2006年5月号
巻頭座談会
「産学官連携による人材育成」(後半)

パネリスト:山野井 昭雄 Profile
(やまのい・あきお)

味の素株式会社 顧問

パネリスト:加藤 敏明 Profile
(かとう・としあき)

立命館大学 教授/インターンシップ
教学委員会 委員

パネリスト:松澤 孝明 Profile
(まつざわ・たかあき)

神戸大学連携創造本部 教授/
本誌編集委員

パネリスト:三浦 有紀子 Profile
(みうら・ゆきこ)

文部科学省 科学技術政策研究所
第1調査研究グループ 上席研究官


標題の座談会を2006年2月6日、科学技術振興機構内で開催した。本座談会の内容を4月号(前半)、および5月号(後半)で掲載する。

松澤 (司会) ここまでの議論で、随分米国や諸外国と日本の人材育成システムの違いが出てきたと思います。現状のままで足踏みもしていられない、諸問題の解決は非常にハードルが高くて、難しいことも分かりますが、では、何から始められるのかを考えていきたいと思います。

人材育成に見られる変化

三浦 少しずつですが、変わってきているような気がします。私、最近、JSTのJREC-IN*1などを調べて、大学の公募の情報を詳しく分析しました。やはり専門を持っていて、それに対して業績がどれくらいあるかというのは問われます。それに付加価値的に、こういうこともできる方を、というような募集が数は多くはないですが、あるのです。よく考えると、2種類以上専門があるような人を求めていたりして、応募できる人がいるのかなというような募集も出てきています。大学の方でも求めている人材がそのように変わってきているようです。

加藤 私は今三浦さんが指摘しました新しいタイプの教員の典型例の一人でして、専門をどのくらい持っているかはともかく、学部に所属をしない横断的なコーディネータ型の教員、教授です。名刺には「全学インターンシッププログラム、ディレクター」としてあるのですが、日本では名刺交換の後にひとしきり説明が必要です。すぐに意味をのみ込めず、名刺を眺めている方が少なからずおりますから。けれども、これが米国になりますと「ああそうですか」といった感じでそのまま話が始められる。全く違いますね。しかし、私も周辺を見ていて、横断的ないろいろなものをコーディネートし、融合させていくような立場の先生方が少しずつ増えてきている、あるいは大学側の増やしたい、採りたいという意識の高まりは間違いなくあると思いますね。

人材育成はどの段階から始めたらよいか

松澤 加藤先生、率直にお伺いします。大学というのは、学部、修士課程、博士課程とあるわけですが、どこから考えたらもう少しこの改革スピードが速まるのでしょうか。

加藤 早い段階からでないと難しいかなという感じがしますね。モデルケースが学部で完成すれば、上にどんどん応用ができるのではないかと思います。何と言っても、下から、つまり学部から、が私の見方です。

山野井 92年でしたか、教養課程が全体として専門に偏ってしまいました。あれがプラスかマイナスかという議論もありますが、私はやはり、世の中を動かしているものとして、学問はもちろんベースとして一番大事だけれども、一つの学問だけで動いているのではないということを若いときに体験する機会をどれだけ持つかというのが大事であると思います。もう一つは、大学の教員が学生に教えるとき、この理論は実はこういうふうに応用に展開されて、世の中にこうつながっているというような話をすることが必要であると思います。また学生がそういったつながりを実際に経験するインターンシップも有効です。

それから、MOTというのがあります。この発想は、文系のある程度の知識がないとできません。マーケティングであるとか社会科学的な知識や判断も必要です。

そういった知識や判断能力を専門知識でなくても持つことが大事だと思うにつけ、これは、多分リベラルアーツの部分に関連するのだと思います。従って、教養という問題、一般教養の広さという問題がものすごく大事じゃないかと考えます。

加藤 あのウォークマンが世界的に売れ、地球規模の商品になり得たのも、当時、ソニーが、音楽のある豊かな生活を、家の中や部屋の中から街に持ち出そうと生活丸ごとを提案したからですよね。つまり、物を売らんかなではなくて、みんな豊かになろうじゃないかという提案をしているわけですよね。それはそのまま哲学だと思うし、そんな提案能力を裏付けるのは、やはりリベラルアーツのような教育力だと思います。

山野井 MOTというのはそういうことであると思います。

松澤 今の両先生のご意見について、ちょっと話はずれますが、この前、韓国へ行き、現地のテクノパークの設計者たちと議論した時に印象的だったことがあります。これまで、日本も韓国もサイエンスパークや研究者都市づくりが行われてきましたが、最近、韓国ではサイエンスシティーには、もっとコマーシャリゼーションのマインドだとか、現場のマネジメント、そこでの横のつながりをマネジメントする機能が必要だろうと、いろいろ試みているようです。日本でも同じように、研究者として基礎研究の成果を出すだけではなくて、実際に何を国民や世界に発信できるのかが重要になってきていると思うのです。すなわち、実際のビジネスや生活にどういうインパクトを与えるかという視点で見ると、科学技術力としては同じものでも、それを受け入れる消費者や社会の反応は違う評価になるということです。この科学と社会のつながりが、加藤先生が言われた哲学の一つではないでしょうか。もしこのような哲学が今までのシステムの中であまり鍛えられていないとすれば、どう変えていくかということを日本でもそろそろ考える必要があるのではないかという気がしています。

山野井 科学技術で突っ走ろうという若者が結構多いです。ビジネスに移る場合、科学技術だけで突っ走っては受け入れられにくいのです。もっとオープンに、一人だけでなく専門の違う他の人と組む、一緒にやるともっといいものが出てくるのかなという気がしないでもないですね。どうでしょうか。

文理融合の必要性

加藤 非常に小さな例ですが、コーオプ演習では、経営学の大学院生と理工学の学部生や大学院生がそれまでは知らない仲だったのに、実に楽しそうに協働するのです。よく観察すると、楽しさは双方が価値観を揺さぶられるところから来るようです。こんな見方が世の中にあるのか、へぇ、ああいう見方もあるのか、と。意外なアプローチの仕方があることに気付き、お互いに相手を見る目が変わってきて、だんだんかみ合うようになってくるのです。文理融合や連携という言葉がありますが、人間的にもどこかで融合する、連携するようなものが必要だと思います。

山野井 理系の場合には一つの現象について真理が一つしかないんですね。ところが、文系の方たちは答えが一人一人全部違うようです。文系がすごいのは、自分の考えが真理だと思っている人がいっぱいいることです。理系は一つしかありません。

加藤 山野井先生がおっしゃるとおりで、文系は奥深いですよ。何しろ、文系人間にかかると、雪が溶けると水にも春にもなるんですから。

松澤 今までコーオプ演習はもともと文科系の学生中心でしたよね。そこに今回理科系の学生が参加し、一緒に演習をやることになったわけですが、このあたりの実例をもう少しお聞かせください。

写真1

     「文系は奥深いですよ。何しろ、文系人間に
          かかると、雪が溶けると水にも春にもなるん
          ですから」と加藤氏

加藤 ある演習では、分析機器の会社から課題をいただきました。最新の分析機器の改良について、360度自由に提案しなさいという課題です。学生が中間発表をしましたところ、企業関係者から「うちの若手の社員を集めれば、これくらいの提案はしますよ」と言われました。自由度が足りない、というわけですね。そのコメントに、理系学生は強いショックを受けてしまい、一時期は弱音を吐くまでになりました。そのとき、経営学専攻の大学院生が発表の場でいくつか大胆な提案をしたのですね。技術的にはあまり裏付けがない。理系の学生たちがすぐに「技術的に無理だと思う」と反応したのですが、むしろ企業の技術者が面白がったのです。「確かに、うちの社員でそんな無謀な提案をする者はいない。でも、0.1%くらいの可能性はあるかもしれない。可能性がゼロでない限り、追求してみたらどうだろうか」と。そこからなんですね、やるだけやってみよう、途中で駄目になったらそこで考え直せばいいじゃないか、という一種の開き直りのような新しい意識、価値観がチームに芽生えたのは。結局、それで壁を突破できたのです。

松澤 三浦さん、今のお話と通じるところ、何かありますか。

三浦 私はずっと自然科学系の研究者でしたが、垂直型に深めていく研究をするのに、横の広がりはきっと役に立つはずというのは、まさしく実感することです。研究をやっていけば必ず壁に突き当たるところがあって、その高い壁を越えるときには、今までの思い込みを一切捨てないと越えられないのです。そのときに、越えられた人というのは、きっと何か横の広がりの部分を自分の中に持っていたからこそそれを越えられて、素晴らしい研究に行き着くのだと思います。そこで、大半の人はそれを越えられなくて、そのままでこぢんまりとまとまってしまうということもあると思います。基礎の研究者、優れた研究者を育てるためにも、そういう膨らみを持てるように、いろんな方向から物を見られるようにすることは重要です。若い方々にはぜひそうなっていただきたいと思います。

山野井 例えば医師が力を尽くしても患者を救えない場合、そのときに必要なのは、医学の知識でもなければ、医療技術でもないといいます。宗教とか哲学とか心理学とか、こういうことにどれだけ造詣を持っているかなのだそうです。最後のケアがうまくできるかが一流の医者であるのです。これを見ても、理系の人間はもっと幅広くならなきゃいけないのです。

加藤 専門家に限らず、それは一般企業でも同じです。思想や哲学を持っていない上司には部下が付いてきません。恥ずかしながら、私自身が身に染みて感じてきたことです。今の学生たちは小学校入学のころにバブル経済が崩壊してしまい、その後相次いで日本社会に起こった社会的不正や理不尽なリストラを見せ付けられてきています。そういった中で、大人社会は彼ら彼女らに何か大きな思想とか哲学を見せてこなかったんじゃないかなと感じます。大学1年生でスタートするのではちょっと遅過ぎるぐらいで、初等、中等教育といったできるだけ早い段階からそういった思想、哲学を、大人たちは学校の中外で子供たちに見せる必要があるのではないかと思います。

松澤 産学連携の問題はこれまでどちらかというと、それぞれの組織の機能論とか研究成果や知財の扱いなどの話が多かったように思いますが、人材育成の問題は大学だけでも社会だけでもできる問題ではなく、「生まれたとき」から始まる問題かもしれないですね。人材育成にかかわる諸問題が、今、加藤先生がおっしゃったような大きな日本の一つの流れの中で生じた現象であるとすると、かなり根深い問題かなと思いました。そうであれば、それぞれ教育、さらに科学技術、産業界も含めて、関係者みんながその問題を意識しながら取り組んでいかなければならないと思います。

博士課程の学生が抱く危機感

松澤 一方で、毎年、研究現場から多くの博士号取得者が輩出されています。国としても、科学技術関係経費を伸ばし、これらの人材に非常に大きな社会的投資をしてきたわけです。その人たちに社会の中でもぜひ、もっと活躍してもらい、研究でも世界にイニシアチブを発揮できるようにやっていただければ、投資が生きるとも思います。

議論が非常に大きくなったので、ここで博士課程の話に絞ってみましょう。

今後の博士養成でどういう点を考えたらよいかについてご議論いただければと思います。博士についてはいろいろなご意見があると思いますが、その中で、これからは博士課程のキャリアパス多様化も必要であるとの議論があります。社会に関心がある人は学部や修士課程修了で就職する反面、博士に行く人は、大学に残ることを志向しているとよく言われます。キャリアパスの多様化のために博士に進む人に一体どういうようなチャンスを与えていけばよいのかサジェスチョン等があればお願いします。

三浦 今、博士課程に進んでいる学生は、そのすぐ上の、ポスドク滞留問題と言われている先輩たちを見ているので、非常に危機感を持っています。私どもの研究所で行った調査の一環でアンケートを取ったときに、ポスドクと博士課程学生とでは意識が多少違うことが分かりました。今の博士課程学生は、自分をどういうふうに活かしていこうかと真剣に考えており、そういう彼らに関連情報をきちんと与えれば、効率的にうまく回っていくのではないかと感じています。

松澤 ポスドクと博士課程の方の意識の差異はいつごろから出始めたんでしょうか。

三浦 意識調査は1回しか実施していませんので、いつごろからというのはちょっとわかりませんが、徐々に、確実にそうなってきたと思います。

松澤 今のお話は、博士課程の人たちは、自分の専門をどのように活用して、社会貢献なり、他の分野で活躍することをかなり意識しており、そのモチベーションは、高まってきているということですね。

三浦 そうです。

松澤 そうすると、博士課程学生の側にもキャリアパスに対する志向の変化が出てきているということですか。受け入れる企業の方はどうでしょうか。

企業は博士を歓迎
写真2

「産業界として、われわれがどう支援していけば、
     産業界にどんどん入ってくるような博士を少しで
     も増やせるのかがこれからの大きなテーマです」
     と山野井氏

山野井 企業は大歓迎です。博士はどんどん来てほしいのです。例えば、経団連の調べでは、対象は大企業が多いのですが、結果的に博士が、平均すると2~3%いるようです。メーカーでは5%ぐらいです。そして、80%以上が修士課程修了です。博士は修士とはやはり違うというのが大方の印象ですが、次の質問で、それならもっと採ったらどうかと聞くと、これ以上採れませんという答えです。理由は、一つはそういう人材が少ないこと、いま一つは、博士は非常に専門性が深いのは良いが、企業の仕事は変化することがあるので、その専門を活かした仕事を定年まで約束できないからなのです。博士の方々のほとんどがアカデミア志向であるため、彼らの在職期間が不確定で、それが企業にとって損失になる可能性があるので博士の雇用を増やせません。つまり、基本的に博士だから企業に向かないということは全くなく、私は企業でこういうことをやるのだという博士号取得者がもっと増えてもらいたいと願います。

ただ、正直言って、博士課程は変わってきているとは思いますが、大多数はやっぱりアカデミアの研究者志向じゃないかと私は思います。また、教育の方針もアカデミアに向いており、社会へ出てどうこうするという教育になっていないと考えます。産業界として、われわれがどう支援していけば、産業界にどんどん入ってくるような博士を少しでも増やせるのかがこれからの大きなテーマです。そして、これを産業界が声を大にして言わなければなりません。主体は大学です。インターンシップが出てきたのもそういうことです。

博士課程の人材育成とは

加藤 山野井先生が鋭く指摘されました問題の根は、やはり、若き博士たちの向こう側に存在する大学の指導体制にあると思いますね。

欧米でも、高いレベルのインターンシップ、コーオプ・エデュケーションなどで調べてみると、コーディネータ型の立場の水平方向の調整を図る教員と、専門を垂直方向に深めていく教員の二者が見事に役割を明確化している大学は、大きな成果を出しています。それを参考事例として考えるならば、専門性の高い若い博士たちが水平に専門領域を自由に動かすことのできるよう、大きく広い心を持って指導ができる教員をどう集め、育てていくのか。ことによれば、それは大学教員でなく、産業界から招いても良いような気がします。

山野井 それには、先ほどの人材交流の問題を含め、ある期間、企業に来ていただくということもあると思います。あるいは、博士の場合なら、むしろ企業がテーマを出して、それを3年なら3年やっていただく。その場合、学位を取らなくてはいけませんから、その3年の中できちんと博士が取れるようにするという取り決めを企業側と大学側ですることです。必要なら補助的な人を企業側で付ける、そういうのが産学連携における博士課程のやり方であるかなとも思います。すぐにはできませんが、これが実現すれば、相当変わってくると私は思います。仕事のテーマはいっぱいありますので。

写真3

   「まずは産の場を借りて、インターンシップから
        始めればいいと思います」と松澤氏

松澤 実は、産学連携人材育成で、単にインターンシップという名前だけにしなかったのは、産と学の交流、特に人材を媒介にした産学連携のやり方というのは、産の場を借りて、いわゆるインターンシップみたいな形でやる場合と、学の場に産の方々が入ってきて協力する場合と、両方あって初めて一つの社会メカニズムになるのではないかと思ったからです。先生方のお話を聞きながら自分なりに今考えていましたが、例えば、社会もしくは企業には、現実的にソリューションを求められるテーマがたくさんありますよね。そういうテーマに実際の若手の博士課程の学生が関与しながらやるようなやり方、すなわちプロジェクトベースドラーニング(PBL)ですが、海外ではそのような形で学位を取る人がいると聞きました。例えば、このようなやり方を積極的に推奨するようなことができれば面白いと思います。そうなると、教員の交流を考えなければいけないのですが、例えば学での立場を保障されながら、先生方も産業界でしばらく同じテーマについて取り組んだり、逆に産業界から大学に来られるとき、処遇が悪化しないような方策を少しずつでも勉強していけば新しい解決策が出てくるのではないかと思います。そういうような議論が少しでも産と学の相互で広まっていくと、実際に博士号取得者でこういう人が欲しいという産の意識も反映できるでしょうし、学の側でも産の要望も踏まえた形で現実的なテーマ設定というのができるようになるのではないかと思います。

まずは産の場を借りて、学生のモチベーションを刺激し、大局的な物の見方を鍛えるという意味で、インターンシップから始めればいいと思います。

山野井 産業界は、専門性の高い博士号取得者を歓迎します。しかしアカデミア以外を志向する博士の人たちが少ないのが問題です。

松澤 確かに学会での研究レベルの評価も大切です。しかし、視点を変えて何々で活躍した若手研究者100人みたいな、多元的な評価軸をつくってみたら面白いかもしれませんね。産学連携で横幅の太い人、産業界でも活躍できるような博士号取得者が増えてくるには、そういった多元的な評価は一つのインセンティブになるのではないでしょうか。評価のやり方やモチベーションを与えたり、人をエンカレッジするようなやり方で参考になる話はありますでしょうか。

大学に求められる博士課程での教育
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    「今の日本の大学院の問題は、担当の先生
         以外の先生からの評価をほとんど受けない
         ことではないでしょうか」と三浦氏

三浦 思い当たりませんが、今の日本の大学院の問題というのは、担当の先生以外の先生からの評価をほとんど受けないことではないでしょうか。専門の違う先生に自分のテーマを説明するという機会が大学院教育の中で1回でもあれば随分違うと思いますが、そういうことは全然やられていないですね。かなり離れた専門の先生の前で、学生が自分のテーマを説明するというトレーニングの時間をもつことも学内協力でできるのではないでしょうか。

加藤 おっしゃるとおりだと思います。ただ、ちょっと水を差すようですが、博士課程の指導教員の先生方は、おそらく多くの大学では序列トップの方々で、非常に発言力が強く、しかも垂直志向の方が圧倒的多数です。ですから、今日のお話はとても革新的なというか、現実的なお話ですが、これを大学に持ち込んだときの抵抗というのはすごいものがあると思います。

三浦 授業とかカリキュラムを変えてくださいと学生の方からリクエストしたらどうでしょうか。

加藤 学生にとっては人生が懸かっていますからね、それも重要と思います。もう一つは、国が、委託事業でも何でもいいのですが、産業界から受け入れられる人材を育成する教員を支援することです。私は最近、「P to P」と呼んでいるのですが、Program to Person、つまりシステムやプログラム自体を推奨する段階から、取り組む人の顔が見えるような支援の仕方が重要な段階に来ているのだろうと思っています。

松澤 私は、もう少し楽観的に考えています。改革をそれぞれの大学の現場でやらなくてはいけないというのは確かに大変かもしれませんが、人材育成に関するこれほど真剣な議論は数年前にはあまりなかったと思います。中身まで細かく、みんな問題意識を持って、プログラム設計の段階から考えるようになってきましたし、それから、山野井先生のご発案のように、インターンシップでも、ただ行けばいいという段階から、もう少し中身のきめ細かいものに変わりつつあります。

このような努力が進めば、日本の大学には、現状の垂直的思考をさらに追求するようなモデルに加え、もう少し水平も含めた形で強化されるモデルができていくのではないでしょうか。

加藤 間違いなく、いい方向に向かっているのは事実だと私も思います。

山野井 産業界からいいますと、結局この問題が表面化してきている一番大きな理由は、キャッチアップからフロントランナーに変わりつつあるという問題があるからです。要するに、今までずっとキャッチアップで来ているので、企業はフロントランナーの人間の教育ができないのです。経団連の会員の企業の中には、インターンシップで外国の若者を受け入れています。博士課程ですと、日本の学生では存在感も薄く、議論にもならないのです。知識の幅、論理構成力、ディベート力、説得力の差が歴然と出てしまうと複数企業が述べています。

フロントランナーとして立つ日本に求められる人材育成

山野井 フロントランナーに日本が変わってきたという状況で、そこに適した人材は何か、これを考えないといけません。一つは幅を広げることです。しかし、これにはいろんなことをやれば時間がかかると思います。大学の価値観がありますから、垂直型が中心になる中での併行した展開になると思いますが。もう一つの問題は主体性を持たせることです。ご存じのように、企業の場合は競争原理が入っていて、社長に外国人が来ることもありましょう。また、韓国とかインドから雇用するという方法もありましょう。来るか来ないかは別としてです。しかし、そうなれば日本の学生はどうなりますか。企業は雇用の定員があるので、外国から雇用すると必然的に日本人の雇用が減ります。刺激策としては外国人を採れますが、日本人を放っておいてまで雇用することはできません。

松澤 海外の人材を雇用することは、刺激策になりますが、それだけでは競争力のある日本人を育成することにはなりませんね。高度人材育成の話も、今行われているインターンシップを就業体験型と切り分け、きちんとしたトレーニングを通じてモチベーションのある人を養成しようというところに意味があったと思います。今後、日本は一体何をやればいいのか、アイデアをお聞かせください。

加藤 とにかく体験させることだと思います。親がどのような労働を、仕事をしているのかほとんど知らないという事態は異常です。できるだけ早い段階から、社会というものを体験させる。そして、循環の中で自分が生きているということを実感させるのです。さらに、高等教育段階になったら、例えばプロジェクトベースで具体的に社会的な課題に取り組むような、インターンシップで言えば高いレベルのコーオプ・エデュケーションに参加させるのが重要です。このように、発達段階に見合った形で社会と向き合い触れ合うできるだけ多様なメニューを用意すべきではないでしょうか。そして、忘れてならないのは、それを実現するための指導体制の整備です。

三浦 100点満点から何点減点されていくかというような従来の評価方法を変えて、学生が100点満点じゃなくて、その上の110点を目指せるような教育のシステムにしていかないと、主体性は育たないと思います。 それから、環境です。大学全体、大学院の研究室レベルでも多様性のある環境を作っていくことを、大学はもちろん、政府も意識して取り組むべきだと思いますね。多様性があれば、価値観もそれぞれあるから、その中で育つ学生さんにもよい刺激になる。今までは、一つの価値観の下に、真っすぐあっちを見なさいと言って、そこへ一番先に走り込めた人が優秀だという雰囲気であったと思います。これでは、もう全然対応できなくなってきているので、身近なところから多様な人たちと接するような機会をたくさん作っていくことです。

松澤 多様な人たちと接する機会という意味では、国立大学が法人化し、資金制度以上に人事制度等のメカニズムがフレキシブルになっているのではないかと思うのです。こうした自由度を活用し、何かできないかということを真剣に検討してみることが必要だと思います。

また、例えば学生に対する評価制度、検証制度でもいいですが、学生に、ビジネスモデルを何か提案させ、それを違う世界の人が見て、これは面白いと思うようなものを10個選んでもらうなど、そういう別の社会の価値観をみせることが大切なのではないでしょうか。

大学もこれから競争の時代ですし、例えばビジネス界が選ぶ有望な理系学生ベスト100人でも選んでもらって、その中にうちの学生は何人入ったというのも新しい大学の評価になるでしょう。そうすると、大学自身も価値観が変わっていくのではないでしょうか。

学生を理系、文系と分ける前に、その主体性が重要だということが、今日の議論からも相当出ました。この主体性がマネジメント能力にまで発展するのであれば、それを刺激する方法を考え、また評価する仕組みを構築することを考えたらいいのではと思います。

山野井 一言で言いますと、わが国の中にもいろんな社会があります。海外を含めて、そのようないろんな社会との接触面をどれだけ広げられるかということです。これはまず、若者に望みます。海外に飛び出していいのです。この努力を若者に望みますが、同時に教員の方、大学にも求めます。そして何をやっているかがわかるよう、透明性を上げ、世に問うことです。そうすれば必ずレスポンスが来ます。それは大学、学生に影響をもたらします。象牙の塔は時代遅れであること、開かれた大学であることです。これがすべてじゃないかと思います。ただし、一つだけ申し上げたいのは、大学は、自分の使命である垂直型の道理究明の業務を絶対忘れてもらっては困ります。大学が強くならないと、企業も強くならないのです。

松澤 今日は皆さん、お忙しいところ、座談会に参加いただきどうもありがとうございました。人材問題はわが国全体のイノベーションシステムの中核を成す部分なので、大学も政府も、もちろん企業も、一体となって取り組まなければいけない問題だと思います。そういう意味では、さまざまな立場でこの分野で活躍されている方のご意見を聞けたことは、産学連携をテーマにしているこのジャーナルにとっても非常に有意義だったと思います。今後ともよろしくお願いします。



●司会進行:松澤 孝明

(文部科学省 科学技術政策研究所 第3調査研究グループ 総括上席研究官(当時)/本誌編集委員)

*1JREC-IN 研究者人材データベース(Japan REsearch Career Information Network)
研究に関する職を希望する研究者情報と、産学官の研究に関する求人公募情報をそれぞれ収集・データベース化して、インターネットを通じて無料で提供している。
http://jrecin.jst.go.jp/