2006年7月号
連載2  - 地域の産学連携事例
実験動物用ティートカップ -パンダの搾乳・哺乳に応用-
顔写真

渡部 敏 Profile
(わたなべ・とし)

日本大学生物資源科学部獣医学科
獣医生化学研究室 教授


実験動物用に開発した搾乳器を中国の国宝であるパンダの搾乳に応用した。この技術は、産仔哺育意欲に乏しいため絶滅の危機にあるパンダの産仔の哺育に大きく寄与し、従ってパンダ哺育で日中の国際協力へと進展した。搾乳器実現までの産学連携も含めて述べる。

はじめに

近年、発ガン性物質、内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)などの環境汚染物質が世界的に大きな社会問題となっている。母乳、牛乳、乳製品などを介してこれらの有害物質の生体に及ぼす影響が懸念されている。もし、実験動物からミルクを採取することが可能になれば、これらの外因性有害物質の生体に及ぼす影響を明らかにする上で有効な手段となる。しかし、ラットおよびマウスのような実験動物の搾乳は、乳頭、乳房乳頭(乳頭の乳房付け根の部位)および乳房乳頭扁円部(乳輪)の構造上から困難を伴う。そのためラットおよびマウスのミルクは、ヒトがストローで吸い取ったり、いったん授乳させた産仔を解剖して胃から採取しているのが現状である。

そこで実験動物用搾乳装置(ミルカー)を開発した。ミルカーは、ラットおよびマウスの口腔内吸乳陰圧の測定成績に基づいてプログラミングしたマイクロコンピューターによる自動制御によって搾乳を可能にしたものである。

さらに母親の乳頭、乳房乳頭および乳房乳頭扁円部に産仔の吸乳刺激と同様の刺激効果を与えるためにライナー構造を備えた実験動物用ティートカップを開発した。ティートカップライナーは、乳仔の口、特に口唇、舌、口腔に相当するものであって重要である。

技術1:ラットおよびマウス用ティートカップ
図1

図1 ラットおよびマウス用ティートカップの断面図
     A:乳房乳頭扁円部、BおよびC:乳房乳頭吸引・
     吸着部、D:乳頭固定部、E:乳頭開口部の接する
     ティートカップライナー部分、F:ミルク管停止部、
     G:ミルク管挿入口、H:ミルク管

ラットおよびマウス用ティートカップの断面を図1に示した。素材は、透明性のシリコンゴムである。

図1-Aの部分は、搾乳口でミルカーの吸引拍動に伴って乳房および乳房乳頭扁円部に吸乳刺激を与えるために重要である。BおよびCは、乳房乳頭を吸引・吸着し、強い吸乳刺激を与えるための部分である。Dは、乳頭を吸引導入して固定するために必要である。Eは、Dに乳頭が二つに折れ曲がって吸引されるのを防止するのに有効である。A、B、C、DおよびEは、ティートカップライナーの部分であって搾乳時に産仔の吸乳刺激と同様の効果をもたらす。Fは、ミルク管の停止部、Gは、ミルク管の挿入口、Hは、ミルク管である。

搾乳量は、分娩後14日、最大でラット:6.9グラム、マウス:1.5グラムであった。

技術2:ビーグル犬およびミニチュア豚用ティートカップ

ティートカップの外側はポリプロピレン、内側はシリコンゴムを用いた。ティートカップの内部は、ミルカーの吸引拍動に伴って産仔の吸乳刺激と同様の刺激を与えるため乳頭、乳房乳頭および乳房乳頭扁円部の傾斜面とほぼ同じ角度を持ったライナー構造とした。ティートカップの乳房乳頭扁円部と乳房乳頭の接する部分は、ヒトのそれと同様に素材としてポリプロピレンを用いた。

搾乳量は、分娩後15日、最大でビーグル犬:16.7グラム(上から3対目の右または左側の1乳頭から搾乳)、ミニチュア豚:12.5グラム(ビーグル犬と同じ)であった。

技術3:(1)ティートカップの応用-パンダの搾乳および人工哺乳(ほにゅう)に成功-

800万年の歴史を有する生きた化石といわれるパンダは、中国国宝に指定されている。しかし、パンダ生残数は、減少の一途をたどり、現在わずか106頭(2006年)が飼育されているに過ぎず、絶滅の危機にひんしている。

パンダは、産仔哺育意欲に乏しく、特に人工授精による初産における産仔は、ほとんど死滅している。成都大熊猫(パンダ)繁育研究基地においては、過去5年間パンダ産仔は絶滅している。また、経産パンダにおける産仔も初乳を摂取しなかった場合、生存した例はない。その死亡の直接的原因は、初乳を介した移行抗体による母子免疫の獲得不全によると考えられる。現在、母子免疫の合成は不可能であることから免疫成立までの期間、少なくても分娩後3週間以上にわたり搾乳し、その母乳を人工哺乳する必要がある。そこで先の実験動物用搾乳装置を応用したコンピューター制御によるパンダミルカーおよびティートカップを開発した。

写真1

写真1 パンダの搾乳



写真2

写真2 パンダの人工哺乳

パンダミルカーおよびティートカップを用いて2頭のパンダの搾乳を行った。その結果、共に搾乳およびその人工哺乳に成功した。写真1は、搾乳および写真2は、搾乳した乳の人工哺乳の写真である。

搾乳は、分娩後2から13日まで行った。搾乳量は、分娩後13日、最大で66グラムであった。この量は、パンダの出生時体重が通常100から140グラムであるので数頭の産仔パンダに哺乳することが可能であると考えられる。

現在、初乳の哺乳終了後から人工哺乳するための調合乳(パンダミルク)を合成する目的で母乳の分析を行っている。その試験成績に基づいてパンダミルクを調製し、人工哺乳する予定である。

(2) 連携の概要と国際協力

実験動物用のミルカーおよびティートカップ、ヒト用搾乳器は、日本大学産官学連携知財センター(NUBIC)を通して以下の特許を取得、有限会社リトルレオナルドに技術移転して商品化を図り平成13年10月、「実験動物用搾乳装置」として発売を開始した。ヒト用搾乳器は、現在作製中である。実験動物用搾乳装置を応用したパンダミルカーの改造費用は、リトルレオナルド社長 鈴木道彦氏の格別の計らいにより無償で行われた。

平成15年9月、著者は、実験動物用搾乳装置によるパンダの搾乳を行うため中国四川省 成都大熊猫繁育研究基地から招聘され訪中、搾乳および人工哺乳に成功した。その後、実験動物用搾乳装置を応用したパンダミルカーを開発し、同研究基地に寄贈した。

平成16年4月、「日本大学と成都大熊猫繁育研究基地間の学術交流に関する協定」を締結した。これに基づいて平成17年4月、日本大学学術研究助成金による総合研究 「パンダの搾乳、人工哺乳、疾病および生態に関する研究」、研究代表者:著者、学内研究者:8名、成都大熊猫繁育研究基地:5名および福建農林大学:1名のプロジェクトを結成し研究を開始した。

平成16年10月、「日本大学生物資源科学部獣医学科の単位履修に関する申合せ」を締結した。平成17年7月、成都大熊猫繁育研究基地において本学獣医学科5年次学生のパンダ研修を開始、研修修了学生については、総合臨床獣医学2単位を認定した。

取得特許
[1] Milking apparatus for laboratory animals:英国特許GB2376167(2003),米国特許US66814028 B2(2004)および中国特許ZL00819503(2006)
[2] Milking device(ヒト用):英国特許GB2392626(2004)および米国特許US7029454B2(2006)