2005年5月号
連載4  - 活躍する女性コーディネータ
地域に根付くコーディネータを目指して
顔写真

坂田 敦子 Profile
(さかた・あつこ)

財団法人くまもとテクノ産業財団
/独立行政法人科学技術振興機構
科学技術コーディネータ


新米コーディネータからのスタート
-目利き研修に助けられて-
 

科学技術コーディネータという聞き慣れない職種に飛び込んだのは約4年前の平成13年7月のこと。それまで大学と企業の研究室しか知らなかった私にとって遠い存在だった行政や産業界を垣間見ることができるのかもしれないという思いからであった。最初はいろいろな研究者や企業から多分野にわたる研究技術や熱い想いを聞くことができ、喜びと物珍しさで興味津々の毎日だったが、壁はすぐにきた。コーディネータとしての専門性である。技術評価、市場調査、研究費獲得、パートナー企業選択、産学連携推進のノウハウなどコーディネータとしてのスキルを求められた。

このような時に大きな力となったのが独立行政法人科学技術振興機構(JST)と財団法人全日本地域研究交流協会(JAREC)による企画の「新産業創出等のための人材育成プログラム」(目利き研修*1)であった。平成14年度から試みられたこの研修に参加し、短期間で知財、技術評価、マーケティング、ライセンシングなどについて第一線で活躍されている専門家の先生方から受講できたのは本当に幸運であった。この研修の素晴らしい点はスキルの習得だけではない。技術移転の考え方、アプローチの仕方はまだまだ進化していくものだということを国内および海外からの経験豊富な講師陣から教わった(写真*2)。常にチャレンジ精神をもって真摯に取り組まれる姿勢は実に尊敬に値する。これから産学官連携支援にかかわられる方々も「技術移転はこんなものだ」と簡単に決めつけないでほしい。既成の観念にとらわれることなく、海外のレベルや動きも把握しながら一つ一つ異なるケースを粘り強く丁寧に推進・支援していただきたい。

わが国の技術移転機関に望むもの
-国際的な視野と戦略的マネージメントができる真のプロジェクトマネジャー-
 

コーディネータになってこの4年の間、数度の欧米技術移転機関調査の機会を得たことはとても刺激的で視野を広げるのに大きく役立った。平成16年秋に訪れたドイツのミュンヘン工科大学(TUM)は機械・電子工学、原子力工学分野で、また英国のインペリアルカレッジロンドンは医学部を中心としたバイオ分野で、どちらも多数のノーベル賞受賞者を輩出するまでに世界一流のシーズと応用技術の展開に徹していた。大学の使命・本分を改めて見せつけられた。一方、BTG(英国)やシュタインバイス財団などは自国のシーズにとらわれず、常に世界トップレベルの独創性の高いシーズ発掘に目を光らせ、world wideな技術移転ビジネスを図っている(当然日本の研究シーズも範疇にある)。彼らはお互いに競合しながらも、それぞれの特徴(機関の規模、専門性、資本力など)を活かして協力し、強力でスピーディな利益追求型の技術移転を推進している。技術移転ビジネスはまさに激しい国際競争ビジネスであると強く印象づけられた。

このような中、わが国の研究シーズが海外企業との連携を図ることはもちろん大切であるが、その時期を見極めることは重要なのではないかと感じている。彼らは特許戦略に最も重きを置いている。わが国の研究開発が国際競争力に耐えうるためにはまず高いレベルの独創性のある研究シーズが求められる。そしてそのシーズの基盤技術の確立や基本特許取得だけでとどまることなく、迅速にその周辺技術やノウハウもある程度わが国で確保した上で連携することが国益を守り、優位な国際展開を図ることに繋がるのではないだろうか。そのためにもコーディネータやTLO(技術移転機関)スタッフは、常に海外技術移転の視点をもち、長期展望と戦略的マネジメントができる真のプロジェクトマネジャーになることが必要不可欠かつ急務であると思う。

地域に根付くコーディネータを目指して

“地域の強い熱望が地域の産学官連携のあり方を変える”という視点から見習いたいのがフィンランドのオウル市である。オウル市の人口は約12万人で、わが国ではむしろ中小の都市に匹敵する*3。25年前ここにはハイテク技術も大企業も資本もなく、激しい国際経済競争の中、経済状況は悪化するばかりだった。この時、「何とか北部圏の衰退の途をくい止めたい」という地域の強い声があがり、オウル大学はバイオとハイテクノロジーに特化した集中と選択の戦略的実践に踏み切った。そしてたった20年余りでノキアを中心とした世界のハイテク通信クラスターを成長させ、北部圏(約50万人)の生活文化向上と雇用増大はもとより国家全体の経済向上という大きな貢献をもたらすことになった。



▼1984年、ドルトムント大学周辺には何もな
     かった。

写真2



▼1998年、4万人のハイテク集積クラスター
     へ成長。

写真3

このことはわが国が地域発展を目指す上でも大きな勇気となる。と同時に「地域には技術力がない。人材がない。大都市圏から遠い」などは言い訳にならないことを物語っている。まずは市民一人ひとりが「自分たちはどういう地域を目指すのか」「我が国がどうあってほしいのか」、夢やビジョンをはっきり持つことである。他にもどん底の経済状態の中、地域住民の声と力で産業集積に成功した都市は数多い*4

地域の熱意のほかに地域活性化のためには行政と学と産が一体化することが不可欠である。単なる行政主導ではない。地域住民の指向がはっきりした行政支援は本質的で早い成果につながる。最近はこれに金融機関やNPO法人との連携も叫ばれはじめている。こういう状況の中、各機関のコーディネータやアドバイザーなど連携支援組織がもつ役割は大きい。私がコーディネート活動を行っている熊本県は幸いにも県や市と大学知財部、TLOやRSP事業との連携が良好である*5。さらに産業集積には他地域との連携は欠かせない。これら産学官連携支援に係わる人材の連携を密にし、組織間の距離を縮め、迅速かつ協力的な支援ネットワークが成功の鍵となる。今年JSTより公開された「産学官連携支援データベース」も重要な連携支援の手段の一つであろう*6。各個人の創意工夫で他地域との積極的な連携が強く望まれる。

熊本県は2000年に「県工業振興ビジョン」策定を、2003年には「セミコンフォレスト構想」策定を行い、半導体産業の集積を目指した。そして今年(2005年)、もう一つの柱「バイオフォレスト構想」の策定を進めている。県内大学の医学、薬学、工学部を中心としたバイオ技術や発酵技術、バイオマス技術など、高いレベルの基盤技術を地域の製薬・化学企業やバイオベンチャー*7と連携し、医薬品、食品、環境分野などバイオ産業の育成・活性化に活かす試みである。RSP事業も残すところあと1年、どこまで地域活性化に貢献できるか、大いに試行錯誤し、少しでも地域に根付くコーディネータ像に近づきたいと思っている。

*1目利き研修
新産業創出等のための人材育成プログラム。基礎コースと実務応用コースに分かれており、初心者から専門家まで広い人材育成研修の場になっている。

*2
平成17年3月24・25日に行われた平成16年度海外からの招聘講師による研修のメンバー。後列中央左よりProbert氏(英国ケンブリッジ大学CTM)、Sandelin氏(米国スタンフォード大学OTL)、Kew氏(シンガポール国立大学産学連携オフィス)の3名を講師に迎え、大変レベルの高い濃密な研修が行われた。

*3オウル市
オウル市の中心オウル大学は1958年創立(創立後47年)で、職員約3,000名、学生約15,000名。学生は学術系と専門系に分かれ、高いレベルの教育を受けている。

*4
ドイツ、ドルトムント市も近年の鉄鋼業衰退により深刻な人口流出に陥ったが、1985年、地域自治体が中心となって情報工学に強いドルトムント大学の周辺にインキュベーションやテクノロジーパークを立ち上げ、約4万人のハイテク産業クラスターを創り上げた(2001年、ドイツ技術移転調査より)。

*5
熊本TLOやRSP事業は県の第3セクターである(財)くまもとテクノ産業財団の中にある。この財団内には他に中小企業を対象とした経営支援、資金調達、起業化支援などの複合支援センターが県工業連合会の本部が集まっている。同時に多様な支援が提供できる。

*6
産学官連携支援人材は現在わが国では約2,000人と言われている。「産学官連携支援データベース」は約1,000人の情報を提供している。
http://sangakukan.jp/db/
また前述の目利き研修でのコーディネータ同士の交流も有力なネットワーク創りの場である。

*7
県内の大学発バイオベンチャーは(株)トランスジェニック(熊本大学)、(株)健康医学予防研究所(崇城大学)など8社がある。