2006年7月号
産学官エッセイ
地域イノベーションは可能か?
顔写真

井口 泰孝 Profile
(いぐち・やすたか)

八戸工業高等専門学校 校長/
前 東北大学工学研究科長・工学
部長

公共投資が減少し続けている現状から経済、政治の中央指向が地域イノベーションを促進できないと著者は痛感する。今後の東北地域の産業発展を実現すべく、これまでの同地域での産学官リエゾン活動、人材育成のため東北大学に新たに設置された課程、などを述べる。

東北地方での産学連携

現在、日本は中国の急激な経済発展、国内産業のリストラ努力、技術開発による競争力の回復、そして国内個人消費の復活により、歴史にない好景気が続いていると言われている。しかし、東北地域、特に有効求人倍率が日本で最下位の青森県にいるとその実感はなく、ほんとうに復活したのか疑問である。景気をけん引している自動車産業、デジタル家電産業の立地が不十分な地域はどのようにしたら良いのか? 平成18年3月東北大学を定年退職、4月より青森県民、八戸市民となり、公共投資が減少し続けている現状から、経済、政治の中央指向が地域イノベーションを促進できないでいると痛感している。ここ10年間の東北大学未来科学技術共同研究センター:ニッチェ(New Industry Creation Hatchery Center: NICHe)*1、リエゾンとしての経験を生かし、さらなる産学官地域連携を行い、少しでも、八戸、青森、北東北の発展に役立てればと思っている。(独)科学技術振興機構(JST)のプラザ事業も盛岡にサテライト岩手ができ、北東北3県をより緊密にコーディネートできる体制ができた。平成17年3月(社)東北経済連合会が中心となり、東北インテリジェントコスモス、東北地域の大学・産業界からなる委員会が「第3期科学技術基本計画への地域からの提言-科学技術を源泉とした地域の産業競争力強化に向けて-」をまとめ、関係各省庁に提出した。さらに、本年1月、東北経済連合会が第3期科学技術基本計画に関する東北7県の産学官へ具体的な提案をし、4月より新たなる活動もスタートした。 今後、大学・高専と地域・コミュニティーの意識の変革、すなわち -学内の理解と協力、学-学連携、地方自治体の絶対的サポート-、倫理、利益相反・責務相反(Conflict of Interest・Conflict of Commitment)の社会認知、ベンチャー・スピンオフ企業に対する個人・社会の意識変化、ベンチャーキャピタルの育成、等々の意識改革と基盤整備を基に、大学・高専・公設試主導の先端研究成果の地域企業への技術移転を行い、既存企業の再生・活性化、そしてベンチャーの育成を東北地域が産業界、地域、コミュニティーと大学・高専と連携、協調し、実現するために、まい進することが重要である。以上は、いずれも、どこでも言われてきたことである。実行する担い手、すなわち、産と社会を知る大学人、大学を知る産業人を少しでも地域に受け入れ、地域で育てる以外の道しか新展開はない。近道はなく、急がば人材育成である。まずは八戸、青森、北東北がターゲットである。

この10年間での筆者による産学官リエゾン活動

東北大学では1998年4月に地域連携・産学連携施設、リエゾン機能を有する未来科学技術共同研究センター:ニッチェを設置した。以来、わが国の基幹産業の要となる技術開発、地方産業の活性化にもつながる新産業創出に資する新技術開発、新産業創成、新技術・新プロセスの創出を目指し、現在、17の研究開発プロジェクトが進行している。

JSTによる研究成果活用プラザ宮城では事業化を目指す12の育成研究が行われ、実用化、製品化等の成果が挙がってきている。事業化可能性試験、シーズ育成(発掘)試験等も育成研究につながる多くの研究として、進展中である。宮城県の地域結集型事業は終了し、やっと一部が事業化されつつある。筆者は関与していないが青森県のフラットパネルディスプレイの地域結集型事業は最終年度を迎え、青森地域に適した事業化の段階に差し掛かってきた。他の地域の地域結集型、都市エリア事業も研究成果と事業化が要求されているが、標ぼうしている割には成果が出てきていない。文部科学省による仙台市の知的クラスター事業ではインテリジェントエレクトロニクス関連の11のプロジェクトが東北大学内インキュベータ施設:ハッチェリースクエアを中心に、産学連携による事業化を目指す開発研究が行われている。本事業も最終年度になり、成果活用、事業化が喫緊の課題である。東北経済産業局による情報・生命・未来型ものづくり産業クラスターと循環型社会対応産業クラスターは第II期を迎え、TOHOKUものづくりコリドー*2創生に4地域を選び、開発研究資源を集中させ、成果に向かって新たなる活動を行っている。仙台市-フィンランド政府・オウル市によるフィンランド健康福祉センター(FWBC)プロジェクトとしてフィンランド型高齢者養護施設とR&Dセンターがスタートし、仙台市=福祉の街を目指す1歩を踏み出した。なおフィンランドと仙台地域の企業によるプロジェクトの成果も挙がってきている。さらに、MEMSパークコンソーシアム*3もスタートした。

ニッチェリエゾンへの文部科学省、東北経済産業局、宮城県、仙台市からのコーディネータ派遣、大学から仙台市、宮城県、経済産業局への教員、職員の派遣も行われている。せんだいコーディネータ協議会は人材育成とともに、本地域へのさらなるプロジェクト導入を目指している。

東北大学発ベンチャーも20数社となり、旧金属博物館を宮城県、経済産業省により整備したあおばインキュベーションスクエアには4社が入居し、活動しており、さらに(独)中小企業基盤整備機構によりニッチェに隣接した第2号インキュベータの建設が、平成18年度に予定されている。東北インキュベーションファンドを運用する(株)東北イノベーションキャピタルも活発に活動し始め、出資した会社の株式公開も行われてきている。これらベンチャーを支援するメンター、コーディネータ、コンサルタントの発掘、育成も緒に就いてきた。ベンチャーに対する経営・マーケティング・資金等々何でも指導する(株)アオバテクノコアの活動も軌道に乗り始めてきた。

地域の代表的企業であるNECトーキン(株)と工学研究科・ニッチェ、(株)クレハとニッチェ、さらに多くの企業と他部局との協力協定も活発に締結されている。また、他大学、自治体、高専等との協力協定も幅広く結ばれている。東北大学には寄付講座・部門が平成15、16、17年度で19設置されている。このように今後の産学共同研究のためのプラットフォームが充実してきた。守秘義務をしっかり結んだ大学-企業間研究懇談会も企画、実施されている。東北経済連合会、ニッチェリエゾンが地域のニーズとシーズのマッチングを行っており、その成果が期待されているが、いずれも実を結ぶためには時間を要する。

日本の競争力は、知的資産を中心に戦略的な政策を実行した米国に大きく差をつけられている。その大きな要因は、技術・知的資源をビジネスや経済的成果につなぐ技術経営能力の欠如にあると言われている。従って、国際競争力を取り戻し、科学技術創造立国を実現するために、「ものづくり」の重要性を認識し、技術的バックグラウンドを持ちながら社会の幅広い分野で活躍できる人材を育成する必要がある。

大学のミッションは教育、研究(特に基礎、基盤研究)であるが、研究開発から発明を導き、知的財産権化し、産業界に技術移転することも重要である。従って、ここ数年幾つかの大学で技術経営:MOT人材育成のための、セミナー、コースが設置された。

東北大学に設置された技術社会システム専攻とは

東北大学では技術経営実践人材の養成と同時に研究、指導人材育成を目指した技術社会システム専攻(Management of Science & Technology Department:MOST)を平成14年4月に工学研究科に設置した。専攻としての設置は早稲田大学と同時期である。

本専攻は下記の2講座からなる。

・実践技術経営融合講座

技術政策分野、技術経営・知的財産権分野、技術適応計画分野では新産業創成のための、わが国の政府および地方自治体の技術政策、企業の技術競争と世界標準、戦略的提携の動向、日米欧等の先進諸国の国際技術政策を研究する。そして、これを踏まえて、技術適応計画をはじめとする先進科学技術的アプローチを駆使することによって国際競争力のある独創的、革新的な製品やサービス、あるいは新規事業の創出を行うことができる人材、特許権等の工業所有権、著作権、ノウハウ、トレードシークレット等知的財産権制度に精通した人材を養成する。

・先端社会工学講座

現代技術社会工学・エネルギー学分野、リスク評価・管理学分野、デジタル社会基盤学分野、研究組織論分野では現代社会におけるエネルギー資源にかかわる政策、システム技術、技術市場の構造変化等を対象にして、科学技術と現代社会の関係を認識し、かつ客観的な科学的判断を行うのに必要な工学倫理、技術倫理、科学哲学の基礎理論を踏まえて、現在社会の諸問題を客観的、効率的に評価、解析する手法について教育研究を行う。これらを基に、現代社会における科学技術の潜在的リスクを解明・評価し、安全かつ安心な社会づくりに結びつける分野を担う人材を養成している。

さらに知的財産の創造から活用までの活動を活性化する視点から、知的財産関連専門人材の育成が急務となっている。知的財産権の確立をサポートする弁理士・弁護士、技術移転活動の従事者、企業・大学等の知的財産担当者など知的財産マネジメント人材のスキルアップが望まれる。また知的財産関連の業務が拡大したことに伴い、研究開発・企画経営・政策立案などの分野においても知的財産に精通した人材が要求される。そこでMOSTを母体とし、文部科学省の振興調整費新興分野人材養成プログラムによる企業や大学などの「研究開発の場」において知的財産の活用を踏まえた研究や製品開発を実施できる実践的人材の養成に主眼を置き、研究開発の現場、技術移転の現場とのリンクをフルに活用した人材養成プログラムを策定し、実践している。

このような人材育成は一大学では不十分であり、東京大学、東京工業大学、早稲田大学、京都大学、政策研究大学院大学、東京医科歯科大学、そして弁理士会との連携も行っている。

以上とりとめもなく書かせていただいたが、皆さまのご協力で少しでも地域イノベーションを可能にしたいと考えている。

*1東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)
http://www.niche.tohoku.ac.jp/

*2TOHOKUものづくりコリドー
東北地域産業クラスター第II期計画では、東北地域で早期にクラスターを形成する可能性の高い産業集積地域を中心にして戦略的にクラスター形成活動を展開し、それらを交通インフラ・情報通信インフラなどのコリドー(回廊)によって結び、つなぐことが東北地域全体のクラスター形成の早道と考える。高いポテンシャルを有する技術・産業分野と産業集積地域を選定し、それぞれの強みの相乗効果を得ることを重視し、支援策・環境整備を含め展開するプロジェクトである。

*3MEMSパークコンソーシアム
http://www.memspc.jp/