2006年7月号
連載1  - MOTと産学連携
第3回 事業の知財活動の本質 -事業競争力強化のために-
顔写真

丸島 儀一 Profile
(まるしま・ぎいち)

キヤノン株式会社 顧問/弁理士/
東京理科大学 専門職大学院
知的財産戦略専攻 教授/金沢工業
大学大学院 客員教授

研究開発場面での産学の連携は企業の創造活動に欠かせない。企業は事業競争力の高い事業の展開、国際競争力を高める目的で事業化に関連する大学の研究開発に期待する。企業の知財戦略の立場から、研究開発に関連する知財活動を紹介。

はじめに

ご承知のように、今知財立国の実現に向け知財の創造、保護、活用の知財創造サイクル全般にわたって、制度の改革および人材育成についての改革が国家戦略として進行しつつある。

この改革の理念の一つとして、創造的研究開発成果に基づく事業の創出と知的財産の適切な活用によるわが国産業の国際競争力の強化が挙げられていると認識している。

知財の保護、活用の改革は知的財産の価値を高め、知的財産を尊重する環境を創ることにより国内における知的創造活動を促し、創造的研究・開発成果に基づく事業の創出と持続的な事業競争力の維持をもたらすためにあり、最も重要な改革は創造環境の改革で、持続的な研究開発基盤の確立と創造的研究開発成果の創出を促すことにあると認識している。

企業戦略上、企業が基礎研究から応用研究、製品開発の全てを自前で行うことは事実上できなくなった現在の経営環境下では、研究開発のアライアンスは企業の創造活動に欠かせないものとなり、特に基礎研究の分野は大学や独立行政法人の研究所に期待する度合いが高まり、産学連携が重視されるゆえんとなったと認識している。

従って企業の立場から見た産学連携は企業の基礎研究所、中央研究所の役割を期待するところが大きい。もっとも産学連携が地域産業の振興の役割を果たすこと、あるいは大学発起業も期待されていることは認識しているが、いずれも事業化に関連する研究・開発を期待されていることは事実である。

そこで企業の知財戦略の立場で研究・開発、その成果の事業化、および事業の競争力を高める知財活動を紹介することにより、産学連携活動に多少なりともご参考になればと願うものである。

研究・開発活動と知財活動

*知的財産(権)の特徴

研究・開発に密接に関係する知的財産(権)は特許権、著作権と営業秘密がある。

これらの知的財産(権)の特徴をよく認識して研究開発活動に知財活動を採り入れることが攻撃、防御の両面から重要である。

特許権は排他権で特許発明を第三者が実施することを阻止する権利で、自身が特許発明を実施することを保障されていない。自身の特許権より先願の特許権のみならず、後願の特許権の排他権に影響される場合に特許権者といえども特許発明を自由に実施できないからである。

特許権の排他権は強力だが、無効になる可能性や権利解釈の相違が生じ実際の活用に際しては不安定な権利である。

著作権はコピーに対する排他権で、基本的に他の著作権の影響を受けないし、安定した権利である。しかしそのアイデア、機能に関しては第三者の特許権の排他権の影響を受ける。

営業秘密は付与される権利でなく、機密を特定して厳格に管理されている限りにおいて保護されるものである。

研究・開発と知財活動

*研究・開発テーマ選定時の知財活動

研究・開発テーマの選定時には、目指す研究・開発対象技術分野の先行する第三者の特許権(排他権)を徹底的に調査、検討し研究開発成果を実施する時間軸で障害となる特許権の有無を確認し、もし存在する場合には、その障害を取り除く解決手法を明確にした上で決定することが必要である。企業の場合、事業化を前提とした研究・開発に投資するので、事前に事業化の可能性を確認する知財活動が重要になる。

*研究・開発成果の権利化活動

創造的研究開発成果の技術思想を完全に保護できる十分な権利化活動が求められる。

発明は技術思想であり、発明の権利化は技術思想を権利化することである。権利化は技術思想を他者の参入を阻止する参入障壁に形成することである。特許権の取得はその排他権の効力により参入障壁を形成することである。特許権の取得はその特許発明の実施が保障されているものではない。

当然のことを述べたが、実際はこの知財活動を成し遂げるのは容易ではない。

まず発明の技術思想の権利化を達成するには、技術の本質の認識と技術思想を保護する適切な文章表現が求められる。下手な権利化は発明の一実施形態を権利化し技術思想をオープンにしてしまい、結果として技術思想の参入障壁すら形成できない。

次に創造的研究成果の基本的な特許発明を実施可能にする知財活動だが、技術は絶えず進化するわけだから、事業化に至るまでの基本発明の改良発明について排他権を形成する継続的な権利化活動が求められる。この活動が十分でないと基本発明の事業化は不可能になる可能性が高くなる。

*事業化を見据えた研究開発と知財活動

成果が基本的な発明であればあるほど、その発明の事業化には十数年の継続的な研究開発活動が必要となるのが普通である。この間の改良技術、応用技術、事業化に必要な関連技術の研究開発とその成果の権利化を、他者に先行して継続的に、積極的に実行することが求められる。成果が基本的な著作物の場合も同様である。

この知財活動の良しあしが基本発明の事業化の成否に大きく影響する。

基本発明の特許権は、その排他権の範囲が広く強い権利ではあるが、その排他権の範囲の中に他者に改良技術、応用技術等の発明の特許権の排他権を形成され、あるいは基本発明の事業化に必要な技術について排他権を形成されてしまえば、基本発明の事業化の実施すら阻害されてしまう。

また、基本発明の事業化に時間がかかればかかるほど、事業化後の事業を守る特許権の有効期間が短くなるわけである。従って、事業の優位性を確保する技術の延命を図る知財活動が重要になる。

この意味からも改良技術、応用技術、事業化に必要な権利を時系列的に特許群として形成することが必要になる。

*研究開発と営業秘密

研究開発活動と営業秘密は密接な関係がある。研究開発成果の営業秘密の取り扱いと、開示を受けた他者の営業秘密の管理義務履行の問題の双方が研究開発活動に際し重要になる。

前者は排他権の形成に、後者は知財活動に大きく影響する。

*研究開発成果と営業秘密

研究開発成果について、公開を代償に特許権を取得して排他権を形成するか、ブラックボックス化して営業秘密として事実上排他効果を形成するかの判断は、事業戦略上極めて重要な事項である。

ブラックボックス化を選ぶ場合に考慮すべきことは、営業秘密として実質上管理できるかである。まず不正競争防止法で保護される程度の厳格な管理ができること、例えば黒バインダーに技術情報をファイルし極秘の印を押して同室の研究開発要員が共用している程度の管理では営業秘密として保護されない。それに人材の流動化による技術流出防止が実質上できることが必要になる。特に現行法では、正当入手の技術情報の退職後の開示に対する抑止力ある保護が不十分と思えるので、キーマンの人材流動が起こらないような人事管理も必要になる。

*研究開発と他者の営業秘密

研究開発の場面で、他者とのアライアンスの機会が増えているのが現状である。産学連携を含めアライアンスのタイプはいろいろあるが、いずれの場合でも技術情報の授受がある場合は機密保持契約の締結が一般的に必要となる。

連携による研究開発の促進等プラスの効果は大きいが、マイナス効果にも配慮することが重要である。

機密保持契約には重要な条項として[1]開示を受けた機密情報の機密保持の義務、[2]開示を受けた機密情報の契約目的以外の使用の制限、[3]開示を受けた機密情報を使用できる人を限定する、といった内容が含まれるのが一般的である。

当然のように思えるこの条件を遵守することで、[1]開示を受けた技術の改良発明等の知財活動が制限されたり、[2]将来の独自の技術開発の自由度をなくしたり、[3]日本の特徴とする情報を共有し研究開発の効率を高める研究開発環境が保てなくなったり、[4]研究開発者の新しい業務に制約が生じたり、[5]人材流動化等により機密保持義務を履行できず契約違反に問われる、といった可能性が生じる。外国の企業との連携では、外国の法律が準拠法になる場合が多いので特に注意が必要だ。

機密保持契約締結に際しては上記のマイナス効果が生じないように、少なくともミニマイズする配慮と条項内容を個々のケースごとに検討することが極めて重要なことである。

事業活動と知財活動

*知的財産の活用で事業を強くする経営

知的財産の活用で事業を強くするには、技術創造と知財力に基づく競争力の高い事業の創造と、経営資源として知財を取り込む仕組みづくりが重要になる。

そのために事業、研究開発、知財戦略の実質的な三位一体化活動が必要で、活動のポイントはそれぞれ事業の優位性に置くことが重要である。

事業部門の活動
事業部門は技術競合、知財競合、事業競合に勝つ事業と勝つための要素、要件を明確にした事業戦略を立てること。
研究・開発部門の活動
研究・開発部門はいずれも事業を前提に技術競争力強化の技術(知的財産)の創造活動を担うこと。
知財部門
知財部門は知財競争力、事業競争力強化を目指す研究開発成果(創造価値)の権利化、事業強化(攻撃、防御)の権利化、事業戦略を実効あらしめる知財活動を担うこと。

事業を持続的に優位に展開する知財活動

*事業戦略に沿った長期的、戦略的、予防的、臨床的知財活動

研究開発の初期の段階から事業戦略に沿った知財活動は長期的視点で戦略的に予防的な活動が主体となる。
事業戦略を実効あらしめるため、事業戦略立案時の障害となる課題を事業開始前に解決するためにも、事業と連携した戦略的、予防的知財活動が必要になる。
事業を持続的に優位に展開するためには、関連技術の変化動向、関連商品のトレンド、技術標準化の動向、事業に影響する法的、規制的、政策的動向を見通した長期的、戦略的、予防的知財活動が重要になる。
事業運営に必要となる攻撃、防御の知財活動では、リスクの大きい訴訟等の臨床的手段はできるだけ避け、交渉による予防的な解決を主体とした知財活動が重要である。規模の小さい事業は別としても、規模の大きい事業の場合は特に重要になる。

*相対的知財力の強化と競争力強化の知財活動

事業競争力を高めるには、自己の知財力の絶対値を高めるのみでは不十分で、競業者との相対的知財力を高める知財活動が重要である。特許権の不安定性を考慮し交渉で優位に目的を達成するには、相対的知財力の差をいかにつけるかが鍵になる。相対的知財力の差があまりない場合、優位に目的を達成するにはリスクの大きい訴訟をせざるを得なくなるわけで好ましいことではない。
事業競争力の基となる技術を独占的に実施するため、特許権で参入障壁を形成することに加えて、競業者の事業に攻撃武器として活用できる特許権の形成活動が重要になる。攻撃、防御の世界で自己の強みを維持し弱みを解消する役割を果たすためである。

*グローバルな視点での知財活動

知的財産は属地性*1がありグローバルに事業展開するには、事業戦略にかなった国での知財活動が極めて重要になる。権利形成と活用、競業者、生産、市場性の視点も加味して強弱をつけた知財活動が重要である。
長期的、戦略的、予防的、臨床的知財活動を実効あらしめるためには、自社を最優先として活動してくれる信頼の置ける専門家による知財戦略法務ネットワークの形成と、継続的な信頼関係の維持が極めて重要になる。常時の情報収集、戦略協議、戦略的権利形成、強力な交渉、訴訟体制の構築、維持には欠かせないことである。

*事業強化の知財活用活動

事業の優位性を確保する知的財産の活用は排他権としての活用である。競争力の基になる知的財産を実施許諾すれば、それだけ競争力が低下してしまう。
現実には、業界にもよるが、情報産業の分野では自己の知的財産だけで商品の優位性を守ることは難しく、他者の知的財産の排他権の影響を受けるのが一般的だ。競争力を維持し他者の排他権の影響を解消する知財活用が最も重要になる。競業者に対しては相対的知財力の差を活用し、有利な条件で包括的クロスライセンスの手法で相手の攻撃力を排除することが最も効果的である。逆の立場に置かれた場合、事業競争力を得るのは相当難しくなる。
競争力を高めるには、研究開発部門に研究開発の自由度をいかに与えられるかが重要な要件となる。他者の特許権の排他性を気にしないで研究開発に専念することで競争力の高い創造成果が得られ、その成果を知的財産権として排他性の強い権利が形成できるからである。この状態を築くのは長期的、戦略的、予防的な知財活動に基づく戦略的包括クロスライセンスで達成できる。
新規事業を起こす場合、コア技術に関する排他性の広い強い特許権を所有しているが、事業として期待する商品の事業化には関連する業界の他者の多くの知的財産権が障害となる場合が常である。ベンチャー企業、大学発起業の場合もこのような場合が多いと思われる。単独での事業化は相当困難なので、事業対象とする商品に関する強力な知財力を有する他者との事業アライアンスを考えるのが一つの解決手法である。決してコア技術の特許権を実施許諾せず、排他性を独占しつつも成立するアライアンス方法を考えることが極めて重要になる。生産分担、OEM生産、ハブメイド権*2の活用で自己の有する知財力と相手の有する知財力を活用した競争力の高い事業展開が期待できる。
事業競争力を高めるため他者とのアライアンスが必要な時代である。共同研究開発、生産委託、販売委託、共同事業、標準化活動等である。いずれの場合も自己の有する知財力を活用することで有利なアライアンスを実効あらしめることが可能になる。特に国際標準化活動は、事業の国際競争力を高めるためには極めて重要なことである。WTO加盟国はTBT協定*3を義務付けられているからである。TBT協定は国際標準を優先しており、国際標準を取得することで参入障壁なくWTO加盟国に事業展開できるからである。
知的財産を資産として活用して資金を得ることが推奨されている感もあるが、事業競争力に関係ない知的財産や製品事業を行わない人の場合はいざ知らず、事業競争力に影響する知的財産の活用は、あくまでも事業競争力を高めるために活用するのが本道だと思う。継続的な事業の成功と事業利益で知財活動の評価をすべきだと思われる。

おわりに

積極的な産学連携が期待されている時代である。連携の目的は事業競争力の高い事業を展開することだと思うし、国際競争力を高めることにあると思う。重要なことは双方が連携して競争力の高い事業化を実現することである。事業化の実現には双方の立場を理解した連携活動が必要だと感じる。企業の立場で研究開発から事業化、事業を継続的に優位に展開する知財活動について述べたが、本稿が円滑な産学連携の一助となれば幸いである。

*1属地性(属地主義)
法律の適用範囲や効力範囲を、一定の領域内についてのみ認めようとすること。例えば、特許権の効力は、特許権を取得した国の領域内に限られ、その領域を越えて他国にまで及ぶものではないことを、知的財産権制度の属地性(属地主義)という。

*2ハブメイド(have-made)権
製造手段を持たない事業者等が、自らの事業のために開示を受けた研究成果を用いて、第3者に製品の製造を行わせることができる権利。

*3TBT(Technical Barriers to Trade)協定
WTO協定の一つで、貿易の技術的障害に関する国際的な基本原則を提示した貿易協定。