2006年7月号
連載4  - ヒューマンネットワークのつくり方
誠と心の触れ合いで織りなす人の輪
顔写真

北川 貞雄 Profile
(きたがわ・さだお)

明治大学知的資産センター 産学
官連携コーディネーター/文部
科学省 産学官連携支援事業 産
学官連携コーディネーター

学内TLOである明治大学知的資産センター内のヒューマンネットワークを扱う。特許流通フェアなどのイベントで立ち寄る大学OBとの会話、教員が特許相談に同センターに来られる際のふれあい、特許出願をめぐる弁理士、審査官とのコミュニケーションなどを語る。

はじめに

ゴールデンウイークの合間の5月1日、夕方7時ごろ人影の少なくなった事務所の電話が鳴った。岡山大学の梶谷浩一コーディネーターからこの原稿執筆の打診だった。「ヒューマンネットワークのつくり方」という連載もののタイトルを聞いて正直、かなり躊躇(ちゅうちょ)した。「つくり方」という表現は読者を睥睨(へいげい)しているようで私の性に合わない。

原稿執筆を打診されたとき、お断りしようかと思った。大体、人さまに教えるほどのヒューマンネットワークづくりのエキスパートではない。とはいうものの、打診の電話をしてきたのはほかでもない梶谷コーディネーターだ。何しろ出身大学の学科の大先輩であり、産学官連携コーディネーター全国会議等で気心も知れた方だ(と自分では独り合点している)。こういうことこそ「ヒューマンネットワーク」のなせる業、とお受けすることにした。「ヒューマンネットワーク」を「誠と心の触れ合いで織りなす人の輪」と解釈し、産学官連携コーディネーターを拝命して4年半の経験と感じたことをいくつかご紹介して任を果たそうと心に決めた次第である。

「ヒューマンネットワーク」ということ

「ヒューマン」という言葉で私はどういうわけか夏目漱石の「こころ」とサマーセット・モームの「Of Human Bondage(人間の絆)」を思い出す。いずれも感受性の高い高校生のときに読んだ小説だ。「Of Human Bondage」は原書で読んだ。詳しい内容はほとんど覚えていないが、いずれも人と人との心の触れ合いと誠の大切さをつづったもので、感激したことのみ記憶している。産学官連携の人間関係にとっても誠と心の触れ合いは極めて大切だと考えている。

私は何かことを始めるときには「ほれる」ことにしている。人にも業務にも教員の研究テーマにも。もともとつむじ曲がりで人一倍好き嫌いが激しい私にとって、人生を歩んでいくのに必要な知恵であった。産学官連携活動もその例に漏れない。誠を尽くしてこちらがほれれば相手も悪くは思わないはずだ。ここに心の触れ合いが生まれてくると考えている。

さて、「ネットワーク」。これが「人脈」では乾燥した冷たい感じがする。先にも述べたように「(人が)織りなす輪」と解釈したい。つまり「ヒューマンネットワーク」は「誠と心の触れ合いで織りなす人の輪」である。

個人個人がハブとなってそれぞれが持つ情報と人間関係を、スポークの先に位置する人それぞれがその人の人間関係につないでいけば「ヒューマンネットワーク」ができてゆく。このとき、一人一人の「誠と心の触れ合い」がコミュニケーション成立の鍵である。コンセプトの数に応じて複数のネットワークにもなる。

大学内ヒューマンネットワーク

この連載で私立大学の執筆者は私が初めてなので、産学官連携について、配置先の明治大学知的資産センター内のネットワークについて紹介したい。

学内TLOである明治大学知的資産センターでは、私が配置される前に経済産業省系の(財)日本テクノマート(現在は発明協会)から特許流通アドバイザーが配置されていた。大学の専任職員は技術系1名を含む4名であった(平成16年度に事務系が1名増員され現在は5名)。承認TLOとしての産学官連携活動の基本構成は出来上がっていた。承認TLOの主な任務は特許シーズの発掘、特許の権利化、特許のライセンス、公募研究の窓口、受託・共同研究の窓口、受託・共同研究や特許ライセンスに伴う各種契約、各種イベント開催と出展である。私が加わって技術系が3名となり、電気・電子と機械分野は特許流通アドバイザー、バイオ・アグリと化学分野は私、公募研究窓口は大学職員と自然発生的に分担するようになった。情報収集には上記職員に加えて、発明協会から派遣されている特許流通アソシエイト8名(非常勤)が活動している。また、発明協会からは「ベンチャー設立支援専門家(略称)」(非常勤)も派遣されていて、これらの職員それぞれが得た情報は上記分担者に提供され処理されていく。あうんの呼吸である。このような雰囲気が出来上がったのは、事務室が大部屋でいつでも話し合うことができ、TLO立ち上げで右も左も分からない時に苦労を分かち合い、お互い協力し合ったことが大きく寄与している。

OBとのネットワーク

明治大学主催の催し物、他機関の特許流通フェア等の催し物を問わず、「自分も明治大学のOBだ」といってブースに立ち寄ってくれるOBほどありがたいものはない。特に、ブースに立ち寄ってくれる人がまばらで閑散としているときには涙が出るほどありがたい。国立大OBの私が出身大学のブースにOBだといって立ち寄ったことは今までにない。ここに、私大では無意識のなかにヒューマンネットワークが形づくられていることをつくづくと感ずる。このネットワークは明治大学主催の研究・技術交流会、フォーラム、シンポジウム、御知創会議*1等で活用しているが、今後ますます活用していきたい。

教員との人間関係

私が配置される直前まで左翼の活動拠点だった明治大学では、多くの教員にとって産学官連携は異質の世界だった。研究室訪問をしてもけげんな目で見られることが少なからずあった。一言二言話しただけで用はないから帰れと、まるで押し売り扱いされたこともあった。そのような教員が4年目になって特許出願の相談に来られたときは心底うれしかった。うるさがられると分かっていても時折チラと研究室を訪れていたのが幸いしたものと思う。案件を聴取してユニークで素晴らしい着想とそれを裏付ける基本データを見たときは躍り上がった。そのテーマにほれた。その教員にもほれた。このテーマは私の本年度の産学官連携重点テーマの一つに位置付けている。

審査官面談を契機とする人間関係

共同研究先と共同出願した特許について審査官から「最後」の拒絶理由通知が来た。大学、発明者および共同研究先のために何としても権利化したかった。発明者の教員、知財マネージャー、共同研究先の代表者および代理人の弁理士を伴って審査官面談をした。1時間足らずの面談で当方の見解について明細書には十分表現できなかったことを実験データに基づいて誠心誠意説明した。一方で「拒絶理由」について審査官の考え方を詳しく聞くことができた。「拒絶理由通知」だけでは判断できなかった審査官の意向を踏まえて補正書が書けるし、審査官にもいい勉強になったと言っていただいた。補正書案について審査官と弁理士とのキャッチボールのあと、正式な補正書を提出することになった。ここに「ヒューマンコミュニケーション」の奥義があると実感した。教員、共同研究先、弁理士および審査官との信頼関係もこの面談で深まったと考える。単に書面だけの拒絶理由対応では得られない心の触れ合いをお互いにつかむことができたと思う。

おわりに:産学官連携コーディネーター間のネットワーク

文部科学省の産学官連携コーディネーター(CD)は全国会議、地区会議、私大グループ会議やバイオ・医学CD会議などのSIG(Special Interesting Group)会議等のいくつかのCD会議で年に何回も同じ釜の飯を食い、討議を重ねている。多くのCDがお互い顔見知りとなり、気心が知れた間柄になっている。メールや電話で気軽に情報交換し、簡単にいろいろなことを依頼し合える。この関係は今後も産学官連携活動を継続する上で大変貴重な財産である。

*1御知創会議
明治大学で開始した新しいタイプの産学連携セミナー。明治大学社会連携促進知財本部主催の産学連携セミナーの一つ。教員が研究成果を分かりやすく紹介し、民間企業等からの参加者と教員とがブレーンストーミングを行いながら新しいビジネスアイデアを創出していく。「御知創会議」運営についてはシステム・インテグレーション(株)にも協力をいただいている。