2006年5月号
特集
北海道発、海外に飛ぶベンチャー
顔写真

川下 浩一 Profile
(かわした・こういち)

北海道大学 創成科学共同研究機構
リエゾン部/文部科学省 産学官連
携コーディネーター

 2005年から2006年にかけて、北海道内から海外進出への足掛かりをつかんだベンチャー事業が2例続いた。
 一つはNPO方式の産学連携組織として生まれた、地域が手掛ける宇宙開発を目標に掲げた組織であり、もう一つは、大学発バイオベンチャーである。それぞれの生い立ちと、海外進出に向けた経緯や抱負を聞いた。

米国ベンチャーと提携、北海道発のロケットが
宇宙に
NPO法人 北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)

写真1

   写真1 50kgf級CAMUIロケットの
        模型(1/2スケール)

地域から宇宙開発を進めるという大志を抱いて活動を続けているNPO法人、北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)*1。同NPOが開発しているハイブリッドロケット(写真1)は、すでに3度の発射試験を成功させ、営業運用に向けてさまざまな開発を行っているところだ。

このロケットに米国のベンチャー企業が着目し、2006年2月に提携。両者は2008年以降、サブオービタル航空機にハイブリッドロケットを載せ、安価に小型衛星を軌道投入しようという途方もないビジネスを生み出そうとしている。

航空宇宙産業基地構想

1990年、炭鉱の閉山によって火が消えたような寂しさの漂う山あいの町に、ある企業が開業した。社名は株式会社地下無重力実験センター(JAMIC)、空知管内上砂川町で廃鉱となった炭鉱の、全長710mに及ぶ縦坑を利用した第三セクター方式の落下式無重力実験施設である。施設は1991年に竣工し、営業運転が開始された。

この施設を利用することによって発生する無重力は10秒間。当時の落下式無重力実験施設としては世界一の性能を誇っていた。当然、北海道大学をはじめとした国内各地の研究者は、燃焼工学や生命科学における無重力下の実験データが得られると狂喜乱舞し、さまざまな実験を行ってきた。

時を同じくして十勝地方では、当時開発途上にあった宇宙往還機(HOPE)の離着陸基地の誘致運動が起こる。十勝管内大樹町には多目的航空公園が作られ、各種の実験が開始される。

北海道庁*2によって1988年に策定された「北海道新長期総合計画」には、15の戦略プロジェクトが掲げられている。その一つである北海道航空宇宙産業基地構想には、1991年、「北海道航空宇宙産業基地構想推進のための基本的指針」が定められ、産学官それぞれの立場から多くの人が、各種施設の誘致活動や、航空宇宙科学を担う人材の獲得といったさまざまな活動を行った。

北海道大学*3と室蘭工業大学*4の2大学に航空宇宙関連講座が設置され、後を追って北海道工業大学*5にも設けられた。これらの動きは、1988年の戦略プロジェクトにその源を発する。

上砂川無重力実験施設の閉鎖

これらの活動に陰りが見えたのは、2003年のことである。財政が逼迫(ひっぱく)していた政府は、JAMICの閉鎖を決定、反発した道内の研究者らは文部科学省に基礎研究施設としての転用を訴え、陳情運動を展開したが、その声が届くことはなく、通算4,770回に及ぶ落下実験のデータを残してJAMICは閉鎖された。だが、戦略プロジェクトの策定後、通算15年に及ぶ活動の成果は、施設ではなく人材という形をとって地域に残されていたのである。

写真2

写真2 永田 晴紀氏

1996年、北海道工業大学に宇宙科学研究所*6所長を務めた秋葉鐐二郎氏が教授として赴任する。また同年、北海道大学には日産自動車(株)*7宇宙航空事業部(現・(株)アイ・エイチ・アイ・エアロスペース*8)に勤めていた永田晴紀氏(写真2)が助教授(現・教授)として、翌年には北海道工業大学に宇宙科学研究所で研究員の職にあった佐鳥新氏も助教授として来道した。永田氏は、秋葉氏と共同で来道後もハイブリッドロケットの実験を行い、佐鳥氏は小型衛星のモーターとして、イオン推進エンジンを研究していた。

特定非営利活動法人北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)は、この3人が、偶然にも北海道に参集していたことから発足したものである。

HASTICの旗揚げ

2001年に設立されたHASTICは、北海道内に点在する宇宙開発関連施設や宇宙関連大学研究室をネットワーク化することにより、宇宙開発技術を生かした新産業の創出や起業家の支援、次世代研究者・技術者の育成を行うことを主な目的としている。ワーキンググループは超小型衛星、ハイブリッドロケット、宇宙医学、宇宙環境利用、小型無人超音速機の5つに分かれており、また、宇宙科学技術が産業分野に応用される実例を紹介し、北海道内で開発が進んでいる宇宙関連技術を紹介するため、企業や研究者等を対象として最前線で研究開発に携わっている研究者を講師に招いてセミナーを開催している。事務局は(独)科学技術振興機構(JST)*9の研究成果活用プラザ北海道*10にあり、会員は産業界から29人、学23人、官を含む市民48人(法人含む)という構成だ。

CAMUIロケット
写真3

  写真3 400kgf級CAMUI式ハイブリッドロケット
       エンジンの燃焼試験の様子



図1

  図1 CAMUI式ハイブリッドロケットエンジンの
      模式図(提供・HASTIC)

HASTICのワーキンググループの中に、ハイブリッドロケットグループがある。これは、言うまでもなく、永田氏が開発した縦列多段衝突噴流(CAscaded MUltistage Impinging)式ロケットエンジン(写真3)のことである。

エンジン開発は、北海道大学赴任後間もない1996年に始まった。

従来のロケットエンジンは、液体酸素・液体燃料を用いる液体ロケットエンジンか、火薬などの固体推進剤を用いる固体ロケットしかなかった。酸化剤に液体酸素、燃料に樹脂などの固体を用いるハイブリッドロケットエンジンは、火薬を用いないために安全性が高い一方、樹脂など燃料の燃焼速度が遅いという欠陥を持っており、当初は実用化不可能とも言われていた技術である。

1998年に至って永田氏はある着想を得る。

「机を燃やそうと思ったら、普通は天板と垂直に火炎を当てるはず。天板に平行に、舐めるように火炎を当てていては、燃えてはくれない」(永田氏)

この着想を敷延する形で製作されたのが、円盤状の樹脂に穴を開け、ロケットエンジンの筒内に燃料として複数枚詰め込むという方式だ。これに液体酸素を浴びせながら燃焼させると、樹脂は高速で燃え、高濃度の酸素を含んだ燃焼ガスは、樹脂に開けた穴を通って次段の樹脂に達し、その樹脂をも燃焼させる(図1)。CAMUI方式の誕生である。

当初、CAMUI式ロケットエンジンも北海道大学先端科学技術共同研究センター(CAST)*11の入居プロジェクトとして産声をあげた。1999年にはCASTの前庭で最初の公開実験が行われ、以後、年を経るごとに出力を増大させてゆく。永田氏のプロジェクトは、その後2005年3月までCASTに入居することになる。

かけがえのない同志
写真4

写真4 植松 努氏

研究開発が順調に進み始めると同時に、永田氏には新しい悩みが持ち上がっていた。研究開発のための財源である。CAMUIロケットの開発プロジェクトには、なかなか政府からの大型助成金が付かなかったのだ。各種のプロジェクトに申請を重ね、ついに2003年に至って経済産業省*12の地域新生コンソーシアム事業に2度目の挑戦で採択される。この申請の時、永田氏には、1人の民間企業経営者がついていた。赤平市で建設機械用電磁石ユニットを製造している (株)植松電機*13で専務取締役を務める植松努氏(写真4)である。

植松氏は、自社で開発していた農作業用ダクテッドファン飛翔体*14の技術的課題を解決するために、アドバイスを受けられる研究者を探していた。その中で探し当てたのがHASTICであり、その中で永田氏と出会った。

植松氏は、ロケットの開発資金獲得に苦心する永田氏に対して、研究開発への全面的協力を申し出た。

「永田氏が語った宇宙開発は、ごく限られた大企業に対して巨額の開発費を投じなければ推進できないような従来のものと違って、人材や知恵、機材など、地域の中で充足できる資源をフルに活用していくものだった。まさに『誘致すること』から『創造すること』への発想の転換であり、北海道にぜひとも必要な発想である。また、何より私自身が宇宙にあこがれていた。必要なものは必要だから、快く協力すると応えたに過ぎない」

植松氏はその時の様子をこう語る。永田氏はまず、大型化に伴って場所が限られてくるCAMUIロケットエンジンの、新たな実験場に対して植松氏に協力を要請。この瞬間からロケットエンジン開発は再加速の局面を迎える。

永田氏はこう語る。

「あのときに温かい言葉をかけてもらえ、しかも実験場や設備なども無償で貸与すると持ちかけてくれた植松氏の姿に、私はかけがえのない同志を得た思いだった。その後しばらくの間、講演や講義で植松氏のことを語るたび、目頭が熱くなるのを抑えることができなかった」

いまや、赤平市内にある(株)植松電機の敷地には、排気消音装置や液体酸素など、CAMUIロケットエンジン開発のための各種備品が備えられ、傍らには学生たちを宿泊させるために建設された同社自前のインキュベーション施設(兼・実験棟)もある。2005年初夏には、3秒間の微小重力を発生させる落下塔式の無重力実験設備も姿を現し、JAMIC閉鎖から続いた3年間のタイムラグを埋めるため、運用開始に向けて調整作業が進められている。

写真5

    写真5 (株)植松電機の社屋、別名HASTIC
        宇宙工学研究所赤平実験場。中央にそびえる
        塔が3秒無重力実験施設。左側の建屋は
        インキュベーション施設。

すでに同社は「HASTIC宇宙工学研究所赤平実験場」(写真5)という異名を持つに至り、CAMUIロケットエンジンの開発には、学生たちに混じって社員も作業に取り組んでいる。

再び、植松氏は言う。

「中小企業の工場というのは、生産設備であるとともに研究開発施設でもある。中小企業が中小企業なりの生き残り策を採ろうと思えば、本社工場はルーティンワークの生産業務ではなく、柔軟な発想による研究開発の場とすべき。永田氏との連携でもうかるとは思っていないが、社員の仕事に対する理解度や積極性が増し、決しておカネで買うことができない効果がもたらされている。周囲の誰が何と言おうと、当社はロケット開発に取り組んで良かったと思っている」

これこそが、全く新しいロケットエンジンの開発に取り組んだ地域の中小企業が抱く、素直な感想である。また、永田氏の研究に打ち込む態度も変わった。

永田氏はこうも語る。

「大学人であるわれわれの姿は学生の規範でもあり、企業の規範でもある。だが、別に厳正であれというつもりはない。われわれは研究にひたすら打ち込み、飽くなき興味を抱いて進めばよいのではないだろうか。つまり、われわれ自身が面白がることが重要なのだ。そうすれば学生も面白がって研究も進み、企業との関係もスムーズにいく」

CAMUIロケットエンジンの開発には、札幌市内の中小企業である(株)セテック*15なども連携している。2006年初頭にはすでに推力400kgf級のフライトモデルが製作され、夏の飛行実験に向けて各種性能試験も大詰めの段階を迎えている。

米・航空宇宙ベンチャーとの出会い

2005年6月、室蘭工業大学航空宇宙機システム研究センターで行われた「航空宇宙輸送システムに革新をもたらすための飛行実験シンポジウム」に、米国の航空宇宙ベンチャー企業であるロケットプレーン社(Rocketplane Ltd.)*16の副社長、チャック・ラワー氏(Chuck Lauer)が出席していた。

写真6

    写真6 ロケットプレーンのイメージイラスト
        (提供・HASTIC)

ラワー氏は、シンポジウムで講演した永田氏の、CAMUIロケットの打ち上げ動画を見て疑問を抱き、たまたま隣に居合わせた植松氏に質問する。従来のハイブリッドロケットが抱える短所を知り尽くしているラワー氏に、納得のゆく回答が出来た人物は、植松氏に救援を要請された永田氏だった。後日、永田氏はロケットプレーン社から、同社が用いるロケットプレーン(写真6)の上段としてCAMUIロケットを搭載し、小型衛星打ち上げビジネスにHASTICと連携して参入するという、とんでもない内容の計画が記されたメールを受け取ることとなる。

当初、このシンポジウムに出席する予定だったのは、ロケットプレーン社と同じく航空宇宙ベンチャー企業として名を知られるスケールド・コンポジット社 (Scaled Composites LLC)*17CEOのジム・ベンソン氏(Jim Benson)だった。それが来日1週間前に急遽予定がキャンセルされ、ラワー氏がピンチヒッターとして講演を行うことが決まったのが開催3日前のことという。何の事前知識も得ず、シンポジウム当日にCAMUIロケットの映像を見たラワー氏は、CAMUIロケットに積み込まれた発想の鮮烈さと、可能性の高さを瞬時に見抜いたこととなる。

ラワー氏は2005年8月にも再来日してHASTICセミナーで講演を行った。その後も両者の間で提携交渉は続けられ、2006年2月には、ロケットプレーン社とHASTICとの間で正式に提携調印がなされている。ロケットプレーン社では、高度100kmのサブオービタル軌道*18まで上昇できる「ロケットプレーンXP」を開発中である。その運用基地が米・オクラホマ州に建設され、2007年には運用が開始される予定だ。将来的には北海道にも運用基地が建設され、日米双方での宇宙船運用が始められる計画である。

宇宙への夢を一歩ずつ創造

他にも、佐鳥氏が率いるHASTICの北海道衛星プロジェクトでは、衛星開発事業を行うNPOをHASTICから分離・独立させ、その事業化を担う企業として2004年に設立した(株)北海道衛星*19(十勝管内大樹町)などの北海道工業大学発ベンチャーが中心となり、道内の各種中小企業やベンチャーをまとめて人工衛星開発プロジェクトを推進している。

写真7

写真7 伊藤 献一氏

北海道大学名誉教授でHASTIC専務理事の伊藤献一氏(写真7)は言う。

「航空宇宙基地構想が登場し、基地誘致を開始した当初は、全てお願いするばかりで、北海道自ら何かやりましょう、という話が全くなかった。それが今は、NPO法人を中心に産学官が結集し、ロケットや人工衛星の開発を積極的に行っている。まさに『誘致』から『創造』へという発想の転換がなされたのだと思う。今の開発プロジェクトが全て終了すれば、CAMUIロケットは3段式となり、衛星分離機構や姿勢制御機構を備えた人工衛星システムも事業化されることとなる。こうなれば、事実上の”宇宙基地”が北海道にできたと言ってもいいのではないだろうか」

後志管内余市町出身で元北海道大学助教授の毛利衛氏が宇宙飛行士となって20年。最初に描いていた青写真とは必ずしも同じではないが、今、北海道には着実に宇宙への道が開かれつつある。そこには幾多の偶然が重なりあい、そこにいた人間たちの夢が共鳴した痕跡が残されている。

CAMUIロケットエンジンの名前を考案するとき、永田氏はその名がアイヌ語の音を引くようにと、さんざん頭を絞ったという。そうやって付けられた名のアイヌ語の意味が「神」であるというのも、偶然が統べる部分の出来事だったのかもしれない。そして、「想いはかなう」とは、植松氏が常に語る言葉である。夢をあきらめず、常に一歩ずつ、着実に歩みを進めていけば、いつかは実現するものなのである。

●参考文献

(1)澤岡昭 編.地下につくられた小さな宇宙,株式会社地下無重力実験センター,2000, 212p.

(2)川島レイ. “カムイロケット物語”. 川島レイのレイランド.(オンライン),入手先<http://future.way-nifty.com/reiland/cat4347280/index.html>,(参照2006-04-19).

(3)NPO法人北海道宇宙科学技術創成センター. “HASTIC北海道宇宙科学技術創成センター”.(オンライン),入手先<http://www.hastic.jp/>,(参照 2006-4-18).

*1NPO法人北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)
http://www.hastic.jp/

*2北海道庁(北海道のホームページ)
http://www.pref.hokkaido.jp/menu.html

*3北海道大学
http://www.hokudai.ac.jp/

*4室蘭工業大学
http://www.muroran-it.ac.jp/

*5北海道工業大学
http://www.hit.ac.jp/

*6現・宇宙航空研究開発機構(JAXA)
http://www.jaxa.jp

*7日産自動車(株)
http://www.nissan.co.jp/

*8(株)アイ・エイチ・アイ・エアロスペース
http://www.ihi.co.jp/ia/

*9(独)科学技術振興機構
http://www.jst.go.jp/

*10JST研究成果活用プラザ北海道

*11現・北海道大学創成科学共同研究機構リエゾン部
http://www.cast.hokudai.ac.jp/

*12経済産業省
http://www.meti.go.jp/

*13(株)植松電機
http://uematsu-electric.fte.jp/

*14ダクテッドファン飛翔体
二重反転プロペラ式の回転翼を持ち、翼を持たない飛翔体のこと。

*15(株)セテック
http://www.setec.jp/

*16Rocketplane Ltd.
http://www.rocketplane.com/

*17Scaled Composites LLC
http://www.scaled.com/

*18サブオービタル軌道
地球を周回しないが、宇宙空間に到達して地球に戻る軌道のこと

*19北海道衛星(株)
http://www.hokkaido-sat.jp/

細胞ベースに創薬支援 欧米市場に突撃
株式会社 プライマリーセル

もう1社、北海道から生まれた大学発バイオベンチャーが、米国へと雄飛する。

(株)プライマリーセル*1が事業とする初代細胞培養は、動物実験全廃へのトレンドにあえぐ欧米の創薬業界にとって、事業そのものの生命線といえるサービスである。早くから生命の基本単位である細胞に着目し、さまざまな細胞培養キットを提供してきた同社だが、2006年、米カリフォルニア州サンノゼ市のインキュベーション施設に拠点を開設した。

初代細胞培養をビジネスにする
写真8

写真1 平 敏夫氏

株式会社プライマリーセルというバイオベンチャーが、札幌市内にある。創業は2004年10月、社員は11人。平敏夫氏(写真1)が社長を務める“初代細胞培養”*2を業務とする企業だ。

平氏が細胞培養の世界に足を踏み入れたのは、(株)プライマリーセルを興す四半世紀ほど前、1980年にさかのぼる。当時、(株)高研*3に勤めていた平氏が、同社の研究プロジェクトを進めるために派遣された理化学研究所(以下、理研)で出会ったのが、その技術だ。

以後、平氏の所属は(株)バイオ科学研究所*4、(株)ヤガイ*5、(株)サンギ*6とバイオ系の会社を次々に移り、その間に派遣先も、理研から北里大学(医)*7、東京都立大学*8、米国CWRU*9、北海道大学(歯)*10と、移り変わっていく。だがその間、常に企業に身を置きながら大学・研究所等で研究を進めるという立場は決して揺らがなかった。いわば、“産の立場で学を進める”という、独特のスタンスがこの25年の間にしっかりと、平氏の身に染み付いていた。

プライマリーセル事業が開始されたのは、起業10年前にあたる1997年、(株)サンギ北海道研究所に赴任してからのことである。平氏は、当時のことをこう振り返る。

「北海道に初めて降り立った当時、札幌周辺では、ITベンチャーが続々と起業されており、その後隆盛をたどるサッポロバレーの勃興期にちょうどぶつかる時期だった」

農畜水産物の品質の高さや多様さ、国内他地域に類を見ない天然生物資源の豊かさが北海道にはあった。同時に、サッポロバレーに代表されるITベンチャーの台頭が、地域で興すことができるビジネスの可能性を、平氏に示唆していた。

平氏は、「天の時、地の利、人の和で目指せ『札幌発世界』」という言葉を掲げ、初代細胞培養による創薬支援事業、つまりプライマリーセル事業を(株)サンギ北海道研究所内でスタートした。1997年のことである。

天の時、地の利、人の和とは、孟子が語った「三儀」であり、 (株)サンギの名の由来でもある。そして(株)サンギのモットーは、「かたよらず、こだわらず、とらわれず」。平氏は、遺伝子万能に偏りがちなバイオベンチャー界の流れに惑わされることなく、淡々と細胞を見続けることによって事業化のチャンスをつかんだことになる。

その後の2001年、平氏は(株)ホクドー*11に移籍、JST*12の研究成果活用プラザ北海道*13で2003年から「細胞ダイレクトアッセイ研究会」を始め、この年に世界で初めて内臓脂肪細胞の分化誘導系を確立した。

起業へのトライ

2004年春、起業準備を進める平氏は一つの課題を抱えていた。それは、(株)ホクドーから円満退社することは決まっていたものの、次の研究開発拠点が定まらないことだった。

JST研究成果活用プラザ北海道の科学技術コーディネータを務める蛸島武広氏は、当時の様子をこう語る。

「当時はバイオの中でもゲノム研究が盛んな時期であり、社会の注目はゲノム分野と、その後継となる糖鎖研究などポストゲノム分野に集中していた。平氏は、幅広いバイオ研究の拠点である北海道大学の先端科学技術共同研究センター*14(CAST・現北海道大学創成科学共同研究機構プロジェクト棟)を選んだが、細胞培養という、一見ハイテクらしからざる技術に大きなビジネスチャンスが見え隠れしていることに気づく人はまれであった」

蛸島氏の懸念どおり、同社のCASTへの入居応募は難航する。その中で、救いの手を差し伸べたのが、CASTのリエゾン担当教授を務める荒磯恒久氏である。

荒磯氏は言う。

「創薬の過程には、所定の作用があると期待される各種リード化合物の選定から毒性試験まで、さまざまな前臨床試験があるが、細胞そのものを対象としてそれらの実験を行うことができれば、スクリーニングの精度は飛躍的に向上するはず。何より平社長は、民間に長く籍を置き、企業が欲するものを肌でとらえている。この事業に対する社会的ニーズが大きいことは、説明を聞くまでもなく理解できた」

荒磯氏の理解を得て、CASTへの入居が近づいた平氏に対して、荒磯氏は、平氏の将来性を広げる新たな共同研究者の斡旋を行う。それが、北海道大学大学院工学研究科生物物理工学教室の郷原一寿教授だった。郷原氏の研究はバイオイメージング、つまり細胞の構造や機能を観察することがテーマとなっており、平氏と郷原氏との共同研究が、互いの興味に合致することを見越してのものだった。

初代細胞培養とは
写真9

      写真2 プライマリーセルで行われている
           細胞培養の様子

さて、それでは同社が事業の核に据えている初代培養細胞とはどのようなものだろうか。これは、クライアントからの依頼に応じてターゲットとなる動物等の細胞を採取し、培養して、周辺キットとともに提供する事業である(写真2)。

製薬会社などがリード化合物をスクリーニングする場合、投薬によって引き起こされるさまざまな作用を突き止めなければならない。この場合、遺伝子情報のみで発現プロファイルがどのように変化するかを観察するだけでは不十分であり、生きている細胞そのものが振る舞いをどのように変化させるかを把握する必要がある。つまり、ターゲットとなる細胞があれば、それを基盤にスクリーニングを行うことができるわけだ。

(株)プライマリーセルでは、製薬会社等からターゲット細胞のオーダーを受託すると、2~3週間前後で目的の細胞を探索し、培養して供給する。社内には採取した細胞を貯蔵する細胞バンクがあり、クライアントへの安定供給にも配慮されている。その一方で、細胞の挙動に関する学術的なサポートもキメ細かく行われており、総じて顧客満足度は高い。

こうした方法で、ターゲットとなる細胞を採取、培養してきた結果、同社にはラット9種類、マウス2種類の肥満・糖尿病研究用ターゲット細胞と、ラット5種類、マウス2種類、ウサギ1種類の骨・関節研究用ターゲット細胞の蓄積がある。それぞれのターゲット細胞は、全てクライアントからのリクエストに従って探索してきた細胞であり、同時に同社の製品でもある。

写真10

   写真3 内臓脂肪前駆細胞(VAC-01)の商品
       パッケージ(提供・(株)プライマリーセル)



写真11

写真4 内臓脂肪細胞に油脂を加えて培養すると、
     細胞が油脂を取り込み、内部に脂肪球を形成する
     (連続写真、培養開始後1(上段左)、2(上段右)、
     3(中段左)、7(中段右)、9日目(下段左)
     (提供・(株)プライマリーセル)

そして、中でも世界的な注目を集めた細胞の中に、ラットから採取した内臓脂肪前駆細胞(VAC-01・写真3)の存在がある。

内臓脂肪細胞は近年から肥満や生活習慣病の原因細胞とされ、創薬業界からもターゲット細胞としての需要が高かった。これを2003年、(株)プライマリーセルの清水恭子取締役開発部長が分離し、分化誘導系の確立に成功したのだ。

清水氏は、獣医師資格を持ち、(株)ホクドーに勤務していたが、平氏が(株)プライマリーセルを開業する際に、同社へ移籍。それ以来、動物に対する深い知見をベースに、平氏とともに細胞探索に取り組んできた。この内臓脂肪細胞を見つけたのも、クライアントのオーダーに応えるという普段通りの仕事の中からである。

この内臓脂肪細胞発見のニュースが学会に与えたインパクトは大きかった。

日本肥満学会*15での発表の様子を平社長が振り返る。

「脂肪細胞についてよく知っている学者が、われわれの発表した動画のスクリーンに群がって、『脂肪球が発達する様子をもう一度見せてくれ』と言う。われわれは十重二十重の人垣に飲み込まれ、ポスター会場への移動もままならない状態になってしまった」

件の映像は、内臓脂肪細胞が脂肪を蓄積していく様子を微速度撮影でとらえたものである(写真4)。発表した助手も、普段の脂肪学会では見慣れない北海道大学工学部(郷原研)のスタッフであり、異色ずくめの学会発表となった。

(株)プライマリーセルは、細胞そのものを販売するビジネスを10年近く続けてきたため、エンドユーザーからすでに数多くのリクエストを蓄積している。生活習慣病対策の薬剤開発に必要不可欠な内臓脂肪細胞は、このリクエストに応える形で作られたのである。

インタビュー
◎ゲノムから細胞へ、発想の転換

生命に直面するためには細胞から始めなければならない。生命の最小単位は細胞だからだ。この細胞を初代培養し、提供するというビジネスモデルが生まれた理由を、(株)プライマリーセルの平社長に聞く。

◎初代細胞培養を着想した理由

Q:バイオベンチャーとして、細胞培養を選んだ理由は。

過去十数年、DNA、RNA、タンパクといった物質から生命を語り尽くそうというトレンドがあった。特にDNAを調べれば生命現象の全てが分かるとまでいわれていた。ところが全ゲノムが解読された今、どうやらそれだけではわからないということが判明してきている。私はずっと、企業人でありながら大学にいて研究してきた。二足のわらじを履きながらこのトレンドを見ると、企業が求めているものがわかる。

仕事としては大学の中でやっていたことの方が長いし、もちろん企業からもいろいろな開発のオーダーもあるが、ベースになるのは大学の研究成果だ。私自身が産学連携のような仕事をやり、その中でゲノム研究の流れも見てきていると、いずれは細胞の時代がくるということはずいぶん以前から予測できた。

Q:このような着想を得たのはいつごろからか。

細胞を見ていると、DNAやRNA、糖鎖、タンパクといった物質だけ見ていても語れないし、生命はそれほど単純なものではないことが分かる。だから、そこを飛び越え、細胞からスタートしてしまえば、新たなビジネスも展開できてくるだろうと考えていた。

そういう考えを持って細胞ダイレクトアッセイ研究会をJST研究成果活用プラザ北海道で設立したのが2003年4月。だから実質上、その辺りがスタートだ。

図2

図1 「細胞ダイレクトアッセイ研究会」で使われた
    初代細胞培養の事業展開予想図(2006.3.23に開催
    された異業種交流会『四木会』の発表資料より・
    提供・(株)プライマリーセル)

その当時、細胞からスタートした場合に、こういうビジネス展開が見えてくるということを描いたのが、この図(図1)だ。組織培養をして患部を修復する再生医療が華々しく研究されているが、これは医療に直結しているため、実用に至るまでに長い期間が必要になる。ところが、全く同じ技術を使って創薬開発支援も成立する。当面こちらのビジネスの方が実現性が高いので、まずはこちらをやってみませんかと問いかけたわけだ。

◎細胞による創薬支援

Q:細胞による創薬開発支援とは。

実は細胞をきちんと見ることができていないのだ。われわれ人間の目で細胞を観察すると、その変化は見えているが、科学の目では細胞をとらえきることができていない。細胞を作る際にも経験や勘に頼る部分が多く、だからこそわれわれの仕事も成り立つ。

いま郷原教授と共同研究しているのは、われわれがいままで磨いてきた “細胞と語り合う”ための経験や勘の部分を、工学部、しかも物理の目を持ってもう一度、根本から細胞を見ていくことだ。人間の目には、細胞の言わんとしていることがわかってくるが、それだけでは駄目で、科学の目で計測することができなければならない。そして、そこに使われる技術がセルダイレクトアッセイ、セルベースアッセイの技術そのものになってくる。

Q:生きている細胞を見るだけではなく、観測し測定すると。

見るといってもさまざまな見方が存在する。例えば6日間の現象を微速度で撮影することによって、細胞同士が織り成すイベントや情報のやりとりなど、静止画では見ることができなかった変化する現象を“見る”ことができるようになる。さらには細胞膜などさらに細かな部分を見るという手法も研究中だ。

人間の目では見えているのに、科学の目で計測できないというのは、この先どうなるかという予想をつけることはできるが、数値には表せないからもどかしい。ナノテク、電子、レーザーといった先端のイメージング技術があれば、科学の目を持つセルサイエンスが始動する。

Q:セルサイエンスとは。

細胞を見ようとしたとき、今までは細胞をバラバラに分解し、物質にしてから見ていた。だがこの方法は、ゲノムまで行き着いたにもかかわらず、結局よくわからないという結論に至った。それで細胞の世界に戻ってきたわけだ。生命現象は、当然組織のもとでの現象であり、個体の最小構成要素である細胞という部分を無視するわけにいかない。

ポストゲノムのトレンドの中で、細胞、組織、個体と高次元の生命現象に向かうのは必然だ。われわれはそれを産業ベース、研究ベースでやっているわけだ。

Q:北海道大学にセルサイエンスインスティテュートの設置を要望していると聞くが。

細胞の中でタンパクが織り成す相互作用や細胞膜、例えばカベオラ*16やラフト*17などがどのように振る舞うのか。ゲノムでは、タンパクの増減、あるいは有無しか表現できないが、生命現象はそれほど単純なものではなく、それらの物質が構造体を作って機能しているところを見ない限り、結局はよくわからない。生命の基本単位である細胞に立ち返って細胞丸ごとを見る、あるいは細胞膜を見る。他にも脂肪球などがどのように形成されていくかを見ることができれば、細胞そのものには、まだまだ科学として深化する要素が残されているし、こういった部分の研究を進めることで、われわれのビジネスや科学そのものに対するポテンシャルも上がっていく。こういったトレンドを北海道大学の中で展開していきたい。

◎(株)プライマリーセルの今後の展開

Q:ビジネスに対するポテンシャルとは。

われわれの作ったビジネスは小さなものだが、北海道で作り上げたオリジナルのもの。そして今年(2006年)は、このビジネスを運良くサンノゼまで持っていくことができた。

まだ小さなものに過ぎないが、北海道大学の英知を結集し、さまざまなバイオ装置や機材、あるいは細胞計測技術といったものを束ねていって、もっと大きなビジネスの流れをつくりたいと思っている。

ゲノムに走ったトレンドがあったからこそ今、細胞に注目が集まっているともいえるが、私はずっと細胞ばかりを見てきた人間だ。逆に言うと、ゲノムに入ることができなかった落ちこぼれだ(笑)。そして、プロジェクトに入ってきてくれた人たちの中に、動物を見続けてきた獣医学博士の清水氏、そして、昆虫に詳しい酒井雅人氏がいて、初めて動物や昆虫といった対象生物から細胞を探索することが可能になる。決してハイテクとは言えない技術だが、ビジネスインパクトは大きい。

北海道に根ざし、世界を見据える

北海道庁*18や北海道経済産業局*19の支援を得て、世界最大のバイオ産業展と呼ばれているバイオ2004、2005に参加、そこで(株)プライマリーセルは世界の製薬企業との商談をまとめ、細胞の重要性について自分たちが感じていた直感の正しさを再認識することになる。

また同時に、(独)日本貿易振興機構(JETRO)*20とも接触を持ち、同機構が米国で展開しているインキュベーション事業“タイガーゲート”*21への扉を開くこととなった。

平氏はこう言う。

「いまのわれわれの力では、正直に言って米国進出はきついものがある。しかし、セルベースアッセイという事業自体は、日本だけを市場にするビジネスではなく、むしろ世界に向けた形での市場展開が必要なのだ」

写真12

      写真5 サンノゼにある(株)プライマリーセルのオフィス
          (提供・(株)プライマリーセル)

EUでは、2007年を機に創薬に関する動物実験が全廃される。そうなれば、前臨床実験に使用できるものは、(株)プライマリーセルなどが生産している細胞そのものを用いるしかなくなる。米国に細胞を持ち込むことができれば、欧米の巨大製薬企業が手の届く範囲に見えてくる。同社はサンノゼのタイガーゲートを拠点に、平氏の右腕とも呼べる清水氏を送り込んで、将来に向けた営業の拠点を構築し始めている(写真5)。

平氏はこうも言う。

「比較的北海道の環境は新しい産業を生みやすい。歴史が浅い分、新しいことを積極的に受け入れる土壌があり、その意味ではリトルアメリカだと思う。北海道からはまだまだ新しい産業が生まれると思うし、私は永住することを決意している」

(株)プライマリーセルは、食糧生産基地としての北海道の特性を生かし、細胞をベースとして食品に対する評価系を構築しようと企図してきた。また、同社と同じエリアに拠点を構え、高分子ゲルを開発している大学発ベンチャー、(株)ジェルデザイン*22とも、新しい細胞培養基材の開発などで連携をスタートしている。

平氏が細胞培養の世界と出会って25年。三儀を掲げ、プライマリーセル事業を開始して10年の歳月が経過した。ちまた間に華々しく伝えられる産学連携の成功例に比べると、あまりに小さな事業ではある。だが、数多の成功例と比べても比類ない可能性を秘めて今、(株)プライマリーセルは海を越える。

●取材後記:20年後の世界を思い描きつつ

ここに掲げた二つの事例は、北海道で新産業の創出を目指す企業や団体が、近年米国市場にその新産業の存在価値を認められ、認知を受け始めたものである。彼らの雄飛を心から応援し、その成功を祈りたい。

だが一方で、これらの事例は二つとも、産学連携活動が隆盛をみせるはるか以前から独自の活動を続けている点に注意を向けてもらいたい。現時点に至るまでの期間は、それぞれ約20年。一から始め、これだけの期間を経て、やっと世界に羽ばたくための萌芽をつけることができるのだ。もちろん必要なのは長い時間だけではない。偶然であろうとなかろうと、理解者や協力者といった人を得ることが重要であることも、これらの事例から見てとれる。

産学官連携に携わる関係者は、果たして20年後の世界をしっかりとその胸の裡に思い描いているだろうか。そうでなければ、少なくとも新産業の創出は望めまい。

●取材・構成

北海道大学 創成科学共同研究機構 リエゾン部

文部科学省 産学官連携コーディネーター 川下 浩一

*1(株)プライマリーセル
http://www.primarycell.com/

*2初代細胞培養
継代維持されている細胞とは異なり、生体から直接細胞を取り出して培養する細胞であり、機能を維持・獲得しうる細胞(前駆細胞)を培養する手法。

*3(株)高研
http://www.kokenmpc.co.jp/

*4(株)バイオ科学研究所
1993年解散

*5(株)ヤガイ
http://www.yagai.net/

*6(株)サンギ
http://www.sangi-co.com/

*7北里大学
http://www.kitasato-u.ac.jp/
医学部
http://www.med.kitasato-u.ac.jp/

*8東京都立大学
http://www.metro-u.ac.jp/

*9米国CWRU(Case Western Reserve University)
http://www.cwru.edu/

*10北海道大学
http://www.hokudai.ac.jp/
大学院歯学研究科
http://www.den.hokudai.ac.jp/

*11(株)ホクドー
http://www.hokudo.co.jp/

*12(独)科学技術振興機構(JST)
http://www.jst.go.jp/

*13JST研究成果活用プラザ北海道

*14先端科学技術共同研究センター(CAST・現北海道大学創成科学共同研究機構リエゾン部)
http://www.cast.hokudai.ac.jp/

*15日本肥満学会
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jasso/

*16カベオラ
細胞表面の小さなくぼみであり、脂肪組織に多く存在し脂肪細胞分化に関与すると考えられている。

*17ラフト
筏(いかだ)の意。細胞膜上にスフィンゴ脂質やコレステロールを主成分とする動的な細胞膜ドメインが筏のように存在し、細胞内シグナル伝達分子が集まって効率よいシグナル伝達を可能にしていると考えられている。

*18北海道庁(北海道のホームページ)
http://www.pref.hokkaido.jp/menu.html

*19北海道経済産業局
http://www.hkd.meti.go.jp/

*20(独)日本貿易振興機構(JETRO)
http://www.jetro.go.jp/indexj.html

*21タイガーゲートプロジェクト(海外インキュベーター)
http://www.jetro.go.jp/services/incubator/

*22(株)GEL-Design
http://www.gel-design.co.jp/