2005年9月号
産学官エッセイ
産学連携全国ネットの夢 -産学連携実績の飛躍的拡大を求めて-
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斎藤 浩
(さいとう・ひろし)

日本大学総合科学研究所 教授




アメリカ

私が文部省(現、文部科学省)に入省して9年目の1979年、USAのカーター大統領は「産業技術革新政策に関する教書」で「政府機関や大学で生み出された研究成果の民間移転、先端技術を基礎にしたベンチャー企業の育成支援」政策を打ち出しました。翌年1980年には、有名なバイドール法*1が制定されました。ここから始まったアメリカの産学連携政策は、その後のスタンフォード大学やMITなどの成功事例のため、後の日本の産学官連携政策に大きな影響を与えることとなります。自分の人生にも大きな影響を与えることになるのですが、当時は全く意識していませんでした。

個人的事情

私が産学連携に「取り憑かれた」のは、ずっと後の1988年でした。当時、文部省の研究調整官としてバイオサイエンス振興を担当させていただいており、その関係で「ヒトゲノム計画*2」に熱中していました。「お前はゲノムしかやらないのか」と上司にしかられたこともありました。それでも周囲の理解を得ることができて、ヒトゲノム計画をスタートさせることができました。そして、日本の基礎科学振興について、やや自信を持ってワシントンにNIHを訪問したときのことです。NIHの女性研究者(かなりの美人)から「日本の基礎研究タダ乗り」を厳しく非難されました。日本への「基礎研究タダ乗り」批判は、噂には聞いたことがありましたが、自分が直接批判されると驚きます。相手がすてきな女性だと影響力が大きくなる。これが私に強い衝撃を与え、これを契機に「日本には基礎研究ダタ乗りではない科学技術立国推進策が必要」と思い込み始め、この思い込みが現在まで続いています。

産学連携活動の開始

具体的に産学連携の仕事を始めたのは、筑波大学に研究協力部長として赴任した1992年でした。過去の思い込みが原因となり、無謀にもTARA構想*3を打ち出しました。産学連携による基礎科学技術振興と大学研究成果の産業技術移転を柱とする構想でしたが学内外からの激しい抵抗を受けました。それでも、当時の江崎学長の応援もあり、1994年にはTARAセンターの省令設置を認めていただきました。追い風は1996年の科学技術基本計画の閣議決定でした。この年にTARAセンター研究棟も完成しました。

翌1997年には「大学研究成果の産業技術移転」をテーマに、衛星国際シンポジウムを2度にわたって開催することができました。1回目はアメリカのコーネル大学と東京大学、2回目はカナダのアルバータ大学と奈良先端科学技術大学院大学の協力を得て、衛星を使っての国際シンポジウムでした。また、この年の3月と6月に通産省(現、経済産業省)と文部省に、相次いで「大学研究成果の産業技術移転促進に関する調査研究協力者会議」が発足し、私も協力者として参加させていただきました。大学内の産学連携反対勢力がやや影を潜め始めたのもこのころからだったと記憶しています。

1998年には、文部省と通産省の検討結果を受けて、TLO法*4が施行されました。これ以降、いくつもの大学にTLOが設置されました。しかし、私が日本で初めてのTLOとしての(株)筑波リエゾン研究所の設置に努力したのは前年の1997年でしたから、当時は激しい抵抗を受けました。「国家公務員が株式会社に出資することは違法である」というのが抵抗の表向きの理由でしたが、本当の理由は「前例がない」ということでした。辛うじて抵抗を突破し、TLOを設置すると、翌年には東京大学にも東北大学にも現職教官出資のTLOが設置されました。前例ができてからは、各大学で抵抗なく教官出資のTLOが設置されたようです。

産学連携のキーポイント

筑波大学での6年間の産学連携実践経験から学んだことは「産学連携のキーポイントは人材」ということでした。最重要のキーポイントである「人材」を最も効果的に活用する方法として「全国ネットシステム」の構築が重要課題であるとの結論に達しました。

大学研究成果の産業技術移転には「研究成果型」、「技術ニーズ型」、「共同研究プロジェクト型」、「ベンチャー育成型」等のパターンがあります。そのいずれのパターンでも「技術移転専門家人材」が不可欠の要素です。この人材を「確保」、「活用」および「育成」することが産学官連携の実績を飛躍的に拡大するための最重要課題だと考えます。この「人材の確保と活用」に関して「全国ネットシステム」の構築が重要整備目標となります。以下、その理由を若干申し上げます。

人材の必要性

かつては、某帝国大学総長が、「我が大学は一流大学。研究者も研究成果も一流。特許も当然に一流。黙っていても特許は売れる。仲介組織も仲介人材も必要ない」と豪語しました。今ではそのような豪語も聞かれなくなりました。

大学の本質は「真理の探究」。産業技術の本質は「経済的利益追求」。「大学の研究」と「産業技術」は、本来別々の異なる本質を持った世界に存在します。各々の本質を維持しつつ、この別世界を効果的に融合させて両者のメリットを生み出すのが産学連携。そこには特別な融合システムと仲介人材が必要となります。仲介人材についてはアメリカのAUTM*5が有名で、「技術移転専門家」の大集団です。日本にはいまだ、このような技術移転専門家集団は育っていません。

次は、確保すべき人材の質と量です。人材の質については、大学の最先端研究および産業界の技術分野の双方に精通した人材が必要です。大学の研究成果が先端的であるほど、また、産業界の要求する技術が専門的であるほど、高度な能力を有する技術移転専門家が必要となります。

人材の量については、すべての専門分野をもれなくカバーできる程度に多種多様な専門家集団が必要です。専門分野が高度化すれば、技術移転専門家の分担できる専門分野も狭く、深くなります。高度複雑に細分化された学術分野・産業技術分野のすべてに技術移転専門家が必要になります。学術研究・産業技術は大きめにくくってみても50分野以上の異なる専門分野に区分されるでしょう。すべての専門分野について、分野にふさわしい技術移転専門家が必要となります。各専門分野に複数の人材を措置するとなれば100名以上の人材を確保し、専門家集団を形成しなければなりません。

全国ネットの必要性

個々の大学が単独で、満足のいく質と量の技術移転専門家をそろえることは無理であり、無駄でもあります。100名以上の技術移転専門家を手持ちぶさたにすることなく、フルに活用できるだけの十分な研究成果を単独大学で準備できるとは思えません。手持ちぶさたにさせれば人材の無駄使いになります。また、単独大学で100名以上の技術移転専門家を確保し、維持するには経済的負担にも無理があります。

貴重な技術移転専門家集団を形成することができたら、これを全国ネットで有効活用するシステムが必要です。人材は極度に大都会に集中しています。地方での人材確保は難しく、都市部に集中する人材を地方からも有効活用できるようなシステムが必要になります。

また、研究成果と産業技術ニーズのマッチング効率を高めるには、研究成果と産業技術ニーズの全国展開を図る必要があります。

各専門分野のすべてを網羅するだけの量の高度技術移転専門家を確保して全国の大学が共有活用できるシステムと、大学研究成果と産業技術ニーズを全国展開して両者のマッチング効率を飛躍的に高めるシステム、この両方の機能を備えたものが全国ネットです。

全国ネットの中核的機能

技術移転専門家の確保・活用および研究成果や産業技術ニーズなどの秘密保持を必要とする情報を広域展開するには、最先端の情報管理技術と情報施設・設備が必要です。全国を統一するルールの整備が必要です。スタートアップ3年間ほどを賄う、かなり大きな資金が必要です。全国ネットシステムを管理運営する中核機能組織が必要になります。

この中核組織の性格としては、国や地方公共団体の組織でもなく、株式会社などの純粋営利組織でもなく、できれば財団法人などの公益民間法人などが望ましいと考えております。

産学連携全国ネットのシステムが効率的に稼働すれば、現在の産学連携実績は驚くほど飛躍的に拡大すると確信します。このような全国ネットの中核機能を担う組織を設立しようという動きがあるとは聞いておりません。緊急に強く要望されるシステムです。

機会があれば、「技術移転専門家の確保・活用」、「全国ネットシステムの概要」などについて、個別具体的に詳しく述べてみたいと思います。

*1バイドール法
この法律は正式にはPatent and Trademark Amendments Act of 1980といい、「大学が政府資金を使って行った研究の成果であっても、その研究成果による特許権を大学に帰属させることができる」という内容を含むもの。日本では1977年の学術審議会答申で「教官の発明は原則として個人帰属」との方針が打ち出されていたことと逆の動きであった。

*2ヒトゲノム計画
アメリカが提唱し、1990年代からは日本や英仏独を中心とした欧州も参加した国際協力研究計画。日米欧の国際的協力の下に、ヒトの全遺伝情報を解読しようとする計画。単に遺伝情報としての塩基配列の決定だけでなく、遺伝子の機能解析等も含めた解析を行うことを目的としている。主に、各国の大学や国立研究機関で実施され、日本も、いくつかの大学や研究施設が参加した。

*3TARA構想
TARA:TSUKUBA ADVANCED RESEARCH ALLIANCE。産学官連携による基礎科学技術の振興と大学研究成果の産業技術移転を柱とする筑波大学の学内センター設置構想。後に科学技術基本計画で取り入れられることとなる任期制、外部評価、流動的研究組織等を先取りした構想。

*4TLO法
正式には「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」。大学研究成果を産業技術として移転するには特別な仲介組織が必要であるとの認識があった。しかし当時の国立大学は国家機関であり国家行政組織法、国家公務員法、予算そのほかの厳しい規制を受けていた。迅速、臨機応変に対応するためのフレキシブルな組織を大学組織内に作ることは不可能であった。そこで学外に産学連携を仲介する組織としてTLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)の設置を促進しようとするものである。

*5AUTM
Association of University Technology Managersのアクロニム。アメリカの大学技術マネージャー協会。1974年に設置された当時は100名に満たない会員数であったと言うが、現在では会員数3,200人以上、参加大学300校以上に大きく膨れあがっている。