2005年5月号
連載5  - 実録・産学官連携
大学における技術移転管理方法
顔写真

市川 博子 Profile
(いちかわ・ひろこ)

慶應義塾大学 知的財産センター
係主任・技術移転アソシエイト



1. はじめに

第4号にて、大学における知的財産管理方法について記載したので、今回は、技術移転の管理方法について、特に実務的な業務フローと情報管理の方法を中心に記載したい。

技術移転は、大学の研究成果を企業に移転することで、具体的には特許や著作権、ノウハウ等の知的財産を企業にライセンスする形をとる。技術移転管理と知的財産管理とが切り離せないことは、前号に記載した通りである。

2. 技術移転活動概要
図1

図1 技術移転フロー

技術移転は、最終的には個別企業との示談交渉によるので、細かくはさまざまなケースがありうる。最もスムーズで一般的なスタイルとしては、図1に示す通り、[1]市場調査→[2]企業調査→[3]技術紹介→[4]秘密保持契約(以下、NDA:Non Disclosure Agreement)→[5]特許開示→([6]オプション契約→)[7]実施許諾契約となる。

企業との接触の第一歩は、ほとんどの場合、発明者と協力して技術移転担当者が企業に紹介することから始まる。知的資産センターのホームページに掲載されている特許一覧等から、興味を持っていただいた企業が直接問い合わせをしてくるケースもたまにあるが、数は少ない。特許流通サイトから問い合わせがくるケースは、残念ながらさらに少なくなる。一方、発明開示後に、オプション契約や、実施許諾契約だけでなく、共同研究や委託研究に発展するケースは多い。また、発明者自身が起業したベンチャー会社に実施許諾契約を締結するか、特許を譲渡するケースも増えてきた。

3. 技術移転管理フロー
図2

図2 業務フロー(技術移転)

技術移転管理のフローを図2に示す。特許出願後に、その特許案件の技術移転担当者(慶應義塾大学知的資産センターでは、特許出願とその技術移転とは、原則同じ技術移転担当者が担当している)は、案件の技術移転先を検討する。出願前に発明者に内容についてのヒアリングを行うが、その際に、企業との関係があるかどうか等のヒアリングも行う。過去に共同研究等を行っていることがあれば、契約について確認する。発明者の希望等も聞き、対象企業を絞り込む。発明者に企業との関係がまったくなく、特に希望も無い場合には、技術移転担当者が、企業を選定する。対象製品を想定して、市場調査を行う。製品によっては、市場シェアの高い企業に問い合わせるケースも多いが、新規参入したばかりの企業に問い合わせるケースも多い。

最初の対象企業が決まったら、窓口を見つけて接触する。企業の窓口は、紹介を受けたり、ホームページで調べたりする。これまでまったく接点の無い企業の場合には、特許検索を行って、近い技術分野の発明者を調べたりもする。研究者を窓口に交渉した方が、特許のライセンスが駄目でも、現場の情報収集ができたり、新たな共同研究の話に発展したり、発明者にとってメリットがある場合が多いからだ。企業の研究者も、ライセンスするかしないかは別としても、自分の研究内容と非常に関連する内容であれば、大学の技術情報に少なくとも興味は示してくれることが多い。中小企業やベンチャー企業の場合には、最初から社長にお話しすることが多い。

企業の窓口が特定されれば、まずは、簡単な技術紹介を行う。興味を示してもらえれば、NDAを締結して、特許を開示したり、発明者を紹介したりする。特許明細書の開示のためのNDAは、知的資産センター所長印にて締結可能となっており、早急な対応が可能だ。捺印後の契約書は、契約事務担当者が受け取って、採番する。すべての契約書は、案件ごとに管理しており、契約書は原本を保管して、PDFファイルをデータベースにリンクさせ、通常はそちらを参照するようにするとよい。

技術移転コードは、対象となる特許のうち、最小の整理番号に-01,-02という枝番を付けて、1社目の案件、2社目の案件……という順番で採番している。契約書類番号は、日付で管理してもいいが、技術移転コードにさらに日付順に枝番を付加して採番していくとよい。

図3

図3 データ入力の表示例



図4

図4 技術移転交渉経過の表示例

採番したら、データ入力を行う(図3)。技術移転コードごとに、対象となる特許の整理番号を入力し、リンクを貼る。技術移転コードごとに対象企業情報を入力し、技術移転担当者や、交渉案件名等の基本情報を入力する。交渉案件名は、どの案件かが一目でわかるために内部的に用いているもので、「企業名・発明者名・対象物」を記載している。対象特許の整理番号を入力し、該当する特許情報を表示させるとよい。

技術移転コードごとに、交渉の経過を記録する(図4)。日付、担当者、処理、書類番号、内容を記録しておく。交渉経過は、技術移転担当者も入力が可能な設定にしておくと、業務報告書を作成する際、担当者の処理を自動抽出することが可能だ。

締結した契約書は、交渉経過とは別に内容を保存している。契約書の内容を抽出して、期限日や報告日、対価条件、請求金額等データベースに入力する。入力内容から請求書や、入金確認等のアラーム管理を行っている。特にロイヤルティーの入金や、契約期限の管理等は、期間が長すぎて忘れやすいため、できる限り自動的にアラーム管理ができる方がいい。入金確認も分割納入の場合、年度を越すと忘れてしまいがちなので、自動的にチェックしていく必要がある。

また、ロイヤルティー収入に関しては、日付、担当者、内容、入金種別、金額等を管理する。知的資産センターでは、これに加えて、計上年月日、証憑書類番号等も管理している。同様に収入対価を配分する処理を管理する。対応する特許とリンクされているので、技術移転案件ごとに、ライセンスによる収入と特許経費による支出のバランスが常に把握できる。技術移転案件と特許と双方向から収支バランスが見えるようにしておくと把握しやすい。

図5に、特許の権利化活動と技術移転活動とを併せた技術移転機関(以下、TLO:Technology Licensing Office)活動全体の業務フローを示す。時期的な前後は当然案件ごとに異なるが、権利化活動とその技術移転活動とは並行して進行しており、並行して管理も行っていく。

4. その他の契約書管理

知的資産センターが契約書の本紙を保管しているものは、実施許諾契約等、前述の技術移転に関する契約だけではない。当初は、技術移転に関連する契約書以外は想定していなかったが、実際は、マテリアルトランスファー(以下、MTA:Material Transfer Agreement)に関する契約書や、研究支援部門が管轄していない委託研究の契約書、マッチングファンド等TLOが窓口となることを指定されている助成事業に関わる研究等の契約書、知的資産センター自体が受託する調査等に関わる契約書等がある。また、NDAに関しても、特許開示に関するNDAだけにとどまらない場合が増えてきている。これらの契約に関連する交渉経緯等も残していく必要がある。

実は、技術移転に関わる情報管理をスタートしたばかりの頃は、共同研究や、委託研究に関わる契約内容は、知的資産センターが扱う特許案件が出てきた際に、その特許に関わる契約が過去にすでに締結されているかどうかをさかのぼって確認し、その内容を特許情報に付加して管理さえすれば、それで充分かと考えていた。発明のもととなる研究が委託研究等であった場合には、その研究契約において知的財産の帰属等の条件が決められているケースが多いため、その内容を確認し、管理する必要は最初からあったが、同一の研究を重複して受託するのは秘密保持の観点から有り得ないと考え、1件の特許に1件の研究契約情報を付加することが出来る設定にしていた。しかしながら、実際は、業務を継続していく中でさまざまなケースに遭遇した。技術移転を行い、実施許諾契約を締結した後に、共同研究契約を締結したり、実施許諾契約を締結しようと思って交渉を続けていったが特許のライセンスは出来ず、替わりに委託研究契約を受けることになったり、その委託研究契約の中でノウハウ開示や、知的財産の実施許諾を含めたり、一部を譲渡したり……と、実に多様なケースが存在し、単純に1件の特許に1つの研究契約が関わることを想定したモデルでは、到底管理しきれないことがわかった。

そこで、技術移転交渉案件に種別項目を付加して、案件を「研究」「技術移転」「MTA」・・・等に分類できるようにしておくとよい。知的財産管理の際に、案件種別で「特許」「実用新案」……と分類するのと同様だが、こうすると共通のテーブルで、共同研究に関わる交渉経緯や、契約内容に関しても簡単に管理することができ、多様なケースに対応して、種別を増やすことも可能だ。

さらに、技術移転案件データに関しては、画面上で、各案件の最新の契約締結日と契約内容が常に表示されるように設定しておくと、現在の状況を一目で把握することができる。案件の一覧画面上でも、最新契約が表示されれば、実施許諾契約まで進んでいるのか、いまだ秘密保持契約をして技術を紹介しただけの状態なのか等が把握できるので、必要情報を抽出しやすい。ライセンス先の企業別にその企業が関わっている技術移転交渉案件が「研究」「技術移転」……の種別ごとに一覧で表示されれば、企業との過去の関係がすべて把握でき、新たな交渉の際の基礎データとなる。技術移転のデータを着実に蓄積していくことで、技術移転活動が戦略的に強化されると思う。

5. おわりに

知的資産センターで技術移転の管理を開始した頃は、案件も少なく、担当者の個人的な記録や記憶に頼ることもできた。年間40件以上をライセンスする現在では、過去分の請求や確認も含めて、確実に管理していくことが非常に大切になってきている。技術移転活動が活発になるほど、関連する契約関係も複雑化していく。内容をデータベース化して、最低限アラーム管理はしていきたい。

技術移転の管理方法に関しては、これまで、明確な指導書や、管理ソフトがまったく存在せず、各大学とも件数の増加に伴って、苦労することが多い部分ではないだろうか。慶應義塾大学の場合には、たまたま早い段階で、知的財産と技術移転情報との一体型のデータベースを自前で開発しスタートできたため、案件の増加に伴って、適宜改良を加えていくことができた。管理ソフトを他大学へライセンスするようになり、弊学では想定し得なかった要望等もたくさん伺うことができ、さらに改良することができたことにも感謝している。

余談だが、「TL王」は、Ver.2までのユーザには、慶應義塾大学から直接CD-ROMをお送りしており、手作り色が非常に濃厚なものだった。大学ごとにカスタマイズするにしても、「何かたたき台になるソフトがあればなぁ……」と何度も何度も思っていたので、他の大学でもきっと同じように苦しんでいる人が多いに違いない、という老婆心で、「売り切り・改変自由」という大学ならではの思い切った条件でのソフトウエア提供だった。現在では、管理ソフト自体、イースト株式会社に技術移転し、保守メンテナンスも安心してお任せできる体制が確立している。ユーザ数の増加に伴って、新しい機能もふんだんに盛り込まれているので、今後は、管理方法マニュアルを充実する必要があるのかもしれない。

技術移転情報は、大学の貴重なノウハウ情報なので、取り扱いに注意しつつ、管理をしっかり行って、有効に活用していきたいと思う。

●参考

大学向け知的財産管理・技術移転管理ソフト「TL王」
http://www.tlo.keio.ac.jp(accessed 2005-04-27)

無料体験版:http://www.est.co.jp/tlo/trial.htm(accessed 2005-04-27)