2008年1月号
特集1  - 人材を問う 今のままで産学連携を担えるのか
宇都宮大学オプティクス教育研究センターに見る「産学連携による人材育成」
顔写真

鵜澤 俊一 Profile
(うざわ・しゅんいち)

キヤノン株式会社取締役・コア
テクノロジー開発本部長


2007年4月に宇都宮大学に開設されたオプティクス教育研究センターは、光学を担う人材育成と光学研究が目的である。キヤノン株式会社が提案し、その設立に協力した。光学は人材ニーズと大学のカリキュラムのミスマッチが大きい分野の1つ。産学連携で光学教育に取り組む同センター設立の経緯とその概要を紹介する。

はじめに

2007年4月1日、宇都宮大学に「オプティクス教育研究センター(Center for Optical Research & Education:略称CORE)」が開設された。キヤノンはこのセンターの設立に協力してきたが、その経緯およびセンターの概要を紹介する。

フラットパネルディスプレイやデジタルカメラなど光学産業は現在日本を牽引する重要産業のひとつである。通信ネットワーク、LSI製造における半導体露光装置などはIT産業に不可欠なものであり、計測検査工程で使われる光学機器はさまざまな産業の生産を支えている。2006年の光学関連産業全体の日本国内生産額は約8兆円で**1、照明用LEDや有機ELなど新しい製品が次々登場していることから今後も大きな成長が見込まれる。

日本の大学における光学教育

その一方で日本の大学ではナノフォトニクスなどの特化した領域の研究が個々には行われているが、学問としての光学が体系的に教育されていないのが現状である。2005年に発表された経済産業省の「産業界ニーズと大学教育カリキュラムのミスマッチ分析」によれば、調査した4分野(バイオ、光学、自動車、半導体)の中で産業界のニーズと大学カリキュラムとのミスマッチが最も大きいのが光学分野であった**2。その中で述べられているように、従来物理系で教育されてきた幾何光学、波動光学等の光学の基礎科目が現在は全くと言っていいほど教えられていない。大学教育におけるこの状況に対し、企業は新入社員に光学の基礎から教育しなければならず、企業側の負担も大きいものがある。

日本企業は激しい国際競争に晒されており常に新製品、新サービスを市場に提供していかなければならない。そのためには技術開発を担う優秀な人材の確保が必要であり、大学の人材育成に期待するところがますます大きくなっている。大学卒業までにしっかりと基礎を学び知識を研究開発に生かすスキルを身に付けることが肝要であるが、光学に関して言えば基礎教育もなされていないのが現状である。

宇都宮大学との連携

こうした現状にかんがみ、キヤノンは光学を担う人材育成と光学研究に大学と連携して取り組むこととした。キヤノンは半導体露光装置、レンズなど光学機器の工場および研究開発部門を宇都宮市に集結している。宇都宮大学はキヤノンから車で15分ほどの距離にあり、密接な交流が容易にできるメリットがある。また、宇都宮大学の工学部には光学に関連した研究者が多く、本格的に光学研究を立ち上げる素地があった。キヤノンからの光学専門教育研究機関設立の申し出に宇都宮大学の快諾が得られ、協同で設立準備を開始した。学長はじめ大学経営陣の素早い決断により、わずか半年という短期間で新センターが開かれた。宇都宮大学の中で光学教育と研究を継続的に維持発展させるため、新センター(略称「CORE」)は大学の独立センターと位置付けられている。初代センター長には日本有数の光学研究者である筑波大学谷田貝教授が着任された。

センターの運営に対して広い視点からの助言を取り入れられるよう、光学分野の有識者からなる諮問会議が設置されている。設立準備段階から諮問会議委員候補の先生にセンターのあり方や運営に対する意見をいただき、設立構想に盛り込んだ。

新センターの概要
図1

             図1 宇都宮大学オプティクス
                  教育研究センターの体制

新センター「CORE」は図1に示すように、先端領域、応用領域、基礎領域の3つの教育研究部門で構成されている。開所当初は宇都宮大学工学部の先生がセンター教員を兼任で担当するが、キヤノンから客員教授を含め5名が非常勤で講師を務める。実験室は工学部の一部を使用し、新たに暗室仕様の学生実験室も作られた。研究環境を充実するため2年後(2010年)の独立センターの建設を目指している。

「CORE」設立の第1の目的は産業界や社会のニーズに応える人材の育成である。センター開所とともに光学に関する講義が4科目新設された。新科目の設定には宇都宮大学の教員とキヤノン社員が共同で検討したが、この先も教育内容の充実に取り組んでゆく。初年度からこの新設講義には予想を上回る多くの院生が受講し好評である。

目的の第2は日本をリードする光学研究の創成である。「CORE」では工学部、農学部を含め宇都宮大学全学あげて光学研究を盛んにするため公募研究制度を開始した。2007年は多くの応募の中から6件のテーマが採択されたが、そのうちの2件は農学部の研究である。光学を基礎とした新たな融合技術の生まれることが期待される。また、2007年10月、光学分野で世界トップクラスのアリゾナ大学カレッジオブオプティカルサイエンスと「CORE」との国際交流協定が結ばれた。アリゾナ大学との人材交流を通じて、「CORE」は国際的に認知される研究センターに発展していくことであろう。

キヤノンの役割

キヤノンは「CORE」が早期に世界のトップ研究機関となるよう支援するつもりである。設立直後はセンターが独自に外部資金を調達することが困難であるため、キヤノンから研究費を助成し、研究が円滑に行えるよう支援する。また、キヤノンの光学技術者が新設講義の講師を非常勤で担当し、学生に講義や実験指導を行っている。特に収差論やレンズ光学設計などは光学メーカーであるキヤノンの豊富な知識やノウハウを活かし、社会に通用する光学基礎知識が身に付くような内容としたいと思っている。

産学連携による人材育成

企業が継続的に発展してゆくためには、常に新技術や新しい価値を生み出す、すなわちイノベーションを創出することが必須である。大学における教育研究がこれを担う人材の育成に果たす役割は大きい。従来産学連携は共同研究、受託研究といった点と点との連携が中心で、産業界も大学の知識を活用することを重視してきた。これからは人材育成を大学任せとせず、産業界も大学と協力して取り組む必要がある。「CORE」がその先鞭となり大学と産業界の新しい連携を築くことができればと思う。若者が意欲を持って光学を学び研究する場となることを願っている。

●参考文献

**1 :財団法人光産業技術振興協会.“2006(平成18)年度光産業国内生産額調査結果について”.(オンライン)<http://www.oitda.or.jp/main/press/sales06-j.PDF>,(参照2007-11-19).

**2 :経済産業省.“大学教育における産業界ニーズと教育カリキュラムのマッチング度合いの分析結果”.(オンライン)<http://www.meti.go.jp/press/20050621003/1-kekka-set.pdf>,(参照2007-11-19).