2005年8月号
巻頭インタビュー
今日までの産学官連携の総括とこれからの
ビジョン
-初代科学技術コーディネータに聞く-
顔写真

齋藤 省吾 Profile
(さいとう・しょうご)

九州大学名誉教授




はじめに、初代科学技術コーディネータとして福岡県での産学連携拠点づくりの経緯をお話しください。

齋藤 まず、拠点の場所、一緒に働く人々、資金と、いわゆる人・もの・金が必要ですが、すべてについて産学連携に理解のある県知事に非常に配慮していただけました。県のトップの方の大いなる理解と支援が産学連携拠点づくりを前進させたと言えます。つまり、トップダウン式と言えましょう。トップダウン式では現場の人たちが十分な議論を積み重ねてトップの方針を少しくらい曲げてもトップを説得できるような、そういう論理づくりをすればうまくいくと思います。この流れがスムーズでないと、種々の内部摩擦が起きます。場所柄をいいますと、九州の労働力は大変に質が高いのです。それに加えて知の集積を盛り上げることが必要です。幸い、若手の大学人を育てることができました。また企業からも大学に人が入るようになって、相互交流で知的集積が幅広くなってきています。

RSP事業の第1目的は研究成果情報の収集です。まず、大学にある研究成果情報を域内の多くの大学から公平に収集しました。また九州を産業拠点としていますので、1県で仕切るのではなく、近隣の県にまで手を伸ばし、九州全土とはいかないにしても、主に九州北部の大学から収集するというやや広域性を持たせました。この収集から生まれた成果の例を挙げますと、例えば歪SOIウエーハがあります。これはシリコンのウエーハという、デバイスの基盤になる単結晶で、九州大学、九州工業大学および近隣の企業の共同作業で成功した開発事例です。ここまでたどりつくのにやはり、時間と尽力が多くかかっています。

次に、コーディネータは収集した研究成果情報を新しい技術になるか否かで評価していきます。最近よく聞かれる言葉ですが、トリアージです。どういう技術を選別してさらに育てていくかを評価するわけです。この評価はコーディネータと麻生知事の主宰で招集された福岡IST((財)福岡県産業・科学技術振興財団)で行いました。本来福岡県は食品産業と金属産業の比重の大きい産業構造なのです。言い換えますと、加工型の産業の比重が非常に低かったのです。産業拠点では加工型の比重を増やそうとしました。付加価値の高い加工型の産業の芽を育てる支援を行うことにしました。この方針で独自性を出しました。これを知事は認めてくれたのです。その結果、評価前の収集成果情報は約300で、選別した結果を技術レベルまで1年間だけ育成するために取り上げたのが69件です。 次は開発を目標にしたプロジェクトとして展開させます。該当プロジェクトは52件でした。このために国と県から約40億円の資金を獲得し投入しました。ただしこの52件の中には失敗もあります。現段階で実用化に到達したのは18件、ベンチャーが2件起きております。私が問題にしたいのは、これらから売り上げがいくら出たかを今評価するのではなく、それにかかわる人がどのくらい増えたかを評価したいということです。売り上げで評価するなら、成長の著しいプロジェクトをとればいいのです。ちなみに1,000億円を超える売り上げが期待される歪SOIウェーハは実は福岡県でなく、佐賀県で産業化し販売します。

なるほど、そうですか。

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「地域の活性化とは地元の中小企業の活性化
     ですから」

齋藤 健全に育ったプロジェクトは主に経済産業省の地域コンソーシアムがらみで資金が出ていますし、また、現在も私が参加して推進しています。次いで、地域結集型共同研究事業について話します。これは、福岡はあまりうまくいっていません。発案者であるコーディネータの責任が大きいのですが、実行プロセスのマネジメントに問題があったのです。国の資金をいただく場合、5年間終わったらその中で芽になるようなもの、まだ発展途中のものは地場が引き受けて、一種のCOE*1をつくって育成するという国との約束があります。コーディネータはそれを実行するよう県に依頼しました。これに従い県はインキュベーションセンターを借りて、県費を入れて現在も運営しています。

コーディネート制度に関する国の約束に従い、福岡県はマッチングコーディネータ制度*2を作り、現在も実施しています。マッチングコーディネータの位置付けですが、私は当初から産業構造を変えるということで、先端技術に軸足をおいてきましたが、一方で、地元に多くの中小企業がありますので、中小企業にウェートをかけるマッチングをしてほしいということで、その方向でコーディネート活動をしてもらっています。地域の活性化とは地元の中小企業の活性化ですから。それが産業クラスターの狙いです。従ってマッチングコーディネータにその辺りをやってほしいわけです。

マッチングコーディネータというシステムがあれば、それが受け皿になってとにかく地域活性化につながりますよね。

齋藤 そういうことです。マッチングコーディネータの人件費は全部県が持っています。一方、RSP事業は、国の資金で行われたのです。

それとコーディネータが一緒に仕事をした県職員に多様性のある将来展開をしてほしいと考え、その手助けもしました。例えば、将来は行政に行きなさいとか、大学の先生になりなさい、大学の知財本部という専門職への展開などのアドバイスです。これは県を挙げて応援すべきことだと思います。

大変にいい話ですね。一方でいくつかの問題点もあげていただきたいのですが。教訓も併せてお願いします。

齋藤 やはり仕事を進める上で、軋轢はありました。3つ、すなわち、県の上層部との軋轢、大学の工学部との軋轢、地域の産業界との軋轢です。

第1の軋轢は、県知事は選挙で選ばれる、一方でキャリアを積み上げてきた上層部がおられることが原因です。ですから県の産業構造に新しいものを持ってこようとしても必ずしも県上層部に受け入れられないのです。県独自で新しくやろう、あるいは国と県で多額の資金を出して新しくやろうという動きには相当妨害がありましたね。大学の閉鎖性や重工業城下町的環境との間にも軋轢がないといえば嘘になります。地方によっては、開放的である、閉鎖的であるという温度差も影響します。

福岡は、玄界灘に面しており、アジアに目が向いている、アジアの拠点は福岡だろうという認識も一般にあるのではないでしょうか。地域的に開放的であるイメージが外から見るとあります。

齋藤 1つ例を挙げましょう。東北大学では知財本部やTLO(技術移転機関)が円滑に運営されています。あそこは広域TLOで、しかもスーパーTLO*3にもなっていますよ。つまり、「東北地域はすべて東北大学がお世話します。東北以外の地域もしかり」ということで、スーパーTLOが九州の大学も含む大学の成果を世話するのです。九州の中ではよその県の世話にならない、という極めてクローズドなカルチャーがあります。

そうですか、そんなに地域性、地域のカルチャーが関係するのですね。

齋藤 それと一般に地域の既存の産業の存在がありますので、産業クラスター政策で、中小企業を育成し、それが地域振興となるというコンテキストで、中小企業が真に育つか否か、これはまた1つの問題でもあると思います。もちろん育たざるを得ないのですが。

研究開発ポテンシャルがあるラジカルな中小企業が育つことが大切だと思います。

知的クラスターも中間評価報告書が出ましたし、産業クラスターもあわせてファーストフェーズというのが終わり、セカンドフェーズに移っていきます。次の段階の重要なテーマは人材育成やヒューマンネットワークと思いますが、これについてお話しください。

齋藤 これらの課題は喫緊です。

新産業創成のための人材育成事業、いわゆる目利き研修ですね。私は今、これに一番時間を使っています。ポスドクなどの若手向けと中小企業向けの目利き研修事業は、今年度下期からスタートするために今企画準備中です。若い方々の育成で調査してみますと、ポスドクや博士課程院生の99%は依然として大学でのポストを志向しているようです。でも私は残りの1%に期待しています。少子化になれば大学のポストも必然的に減少するなり、任期制になりましょう。大学と社会のかかわりをしっかり意識した大学教育をしてほしい。従って、大学でのポストをねらう院生でもある意味では目利き人材としての最低の素養ぐらい必要なのではないでしょうか。こうなると、個人個人のキャリアデザイン、生き方の問題になってきます。社会貢献を視野に入れた大学教育は重要です。その中には地域の特徴も生き方に非常に結びついています。中国の北京市中関村の例*4、フィンランドのオウル市の例*5などおわかりでしょうが、ここまできますと総合的な話になってきますね。

私自身、日本のいくつかの地域で研修をしていますと、かなり優秀な方々が産学連携にかかわっておられるのを実感します。人材には希望がもてると見ています。それだけに将来展望をしっかり持たなくてはいけないと感じています。

ヒューマンネットワークについてはどのように感じておられますか。

齋藤 例えば昨年(独)科学技術振興機構(JST)が立ち上げた産学官連携従事者のデータベース化*6が1つ該当するかなと考えます。これは簡単な仕事ではありません。広域性があることが鍵です。このデータベースや「産学官連携ジャーナル」を通した緩いネットワークをつくり、まずはコーディネータ間での情報交換ができるようにするということで始めています。大上段でないところがみそです。それにしてもデータ収集段階では柔軟性が持てるよう、いくらかのサポートが必要です。一方、研究成果データベースは公開が望ましい。県によっては研究者データベースは非公開という場合もあります。一般にデータベースには批判的な情報、失敗的な情報も入れるのは重要であると思います。ただし、この場合は非公開になるでしょう。国主導のデータベースであってもそういう情報は、情報がもたらす結果(ミスマッチングを防ぐなど)を考えればむしろ必要であると思います。

目利き研修事業で最初の評価ないし選別を学びますが、最初のふるい分けの場合、欧米では非常に簡単な基準があります。その中に発明者の人間性を含む経歴という項目が1つあります。そのほかに技術的な優位性、実用化に達する可能性、特許で保護されているというプロテクタビリティーです。 欧米では発明者の人格、人の信頼性が一番大切とされています。日本の場合の理解はどうでしょうか。

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インタビュアー/構成:加藤多恵子氏

最後にこれからのコーディネータの方にアドバイスをいただきたいと思います。

齋藤 コーディネータの仕事は腰掛け的な仕事でないということをよく意識してほしいですね。「面白いですよ」と言いたいですよ。若くても年をとっても面白いのです。年齢の高低は関係ないと思います。例えばコーディネータ実務応用研修では参加者の応援で社長をつくり、それを賞賛します。また若手で志のある参加者を社長さんにしてしまうという、建設的な方向の動きも研修ではありで、ますますやってみたいと思います。ちなみに実務応用研修は参加者各自が持っている課題を持ち寄ります。それをブラッシュアップしようというわけです。ケーススタディーによる勉強方法です。

本日は貴重なお話の数々、ありがとうございました。

インタビュー後記:

予定の1時間を遵守したインタビューでは終始、産学連携コーディネータ経験に基づく現実的な話がうかがえた。特に活動を進める上での、地域性を踏まえた種々のご尽力は大変に興味深かった。紙面の関係で、記載できない部分もあり、それが残念であったが、当初のインタビュー目的項目はカバーできたと思う。

● 聞き手:本誌編集部 次長 加藤多恵子

*1COE
Center of Excellence。卓越した研究拠点を言う。文部科学省が2002(平成14)年度から設けた大学への補助金制度のこと。

*2マッチングコーディネータ制度
http://www.ist.or.jp/ren/mc.htmを参照。

*3スーパーTLO
経済産業省が平成16年6月21日に発表したわが国の技術移転体制の底上げを目的とした「特定分野重点技術移転事業」の通称。

*4中関村科技園区
北京市周辺370平方km内で企業数6,500社以上、就業人口20万人以上、主要大学は清華大学、北京大学等68大学、研究機関は中国科学院等2,300以上を擁する。

*5フィンランド・オウル市の例
オウル大学とフィンランド国立技術研究所(VTT)に隣接するオウル市サイエンスパークにはテクノポリス社や200以上のハイテク企業、医療技術に特化したメディポリスなどがある。

*6産学官連携支援データベース
http://sangakukan.jp/db/