2005年6月号
産学官連携事例報告
産学官連携によるバイオベンチャー設立まで
-大学教官とバイオベンチャー取締役の両立を目指して-

黒田 俊一 Profile
(くろだ・しゅんいち)

大阪大学産業科学研究所助教授/
(株)ビークル取締役(CSO)/
(株)バイオリーダースジャパン 取締役


私は、大阪大学産業科学研究所*1のナノバイオ系の研究者であり、大阪大学大学院理学研究科の教員でもあるが、いろいろな経緯があって、(株)バイオリーダースジャパン*2および(株)ビークル*3という2つの大学発ベンチャーの設立に関与し、取締役として兼業で勤務することになった。しかも両社はペーパーカンパニーではなく、それぞれ5億円以上の投資を集め、研究所を設置し、実際に10名近くの専業の従業員を雇用し、製薬会社や試薬会社を取引先として活動している。両社とも本格的な大学発バイオベンチャーに成長してきており、2008年の株式公開(IPO)を目指して着実に歩んでいる。しかし、数年前までは、このような産学連携を絵に描いたような大学教官に自分がなろうとは想像すらしていなかった。それよりも、大学の教官というものは研究と教育のみに注力するべきものと考えていた。本稿では、今後、大学発ベンチャーに関与すると思われる方々に何らかの役に立つのではと考え、普通の大学教官であった私が、どのようにして大学発ベンチャーの経営に取り組むようになったのかを紹介したい。

(株)バイオリーダースジャパン設立の経緯

2000年1月に私の大学院時代からの古い友人である成文喜博士(当時、韓国生物工学研究院幹部)は、自分の保有する微生物に関する知的財産を基に、(株)バイオリーダース(BLK社)を韓国のサイエンスタウンである大田(テジョン)市に設立した。当時、日本においては大学発ベンチャーという言葉もなく、公務員が兼業でバイオベンチャーを起業するというシステムもなく、彼から技術顧問就任を要請された時には、逆に「研究者というものは研究に集中しなければならない」と言った記憶がある。その1年後には、日本のバイオの中心は関西であるという彼の信念から、子会社として(株)バイオリーダースジャパン(BLJ社)が大阪に設立された。この時、私は発起人として参加したが、経営自体にはまったくタッチしなかった。

両社のビジネスモデルは、BLK社が開発して権利化した基礎技術を基に、大きなバイオ市場を有する日本でBLJ社が独占的再実施企業として製品化するというものである。製品群は、[1]他社製品の10倍以上の大きさの超高分子量ポリγグルタミン酸を使用した、化粧品用保湿剤、食品用保湿剤、ワクチン用アジュバントなどと、[2]食用乳酸菌の表層に種々の外来性タンパク質を提示する系を基本として、外来抗原提示乳酸菌による経口ワクチン(動物用およびヒト用)、バイオマス代謝酵素提示乳酸菌によるポリ乳酸生産などの、2つのパイプラインから構成される。既に、前者は韓国国内では化粧品として市販され、日本でも大手化粧品会社への納入が開始されている。また、後者の一部は韓国国内で飼料添加物として販売され、複数の経口ワクチン候補は国内ワクチンメーカーでの評価を受けており、近日、共同研究開発契約を締結できる見通しである*4

そのような中、私は現在のゲノム創薬の中心に位置するヒト由来7回膜貫通型受容体(GPCR)を出芽酵母表層で機能を保持したまま発現させ、同受容体のアゴニストやアンタゴニストを酵母表層でハイスループットスクリーニングするシステムを、2003~2004年度の経済産業省地域新生コンソーシアム開発事業のプロジェクトリーダーとして開発および権利化した。そこで、BLJ社における3つめのパイプラインとして、本システムを科学機器および情報機器メーカーの協力により製品化するべく、2004年夏に取締役として経営に参加した。

BLJ社はこの4月に新入社員を3名迎え、8月の2回目の第三者割当増資にむけて突き進んでいる。この増資が終了すれば、売上高も伸びていることから、会社基盤も一層安定し、3年後のIPOまで確実に歩めるものと考えている。

(株)ビークル設立の経緯

前項のBLJ社に関しては、韓国の古い友人が代表取締役社長を務める会社を手伝うというスタンスでベンチャー設立に関与したが、(株)ビークルに関しては完全に自分自身の技術を基に起業した。

(株)ビークルは、さまざまな薬物(遺伝子、タンパク質、化合物)の生体内ピンポイント投与を可能にするまったく新しいDDS(Drug Delivery System:薬物送達システム)キャリアーである「バイオナノカプセル」を実用化するために2002年に設立された大学発バイオベンチャーである。発起人は大阪大学(筆者および谷澤克行博士)、神戸大学(近藤昭彦博士)、岡山大学(妹尾昌治博士)、慶應義塾大学(上田政和博士)の4校にまたがっており、他の多くの大学発ベンチャーと異なっている。

「バイオナノカプセル」は、リポソーム法の簡便さとウイルス法の高い物質導入能を兼ね備えたハイブリッド法であり、従来のDDSキャリアーにはない能動的標的化能を有しており、血液中に低濃度で存在しても、生体内の患部にピンポイントで集積することができる。現在はヒト肝細胞に対して極めて特異的に物質送達できるほか、任意の細胞や臓器に対してもピンポイントで物質送達が可能である。基本技術は、2003年のNature Biotechnology誌(21巻885頁)に発表しており、Lancet誌(7月5日号48頁)およびNature Materials誌(8月号504頁)には、「強い感染力と高い細胞特異性を持つウイルスゲノムフリーな画期的な生体内物質送達法」として紹介された。現在、本カプセルは臨床応用に非常に近いDDSキャリアーであると考えられている。近年、抗体医薬、RNAi、新規抗癌剤などの各種バイオ新薬が開発されているが、臨床においてどのように患部に送達させるかが問題となっている。この「バイオナノカプセル」が、この最後まで残された課題を解決する切り札になると考え、研究用から臨床用まで各種カプセルの開発と製造を自ら行い、国内外の試薬会社および製薬会社とアライアンスを組むことで販売および臨床応用を目指している。既に数社の国内外大手企業と共同研究開発契約の締結に向けて極めて前向きに交渉中である*5

(株)ビークルと科学技術振興機構(JST)との関係

2000年にJSTの有用特許制度で、「バイオナノカプセル」の基本コンセプトを特許化し、2001~2002年度の権利化試験事業(研究リーダー:黒田)に採択され約10件の周辺特許を申請(すべて9カ国へ国際特許申請済み)することができた。この頃、カリフォルニア大学サンディエゴ校分子医薬研究所とソーク研究所が合同で設立した遺伝子治療を行うセラドン社から、我々の特許の実施権をすべて買い取りたいという申し出が突然舞い込んだ。当時の我々には米国スタイルの分厚い契約書を取り扱うことができる人材も経験もなく、目の前の大金に目が眩み(?)、正常な判断ができなかった。この経験から、我々は早急に企業体を形成しなければいけないと判断し、2002年の(株)ビークル起業に結びついた。

当時は「大学発ベンチャー」という言葉がささやかれはじめてはいたが、従来型産業の零細企業設立のマニュアルしかなく、先端技術を売り物にするベンチャー設立のすべてが手探りであった。特にベンチャーキャピタル(VC)から投資を得ようとしたが、幾つかの致命的な問題が露見した。特に、多くのVCから、ベンチャーの基本は特許であって、その特許を独占的に実施できないとベンチャーとしての価値はないとされた。これまでに我々も含めた多くの大学教官はJSTから特許出願している。確かにJSTは出願費用を肩代わりしてくれるので大変有り難い。しかし、当時は大学教官が自分の発明した特許を基に起業しようとしても、いかなる条件でもJSTが実施権を有していたので、現実には起業自体がナンセンスであった(現在は制度が改定され、発明者による起業を促進する仕組みに変更されている)。

2003年に「実験動物由来各種細胞及び臓器に対する新規バイオナノカプセル開発」がJST育成研究(研究リーダー:黒田)に採択され、JST研究成果活用プラザ大阪、地域事業推進部および技術展開部が中心となってビークルによる事業化支援を強力に推進してくれた。その結果、2004年夏に基本特許(優先的な実施権を含む)のJSTからの買い取りに成功し、周辺特許についてもJSTから優先的な実施権を得ることに成功した。今、振り返ってみると起業における最大のストレスはこの実施権問題にあった。

国立大学も法人化されて知的財産本部が設置され、大学教官自身による発明の取り扱いが難しくなった。これまでのように簡単に特許が個人帰属になることは少ない。特に即効性のある実用性の高い発明は大学帰属の特許となる可能性が高い。また、研究予算の出処によって特許権の割合が左右されたり、新たな権利者が生じる。我が国は大学発ベンチャーによる景気浮揚を国策としているのであるから、起業ブームに水を差すような規則や仕組みは、今後緩和されるものと信じるが、研究者自身に自分の関与した発明の実施権が確実に与えられる、もしくは、実施に対して意向が反映できる保証は完全ではないのも現実であり、早期の改善を望みたい。

最後に

最近、大学教官の職務とは何であろうかと考えることが多い。少なくとも5年前までは「教育と研究」と何の疑いもなく明言しており、実際に学生の研究を指導して、自らも研究を行い、できるだけインパクトファクターの高い国際学術雑誌に掲載されるような研究成果を発表することに注力してきた。一方、特許などの知的財産に関しては無頓着で、たまに企業との共同研究の成果で特許申請をしなければならない時に、「面倒臭いな」と内心思いながら大学の発明委員会に諮った記憶がある。恐らく当時のほとんどの理系大学教官は同じ考えであったであろう。しかし、国立大学の法人化が議論されはじめ(実際の法人化は2004年)、大学発の知的財産を活用して大学本体および社会全体に還元するという考え方が大学内外に流布し、自分を含む多くの大学教官に変化が現れはじめた。具体的には、社会にとって役に立つもしくは影響力のある研究成果を生み出すか否かが、大学における研究活動を評価する新しい物差しとして急速に受け入れられはじめた。特に私の所属する大阪大学は、かなり早い時期に多くのバイオベンチャーが設立され、中にはIPOまで行ったアンジェスMG*6が存在することから、学内の実用化研究およびビジネス化に対する意識は高い。

そのような状況において、半分、時代に流されるように、私は自らの研究成果の権利化を行い、2社のバイオベンチャーの起業に関与した。幸いにも仲間および支援者にも恵まれているが、「この方向性は果たして正解なのだろうか?」と未だに自問自答する毎日である。以前、私は前・神戸大学学長の故・西塚泰美先生のグループで助教授を務めていた。西塚先生は誰もが認めるノーベル賞級の仕事(プロテインキナーゼCの発見)をされたが、その先生のお言葉の中に「本当に良い研究というものは世の中の役に立たねばならない」というものがあった。このお言葉を思うに、今の私の職務に対するスタンスは決して間違ってはいないのではと考える次第である。

*1
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp
筆者の所属する研究室は生体触媒科学研究分野である。

*2
http://www.bioleaders.co.kr
(株)バイオリーダースジャパンのホームページは現在準備中であるので、韓国の親会社の(株)バイオリーダースのホームページを参照されたい。

*3
http://www.beacle.com

*4
BLK社およびBLJ社の詳細は、バイオインダストリー誌(CMC出版)2005年5月号82-88頁に記載されているので参考にされたい。

*5
(株)ビークルの詳細は、バイオインダストリー誌(CMC出版)2005年4月号88-95頁に記載されているので参考にされたい。

*6アンジェスMG
大学発ベンチャーのエースとされる。