2007年7月号
産学官エッセイ
弘前大学が東京・江戸川区の小松菜ブランド化に協力する理由
顔写真

加藤 陽治 Profile
(かとう・ようじ)

弘前大学 理事(研究・産学
連携担当)・副学長


弘前大学が東京都江戸川区、同区の農家・業者と連携して進めている農産物のブランド化。その「えどがわ農業産学公プロジェクト」の成果と今後の展望を熱く語る。

はじめに

三方を海に囲まれ自然の恵み豊かな青森県に位置する教育・文化都市、弘前市。そこに立地する中規模総合大学弘前大学と、東京都江戸川区とが連携して実施している「えどがわ農業産学公プロジェクト」事業が全国的にも注目を浴びている。本事業にかかわっている一人として、700kmの距離を越えた連携のきっかけと事業内容等、これまでの取り組みを紹介したい。

弘前大学のサテライト・ネットワーク構築

青森県は、弘前大学のある弘前市、県都の青森市、製造業が盛んな八戸市と3極構造になっている。このことは産学官連携を進める上で一つの障害となっていた。これを少しでも解消する目的で、平成14年6月に八戸サテライト、平成15年4月には青森サテライト教室を設置した。県内でのサテライト構築に引き続き、国立大学法人化の年である平成16年4月には東京八重洲にある青森県東京ビジネスプラザ内に弘前大学東京事務所を、また、朝日信用金庫船堀センターにあるコラボ産学官プラザin Tokyo 内に同分室を同時開設した。特に、東京事務所の設置は青森県と強力な連携の下に進めた。法人化に伴い、これまで以上に地域との連携を深めることが重要であるとの認識からだ。そして、同事務所および分室を首都圏における産学官連携推進と学生の就職支援等の活動拠点と位置付け、産学官連携コーディネータを常駐させた。コラボ産学官プラザへの入居要請は、プラザ開設計画段階に朝日信用金庫の方から打診を受け、またとない機会ととらえ分室設置を決めた。これを機にコラボ産学官が主催する各種事業に積極的に参加した。

連携のきっかけ

弘前大学には、地域共同研究センターの他に社会連携にかかわるもう一つの組織として生涯学習教育研究センターがある。同センターでも東京事務所設置を機会に、県内のみならず首都圏でのイベント開催を企画した。同センターが主催する東京事務所分室を基点とした講演会実施を含め「弘前大学が江戸川区のために何かお手伝いできることはないだろうか?」を相談するため、平成17年8月に江戸川区役所の白井産業振興課長(現在生活振興部長)のところへ足を運んだ。話し合いの席上「農業系の連携の機会が少ない」という話があり、江戸川区農業経営者クラブ会長、石川善一氏を紹介された。その足ですぐ会長宅を訪問し、江戸川区の農業事情や石川氏の小松菜栽培への思い等いろいろ話を聞いた。筆者(当時、地域共同研究センター長)が農学部出身ということもあり、積極的に連携の話を進めようと思った。そこで、同年11月に江戸川区農業経営者クラブ「創立20周年記念式典」に出席した際、江戸川区役所および農業経営者の方々と共同研究の打ち合わせをした。また、平成18年2月には弘前大学において研究内容の具体的な話し合いを行った。最終的に「えどがわ農業産学公プロジェクト」として、弘前大学、江戸川区農業経営者クラブ、江戸川花卉園芸組合、江戸川区の四者で覚書を交わし、同年4月21日にプロジェクト発足調印の運びとなった。

この間、平成17年12月には、弘前大学生涯学習教育研究センター、同地域共同研究センターおよび江戸川区農業経営者クラブの三者による共催(江戸川区後援)で、弘前大学生涯学習特別セミナー・江戸川区農業経営者クラブ農業経営講座「農業を科学する~野菜と健康~」を朝日信用金庫船堀センターで開催した。「青森の農産物から探るあなたの健康」と「皮膚の元気を野菜から考える」の2講演を行い好評を得るとともに、農業関係者と本学研究者との間での交流を図った。

事業内容

事業内容は、江戸川区が地元産農産物ブランド化支援事業の運営・推進、弘前大学が研究協力、農業経営者クラブと花卉園芸組合が同事業の実施をそれぞれの役割としている。研究は、大学が区と締結した共同研究契約に基づいている。

江戸川区は「小松菜」の収穫量が全国でもトップクラスである。この小松菜は江戸幕府将軍徳川吉宗が「冬菜(とうな)」と呼ばれている葉物を同区小松川にちなみ命名したと言われている。また、夏の風物詩の「入谷の朝顔市」の約7割は江戸川産のもので、花卉栽培も盛んに行われている。しかし、農家の数は減少。農産物の産地間競争が激化し、どう特徴を出すかが重要な課題となっていた。農業経営者クラブからは「江戸川区の小松菜がおいしい理由を成分分析してほしい」、「生で食べても安全なことを確認してほしい」、同園芸組合からは「他産地にない“江戸川ブランド”になるような新品種を開発してほしい」などの要望が出された。弘前大学は、平成14~16年度に青森県の「知」の結集プロジェクト研究推進事業「21世紀型健康社会に向けた『食』の高度化」の「県産農水産物を活用した産業振興モデル」に参画し、小松菜を“寒締め栽培”するとよりおいしさが増すのは、糖と旨味アミノ酸の増加によることを明らかにした実績があった。そこで、18年度の共同研究ではまず、江戸川産小松菜の栄養・機能性成分分析および食味官能試験を行い、他産地の小松菜に比べて優位性があるか否かを研究した。将来的には病気等を予防する成分を増やすなどの品種改良とブランド化を目指したい。また研究の実施と平行して、昨年11月に研究中間報告会を、今年の4月下旬には、18年度の研究実績報告会をコラボ産学官で開催した。研究結果に対して出席した江戸川区民や生産者の方々からたくさんのご質問とご意見を頂戴した。いずれも貴重なものばかりである。共同研究は今年も継続される。生産者のみならず市民の方々の意見も参考にしていきたい。

今後の展開

平成18年11月には江戸川区の小松菜や花卉生産者および区職員が弘前大学で取り組み状況を視察した。このとき、江戸川区農業経営者クラブの石川善一会長から「弘前大学の強い熱意を感じている。新品種の開発など大きな夢があるので、距離的なハードルは関係ない」とのコメントがあった。農業に熱心に取り組んでいる江戸川区の人々との強いネットワークができたと思っている。今回の産学公連携が、江戸川区と地元津軽地域の農業者同士の交流にもつながることを願っている。また、この種の研究はすぐに成果の出るものではない。「ある程度長い目でプロジェクトの推移を見守りたい」と区は言っている。われわれは、この連携が今後の都市農業のモデルケースになればと思っている。ちなみに、今年度から花卉についての研究も開始することが決まっている。