2006年2月号
特集  - ヒット商品を生んだ産学連携
「水で焼く」健康調理 ヘルシオの産学連携
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井上 隆 Profile
(いのうえ・たかし)

シャープ(株)電化商品開発
センター 第2開発室 室長


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宮武 和孝 Profile
(みやたけ・かずたか)

大阪府立大学大学院 生命環境科
学研究科 教授・産学官連携機構
総合戦略調整室長


テクノロジー・オリエンテッドにおける共同研究

阿部(司会) 第4回産学官連携推進会議で「日本経団連会長賞」を受賞しましたヘルシオ*1写真1)は、「水で焼く」というキャッチフレーズで大ヒットしていますが、商品としてはどういう特徴があるのでしょうか。

井上 ヘルシオは健康を考えた調理器として開発、しかもおいしくできるということですね。ここが今までと一番違うところで、また、一番話題を呼んだ要因じゃないかなと考えています。今までの家庭用調理器は電子レンジを代表として、短時間で加熱して食べられるようにすることが一番大きな機能だったんです。しかし、調理器にとってはおいしさというのも大事な機能ですし、ユーザー側が健康に非常に気を遣っているということもわかり、健康にいい形で調理ができるものが欲しいというニーズがあったのだと思います。

キーポイントは過熱水蒸気だそうですが、他の加熱方法と比べて効率的だというのは。

宮武 簡単に言うと、過熱水蒸気は、100℃以上で蒸発した飽和水蒸気を常圧でさらに加熱した熱放射性のガスのことなんです。凝縮伝熱、対流伝熱、輻射熱の3つのエネルギーを持っているので、それらを加えていくと、普通より8倍高い熱量が食材に当たります。それが、過熱水蒸気で高品位の調理ができる一番のメリットです。

写真1

写真1 ヘルシオ



図1

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電子レンジだと水分の有無で誘電率の違いがあるので加熱のされ方にむらが出ますが、過熱水蒸気では全く起こりません。凝縮伝熱で一気に熱が中まで伝わりますし、対流伝熱で一定の熱を与えながら、最終的には輻射熱でこんがり焦げ目がつけられるんです(図1、2)。

過熱水蒸気は新しい技術なのですか。

宮武 過熱水蒸気の技術自体は、実は、文献によると1912年にはすでに報告があり、50年ぐらい前からは乾燥に用いられてきました*2。それから、最近では業務用の調理に使われてきていますが、家庭用では、世界で初めてと言ってもいいと思います。

この共同開発のきっかけは。

図2

図2



図3

図3



表1

表1

井上 私どもの白物家電の売り上げは1996年をピークに減少してきました。商品自体は市場ではすでに飽和状態で、安い外国製品に加えて、バブル以後の景気低迷もありました。要するに成熟商品になってきたのです。そこで、今までの利便性を追求した白物家電に代わる、21世紀の新しいニーズを考えた方向性として見出したのが環境健康家電でした。新商品開発のコアとなる技術を探索していて、業務用の過熱水蒸気がおもしろい技術だなと思っていたとき、大阪府立大学工学部の大西先生から農学部の先生と農工連携で環境技術の観点で研究しているという話を聞き、ぜひ共同開発をさせてくださいということで共同研究に入りました(図3、表1)。

会社全体としてのコンセプトはあったんですか。

井上 まず、環境・健康家電という方向。調理器は食と健康にかかりますので健康管理という方向での商品開発と、レンジの基幹部品であるマグネトロン*3に代わるコアになる自社オリジナルの新しい技術、この2つに絞って、過熱水蒸気がいいんじゃないかと思いました。商品になるかはわかりませんでしたが、まずやってみようと。

共同研究で、お互いの役割分担というのはどのようになさっていたんですか。

宮武 私は栄養学が専門なので、この調理器がつくる健康に関する効果・効能を大学の基準で評価して、世の中に受け入れてもらえるデータにしていく。それから、大西先生が熱の解析などをされ、ものづくりは、シャープさんが第1号のプロトタイプからきちんとつくって設計していったという形ですね。

井上 健康や環境は非常に抽象的で、具体的に訴求するのは大変に難しいんです。家電メーカーが健康にいいと言うだけでは、ユーザーは納得しないと思うんです。そこで、われわれが考えたのは、効能や機能を権威のある公的研究機関、大学と一緒にアカデミックなデータとして証明して、それを商品と同時に訴求していくという手法なんですね。これはアカデミック・マーケティングと呼ばれています。

図4

図4



図5

図5

それからもう一つありがたいと思ったのは、最初の段階では、われわれは過熱水蒸気のことが全くわからなかったので、すでに大学にあった装置を使わせてもらいながら、調理器の適性についていろいろとアイデアを出しながら判断しましたし、過熱水蒸気の特性みたいなものをずいぶん教えていただいたんです。それがなかったら、まずこの製品というものはあり得なかったと思うんですよね(図4、5)。

今回はテクノロジー・オリエンテッドをとられたと伺っていますが。

井上 商品を改良するときはニーズ・オリエンテッドでユーザーの意見を反映させます。でも、商品を大きく変えようとしたとき、ニーズからは出てこないんです。基本となる技術を中心に変える必要があるということで、テクノロジー・オリエンテッドで需要を逆に創造していく商品の開発を目指しました。大きく変えるきっかけはやっぱり技術ですね。

成功のかぎとものづくり
図6

図6

過熱水蒸気の技術は世間の常識を変えるような出来事になってきたんですが、なぜこんなうまい話になったのか、ご説明いただけますか。

宮武 脂がとれたり、脱塩できたり、ビタミンが壊れないという話ですが、過熱水蒸気が当たると凝縮伝熱ですばやく加熱が始まって、食品表面の脂が凝縮水とともに流れ落ちます。また同時に食品内部の脂も加熱により溶け出し、うまく絞り出せるということです。それと同じように、水蒸気で表面にある食塩を洗い落とすと中と外で濃度差ができて、落とされた分だけまた中から塩分が出てくる。また、常圧で過熱水蒸気を使えるので、空気がない状態で調理ができて、ビタミンCが酸素で壊れることはないとか、不飽和脂肪酸は酸素がありますと過酸化脂質になりますが、それも起こらないということで、非常に健康に留意した調理ができ上がってくることになります(図6)。

ヘルシオで調理したものを食べてみますと、表面はカリカリで、中はやわらかいと感じますね。

井上 今までの調理器だと、加熱し始めたら食品の水分は表面も内部も減少します。それに対し、過熱水蒸気は100℃以下だと凝縮伝熱で凝縮水がいっぱいついて重量がどんどん上がっていきます。100℃以上になると逆に水が蒸発して表面が乾燥し始める。だから、表面は比較的ぱりっとして、逆に内部は水分があまり減っていないという、今までの加熱にはない現象が起こるんです。これがおいしさに関与しているんだと思います。

図7

図7



図8

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それと、加熱されるとたんぱく質が変性したり、でんぷんがアルファ化する、油の粘度が下がる、いろんな現象が起こるわけですが、加熱によって水分が抜けながら成分が変化するのと、水分が含まれた状態で変化するのとでは、変化の仕方が違うのではないかなと思うんですね。ここにもおいしさの要素があるんじゃないかなと思っているんです(図7、8)。

原理原則から照らしたらこうなったということになるんですかね。

井上 はじめは、脱油が起きることは原理的にわかりませんでした。いろんな油調理を試していく中で、油を落とす可能性があるんじゃないかなと。減塩のほうは過熱水蒸気の原理から想定できたのですが、これは現象面からやっていったと、そんな感じですね。

具体的にこの技術を使おうといっても、商品化は山あり谷ありですね。

井上 私が所属している開発センターは、どちらかというと基礎研究をするところで、開発センターである程度商品化が見えたら、今度はコスト合わせ、信頼性、安全性、デザイン、ネーミング、ユーザーターゲットをどうするか、いかに量産できる設計にするかということを調理システム事業部が担当します。また、今回は全く新しい商品だけにデザインにもこだわって、思い切って今までにない鮮烈な赤を採用し、好評を得ました。赤い調理器は今までにありません。それと、第一弾はマグネトロンを使っていないので電磁波の問題から金属メッシュをつける必要がなくて、中を見やすい形にするとか、デザインもこだわりをもってやりました。

ものづくりの点で苦労されたのは、どういう点だったのでしょうか。

井上 電源ですね。家庭用だと100ボルト電源なのでせいぜい1.4キロワットぐらい。その中で過熱水蒸気の特性を十分発揮できる設計、そのために加熱や蒸気を発生する効率を上げて、容量をどうするか、どれぐらいで吹きつけるか。また、オーブン庫内全体を過熱水蒸気の条件にしようと思うとワット数が足りない。そこで、中心部に過熱水蒸気の特性がきっちり出るように、狙い撃ちできるシステムにして、この商品化が可能になりました。

技術的には、成功の鍵はどういうことだったのでしょうか。

宮武 過熱水蒸気の性質を理解して、いかに選択的に、また効率よく、最適量の水蒸気を食品に当てるかを徹底的に追求したということだと思いますね。

そこに先生の栄養学的な裏づけがされて、ユーザーを説得できたんですね。

宮武 あとはネーミングですね。ヘルシーをイメージさせることと、ヘルシオ(減る塩)とも言える名前は、僕はすごいなと思います。

確かに、ヒット商品にするには、1つはネーミングがありますね。ユーザーのほうは「水で焼く」ということに非常に驚いたといいますか、何かそういう反響はあったのでしょうか。

井上 「水で焼く」という言葉は、非常にいいキャッチフレーズになったと思いますね。「え、何のこと?」と思ってくれれば、そこから説明に入れますから。

販売を開始してからの反響がすごかったらしいですね。

写真2

「まだまだ日本はものづくりが非常に
     すぐれていますし、決して沈んだ10年
     とかにはならないと思っているん
     ですけどね」と宮武氏

井上 おかげさまで、この1年間は平均すると毎月何かの賞を頂いていることになります。最近も、経済産業省のものづくり大賞の優秀賞、それからわれわれの所属している一番大きな業界である電機工業会功績者賞の会長賞を頂きました。産学官連携会議の日本経済団体連合会会長賞、ユナイテッド・リーダー・オブ・ザ・イヤー挑戦未来賞、日経の最優秀製品賞、日刊工業新聞の10大新製品賞、小学館のサライ大賞も受賞しました。雑誌や新聞の取材は何百にもなっていますね。

それから、去年の9月に発売して、1年間で10万台ぐらい販売しました。ヘルシオを出す前までは、10万円以上の高級オーブンレンジと言われているものが、業界全体で3万台ぐらいと、そういう点では非常にヒットしたかたちです。当社としてはいずれ、オーブンレンジで今やっているのも、これに全部切りかえていくという方針は出しています。また、当然、海外展開も考えていますし、この春からアジアでの販売を始めました。

今後、この過熱水蒸気の技術はどういうところへ使われていくのでしょうか。

宮武 僕らとしては、もともと環境とか、ベーシックなところもありますので、温度の違いによって使い分けてみようかなと。300℃ぐらいでは果実の長期間保存とか皮をむく技術、600℃では有害物質の分解や抽出に使っていけないだろうかとか、もっと高温では活性炭の資源の再利用とか新素材の開発みたいなものをやれないかなと思っています。また、シャープさんが前からやっておられる除菌イオンと結びつけて菌の活動を抑えることにも使えるとか、その辺をもう少し追求できればいいなと考えています。あと、宇宙でもやりたいということで、閉鎖系の学会とかに発表しようかなと思っています*4

そうしますと、まだまだ、これから新しい分野の応用が開けそうですね。

宮武 そうですね。過熱水蒸気というのをこれだけシャープさんに広めてもらったので、ほんとうに皆さんの役に立つような技術に変えていけたら、非常にありがたいかなと思っているんですけどね。

産学連携への期待とそこにおける課題

100年前に見つかった原理が今になって活用できたということは、案外そういう技術が、他にも見つかる可能性がありますね。

宮武 これ以外にも、そういう技術はいっぱいあると思うので、そこに目を向け、見つけていけばいいと思います。まだまだ日本はものづくりが非常にすぐれていますし、決して沈んだ10年とかにはならないと思っているんですけどね。

ヒット商品だということで、日本全体が注目していると思います。特に私たちは、産学連携で成功したヒット商品だ、という見方をしてしまうのですが、そういう見方はシャープさんの社内でもされているのでしょうか。

写真3

「僕らから見たら、大学でやっている
     研究を使わなかったらもったいない」
     と井上氏

井上 意識はもちろんあります。しかし、とにかくヒット商品が出たということのほうが企業としたら大きいですよね。それが産学連携でやったんですよと。

宮武 たまたまいったという感じですよね、多分ね。僕もそれでいいと思います。

井上 ただ、これに限らず、例えば、この前にわれわれのところでヒット商品というのは、衣類の抗菌・防臭ができるAg+イオン技術、プラスとマイナスのイオンを出して空気中の有害物質を除去する除菌イオン技術などがあります。除菌イオン搭載商品累計1,000万台達成の新聞発表をしましたけれども、そういうものはすべて、大学とか公的研究機関との協業なんです。先ほどのアカデミック・マーケティングという手法を使っていますので、除菌イオンでしたら、ドイツ・イギリスの大学や研究機関、国内では広島大学大学院や北里環境科学センターなどというところときっちり共同研究しながら、そういう効果・効能あるいはメカニズムを全部解明していっているんです。だから、われわれが進めている他の健康家電、環境家電についても、必ずどこかの大学なり公的機関と連携しながら今は進めています。

宮武 これから、いっぱい、そういう産学連携の成功の事例が出てくるのではないでしょうか。もし出てこなかったら、日本沈没ですよ、ほんとうに。

井上 僕らから見たら、大学でやっている研究を使わなかったらもったいない。昔は、やっぱり自社でやるという意識が強かったんです。ところが、今はどこの企業もそんな余裕がないですよ。10年先の基礎研究を全ての技術に対して地道にやるような余裕はもうないです。それだったら、大学で基礎研究もある程度出来上がったものを利用させてもらう、そのほうがずっと効率がいい。

今、この過熱水蒸気以外にもいくつかのテーマを持っていますけれども、多数の大学と提携・共同研究しています。せっかく、それだけやってもらっているのですから、ぜひ実現させようと思って一生懸命やっています。

お話を聞いていると、出会うべくして出会った企業と大学という感じですね。

井上 そうですね。宮武先生とは、出会うべくして出会ったという感じですね。これが1つの成功体験となって、今は自分とあまり関係のない大学の先生たちとも一生懸命やって、大体どうやったらいいのかなということもわかってきましたし、できるようにもなってきています。今回が良いきっかけになっていますのでね、非常によかったかなと。

最後に、キーポイントは産学連携だと思うんですが、課題とか提言はございますか。

宮武 大学は知識を知恵に変える役割を担うべきだと思っています。単なる知識じゃなくて、過熱水蒸気も、前はベーシックなところはあったけど、出口というのがなかったから、それは一種の知恵じゃないかと思っているんです。だから、大学で知恵を使うトレーニングをするのは大事じゃないかなと。そして、百歩先の夢を追いながら、とにかく一歩前へ進むんだと。それがこれから大事になってくると思います。

あとは、3つの「きょうそう」と僕は言うんですが、産と学は協力してものを創り出す、産あるいは民は作り出したものをお互い競争する、そして官はコンダクターとしてうまく調整や評価をやっていただく、それで産学官連携が非常にうまくいくと思っています*5

産としてのシャープさんから見まして、いかがですか。

井上 シーズは大学や研究機関がたくさん持っていて、いろんなことをやっておられる。ニーズは企業側がたくさん持っているので、ニーズとシーズをマッチングさせるための場所、時、人材、それらをくっつける仕組みですね。そういう機会は多くなってきましたが、まだまだ足りないと思うんです。われわれは大学でやっていることをもっと知りたいし、その中にはわれわれの使える技術がたくさんあると思うので、そういう場をもっと頻繁につくると。

それと、研究開発のスピードの違いでギャップがあります。企業は商品を出すタイミングがあるので、そこのフレキシブルさも持っていただくと、われわれはやりやすいですね。今回の場合でも宮武先生が理解してくださって、スピードの点でもずいぶん協力していただいた。そこも1つの成功の要素だったと思うんです。

写真5

司会・進行:阿部 敏郎

企業にとって速さというのは生命線ですし、大学側はあまりそれを意識されていないという話を聞きますね。

宮武 それは、1つには大学側にコストの意識がないからね。

井上 われわれも最近それがわかってきたので、できるだけ計画の中でそれも織り込んだ形でやっていただく。お互いに歩み寄っていければ、一番いいと思います。

本日はお忙しい中をどうもありがとうございました。



司会・進行
(独)科学技術振興機構 研究成果活用プラザ大阪 科学技術コーディネータ
本誌編集委員 阿部 敏郎
(文責:(財)全日本地域研究交流協会 事業部 次長 遠藤 達弥)

*1ヘルシオ
シャープ(株)と大阪府立大学の産学連携で生まれたウォーターオーブンレンジの名称。詳細は、本文およびヘルシオ商品ホームページhttp://healsio.jp/を参照。

*2過熱水蒸気の歴史
・過熱水蒸気そのものの発見.
Hausbrand,E.が1912年に発表Drying by Means of Air and Steam.
・Lane A.M and S.Stern. Application of Superheated Vapor Atmospheres to drying.,Mechanical Engineering,78,423,1956.
・第34回Int.Conf.Environ.
Systems.,USA, 2004-01-2354
(論文番号)閉鎖系での過熱水蒸気の多目的利用

*3マグネトロン(magnetron)
真空管の一種で、強力なマイクロ波を発生する。主にレーダーや電子レンジに使われている。

*4過熱水蒸気の今後の展開
低温部分:食品・野菜の殺菌、果実の剥離、果実の表面殺菌・鮮度保持、食品加工プロセス、閉鎖系(宇宙空間など)の総合利用、調理への安全・安心、LOHAS、おいしさ、スローフーズへの利用中温部分:有害物質の抽出、分解
高温部分:脱臭、機能性炭化、
      新素材開発
      発熱体の開発、過熱
      水蒸気の性質(特化)

*5大学側から見た産学連携の現状と今後の課題
大学の現状:
 運営から経営への切り替え、あるいは大学の役割の交代ができていない
大学教育の変革:
 基礎と応用の連携、自己のアイデアをロジカルに、人の話をコンパクト化する(100字にまとめる)、リーダーシップの涵養など
3つのきょうそうの導入:
 民(競争)、学(協創、知識から知恵への変換)、官(協奏:コンダクターとしての役割)