきましたが、我々も一つ一つ一生懸命努力していますが、問題は、我々がそういうふうにやっていることを社会一般の方々に理解いただきたいということです。例えば大学は経営ばかりではなくて、一見無駄に見えるかもしれませんが、長い目で見たら役に立つような研究もやっているし、人材育成が大事だということでやっているわけです。ですから、社会の一般の方々は、大学とはそういうところなのだと、ある程度寛容な目をもって見ていただきたいと思います。

 ここにも報道の方々も来ているかもしれませんが、やはり新聞は非常にオピニオンリーダーになると思います。ですから、報道の方々も大学のいろいろなことを報道していくときに、例えば情報公開と言ったら、病院に来て医療事故があったかどうかと、そればかり見るのではなくて、今言ったようなことをどうやって世の中に広げていくか。そのように世の中の人が大学を寛容な目で見ていくためには、どういう報道したらいいかもあわせて考えていただきたいと思います。我々もそういう努力をやっていきたい。ですから、このままだと大学が潰れますよということではなくて、社会と大学が連携して、どうしたら潰れずに、本当に社会に受け入れられる大学をつくっていくかを社会の人たちと一緒に考えていく。だから私は最近、「産学」連携というよりも「社学」連携という言葉を使っていますが、そういう意味でぜひ皆様方のご協力をいただきたいと思います。

 私もまだ話したいことがいっぱいありますが、ご指名があれば、どこへでも出て行って、また私の思いを伝えさせていただきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

北澤  それでは、鳥居先生、お願いします。

鳥居  最初に申しあげましたように、私どもの大学は大阪大学と京都大学のご支援でつくっていただいたところです。ヘテロな教官の集団でして、今でも大阪、京都出身者が大変多くいまして、地元に根付いた大学だと思っています。あるいはもっと言えば、地盤沈下の関西と言われていますが、今日、こうして3人で話をさせていただきましたが、やはり多くの知的財産を、この3大学それぞれに持っているわけですから、それをどのように使っていただくかは皆さま方の知恵だと思います。

 また熊谷先生の名前出して恐縮なのですけど、昨日、今日と関西財界セミナーを神戸でやっています。そこで中国の王毅大使が基調講演をなさいまして、中国の言葉で「厚往薄来」とおっしゃいました。たくさん向こうへ行って、わずかこちらへ持ってくるという考え方を我々はしていると。中国には、そういう言葉があると。今までも、英語でギブ・アンド・テイクとよくあったのですけど、多分あれは1対1の関係ではなかったかなと理解していました。それが昨日は、天下の王毅大使がこういうこと言うかと思ってビックリしました。我々大学人ができることは、従来はコストセンターでしたから、今後はプロフィットセンターみたいなことだと誤解してしまう傾向にあるかもわかりませんが、やはり人材育成や社会への貢献に考えおよびますと、社会の中での大学、いわゆるステイクホルダーと言うべきだと思いますが、社会の一員として我々は位置付けているのだと理解していただければ、また新たな切り口があって、皆さま方とご協力できることがあるのではないかと思います。その意味で、私どもの大学は適任というか、大きさといい、ありがたい存在だと思っています。ますます頑張れると思っています。

 今日はどうもありがとうございました。

北澤  遠山元大臣、お願いします。

遠山  一国が成り立つには、これからの知的基盤社会においては大学がしっかりしなければだめだというのは冒頭からの合意であろうかと思います。その角度で2つ紹介したいと思います。

 一つは昨年11月にThe Timesが大学のランキングを出しました。これはかなりオーバーオールな角度から見たランキングでして、世界の100大学の中に日本は4つ入っていました。たった4つという気もしますが、言語のハンディとか、先程の高等教育への投資の少なさから見たら頑張っていると見られます。12位が東京大学で、幸い今日ご出席の2つの大学も入っていました。もっと順位を高めていただきたいなと思います。また鳥居先生の大学は小さいからそのランキングにはなかなか出ないのですが、国内の研究力調査ではトップクラスです。そのように、私は法人化を契機に世界を見回した中で、日本の大学がどんどん伸びていって欲しいと思っています。

 そのようなことで、その記事をゆうべ読んでいました。それは、このような内容です。This yearとは去年のことですが、This year is national univercities won. 要するに、「国立大学が日本において政府からautonomyを勝ち取ったのだ、その世紀の大改革において」と書かれているのですね。「勝ち取った」と思っていただいてよいわけでして、大いに頑張っていただきたいと思います。そして、President's freedom to set budget.と。バジェットをセットする仕方。そしてHire and fire staffs. 人事権ありと、そういう大改革をやったのだ、これから日本大変良くなるよ、という趣旨でございますので頑張っていただきたい。それが1点でございます。

 それから、その世界ランキングでダントツに1位だったのがハーバード大学です。これはまた別のときに読んだのですが、ハーバードのサマーズ総長が、ハーバードにおいて誇りうるものは何かという質問に対して、「ハーバードは世界で最も卓越した大学にすることを全員が目標として共有しているコミュニティである」と答えていました。大学の教員でも職員でも、この大学を世界で最も卓越した大学にすることにおいてすべてが一致している大学であると言って、その大学の大きな目標は、リベラルアーツにおいて、いかに学生に自分で考える力をつけ、問題を解決するスキルをつけるかにあると明確に言っております。その意味で法人化も一つのステップアップのシステムだと私は思いますので、ぜひともそれを存分に活用されて、自らの大学が世界に冠たるものになっていただきたい。そうなれば、それは大学人にとって素晴らしいことであるとともに、国民が皆期待していることでして、ぜひともこれを機会に日本の大学が大いに前進してもらいたいし、私ども市民もそれを常に期待しつつ支え、良いものについてはきちんと評価していく。そういう成熟した社会でありたいと思いますので、よろしくお願い致します。

北澤  ありがとうございました。それでは最後になりましたが、現役で文科省を率いておられる徳永審議官、一言お願いします。

徳永  元大臣の後で少し恥ずかしいのですが、ご指名でございますので。

 私どもとしても、大学が自立的な運営のもとで高度な研究と教育を行って、独占的に学位を授位すること。これが国際的に確立された慣行であって、その1つが欠けても大学でないと。そういう大学の本質は十分理解しています。また大学の教育と研究が、教員の純粋に個人的興味と関心に基づいて行われる研究であること。特に報道の方々に申し上げたいのですが、これは一見非効率に見えるかもしれませんが、長い目で見れば、そのことが最も効果的に人類の知の増進に役立つと。そのように我々が経験的に悟ったからこそ、今のような大学という仕組みが世界に普及して発展したのだと思っています。

 先程の宮原総長のご発言は、本当に私どもも力強いお言葉として承りました。私どもも、そういう認識でおります。ただ、そのことを社会の方々に認められ、そして公財政支出を増やすためには、ただそういう認識を社会に問いかけるだけではなくて、大学自身がまさにそういうものに値するものだと自ら実証してみせることが一番必要だと思っています。その意味で私どもも頑張りますし、各大学のご健闘お祈りし、期待しています。

 ありがとうございました。

北澤  ありがとうございました。あと3時間くらいこのディスカッションやりたいところですが、残念ながら時間が来てしまいました。いずれまた何ヶ月か経ったときに、どれだけ進んでいるかも含め、また考えてみる機会を設けることを約束しまして、今日のこのシンポジウム閉じさせていただきます。どうもパネラーの皆さまありがとうございました。

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場所:ホテルグランヴィア京都 3階「源氏の間」