2008年1月号
単発記事
特許法第73条3項の規制緩和を!
製品化進め 技術を世のために生かす
顔写真

平野 武嗣 Profile
(ひらの・たけつぐ)

文部科学省 産学官連携コーディネーター/
有限会社金沢大学ティ・エル・オー(KUTLO)
取締役

高速原子間力顕微鏡に関する安藤敏夫教授の研究成果を日、米、独の企業に技術移転したコーディネーター、平野武嗣氏が共有特許の第三者ライセンシングの課題を指摘し、特許法第73条3項の規制緩和を訴える。

金沢大学の出版物にしばしば「Since 1862」とある。これは明治維新以前に加賀藩が金沢・彦三(ひこそ)にワクチンセンター“種痘所”を開設した年を金沢大学の医学部の起源としているからである。

大学の起源としては日本で3番目に古く、最も古い長崎大学の起源は、それより5年前の1857年と聞く。

その長崎の名所南山手に位置する、ホテルグラバーヒルで昨年9月20日に開催された、科学技術振興機構(JST)主催の「イノベーションコーディネータフォーラム2007」で、次の趣旨の話をさせていただいた。

DNAが生きたまま見える顕微鏡
写真1

                写真1 生きたDNAの様子
                    (金沢大学 安藤敏夫教授 提供)

金沢大学の安藤敏夫教授は、今まで人類が見ることのできなかった、ナノメートルサイズの分子レベルの生体観察ができる「高速原子間力顕微鏡」の開発に成功した。それを受けて、私は産学官連携コーディネーターとして、この研究成果を日本、米国、ドイツの原子間力顕微鏡専業メーカー3社にライセンスすることに努力した。

技術の概要は、[1]従来の原子間力顕微鏡よりも、1,000倍早い撮影速度を達成、[2]水溶液中で動くタンパク質分子やDNAを、生きた映像としてとらえることに世界で初めて成功(写真1)、[3]生命科学の研究手法を将来一変させる革新的な顕微鏡、などである。

しかしながら、この特許は企業との共同出願であったため、ライセンシングには人知れぬ苦労があった。

共有特許の第三者ライセンシング

大学には工場はない。大学には営業所や海外サービス網がない。大学は研究者の発明を自ら製品化、販売して「人類の福祉のために貢献」することはできない。それ故、大学は企業に発明技術をライセンスすること以外に、「世のため人のため」に貢献できないのである。

しかし、その発明が共同研究の成果として企業との共同出願にした場合は複雑になる。共同出願した企業を通じて滞りなく製品化される場合は、大変喜ばしい。しかしその企業が何らかの理由で、製品化を当面思いとどまる場合がある。技術的能力の問題、他の製品に当面注力せねばならない事業環境などの、企業の特別事情を原因とする場合である。

発明者の願望

研究者は直情型が多い。自分の発明が、共同出願相手企業の都合により「人類のために活用できない」ことに対して、泣きたくなるほど切ない気持ちになるであろう。それを理解するからこそ、その事態に直面したとき、産学官連携コーディネーターやTLOの技術移転担当は、研究者からの非常に強いプレッシャーを感じるものである。

特許法第73条3項の「同意」

打開策として、コーディネーターたちは特許法第73条3項が定める第三者へのライセンシングについて、共有者の同意を取り付ける作業に入る。

繰り返して言うが、「共有者が早急に製品化を計らないことが明白になったとき」にのみ、共有者からの同意を取ることが必要になる。

筆者は3年前にこの場面に直面して、共有相手と交渉した。前述の研究者の強い願望を主張し、途中紆余(うよ)曲折はあったものの、結果として幸いに共有者の同意を得て、第三者にライセンスをすることができ、製品化が進んでいる。間もなく研究成果が人類のために役立つ予定である。

同意がなければお蔵入り

もし共有者が第73条3項の同意をすることを拒んだ場合はどうなるであろうか。理由はいろいろなケースが考えられる。

「第三者」は、通常ビジネスでは競合相手、商売敵である。せっかく共同研究に資金を出し権利も共有したものを、競合相手にライセンスされてたまるか! トンビにアブラアゲをとられるようなものだ。「それならば、いろいろな理由を申し立てて抵抗せよ」と、会社の方針として担当部門に指示が出たとするとどうなるであろうか。

もちろん、指示を受けた企業の担当者は必死に抵抗する。同意は決して与えないという考えで抵抗するとどうなるか。

日本の大学はやさしい。しばらくは押し問答をするかもしれないが、『同意を求める訴訟』などを起こす闘争能力は、今のところ持っていない。せっかくの研究成果が、共有者の事情で製品化されない場合もないとはいえないのである。少なくとも数年は日の目を見ない発明となり、結局はお蔵入りとなることもあるのである。

古来、人類の知恵は世界のどこかで同時発生的に起こることがあるといわれる。ましてや、インターネットで瞬時に、研究論文などの情報が世界のどこでも知ることができる時代である。類似技術で、誰かにマーケットで先を越されることも考えられるのである。

法の趣旨と現実

法(特許法)の該当条項(第73条3項)は、そもそも大学が特許の共有(共願)者になることを予定していないのではないかと考えられる。

複数の個人の発明者が共同で特許出願した場合、共有者の1人が第三者にライセンスする場合は他の共有者の個人などの同意を得ることを必要とし、共有者を公平に保護する立法趣旨といわれる。

現在の特許法は、大学が特許を出願することを想定していないといわれる。また、特許法規定の適用前に、民法上の契約自由の原則を範として公序良俗に反しない限り、共有者間で双方が別途契約を結べる。

それならば、事前に同意不要の契約をしておけばいいのではないかという議論もあるかと考えられる。

しかし、特許を出願する直前は、大変緊迫した日程で進められるのが通常である。例えば、学会発表が近いとか、競争相手が同じことを考えているらしいとかである。その際、共有者の間で納得の行く交渉をして双方が了解することは、時間的にも、現実には難しいと考える。

大学の発明を生かす法改正を

産学官連携が本格的に叫ばれて6年、共有特許に関して相手の同意が得られないために製品化が見送られているケースが、数多くあるのではないだろうか。

共有特許についてのライセンシングには共有相手の同意が必要、との規制を緩和すべきでないだろうかと考え産学官連携に携わる多くの人に読んでもらえるこのジャーナルに本稿を掲載させていただくことで、問題提起としたい。

特許法第73条3項の条文に追加して、「ただし、大学・公的研究機関など自己実施能力のない共有者についてはこの限りではない」と改めたらいかがであろうか。そうすれば、大学が関与した発明は共有者の恣意(しい)で第三者へのライセンスする自由を奪われることがなくなる。共有者である企業側も早期の製品化に努力する。また、大学が第三者にライセンスすることを望まない共有者は、早期に大学にとって好条件で独占実施権の設定を申し入れる、などの効果が出てくるものと思われる。米国の特許法ではこの規制がないと聞く。

優れた発明、単独出願特許の素晴らしさ

筆者は、この事例の1年後に、関連技術に関し単独発明に遭遇した。今度は大学の単独出願である。これも優れた発明であり、研究者には「早く、安く、高品質な製品を作る仕組みで、特に研究者コミュニティに提供し、学術の画期的発展に寄与してもらいたい」との強い願望があった。

しかし今度は「簡単」である。現在の世界の文明の3極、日本、米国、欧州で3社の専業企業を見つけ、熱心に製品開発をしてもらえばよい。インターネット情報・通信の時代では、ライセンス候補先に説明に行く必要もない。インターネットを通じて発明についての情報を送ればよい。

興味を持った会社は、日本に早速やってきた。現物を見ればライセンスが欲しくなる。契約の交渉も、発明の技術水準が高ければ比較的容易である。合理的な権利義務の条件、合理的な経済的条件を示して議論を尽くし、両者が若干の譲歩をすれば契約は成立する。

そうなると、世界の3極で専業3企業が会社の命運をかけて開発に精を出すことになる。競争力のある製品が早く市場に出回ることで、研究者の願望、夢がかなえられる。これは大学の意思だけでライセンスできる素晴らしいことである。

むすび

繰り返して申し述べるが、「共有者が早急に発明を実施、製品化して研究者の夢・願望に応えられる」場合は、この同意の問題は起こらないのである。私たちは幸いに、「原子間力顕微鏡の高速化発明」に関し、共有者から第73条3項の同意を得て第三者にライセンスし、研究者の願望を実現することを進めている。

京都で開かれた2007年の第6回産学官連携推進会議(通称「産学官京都会議」)で、日本学術会議会長賞を、技術移転機関である有限会社金沢大学ティ・エル・オー(KUTLO)として受賞した。大変喜んでいる。