2006年10月号
特集
「都市エリア」函館の挑戦
顔写真

川下 浩一 Profile
(かわした・こういち)

北海道大学 創成科学共同研究機構
リエゾン部/文部科学省 産学官連
携活動高度化促進事業 産学官連携
コーディネーター

函館は水産加工業が盛ん、大学の研究拠点も数多くあることから産学連携の素地が備わっている。函館名産の「イカ」と「ガゴメコンブ」とを核とした事業プロジェクトを語る。この発展型都市エリア産学官連携促進事業が全北海道に波及するよう大きな期待がかかる。

はじめに
写真1

                写真1 函館市の風景



写真2

    写真2 財団法人函館地域産業振興財団・
        北海道立工業技術センター



写真3

         写真3 北海道大学水産科学研究院

2003年、函館エリア(写真1)は、文部科学省が行っている都市エリア産学官連携促進事業(一般型)に採択された。

財団法人函館地域産業振興財団・北海道立工業技術センター*1写真2)、北海道大学水産科学研究院*2写真3)等を中心とした研究グループが提案した研究テーマは、函館市内の漁獲・水揚高のうち、量では約90%、価格で約75%(市町村合併前の数値)を占める函館市*3の魚、「イカ」*4の高度加工技術の開発と、函館近海にしか生息しないといわれ、近年生産量を大幅に減らしている海藻、「ガゴメコンブ」*5の生態解明と高度利用に関するものだった。

地元で普段から密接に関わってきた産品と、それを高度化するための知恵の集積。これらを結び付け、地域の発展へ、さらには海洋生物の総合的な資源開発へと結び付けようという野心的な計画は、事業当初の連携企業数13社から、事業終了時点での連携企業数53社へと夢を広げ、申請された特許数で15件、商標出願は3件、新規に開発された商品はガゴメコンブ関連を中心に30種以上を世に送り出すという成果を生んだ。

現在、函館エリアでは、「都市エリア」(一般型)事業で紡ぎだした夢をさらに広げ、また、紡いだ夢を実際に手に取ることができる果実へと創り換えるため、「都市エリア」(発展型)事業に取り組んでいる。はこだて「都市エリア」*6に取り組んできた想いと、今後の取り組みにかける意気込みとを、函館の人びとに聞く。

「都市エリア」採択
写真4

写真4 宮嶋克己開発部長



写真5

写真5 山内晧平特任教授

函館エリアがこの事業に取り組むキッカケを生んだのは、函館地域産業振興財団・工業技術センターの宮嶋克己開発部長(写真4)であると断言して差し支えあるまい。

宮嶋氏は、北海道庁*7が主催するある会議の席上で、当時新規募集が開始された「都市エリア」事業の説明を聞いた。その時、彼の脳裏に浮かんだのは、函館エリアに最もふさわしい事業であるという想いだった。

「事業の目的は、地域の個性を重視しつつ、大学等の『知恵』を活用して新技術シーズを生み、地域活性化を目指すというもの。函館には幸い、『イカ』という、代名詞とも呼べる水産物があり、それを中心として水産加工業なども盛んに興っている。大学も、大きな知恵の集積地として北海道大学水産科学研究院がこの地にある。北洋漁業の衰退以来、沈滞ムードが続いてきたこの街に、『イカ』をキーワードに新たな風を呼び込むことができるかもしれないと考えたのです」(宮嶋氏)

宮嶋氏は最初、母体である財団法人をはじめ関係機関を駆け回り、この事業の適合性と将来性を説いて回った。だが、当初は、「億単位の事業を受けられるほどの体制は整うのか」「財団が事業主体となるのは重荷では」といった消極論もあったという。

宮嶋氏は北海道大学の門を叩き、当時水産学部長を務めていた山内晧平特任教授(写真5)のもとを訪れる。想いを訥々(とつとつ)と語る宮嶋氏に対して、しかし、山内氏の返答は拍子抜けするほど好意的だった。

「私たち水産科学の研究者は、応用科学の道にある者として、社会に自分たちの研究成果を還元したいという思いは常に強い。それが地元の函館で行えるとしたら、それは願ってもない幸運であると思います」(山内氏)

山内氏は水産部内に指示を出し、北海道庁企画振興部の佐藤克司科学技術振興課長と協議した後、すぐに若手研究者らによるテーマ設定の議論が開始された。そのときの山内氏の言葉は一言、「われわれの目標は技術移転である」だった。

「長い期間にわたって研究成果を出して行くのでは、事業期間内には終わらない。すぐにでも技術移転できる研究内容でなければ、無意味です」(山内氏)

このときの議論から生まれたのが、ガゴメコンブのライフサイクル操作等といった研究テーマである。

このとき、「イカ」と「ガゴメコンブ」を核とした函館「都市エリア」事業の骨格が決まったのである。

「イカの新鮮さ」は東京に届くか
写真6

写真6 函館の夜景

函館は、「世界一の夜景」(写真6)とともに「朝イカ」でその名を知られる。2004年のスルメイカ類の漁獲量は、市町村合併後の函館市だけで約2万8,000トンと北海道全体の4割弱を占め、金額ベースでも約75億円と道内シェア4割強に達する。スルメイカを細切りにしたイカソーメンなど函館に伝わる独特の調理法もあって、函館地域の人びとは「函館のイカは世界一」と信じている。

とは言え、イカの漁獲は全国津々浦々に広がっており、簡単にその座を主張するわけにはいかない。

写真7

写真7 千葉水産株式会社



写真8

写真8 株式会社古清商店



写真9

写真9 古伏脇隆二社長



写真10

写真10 イカ(スルメイカ)

「函館では活イカといって、獲れたての生きているイカをさばき、料理にしています。その身の透明さや歯応えは何ともいえないほどですが、これは現地でなければ食べられないものとずっと考えられてきました。しかし、生きたまま東京の市場まで届けることができたら、一体どうなるでしょう。函館のイカは新鮮だ、世界一うまいイカだという評価が得られるはずです」(宮嶋氏)

「都市エリア」(一般型)で設定された研究テーマ「イカの品質保持技術の開発研究」では、工業技術センターの吉岡武也水産食品加工科長が中心となって、生鮮イカ組織内のATP(アデノシン三リン酸)量をトレース、イカの透明感や硬さといった鮮度と細胞活動の維持との関係性を導き出し、ついで細胞活動の維持には、海水温と海水のpHが重要な因子となっていることを突き止めた。

これらの研究成果を基に函館市内の水産加工業者、千葉水産株式会社(写真7)では生きたままイカを長距離輸送する「活イカ」を、同じく株式会社古清商店*8写真8)では函館でイカを活締めし、細胞活動のみを維持した状態で長距離輸送する「活締めイカ」をそれぞれ商品化している。各企業では現在、輸送実証試験として東京方面や盛岡などといった実際の消費地に、活イカ、活締めイカといった商品を送っている。

活締めイカの輸送実験を担当する古清商店の古伏脇隆二社長(写真9)は、「今まで透明なイカを家庭では見られなかったというお客さまから、続々と感謝の言葉を頂いております。私どもは、函館のイカは世界一であると思って育ってきました。残念ながら、今までその素晴らしさを函館以外のお客さまにお見せすることができずに、悔しい思いをしてきましたが、今後は胸を張って函館のイカをお届けすることができます」という(写真10)。

「課題」とともに「夢」も視野に

だが問題がないわけではない。例えば輸送コスト。昨年行った試験輸送では、出荷量が少なかったためにトラックをチャーターして使用したが、これがコスト超過の一因となった。

写真11

写真11 千葉秀実専務取締役



写真12

写真12  今野久仁彦教授

「それだけではありません。活イカは当然ですが、活締めイカの場合も生きた状態のイカを入手することが必要不可欠です。この供給がなかなか得にくく、価格も不安定です」と語るのは、活イカの輸送実験を行っている千葉水産株式会社の千葉秀実専務取締役だ(写真11)。

千葉水産では、今年、盛岡方面からの要請を受けて活イカを出荷しているが、この場合は工場から卸売市場まで約18時間を費やしており、入手できるイカの状態によっては、生きたまま届く率が5割強にまで減ってしまうという。

「現在、生きた状態で輸送可能なのは、最大24時間以内。空輸で送っても東京がギリギリです。せめてこれを36時間まで延長することができれば、活イカの到達範囲は格段に広がります。大学の研究者や工業技術センターのスタッフと連携してきたおかげで、課題と一緒に夢も見えてきていますね」(千葉水産株式会社・千葉専務)

北海道大学水産科学研究院の今野久仁彦教授(写真12)は、これらのイカ生鮮輸送について、蛋白質変性の過程の解明などを通じて膨大なバックデータを提供してきた。

今野教授は言う。「生きたイカを『活イカ』で、イカそのものは死んでいても組織としては生きているイカを『活締めイカ』で提供できるようになり、消費地における生鮮イカの概念は一変しました。今後は、変化に対応しきれていない既存の生鮮イカの物流体制部分についてどう調整を図っていくかに神経を注ぎ、品質保持期間の延長といったもう一段の開発が成功すれば、十分に普及できる技術になったと思っています。同時にわれわれは、蛋白質変性から細胞活動の状態変化を知ることを学びました。この方法は他の農畜産物や、最終的には移植医療用の臓器などの『鮮度』が価値に大きな影響を与えるものについて、応用を図っていくことができると思います。一旦産業に移転した技術が、科学の世界へとフィードバックされる『次の段階』に進んだと感じています」

すでにこのプロジェクトでは、将来の医療用臓器輸送技術の確立に向けた基礎データづくりに取り組む計画だ。「都市エリア」(発展型)における研究プロジェクト名は、「生体組織の機能保全メカニズムの解明と応用」。組織内ATPを通じて細胞活動の状態を探るという、(一般型)で構築した手法「バイオエナジェティクス」*9を駆使し、生鮮魚介類全般の付加価値向上に取り組む。

「生鮮」だけが水産加工品ではない

現在利用されているイカ関連の水産加工品には、塩辛やスルメなど、多彩な加工食品がある。函館のイカは、生鮮品としての「イカ」だけではないのだ。

「都市エリア」(一般型)では、ここにもスポットを当て、主に乾燥加工品の水分状態や乾燥過程のシミュレーションを行い、乾燥工程での細菌増殖抑制技術の開発にも取り組んできた。工業技術センター装置技術科の小西靖之主任を中心にした「微生物制御によるイカの高品質乾燥製品に関する開発研究」プロジェクトである。

ここで発見されたのは、温度や湿度の変化に応じてイカの組織内の水分種が変わることだった。つまり、乾燥初期の段階に多い「水気」は、組織と弱い関係性しか持たない「弱束縛水」であるが、乾燥過程が進むにつれて、組織の組成と密接な関係を持つ「強束縛水」までが界面に現れ、この途中で色や風味といった品質の変化を起こすということである。また、細菌の増殖に用いられる水は、初期過程で急速に蒸発してゆく「弱束縛水」であることも解明された。

イカの乾燥操作には最適と考えられる指針を提示したこのプロジェクトだが、(発展型)で目標としたのはイカ以外の食品への応用、プロジェクト名は「機能性と感質に基づいたフードデザインシステム」である。

水分種状態の変化やその影響は、食品それぞれに異なる。それはサケトバやニボシといった水産物乾燥製品やアワビ、ナマコといった中華食材、その他の農畜産物でも同様だ。

このプロジェクトでは、今年度から同じく「都市エリア」(一般型)に採択された十勝エリア*10と連携し、ビーフジャーキーといった畜産加工品における最適乾燥操作法の開発などを行い、湿度や温度、風量や水分量を自在に操作することで、食品の品質を思いのままに制御できる「フードデザインシステム」の開発へとつなげる計画だ。

「食の安全」を守る技術
写真13

      写真13 培養併用FISH法の
           測定器試作機



写真14

    写真14 走査テーブルのようす



写真15

     写真15 株式会社東和電機製作所

食品加工の集積地である函館にとって、食中毒の発生は文字通りの打撃を地域が被ることとなる。主な原因は食品中での微生物の繁殖によるものだが、特に流通スピードの速い水産加工品の場合、従来行われてきた培養法を主体とする公定法では時間がかかり過ぎ、間に合わないことも十分に予想される。

工業技術センターバイオテクノロジー科の大坪雅史主任研究員は、蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法(FISH法)という技術にブレークスルーを期待していた。だがこの手法は、指標となる細菌の生死の区別がつきにくく、検出できる細菌数の限界が低いという欠点を持っていた。

この欠点を補ったのが、「都市エリア」(一般型)研究プロジェクト「生物-遺伝子情報を応用した迅速細菌検査装置の開発研究」で開発された、培養併用FISH法*11である(写真13)。

標的となる菌種のDNAパターンに合致する蛍光DNAプローブを作製し、公定法より短い期間で培養を行った試料に投入する。必要とされる培養時間は、通常の就業時間に相当する約6時間をメドとしており、公定法の数日~1週間という培養時間の長さに比べると、格段に短縮されている(写真14)。

プロジェクトは大坪氏を中心に、プローブ用DNA情報の研究に北海道大学水産科学研究院の山崎浩司助教授や澤辺智雄助教授、画像処理による微生物自動検出の研究に公立はこだて未来大学*12の高橋信行教授、装置製作に地元企業で自動イカ釣りロボットを製造している(株)東和電機製作所*13写真15)や札幌市の電子制御装置メーカー(株)電制*14、蛍光検出系や起業化についてのアドバイザーとして北海道大学創成科学共同研究機構*15の荒磯恒久教授(写真16)が参画した。

写真16

写真16 荒磯恒久教授



写真17

写真17 浜出雄一社長



写真18

写真18 澤辺智雄助教授

これまでに腸内細菌科エロモナス、リステリア、ウエルシュ、サルモネラ、大腸菌に対応する検出プローブは開発されており、試料の走査検出機構やコロニー検出用高精度データマイニングといった技術の開発による自動化装置の試作も進められている。

装置開発に携わった株式会社東和電機製作所の浜出雄一社長(写真17)は、「開発のきっかけは、宮嶋部長に『やってみてもらえないか』とのお声がけを頂いてのことです。もう、二つ返事でお引き受けしました」と言う。株式会社東和電機製作所は、イカ釣りロボットでは世界で約70%のシェアを持っており、他にもホタテ全自動穿孔結束機やマグロ一本釣機など多くの自社開発製品を擁している。漁業用省力機械の開発では類を見ない高い能力を有する同社に宮嶋部長が着目したのも、当然と言えよう。

澤辺助教授(写真18)は言う。「今までは食中毒原因菌にスポットを当てて研究を進めてきましたが、今後は一般細菌の検出自体にも力を注いでいく必要があります。力のあるチームなので開発自体に不安はありません」

「都市エリア」(一般型)で培ったこれだけの技術を基に、(発展型)では「公定法を超える高感度の分子生態学的微生物モニタリングシステム」と銘打ち、従来の細菌検査法を超える迅速細菌検査法としての培養併用FISH法の確立を目指す。ここで新たな研究メンバーとして、プローブや検査キットの製造・販路開拓を担う日水製薬(株)*16が加わり、さらに、迅速細菌検査の信頼性や公定試験法とのマッチング、衛生政策についてアドバイスを行う(財)東京顕微鏡院*17、北海道立衛生研究所*18も参画し、より広範な布陣となっている。

(発展型)で克服を目指す課題は、すでに技術的なものではなくなってきている。

「解析用コンピュータを搭載し、その場で解析するか、あるいは外部に持ち、ネットワークやDVDなどを経由してデータを集約するのか。あるいは、検体の供給用シャーレはどのような形のものにするのか。周辺の状況によって、装置の構成も変わってきます。つまり、どのような形状・機能にすれば市場に受け入れられやすいかが今後の検討課題なのです」(株式会社東和電機製作所開発部設計開発課・澤田大剛氏)

すでに検出機構の精度や速度は目標値に達しており、今後はインターフェース部の検討だ。同社では、まもなく検出画像をDVDに蓄積する方式の試作に取りかかるという。

捨てられる「イカ」にも光を
写真19

写真19 イカ墨を原料とした可食性インク
     (財)工業技術センター提供



写真20

写真20 ガゴメコンブ
     (北海道大学水産科学研究院提供)

イカのメッカ、函館ではあっても、捨てられるイカは存在する。正確にはイカそのものではなく、イカ墨や内臓などの非可食部分のことだ。中にはこの処理のために数百万円ものコストをかけている企業もあり、資源化は急務となっていた。

「都市エリア」(一般型)の研究プロジェクト「イカ墨色素粒子の分離精製技術の研究」では、函館工業高等専門学校の上野孝教授や工業技術センターの田谷嘉浩装置技術科長を中心に、イカ墨を原料とした可食性色素(可食性顔料)の開発に取り組んできた(写真19)。

イカ墨の色素粒子であるユーメラニンは蛋白質などと複雑に絡まり合い、数10μm程度の粒子凝集体で存在している。プロジェクトではこの粒子凝集体を分散して、サブミクロンの球形粒子に均質化することに成功し、インクジェットプリンタ用の可食性インクとして実用化寸前の段階にある。今後は色素粒子の高度分画技術を開発し、より小さな粒子による可食性染料の実現までを視野に入れている。

また、この研究プロジェクトは後述するガゴメコンブ(写真20)の粘性多糖の高度利用技術開発などとも合流し、新たなプロジェクト「機能性成分の医・薬・工・食分野における利活用」として、「都市エリア」事業の構想企画段階から関わってきた北海道大学水産科学研究院の佐伯宏樹教授(写真21)らのグループを交え、26社の企業を擁する巨大な連携体へと発展しつつある。

佐伯教授はこう言う。「例えばガゴメコンブのぬめりは、熱湯を加えると消えてしまう。これは函館市内の漁師や水産加工業者の中では常識です。しかし、そのとき機能性成分は消えているのかどうなのか。あるいはぬめりなどの特性が消えてしまうとすれば、どのようにすればその特質を消さないように食品の中へと取り込めばよいのか。こういった基礎的な物性を調べ上げ、機能性との相関をしっかり記録していけば、今後の商品開発にとっての一助となるはずです。さらには、その機能性成分を活用しての薬剤の開発や、その周辺に広がるさまざまな機能性食品の開発、また、それに資する機能性成分の最適な抽出・精製技術の確立につながります」

写真21

写真21 佐伯宏樹教授

このプロジェクトのスタートによって、高度な機能性を提供する商品の開発が、つまり産学連携の成果として周囲が期待しているものへのアプローチが、函館「都市エリア」でもついに始動することとなったわけだ。

そして、その引き金となったのが、かつては害藻といわれ、天然資源量(生産量約200トン)が、数年前から約10分の1にまで減退した函館周辺固有の海藻、ガゴメコンブに脚光を当てた「都市エリア」(一般型)研究プロジェクト「ガゴメのライフサイクル操作等に関する開発研究」である。

嫌われものの海藻を一躍スターに
写真22

写真22 安井肇助教授

北海道大学水産科学研究院の安井肇助教授(写真22)は、「都市エリア」事業に参入するとき、すでにガゴメコンブの多量の粘性多糖類と、その中のフコイダン*19に注目していた。

「しかし機能性にスポットを当ててしまえば、詳細な成分分析と機能性を生かすための膨大な臨床データが必要になる。そうすれば、成果としてのアウトプットは極端に少なくなるはず。商品は自動的に生まれるものではなく、かかわる人びとの想いで出来上がるものです。であれば、その想いを活性化し、深めていって、価値を生み出し続ける形をつくる方が、商品としての価値を追求するよりも重要だと考えたのです」と、安井助教授は「都市エリア」(一般型)の採択当時を振り返る。

また同時に、生産量が減退した海藻を商業化するためには、慎重な資源確保と増産技術がセットになっていなければならない。安井助教授の想いは、商品開発や機能性発見といった“ありがち”な成果を目指すよりも、北海道固有の生物資源の回復と、それにかかわる人材の教育と育成へと傾いた。

写真23

写真23 がごめこんぶのカレーパン

このプロジェクトは、「都市エリア」(一般型)で最大となる、累計30件に及ぶ開発商品数を誇っている。その種類はいわゆるサプリメントから、果てはチョコレートやキャラメルといった菓子、カレーパン(写真23)に至るまで幅が広い。これらの開発案件に対しても、安井助教授のグループはあくまでも丁寧に対応し、指導を行ってきた。

「商品開発には既存の価値観ではなく、その機能性をどう使いこなしていくかが重要です。同時に、何か新たな商品が開発されたとき、それによって既存の産業が打撃を被るという構図は、私にとって好ましくないものでした」(安井助教授)

ガゴメに込める函館の誇り
写真24

写真24 日糧製パン(株)函館事業所

カレーパンを1年6カ月にわたって開発し、今年7月に発売した日糧製パン株式会社*20函館事業所(写真24)の川崎俊治事業所長(写真25)は、開発の苦労をこう語っている。「当社はオリジナル商品開発の伝統があり、これ以前にも、函館市内の乳業者からの牛乳を練りこんだパンを製造していた時期がありました。今回のガゴメコンブによるカレーパンも、最初はアンパンの餡に練りこみ、割ってみるとガゴメ特有の粘りで糸を引くため、腐敗しているものと見分けがつかなくなるなど、苦労の連続でした」

写真25

写真25 川崎俊治事業所長

さまざまな失敗を繰り返し、アドバイスを受けるたびに改良して、現在のカレーパンへと収れんしていったのである。発売以来、8月までは供給が追いつかない状態であったが、現在の生産数は1日約500個。自動化ラインが利用できない揚げパンのカテゴリーとしては、ほぼ工場の生産能力ぎりぎりである。

「ガゴメコンブを使おうと思ったのは、やはり地元ならではの原料だからです。従業員にも手作業の製造で苦労を強いているし、原料のカレーもしょうゆベースにしてもらうなど苦労をかけています。カレーパン自体にも低カロリー植物油を使うなどの工夫を凝らしています。スーパーにガゴメコーナーができ、とろろ昆布や菓子類など、さまざまな商品が並んでいて、カレーパンが一緒にあるのを見ると、やはり誇らしい思いがあります」(川崎所長)

写真26

写真26 函館市内小売店のようす

「ガゴメが前浜にあり、その中にこれだけの健康機能が含まれていることを知って、父の昆布漁に誇りを感じた」という中学生の文章に、最大の成果を感じるという安井助教授ならではの“地域活性化”の秘策である(写真26)。

プロジェクトの発展にともなって、ガゴメコンブは害藻の立場から一躍、高級コンブと匹敵する価格で取引される貴重品のひとつへと価値認識を一変させた。同時にフコイダン量が2倍となる栽培法や、長期間にわたって粘性多糖を採取し続けながら栽培するなど、さまざまな増殖法も編み出してきた。

「都市エリア」(発展型)に際してこのプロジェクトは「特殊成分の組成・ゲノム解析・連鎖型マリンガーデンシステムの構築」と「機能性成分の医・薬・工・食分野における利活用」に発展している。前者は20社以上の企業と連携してマツモやアナメ、チガイソ、ツルシラモといった低利用海藻、雑藻の中から有用な粘性多糖類を回収後、フコキサンチン*21やプロスタグランジン*22といった機能性成分を抽出、あるいは特殊成分が高濃度で産生する栽培法を開発しようとしている。いわば、第2、第3のガゴメを発掘しようというプロジェクトだ。最終的にはアワビなどとの連鎖栽培や、未利用海域の多目的利用を組み込み、マリンガーデンシステムへと発展させようというのが目標だ。

平成22年度に経済効果780億円

現在、研究活動が進められている「都市エリア」(発展型)では、他にも公立はこだて未来大学、工業技術センターを中心とした研究プロジェクト「生体成分情報による生物種・産地鑑定とトレーサビリティ」があり、他の研究プロジェクトでブランド価値の向上に取り組んでいる各種水産生物資源に対する、産地偽装などの被害防止を企図した試みも開始されている。

また、この事業には数値目標として事業終了後における目標経済効果が設定されており、その目標は経済波及効果で780億円という。これは、函館市の域内GDP総額、約1兆2,900億円の約6%に相当する。つまり、事業終了後の2010年度(平成22年度)時点で函館エリアの経済成長率は、約6%の底上げがなされている計算だ。

前出・工業技術センター開発部の宮嶋部長は、「あらゆるパターンでシミュレートし、積算をしてみた結果、堅いと思われる数値を目標として提示した。実現は十分に可能」と言い切る。これだけの自信はどこからくるのか。

それは、古くから食品加工を中心に2次産業を厚く擁する函館エリアの産業特性と、「都市エリア」(一般型)の3年間を通じてみてきた、地域の企業に表れた自信のようなものを総合的に勘案した結果ではないだろうか。言い換えれば、宮嶋部長が最初に描いた夢を、地域の産学官の関係者が、それぞれの想いへと引写してきたことに対する自信であるともいえる。今後の「都市エリア」(発展型)における3年間が、その想いを具体的な果実にまで落とし込めるかどうかを決めるのだ。

おわりに 夢を想いに、想いを果実に

函館市の商工観光部次長兼商工振興室長を務める片岡格氏は、「いままでの(一般型)では、エリア内でのシナジー効果を発揮するように細心の注意を払ってきた。これからは、十勝圏の『都市エリア』や、旭川市などのさまざまな地域と連携し、エリアを超えたシナジー効果を生み出していく段階だと考えている。函館で行われている『都市エリア』(発展型)の成果が、全北海道に波及するような産業活性化のうねりへとつながれば、われわれとしては言うことはない」と語る。

また、前出・北海道大学水産科学研究院長を勤める山内皓平教授は、「海の向こうを見晴らすと、そこには急激な人口増にあえぎ、食料の鮮度保持についても発展途上にあるアジア諸国が見えてくる。この光景は、実は40年前、わが国で起きていたことのデ・ジャ・ビューに過ぎず、わが国の技術を導入すれば、クリアできるハードルも数多いことは想像に難くない。ここにビジネスチャンスを見出し、国を出て戦うことができるだけの自信と能力を、この『都市エリア』事業で、民間企業には涵養(かんよう)してもらいたい」と言う。

また、いま一人の人物、安井肇助教授もこう言う。

「いままでの北海道は、モノカルチャー的経済運営体制に慣れ、自分たちが生産する富の多様な価値をあまり表現せずにやってきたと感じます。この『都市エリア』事業をキッカケにして、さまざまな画期的食料加工品や流通システム、生産システムが生まれてくるはずです。これを今度は北海道の価値の持続的創出に活用してもらいたい。北海道は食料基地であるとよく言われますが、それだけではもったいない。前線基地ではなく、食の戦略本部としての機能も付け加わって欲しいし、全国の、ひいては全世界の食料安全を担える中心になればどんなに良いことかと、私は念じています」

これらは、宮嶋氏の夢を受け継いで育ってきた「都市エリア」の上に、さらに新たに描かれた夢である。だからこそ、この実現のためにはやはり新たな想いを分かち合い、労苦をともにする“連携の輪”が必要不可欠である。

果実を受け取るには、それしか方法はないのだ。

*1(財)函館地域産業振興財団・北海道立工業技術センター
http://www.techakodate.or.jp/center/

*2北海道大学水産科学研究院
http://www.fish.hokudai.ac.jp/

*3函館市
http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/

*4イカ
函館など道南地区の場合はスルメイカを指す。胴(頭部)の長さは約30cm。胴の中に細く硬いスジがあり全体に赤褐色。旬は夏から秋。夜間集魚灯をつけて釣る。煮物、天ぷらなどにして食べるほか、イカめしやイカソーメンなどに加工される。またスルメイカの内臓と眼球を取り除き、天日などで干したものをするめとする。別称「マイカ」(真烏賊)、あるいは漁獲期から「夏イカ」とも呼ばれる。

*5ガゴメコンブ
正式名は「ガゴメ」であり、褐藻コンブ目コンブ科トロロコンブ属の海藻。外見の特徴は葉の前面に見られる龍紋状の凹凸紋様であり、葉は長さ3m、幅20~50cmに達する。葉の紋様は生涯消えない。函館市海域を主な生息場所とし、ほとんどここから生産されている。分布範囲は渡島小島、福島町から函館、鹿部、室蘭と東北地方の北部。

*6はこだて「都市エリア」
都市エリア産学官連携促進事業【函館エリア】。一般型は「水産・海洋に特化したライフサイエンス領域」を特定領域としており、「ガゴメのライフサイクル操作等に関する開発研究」「イカ資源の高価値化と健全性確保に関する開発研究」をテーマに掲げた。発展型では「マリン・イノベーションによる地域産業網の形成」をテーマに掲げ、下に6本のサブテーマを置いた。
http://www.techakodate.or.jp/found/urban/

*7北海道庁
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/

*8(株)古清商店
http://www.marunama.co.jp/

*9バイオエナジェティクス
生体エネルギー論。

*10都市エリア産学官連携促進事業【十勝エリア】
機能性を重視した十勝産農畜産物の高付加価値化に関する技術開発。http://www.tokachi-zaidan.jp/t-cityarea/index.htm

*11培養併用FISH法
FISH法と培養法の利点を組み合わせた技術

*12公立はこだて未来大学
http://www.fun.ac.jp/

*13(株)東和電機製作所
http://www.towa-denki.co.jp/

*14(株)電制
http://www.dencom.co.jp/

*15北海道大学創成科学共同研究機構
http://www.hokudai.ac.jp/bureau/cris/

*16日水製薬(株)
http://www.nissui-pharm.co.jp/

*17(財)東京顕微鏡院
http://www.kenko-kenbi.or.jp/

*18北海道立衛生研究所
http://www.iph.pref.hokkaido.jp/

*19フコイダン
モズク、メカブやコンブなどの海藻類に含まれる粘性多糖類に含まれる。フコイダンの機能性には癌細胞のアポトーシス誘導作用、新生血管抑制作用、免疫強化作用などがあるとされる。

*20日糧製パン(株)
http://www.nichiryo-pan.co.jp/

*21フコキサンチン
海藻に多く含まれる色素。抗がん作用があるとされ、最近では脂肪細胞の代謝関連遺伝子の機能を高め、肥満が抑制できるとして注目される。

*22プロスタグランジン
アラキドン酸から生合成される生理活性物質の一種。種類や作用は多岐にわたり、血圧低下や血小板凝集作用、睡眠誘発作用、血小板合成阻害作用などがあるとされる。