2005年10月号
特集
信州大学の産学官連携推進体制と地域クラスター形成
顔写真

白井 汪芳 Profile
(しらい・ひろふさ)

信州大学 理事/繊維学部 教授
/産学官連携推進本部長/21世
紀COEプログラム先進ファイバ
ー工学研究拠点 拠点リーダー/
長野・上田地域知的クラスター
創成事業研究統括


はじめに

戦前は蚕糸王国として製糸業を中心にわが国の産業を先導してきた長野県産業は、戦後疎開してきた飛行機などの計器工場が精密工業へと転換を促し、機械電子のデバイス等の部品を中心とする生産基地として発展してきた。

いま、伝統の繊維を生かしたわが国、ひいては世界の先進繊維科学技術研究拠点と全国繊維産地クラスター形成、および長野県の部品産業の次世代を支えるスマートデバイスを核とする知的クラスター形成の2つのプロジェクトが推進されている。ここでは、その2つのプロジェクトの内容と、これを支える信州大学の産学官連携支援体制の整備について紹介したい。

先進繊維技術科学のわが国唯一の中核研究教育拠点

信州大学繊維学部は、当時、「蚕糸王国」の名をほしいままにしていた長野県に、蚕糸に関する最初の高等教育機関として1910年に設立された前身の上田蚕糸専門学校以来、県内の製糸業が第2次世界大戦以降急速に衰退し、精密機械、電子メカトロニクスなどのものづくり産業へ転移する中で、一貫して、蚕糸、天然繊維、人工繊維および関連科学技術に関する高等教育機関として発展してきた。

諸外国と異なり10年以上も前から、全国の大学から繊維系の学部・学科が消滅していく中で、衣・食・住の要である衣の科学技術を無くすことは国の存亡にも関わると考え、むしろわが国オンリー・ワンの世界的センター・オブ・エクセレンス(COE)として新しい未来志向の繊維技術科学を確立してゆく構想を進めてきた。

細くて長い材料の織りなす技術科学は原子・分子から感性製品までの極めて長い道程に根ざしており、その中に、バイオテクノロジー、化学・新素材科学、メカトロニクス、システム工学、感性工学などあらゆる先端科学技術が融合し、情報、建設、宇宙、航空、農林水産、環境、資源・エネルギー、医療・健康・福祉など人間生活を支えるすべての産業の要素科学技術としてその裾野を拡げている。

図1

図1 21世紀COE先進ファイバー工学の体系



図2

図2 21世紀COEプログラム先進ファイバー工学
     研究教育拠点の研究実施体制

平成10年度から従来の繊維科学技術と最先端科学技術を融合した先進繊維技術科学に関する中核研究拠点(20世紀COE)が文部科学省科学研究費COE形成基礎研究費により全国の化学分野の4番目に発足し、多くの実績を上げ、5年後の事後評価ではA+を得るなど国の内外で高い評価を得た。また、20世紀COEが発足時、この研究プロジェクトは実学研究であり、数ミリグラムの試験管レベルの研究で終わるのではなく、事業化、実用化につなげることという野依先生のご指導があった。これらの実績を踏まえ、さらに深化・拡張、特色を明確にして次世代のライフスタイルと文化を創造する21世紀COEプログラム-先進ファイバー工学研究教育拠点-へと発展している(図1)。ファイバーの細さをナノメートルオーダーの分子繊維から数ミクロンオーダーの実用繊維までを対象として分子構造の極限の追求とその多次元階層構造から高次複合機能を創出し、これらを各種の生活関連商品にまで応用する3分野、ナノファイバー/ナノスペース、バイオファイバー、バイオミメティクス/高次機能繊維、オプトエレクトロニクス繊維、ハイパフォーマンスハイブリッド繊維、繊維生産ロボティクス、繊維感性システムの7研究班80名以上の教員、PD(ポスドク)、DCが萌芽的基礎研究、応用研究および開発研究を続けている。若手研究者の自由な発想から生まれた基礎研究の中から事業化/起業化に結びつけるテーマを常に創造し、産学連携プロジェクトによる応用、開発研究を行い実用化へ結びつける図2のようなスパイラルアップ研究体制をとっている。これにより、平成10年度から平成16年度3月末までに実用化28件、特許出願290件、学会賞77件、論文955本(うちインパクトファクター2以上156件)の成果をあげている。

わが国の繊維産業は工業出荷額54兆円、従業員数200万人の規模をもち、定番品の生産はアジアに譲ったが、研究開発力は依然世界のトップレベルにある。また、北陸の他全国21カ所に産地がある。

本COEを核に大企業のみでなく、各産地さらにアジア諸国とのネットワークを形成し、広域の地域クラスター形成に結び付けたいと考えている。

長野・上田地域知的クラスター創成事業

戦時中に、長野県内に疎開してきた工場に触発された地元企業が、信州人の進取の気性と独立意欲により長野県の加工組立型、とりわけ電気機械に特化した製造業を発展させた。これを背景に、ハイテクノロジーを基盤とする産業が集積した高度技術都市圏、テクノハイランド構想を県は提唱し、(財)長野県テクノハイランド開発機構、経済産業省指定の(財)浅間テクノポリス開発機構を設立し、長野、松本、上田、諏訪、伊那の5圏域の産学官連携活動により、より高い技術集積のための人材の育成・確保と都市機能づくりを行ってきた。2001年に2つの財団を統合して研究開発事業を核として産学官交流や人材育成の支援事業を行う(財)長野テクノ財団を設立した。各圏域には善光寺バレー(長野)、浅間テクノポリス(上田・佐久)、アルプスハイランド(松本)、伊那テクノバレー(伊那)地域センターをそれぞれ設けて活動を続けている。

文部科学省の長野・上田地区知的クラスター創成事業は、当財団を中核機関として全国12プロジェクトのひとつとして2002年7月より開始された。

図3

図3 長野上田スマートデバイスクラスターの研
     究開発と商品化のイメージ

長野県の工業出荷額の約60%は部品、モジュールなどの工業製品であることから、図3に示すように、信州大学のもつカーボンナノテクノロジーと先進ファイバー工学研究教育拠点のナノファイバー/ナノスペース、オプトエレクトロニクス繊維研究の中の機能性ナノ高分子テクノロジーに関する基礎研究を実用レベルに展開して超微細、高機能デバイス(素子、部品)などのスマートデバイスを開発し、これらの商品群を創出することを目的としている。現在、ナノカーボンコンポジットによるスマート機能デバイスと機能性ナノ高分子による有機ナノマテリアルデバイスの研究拠点を信州大学工学部と信州大学繊維学部にそれぞれ置いて、知的クラスターの形成に向けて各種事業を推進している。

平成14~16年度は研究活動の基盤創り、探索研究、デバイス化技術開発を重点的に行い、特許出願97件、事業化・商品化8件、論文117本、大学発ベンチャー2社の成果を得、さらに、産学連携気運の盛り上がりなどの成果があった。中間評価では、12プロジェクト中トップの評価を受け、文部科学大臣賞を受賞した。

信州大学の産学官連携推進体制の整備と地域クラスター形成

信州大学は広い長野県各地に8学部が分散する総合大学である。本部が置かれている県中央の松本市には、人文、経済、理学、医学の各学部と付属病院などがある。北部の長野市には、教育学部と工学部、東部の上田市には繊維学部、南部の南箕輪村に農学部がある。その他、各キャンパスに大学院、大学院博士課程2研究科、修士課程5研究科がある。各キャンパスがある地域にはそれぞれ特色ある産業があり、知の拠点として教育研究活動に取り組んでいる。産学連携活動は、それぞれのキャンパスの歴史と特色を生かして個々に行われてきたが、2003年度より文部科学省の「大学知的財産本部整備事業」に採択され、2004年より信州大学産学官連携推進本部が設置され、全学的に産学官連携推進活動を統括する体制が整備された。

産学官連携推進本部(Shinshu University Industrial Liaison Office:SILO)

大学の第3の使命である「社会貢献」を果たすために、研究成果の技術移転や新産業の創出など産業界や地域社会の活性化を図りつつ、教育研究の付加価値を高めることを目的として、

知的財産の創出、管理、活用など知的創造サイクルの戦略企画・立案
共同研究・受託研究、大型プロジェクト研究、ベンチャー起業など産学官連携活動の企画・運営業務の統括

図4

図4 信州大学産学官連携推進本部体制

を行う。図4に示すように役員会直轄の推進体制とし、学内外の機関と連携した各地域に産学連携室を置き、実務の効率化を図っている。また、松本市から職員1名が派遣されている。本部には本学の特色とするITナノテク分野とライフサイエンス分野の2部門を持つ発明審査委員会があり、(株)信州TLOと連携して発明の発掘、特許出願と管理業務を遂行している。この体制により学内の発明件数は飛躍的に増加し、2004年度には特許出願件数国内110件(全国大学12位)、海外8件の実績を得た。

産学共同研究を支援する地域共同研究センター

企業などとの共同研究・受託研究の推進、技術相談・新規事業相談、民間の技術者のリフレッシュ教育の支援等産学官連携の実施面を推進する拠点であり、平成5年から工学部キャンパスに設立され、今までも本学の産学官連携を先導してきた。R3、1,500m2のセンターにはプロジェクト実験室、レンタルラボ、研修室、展示・相談コーナー、測定室などがある。2004年度は共同研究・受託研究の合計実績は215件で全国大学で31位に位置している。特に共同研究件数は前年度比1.5倍以上に増加した。

事業化へつなげる開発研究を推進するインキュベーション施設

上田市の繊維学部敷地内に文部科学省の研究交流促進法の2例目、経済産業省のビジネスインキュベーション施設の3例目として、上田市産学官連携支援施設浅間リサーチエクステンションセンター(AREC:URL http://www.asatech.or.jp)が2002年に設立された。R4、1,800 m2の建物にはレンタルラボ17室、ミーティングルーム4室、デバイス試作室などがある。上田市の商工観光課からの職員と長野県テクノ財団浅間テクノポリス地域センター事務局、知的クラスター創成事業の上田拠点が同居している。レンタルラボ17室は設立当初から満室で、現在、上田地域12社、県外8社、国家プロジェクト1チームが開発研究を推進している。

2002年の入居企業数19社は主要大学のインキュベーション施設で4位となっている。この施設を支えるARECプラザは法人会員155社、個人会員(大学教員)68名の組織で、有料の産学連携組織では日本最大規模に成長した。このインキュベーション施設で、平成12年7月~16年12月31日の間に事業化14件、共同研究14件、技術相談143件、リレー講演会55回などの実績を上げている。今までに本施設で事業化された製品の中から安藤百福賞(ベンチャー部門)、日本新事業支援機関協議会JANBO Award 2004、事業機関賞;創出支援賞;創出賞の3賞など6つの賞を受賞している。

一方、長野市の工学部の敷地内には長野市ものづくり支援センター(UFO Nagano)R5、2,000m2が2005年4月からスタートし活動を開始した。ここには長野地区産学官連携室が設置され、長野県からも職員が派遣されている。

大学発ベンチャー起業の支援

研究成果を教員や学生が自ら起業化する大学発ベンチャー支援は2004年4月からスタートしたサテライトベンチャービジネスラボラトリー(SVBL)により行われる。信州大学では1998年から2004年までにベンチャー起業6社が設立され、国立大学中35位に位置している。

平成17年度より関東経済産業局の広域的新事業支援ネットワーク拠点重点強化事業に採択され大学発ベンチャーの創出・支援の広域的ネットワークを構築している。

信州大学産学官連携推進本部を核に、SVBL、CRC、イノベーション研究支援センター、長野、上田、伊那・南箕輪産学官連携室をサテライトにして長野・上田地域知的クラスター創成事業、(財)長野県テクノ財団善光寺バレー、アルプスハイランド、浅間テクノポリス、諏訪テクノレイクサイド、伊那テクノバレーの各地域センター、産業クラスター諏訪地域、県工業技術総合センター、(社)長野県中小企業振興公社等と広域ネットワークを形成し、

ベンチャーの創出および新産業創出に関する情報提供および情報共有の推進
ベンチャー創出に関する専門的知識の提供および支援体制の構築
その他

の事業を行うことになっている。

ベンチャー支援では、日本政策投資銀行、八十二銀行、長野銀行との包括協定を結び協働している。

起業や中小企業の経営革新を支援するイノベーション研究・支援センター

中小企業庁の支援を受け、国の中小企業行政や県の商工観光行政と連携を図り、マネジメントの視点から起業や中小企業の経営革新を支援するためのイノベーション研究・支援センターが2005年から長野市ものづくりセンターの中に設置され活動を開始した。

(株)信州TLO

2002年、知的クラスター創成事業の採択に向けて、研究成果を事業化するための特許化が必須となり、全学的な特許の出願・管理のシステムの整備、すなわちTLO(技術移転機関)の有無が採択の条件になっていた。繊維学部では先進繊維技術科学研究拠点の形成でやはり成果の事業化、企業化を行うために学部がもつ(財)上田繊維科学振興会に1998年にTLO機能をもたせ、100件以上の特許出願を行ってきたが、その実績をもとに(株)信州TLOを2003年に文部科学、経済産業両省の承認のもとに全国32番目に設立した。(株)信州TLOは信州大学と長野高専から生ずる技術シーズを中心に、ライセンシング(交渉、技術内容評価、技術シーズ調査)、商品企画立案、マーケティング市場調査、ビジネスプラン、企画書立案、金融支援等の業務に、産学官連携推進本部の知的財産業務と連携して活動している。

上田市のSVBL内に本社を、信州大学産学官連携推進本部(松本)、長野市ものづくり支援センター(長野)、信州大学農学部内(伊那・南箕輪)のほか塩尻・諏訪に分室を置き、2003年、2004年度の2年間で特許出願32件(内海外15件)、大学からの受託発明評価114件、出願業務受託51件(内外国4件)、ライセンシング業務受託40件、受託許諾6件の実績を上げている。

おわりに

長野県の1世紀以上の伝統ある繊維の科学技術といま工業の先端を行くデバイスの2つの視点から次世代産業を支える新技術・新産業を創出する地域クラスター形成とそれを支える信州大学の産学官連携支援体制の構築について述べてきたが、大学における研究シーズを実用化・事業化に結びつけることは経験の乏しい日本の産学連携にとって学も産も難しい問題を数多く抱えている。これらを一つ一つ乗り越えていくには、優れた人材が必須であり、これらの人材の育成が両プロジェクトにとって今後の大きな課題であろう。

●参考文献

(1)白井汪芳.山浦和男編.ファイバー工学.丸善.2005.

(2)白井汪芳.上田市産学官連携支援施設-浅間リサーチ・エクステンションセンター.はかる.No.74、2.2004.

(3)白井汪芳.産業の衰退を救った?機能繊維材料の開発.エヌ・ティー・エス News、39、 2.2002.

(4)白井汪芳.先進繊維技術科学の振興と人材育成に産学連携を.繊維機械学会誌.51、 84.1998.