2007年1月号
連載1  - 産業界に聞く産学連携
元 三菱化学株式会社 常務執行役員 今成 真 氏に聞く 化学産業における産学連携
顔写真

今成 真 Profile
(いまなり・まこと)

元 三菱化学株式会社 常務執行役員
/独立行政法人 科学技術振興機構
産学連携事業本部 開発主監

聞き手・本文構成:加藤 多恵子 Profile

(本誌編集長)

三菱化学で行われてきた産学連携をまず伺う。研究課題がますます複合化し、そこには産学連携が必須となる。一企業から化学産業に話を展開し、そこでの産学連携、今後の方向などを聞く。

三菱化学株式会社の産学連携とは

●三菱化学*1は1990年代後半から2000年代初頭にかけて経営改革とR&D改革に取り組んでこられたと伺っています。産学連携はどのようにかかわったのでしょうか。

今成 2000年ごろからR&D 計画を始めました。そのとき、ジョージ・ステファノポーラスというマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授を招聘(しょうへい)して、米国型のR&D計画にすることにしました。3年目の2002年に私は三菱化学の常務になり、その後、同教授の路線を引き継ぎました。

三菱化学では、「革進」と呼んで2000年ごろからいろいろな経営改革をやってきました。改革の段階をフェーズ1、フェーズ2として、5年間にわたってやりました。最初の2年間は主にポートフォリオ改革でした、つまりリストラです。もうかる事業、将来性のある事業についてはビジネスモデルを変えるなどして経営改革をやったのです。研究改革もやりました。そのときの合言葉は「リフォーメーション(改革)・アンド・リジュベネーション(若返り)」でした。アントレプレナーシップ(起業家精神)を重んじる米国型の組織とし、やる気のある者にリーダーをやらせるという方式で若返らせました。研究開発部門は分社化して研究会社にしました。私はその会社の社長を務めました。

ここでの産学連携をお話しします。経営改革も研究開発改革も会社の体質変換なのです。会社の経営も研究開発もグローバル化しています。研究開発課題はおしなべて大変に難しくなっており、一朝一夕にはできないものばかりです。しかも単発技術でなく、複合型、融合型の技術でないと成功しません。複合型となると学際的にやらざるを得ず、従ってアウトソーシング、しかも包括提携というやり方で、大学の知を利用する方式を取りました。三菱化学ではカリフォルニア大学サンタバーバラ校、京都大学、産業技術総合研究所、東京工業大学、中国の大連工科大学などに提携を広げています。ニーズを会社が出して、大学のシーズ、ないしはソリューションをもらうという形です。包括型でなく個別の産学連携はそれまでも数多くやっていました。

産学連携での学の意識は

●大学側の産学連携についての意識は、企業側から見るとどうなのでしょうか。

今成 産学連携を通じて、総じて日本の大学は産業界のニーズをあまり知らないというのが実感です。産学連携というものは、複合型、融合型、学際的研究の必要性が高まり、大学の知を利用しないとイノベーションを起こすのが難しくなったとの認識で始まっていると思います。大学はシーズ、ソリューションでの貢献のほか、分析、解析、反応機構の解明などに優れているという特質があります。しかし、大学の目指す研究のベクトルと企業が目指すベクトルは、方向が合っていないことが多いと思います。双方3年くらい連携すると、大体そのベクトルが合ってくると思っています。三菱化学の場合、先ほど申しましたカリフォルニア大学サンタバーバラ校は、この産への理解が優れており、産学連携の運営がうまく進みました。日本の企業が産学連携を欧米の大学とする理由は、一つにはこの双方のベクトルの方向性が欧米の大学とは早い段階で合うということもあるのではないでしょうか。

しかし、日本でもだんだん加速度がついて早くなっています。5年前と今では様変わりしています。大学には産学連携本部があり、TLOもでき、知財本部も大体ありますし、大学のミッションに社会貢献が入りました。国は競争的資金を拠出していますが、日本の産学連携は富士山でいうと、3合目か4合目くらいかと思います。大学の先生方の意識の変化、つまり、教育、基礎研究中心から、社会貢献への意識を強化する必要があると思います。先生方も若返っていますから基礎研究と応用科学研究を同時に行える先生が明らかに増えていますね。この傾向が強く進んでいるのは中国やシンガポールです。

化学産業における産学連携の今後

●今後、化学産業では海外との産学連携はどう進むと思われますか。

今成 レベルの問題もあって、産学連携を中国とやるという方向にはなかなかいかないのです。今後も日本国内の産学連携、欧米との産学連携でしょうか。化学産業では機能製品、つまり電気、電子、材料、部品・部材が一番収益を上げています。特許がそれぞれにあることもその原因です。例を挙げますと、シリコンウエハーは7割ぐらいの世界シェアを日本が持っています。液晶部材の世界シェアも7割ぐらいです。しかし、まねできるような格好でやると、つまり、テレビのように部材を組み立てたモジュールをさらに組み立て製品化するような品物で売ると価格競争が始まり、廉価で販売できるところが勝ちます。ただし、機能製品でも、日本の化学産業はうかうかしていられないなと思っています。理由はこの分野では産学連携が欧米や東南アジアでもものすごく盛んであるからです。日本のリーディング産業といえば自動車、電機・電子ですが、特に電機・電子分野はますます高密度化して、ますます大面積化しており、限りなき戦いです。日本の物づくりのお家芸のところであり、これは勝たなくてはいけませんが、相当厳しいです。

ライフサイエンス分野は21世紀のリーディング産業である

今成 化学産業を大別すると3分野になります。石油化学産業、電機・電子部品を中心とする機能化学品、電池も含まれますが、そしてライフサイエンス分野です。21世紀は情報通信の時代、またライフサイエンスの時代、と言われていますね。ライフサイエンス、バイオテクノロジーでは、つい最近ヒトやいろいろな生物のゲノムが解読されていますが、その先にまだまだやることがいっぱいあります。新しい発明、発見がどんどん出てきます。生命に関して、この世紀の間に、相当の解明が進むだろうと思うし、それに関連して、結局は医薬になったり、診断技術になったり、医療技術になったりするものが出てくると思います。これも産学連携がものすごく重要な分野です。生命現象の解明みたいな話はほとんど学でやっているからです。しかもこの分野は日本のレベルが高いですし、大いに頑張らなければいけないと思います。加えて私は、この分野こそ日本のリーディング産業に育てるべきだと思っています。

そこで、ライフサイエンス産業を振興する上での制度改革はますます必要であると思います。一例を挙げると、臨床検査や医薬品の承認に時間がかかり過ぎているので、これらの効率化を望みます。臨床研究をもっと盛んにして、審査体制をもっと充実させることも考えられます。そして日本の臨床研究レベルを上げることです。産学連携は産と学で終わる話ではなく、官も相当頑張っていただきたい。政府でも総合科学技術会議で制度改革の議論も出ていますし、産学官連携は着実に進んでいます。ライフサイエンス産業を日本のリーディング産業にすることですが、科学技術振興機構(JST)でもその関係のテーマは多くありますし、有望なのもあります。ライフサイエンスはしっかり永続的に、持続的にやらなければならないと思っています。

●本日は有意義なお話、どうもありがとうございました。

*1三菱化学株式会社
http://www.m-kagaku.co.jp/