2005年10月号
特別寄稿
先端技術産業調査会 政策懇談会 講演
(平成17年6月20日開催)「知的財産立国を目指して」:特許庁の対応
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小川 洋 Profile
(おがわ・ひろし)

経済産業省 特許庁 長官
(講演当時)



特許庁は今

特許庁の小川です。このような機会をつくっていただき感謝申し上げます。本日は、今、私ども特許庁がどう考えて、何をやろうとしているかをお話しさせていただきます。

まず私どもが今、知的財産立国の実現をしようという背景ですが、90年代、日本経済は非常に低迷し、アジア諸国から追い上げを受け、日本の国際競争力が相対的に低下しました。こうした中で日本の科学技術力をいかに発揮し、技術革新をしていくかが非常に大事になってきました。具体的には、日本が強いと言われる「物」の分野に加え、知恵、創造力でも国際競争力を強化し、将来展望を開いていこうというものです。

日本が目指す知的財産立国とは

では、具体的に知的財産立国とはどういうものか。私が思うに、質の高い技術、コンテンツを一つでも多く生み出し、それを製品化、事業化、知的財産化、そして標準化し、そこから得る利益を新たな技術開発や知の創造分野に再投資していくというサイクルを生み出す国にすることです。絶えざるイノベーション(技術革新)が起こる社会と言ってもいいでしょう。政府も2002年2月の小泉首相の施政方針演説を契機に、知的財産基本法(2002年)の制定をはじめ、知的財産戦略本部の設置(2003年)、具体的なアクションプログラムである知的財産推進計画(2003年~)がまとまるなど、各省庁がそれぞれの分野で、また司法も知財高裁の設置などで施策充実強化を図っています。具体的には02年の施政方針演説以来、関連法案が19本成立し、今も審議中のものがあります。これらの国の施策について後ほどまたご説明します。

イノベーションは経済的に2つの意味があると思います。1つは中長期的に国の産業や国民生活の発展の基盤となること、もう1つは短期的にも経済の活性化に使えるということです。中長期的に見た場合、経済成長=資本投入+労働力投入+全要素生産性(TFP=技術進歩)と表せますが、現在、日本の社会は少子高齢化が急激に進み、労働力投入と資本投入は従来ほど期待できない状況です。とすると、日本が成長していくには、3番目の技術進歩の役割が非常に大きいわけです。一方、短期的に見ると、90年代、日本の経済成長率が落ちるとともに、TFPの経済成長への寄与度が下がってきましたが、2000年代に入ってからは、GDPに占める研究開発費の割合、研究者数や特許登録件数などは欧米に比べても高いレベルを維持していますので、これをどうやって生かすかです。その1つの担い手として大学があります。大学には日本全体の研究開発費の約19%の3.3兆円が投入され、研究者は日本の全研究者数の約36%いて、論文数も米国に次いで2位と、知の創造においては高いレベルにあります。今後、日本の競争力を高めるためにも大学の役割はますます重要になります。実際、大学の使命として従来から教育、学術研究が言われていましたが、現在、これに社会貢献が加わっています。特に知的財産立国を目指す上では、大学から人材の輩出、産学官連携による研究開発、研究成果の社会還元が期待されます。

ここからは、具体的に国はどんな施策を展開しているかをご説明いたします。

知的財産立国にむけた施策:研究開発の推進と知域経済の活性化

まず研究開発の推進としては、国の役割を見極めながらやるということで、効率的・効果的に研究開発を推進するために、研究開発そのものをお手伝いするだけではなく、その成果の実用化、知的財産化、標準化の手助けや、政府調達による初期需要の確保といった総合的対策(プログラム)を進めています。またわが国の研究開発の大宗を占める民間の研究開発を促進するために、平成15年度に試験研究税制を改正し、それまでの増加分に着目した減税から、試験研究費全額に着目した税額控除制度を導入しました。これにより、特に企業収益が改善している現下の状況のような場合に使い手のある税制であり、研究開発投資が増加することを期待しています。

また、産学官連携や異業種・異分野間での技術融合を促進するため、技術戦略マップを作成しました。これは私が経済産業省産業技術局長時代に始めたもので、関係者が集まり、社会ニーズという出口から逆算して、どんな(要素)技術開発が必要かを大いに議論して作成しました。こうしたコンセンサスづくりをした上で、どんな研究開発をいつまでにやるべきかをプランして、実際に動かしていきながら、必要に応じて見直していきます。

研究開発分野でもう一つ重要なのが資金です。この面で私どもは競争的資金をキーワードにしています。米国と比べ、わが国では、まだ競争的資金のウェートが少なく、また旧国公立大と私大の間で財源の違いが目立ちます。競争的資金をいかに増やし、両者の格差をなくしていくかが今後の課題です。

あと、大学の研究成果の実用化・事業化の面では、TLOとともに大学発ベンチャーの促進も重要な政策で、これは本年3月で1,000社設立という目標は達成できました。

実用化・事業化する際、重要になるのが標準化です。いくら特許を取ったからといって、それだけではマーケットを押さえられるとは限らず、うまく規格化(標準化)して、マーケットを押さえることが重要です。その際、デファクトでいくのか、デジュールでいくのか、それともフォーラム規格でいくのかといった戦略的な対応が必要になります。例えばデジタルカメラには家庭用と業務用の2つの規格がありますが、米国は業務用を、日本は家庭用を取った結果、今、日本のデジタルカメラは世界シェア8割を誇っています。反対に携帯電話や銀行のキャッシュカードの規格は日本独自となり、国際競争では苦戦していますし、二槽式脱水方式の洗濯機のように、輸出ができなくなった例もあります。

もう一つ、政府が重視しているのは、中小企業・地域経済の活性化です。中小企業は日本の経済をそれぞれの地域で支えているわけで、地域の特性を活かしこれを活性化していこうと、今、関係制度と連携しつつ産業クラスター計画を全国的に展開しています。

さて今度は、私ども特許庁が取り組んでいる施策についてご説明していきます。

特許庁の取り組み:迅速な特許審査の実現

私どもが今一番力を入れているのは、迅速かつ的確な特許審査の実現です。将来的には、審査順番待ち期間ゼロを目指しています。日本では、特許申請をしてから3年以内に審査請求をするかしないかを決めることになっています。この3年以内は実は制度改正後の現在のものですが、以前は7年以内でした。それがちょうど去年あたりから重なってきて、普通、1~2万件の審査順番待ち件数の増加が、昨年度は10万件にもなってしまいました。日本の審査官は決して怠慢をしているわけではなく、年間200件近くという、他国の審査官よりはるかに多くの案件を処理しています。結局、今はその期間は26カ月、審査請求してから特許になるまでが32カ月です。米国はそれぞれ18カ月、26カ月、欧州は21カ月、38カ月です。これを2013年には11カ月にし、その時点で世界最短を必ず実現させるとともに、最終的には待ち時間ゼロにしようと考えています。

そのために、審査処理のインとアウト両面で施策を打っています。まずアウトの面では、先行技術調査の委託先の範囲を民間企業まで広げること(従来は公益法人に限定)や、任期付審査官を5年間で500人を目標に採用中です。さらに国際的な審査協力ということで、日欧米の当局同士で審査結果、先行技術調査の結果の活用について協力を進めています。一方、インの面では、企業に審査請求をするかしないかの判断を慎重にしていただくため、料金の改正を行いました。つまり、出願から特許維持までの全体的な費用は下げ、審査請求料の部分だけは実費を勘案し、従来の10万円弱から20万円弱と倍増いたしました。こうして審査請求構造を適正化しようというわけです。このほかに、インターネットによるリアルタイムでの特許公報の発行等、特許情報の提供に努めています。

特許庁の取り組み:世界特許の実現

国際的に取り組んでいるのが、世界特許の実現です。世界のどこかで特許が認められれば、他国でも同じように保護されるというものです。企業の国際的活動の広がる中では、これが一番望ましい形ですが、実際は各国に主権があり、それぞれ独立の司法権を持ち、言葉や文化が違うため実現には相当な時間がかかります。そこで各国の制度を調整しようということで、まず各国共通の課題、迅速で安く簡素な手続で適正な審査をするためにはどうしたらいいかについて、WIPO(世界知的所有権機関)で話し合いがされています。ただ、こうした国連機関では先進諸国と発展途上国の間で南北問題があり、なかなか話が進まないのが現状です。このため、WIPO協議と平行して、まず先進諸国間で協議を進め、そこでの案を発展途上国とすり合わせていくべく作業を開始しているところです。

そうやって先進諸国間で話し合いが進んでいるわけです。現在、米国が唯一、先発明主義を採用していますが、これを先願主義に改めようという動きが米国国内でも出てきています。この点は今後も注視していきたいと思います。またもう一つ、審査官交流も行われ、日欧米の審査官が集い、それぞれの審査のやり方などを紹介し合い、どこがどう違うのか、その背景には何があるのかを議論して、お互いのやり方に習熟し、その信頼度を見極めて、それぞれの審査に活用していくという方法で、世界特許に向けて確実に前進しようとしています。

一方、特にアジア諸国の発展途上国や、韓国や中国とも話し合いが進んでいます。日本としては、彼らのキャパシティービルディングのお手伝い(研修等の実施)と情報システムや日本の先行技術調査の結果を提供し、彼らの審査活動に生かしてもらっています。現場でのそのような活動を受け、毎年、日中韓の特許庁長官会談が開かれ、共通の課題を共通の認識で対応するように話し合い、3国間の協力関係を前進させていこうと努めています。特に中国には模倣品・海賊版対策について注文が出されていますし、中国自身もWTOに加盟したので、これらの対策に力を入れているところです。

特許庁の取り組み:模倣品・海賊版対策

その模倣品・海賊版対策については、中国、韓国、台湾に、あらゆる場で、あらゆるルートを使い、あらゆるレベルでの働きかけをしています。例えば先日、第3回の官民合同ミッションが訪中し、取り締まりのための職員研修や情報提供を申し入れましたし、また制度的手当てとして、世界公知基準の整備などを働きかけてきました。また日本国内でも、関税定率法改正により、水際での模倣品等の持ち込みをより厳しく食い止め、また経済産業省内に模倣品対策室を設け、調査申立制度(海外での権利侵害について政府に調査するように申し立てる制度)をつくりました。

このほか、営業秘密についても、海外での漏洩への刑事罰の適用、退職者も一定の場合、処罰の対象とするなど、その保護を強化しています。さらに著名表示冒用品についても、商標法で保護されるもの以外にも、不正競争防止法を改正し、保護の対象を広げています。またこれらの紛争を裁判外で処理するために弁理士にも代理人となる資格を付与しました。

知財による中小企業・地域経済の活性化については、特許庁は、資力に乏しい中小企業や研究開発型の中小企業を対象に審査請求料や特許料を減額しています。米国と比べても遜色がない制度ですが、もっと活用していただくため、使いやすい手続きにするように見直しをしているところです。

それともう一つは、開放未利用特許の活用です。開放未利用特許とは、特許取得した企業が、もうその特許は自分では使わず、他人に使わせてもいいというものです。実はこの種の特許は約30万件あり、これを中小企業の方に使ってもらえれば、きっと役に立つだろうということで、アドバイザーが中に入ってマッチングをしています。既にこれを始めて8年たちますが、契約できたのが5,400件を超え、経済効果は約1,600億円にのぼると試算されます。

中小企業・地域経済の活性化として、ほかに2つの施策があります。まず、経済産業省の各地方経済産業局を本部として地域の知的財産戦略本部を立ち上げ、官民で知財地域推進計画を立案します。近々、全地方局で立ち上がる予定です。もう一つは、地方ブランドの保護です。例えば夕張メロンのような地名と商品からなる商標は、全国的な知名度を獲得している等一定の要件の下でしか保護されませんでしたが、地域ブランドを確立するまでの努力や投資は保護されるべきだということで、商標法を改正し、一定の団体の一定の周知度(県境を越える程度で可)がある地域ブランドは商標として登録ができるように来年4月からなります。これにより地域経済の活性化が期待されます。

大変注目を集めました青色発光ダイオードの発明者と企業との訴訟に見られるように、職務発明に対する「相当の対価」の在り方が問われています。これについては特許法を改正し、私ども行政や司法が「相当の対価」の金額に関して云々するのではなく、実態に一番精通している両当事者が適正な手続きに基づき決めたものなら、それを尊重していく制度にしました。特許庁は、どのような場合、適正な手続きではないか等の事例集を作成し、それも参考に現在、各企業で職務発明に関する内部のルールがつくられています。新制度が定着していくことを期待しています。

最後に、知的財産戦略と企業経営について私の考えを述べてみたいと思います。

知的財産戦略と企業経営についての私見

今も各企業では知的財産を重視した経営戦略がとられていると思いますが、今後、それをますます研ぎ澄ましてもらいたいと思います。現在、日本全体の研究開発費は約17兆円で、そのうち12兆円が企業のものです。そして年間37万件もの特許出願がされますが、最終的に特許登録に至るのが約4分の1の10万件に過ぎません。もちろん12兆円すべてが特許に変わるべきものとは言いませんが、それにしても、たった4分の1しか特許にならないのはギャップがあり過ぎると思います。この数字のギャップにもう少し思いをいたし、企業の方には知的財産戦略を考えていただきたいと思います。

また、企業の経営において、事業戦略と研究開発戦略、知的財産戦略、さらに標準化戦略も加えるべきですが、これらを一体的、戦略的に展開していくことが求められています。企業のコア技術は特許によって守られるわけですが、事業戦略として、周辺関連技術をどう固めていけばいいか。それを自らの特許でやるのか、他の企業とクロスライセンス契約を結ぶかどうか等々、また特許出願すれば1年半後には公開されますから、競争企業にヒントを与えることになりかねません。それを避けるため、あえて特許出願はせず、ノウハウや営業秘密として管理していくべきかという判断が必要になるでしょう。最近特にプロセス技術に関しては特許出願しないケースも増えています。ほかにも投資家に対して知財の情報をどう提供していくかによって、資金の集まり具合も変わってくるでしょう。研究開発戦略の面では、開発テーマも、自分や競争企業の特許取得状況から強み、弱みを見極めて選定することが大事になるでしょうし、新事業を展開するときにも同じような判断は必要でしょう。また事業に不要であったり、あまり効果がない研究開発をやめたり、他企業に対する特許侵害リスクから事業を見直す際にも知的財産戦略的思考は、捨てる勇気を与えてくれると思います。

知的財産をめぐる国内外の競争が激しくなる中で、経営戦略に知的財産戦略を組み込むことが今まで以上に求められ、その差が企業の成果の差としてだんだん出てくる世の中になると思います。

ご静聴ありがとうございました。