2007年10月号
単発記事
新しい消化剤づくりに燃えた北九州市消防局 産学との連携で環境配慮・少水量型を開発
顔写真

山本 敏明 Profile
(やまもと・としあき)

北九州市消防局警防課長



北九州市消防局は、シャボン玉石けん(株)、北九州市立大学と連携して新しいタイプの消火剤を開発するとともに、それを使った消火戦術を築いた。放水量は従来と比較し激減。また、従来平均2週間かかっていた消火剤の生分解を1~2日に短縮し、環境負荷を減らすことができる。ノズル・ホースなどの機材も小型軽量化し、消防隊員の負担も小さくなる。産学官連携で開発を進めるに至った動機、開発の経緯などを紹介する。

はじめに

放水量は激減し、環境にもやさしい-私ども北九州市消防局は企業、大学と連携し、全く新しいタイプの消火剤の開発に成功した。この開発と、この消火剤を使った新しい消火システムの構築が評価され、今年の「第5回産学官連携功労者表彰」で、「総務大臣賞」を受賞した*1

一般的に考えて、地方自治体に属する消防が産学官で何を行うのか、何をして総務大臣賞を受賞したのかと疑問に思われる方が多いと思う。

今回は、その取り組みの経緯を含めた当局の産学官連携について紹介する。

受賞内容と開発動機
写真1

写真1 消火実験の様子

今回、総務大臣賞受賞となったテーマは「少水量型消火剤の開発と新たな消火戦術の構築」である。簡単に述べると、消防隊が火災現場で放水に使用する消火剤と、その消火剤を活用した消火活動の要領を開発・構築したものである(写真1)。

そもそも「なぜ、消火剤が必要なのか」、「どこでも当たり前にある水ではダメなのか」と思われるかもしれないが、開発のきっかけは今から12年前の出来事にあった。

〈受賞理由〉
消防機関、地元企業、大学及び関連企業の密接な連携により、少水量かつ環境負荷の少ない消火剤の開発と商品化に成功、さらにこの消火剤を使用する放射システムの開発と新たな消防戦術を構築した。
[1] 放水量が従来の約1/17に減少し、マンション火災等での水損を低減させることができる。
[2] 消火剤の生分解に要する期間を、従来の合成界面活性剤消火剤の平均2週間から、1~2日に大幅に短縮し、環境負荷を大幅に低減できる。
[3] ノズル・ホース等の資機材の小型軽量化により消防隊員の負担が軽減され、少人数での消火活動が可能となり、消火活動の効率・機動性が増大した。
(出所:「第5回産学官連携功労者表彰 受賞事例説明資料」より抜粋)

平成7年に発生した阪神淡路大震災では、285件の火災が発生し、559人が火災で亡くなっている。この震災には全国から消防隊が駆けつけ、当局からも多くの隊員を被災地へ送り込んだ。私自身も当局の副隊長として被災者の救出活動等に加わった。

被災地における活動では、多くのことが障害となったが、特に大きな問題となったのは、火災が発生し消防隊が現場に到着しても消火ができないということだった。地震で水道管もしくは消火栓が破壊され、大量の水を確保できなかったからだ。そのため、多くの消防隊が大火を目の前にして、なすすべのない屈辱を味わった。

このことを教訓にして、その後当局を含めた多くの都市が、少ない水でも効果的に消火できる消火剤に注目し、その導入、または導入のための検証を始めた。

こうした消火剤を使用すると少量の水で消火できるため、集合住宅等の火災において階下への水損を防ぐことも可能なことがわかった。

しかし、問題点があった。当時、流通していた消火剤は外国製であったが、消火の効果はあるものの、放水で消火剤が土壌や河川に流出した際に、環境への負荷があることがわかった。そのため、当局では放水しても市民に安心を与える環境配慮型の消火剤が必要ではないかと考え、その開発に取り組むことになった。これが開発への第一歩だった。

連携始動までの経緯

開発にはさまざまな情報収集が必要であるため、まずは、平成11年7月、外国製消火剤を輸入し国内の流通に携わっていた(株)古河テクノマテリアル(本社・神奈川県平塚市)に当局の想いを伝えた。そして、環境への配慮を実現するために、地元で天然石けんを製造していたシャボン玉石けん(株)(本社・福岡県北九州市)にも開発の協力を打診した。両社はいずれも即答で快諾した。両社とも、事業として消火剤を開発する構想はなかったが、防災と環境への配慮というテーマでは、大いに関心があったため、チャレンジしていただくことになった。

また、開発にはさまざまなデータを数値で表すことが必要で、特に環境評価・生態への毒性評価を数値で表すには、ノウハウと実績が必要だった。そこで平成15年3月、地元の北九州市立大学(国際環境工学部、上江洲一也教授)に依頼した。大学では当初、消火剤開発とは無縁として協力に難色を示していたが、地域に貢献するという地方大学としての責務を感じ、われわれの説得に応じてくれた。そして産学官連携による開発プロジェクトが始動することになった。

開発プロセス

開発への道のりは平坦ではなかった。大学が開発に加わった平成15年の時点で、既にシャボン玉石けん(株)が200種類を超えるサンプルを作製していたが、消火剤としての発泡性や寒冷地でも使用できる温度条件等、クリアしなければならない課題は多くあった。万全を期したはずのサンプルが、消防車両の中で固まってしまったこともあり、途方にくれた時期もあった。そして、各機関とも開発には前向きだったとはいえ、予算的には限界を感じることもあった。

そんな矢先、平成15年8月、1つの明るい知らせが届いた。総務省消防庁の消防防災科学技術研究推進制度に当開発を応募していたが、その内容が評価され、平成15~16年度の2年間で4,000万円という多額の予算を得ることができたのだ。

これで研究開発はスピード化が図られ、サンプル数は一気に700種類を超えた。そして、多くのサンプルによる検証で、課題としていた発泡性・温度条件・コスト面等の諸問題をクリアすることができた。消防車両内で消火剤が固まってしまうことも解決された。

また、開発した消火剤の能力を最大限発揮させるために、消防車両メーカーである(株)モリタの協力を得て、専用車両等ハード面の整備も同時に行った。さらに、ソフト面でも隊員の活動要領を消火剤の使用に適した内容に大幅に見直し、ハード面とのマッチングを図った。

そして、平成18年12月に、阪神淡路大震災の辛い教訓から約12年の歳月を経て、環境配慮の少水量型消火剤が完成し、今年度から当局における全面運用を開始した。開発した消火剤は平成19年の春、商品化され、既にいくつかの都市で導入が決定している。

連携成功の秘訣

今回の産学官連携による取り組みが成功したのは、取り組んだテーマに対する明確な目的意識と社会構造の変化の中での必然性、そして関係機関の真摯(しんし)な協力によるものだと痛感している。

他面、長期間に及ぶ連携となると、各機関が幾多の壁において安易な妥協に陥るおそれがあるため、その際にもユーザー機関が常に主導権を握り、開発を先導的に進めることが重要である。そして、ユーザー機関が今後の開発に必要な課題を常に明確に示し、それに対して連携機関がおのおのの得意分野を存分に発揮することが、実用化も含めた成功の秘訣ではないかと私は考えている。

おわりに

地方都市でもマンション等の集合住宅が増加し、環境に対する世間の関心も高まっているため、水損や消火後の生態系(環境)への影響等、2次的な被害についても極力最小限に止めるよう、私たち消防機関は今後も尽力していくところである。

そして、近い将来発生が危惧(きぐ)されている東海等大地震に対して、過去の教訓から得た今回の取り組みが多くの都市で生かされることを願っている。

*1
受賞者
高橋 道夫(シャボン玉石けん(株)専務取締役)
上江洲 一也(北九州市立大学教授)
山家 桂一(北九州市消防局防災対策部長)