2008年3月号
特集  - 医療・福祉の地域産学官ネットワーク
「栄養」情報共有で県民の健康増進目指す
高知大学の試み
顔写真

久保田 賢 Profile
(くぼた・さとし)

高知大学大学院黒潮圏海洋科学
研究科 准教授


高知県では高知大学が中心になり、産学官のさまざまな機関が高齢者や傷病者の「栄養管理」に関する情報を共有することで県民の健康増進につなげたいという試みが行われている。その拠点になっている「有限責任中間法人高知予防医学ネットワーク」の役割などを解説する。

「食」が健康づくりの基本であることは十分に認識されてきたものの、生活習慣病の蔓(まん)延や高齢者の低栄養問題といった問題は現在でも深刻化しつつある。例えば、健診を受けてもアフターフォローがほとんどないことや厳密な栄養管理下にある病院から退院し、在宅生活に戻った途端に病気が悪化することなどは、栄養ケア(食事をベースとした栄養管理を通じた傷病者へのケア)サービス体制が未成熟であるという社会的な構造欠陥と思われる。地域ベースの栄養ケアサービス提供システムを実現するため、栄養管理情報の共有化を目指している高知での取り組みを紹介する。

医療機関の「栄養局」設置は全国初

高齢化の先進県である高知においては、1990年から高知医科大学(現、高知大学医学部)と旧香美郡香北町が共同で、地域在住高齢者の包括的機能に関する調査・健診を継続的に実施し、高齢者とその家族の生活の質の向上や医療費削減に貢献している。また、2005年に高知県立中央病院と高知市立市民病院が合併して誕生した高知医療センター(県と中核市のそれぞれの中央病院同士の統合は全国初)では、こちらも全国初となる栄養局が設置され、食生活や栄養に対する公的サービスの整備については機運が高まりつつあった。

高知医療センターと共同で栄養ケアのニーズ調査
写真1

写真1 倉本 秋氏

このような状況の下、高知大学医学部附属病院と高知医療センターは、2005年度の経済産業省の補助事業(代表者、高知大学医学部附属病院長・倉本秋:写真1)として、地域における栄養ケアに対するニーズ調査プロジェクトを共同で実施した。

栄養に関する情報サービスは、市場としては爆発的な拡大は望めないものの、高齢化社会を迎える中、栄養や食生活のアドバイス等を通じて多くの住民が健康で長生きできる環境づくりをサポートする仕組みが必要と思われた。

調査ではまず、両病院の退院患者へのアンケート調査や実際に配食サービスを提供している株式会社高南食品、有限会社アオイコーポレーションおよびきっちん花子(有限会社ウェルフェアー)の3社の協力による利用者アンケートを行った。

一方、病院内での栄養管理情報を外部と共有する仕組みとして「栄養管理サマリー」(退院時に医師が作成する患者の入院時の情報を要約した「退院サマリー」の栄養管理版)の有効性を知る目的で、筆者が会長を務める社団法人高知県栄養士会の会員が勤務する高知市内の数病院の協力を得て、適切な栄養管理サマリー様式の試作とそれを使った情報共有の試行を行った。

この事業の成果として、管理栄養士を中心とした栄養ケアサービス提供人材ネットワークの必要性と栄養情報共有のプラットフォームづくりの重要性が浮き彫りとなった。そこで2006年2月、「有限責任中間法人高知予防医学ネットワーク*1」(理事長・倉本秋)を設立し、地域住民に対する栄養ケアサービス体制(われわれは「地域統合栄養ケアシステム」と名付けている)の実現を目指した。

事業化の可能性を探る
写真2

写真2 細川 公子氏



写真3

写真3 河合 洋見氏

2006年度は高知予防医学ネットワークが中心となり、高知大学医学部附属病院と高知医療センターとのコンソーシアムとして経済産業省の健康サービス創出支援事業(代表者・倉本秋)を受託し、社会的検証を通じて地域での栄養ケアのサービス産業としての実現性について検討した。

高知大学医学部附属病院の細川公子栄養管理室長(写真2)を中心としたプロジェクトでは、退院後の在宅療養を続ける患者さんに対する訪問栄養食事指導のサービス展開、高知医療センターの河合洋見栄養局長(写真3)のグループでは現行の配食サービスの高機能化、そして筆者は本年度から始まるメタボリックシンドローム対策事業への参画について、事業化が可能かどうか検討した。これらのサービスの試行的実施については対象者の評判が良く、ニーズの高さがうかがえたが、地方では移動時間が長いという問題がある。サービス産業として成立するには、民間事業者の支援だけでは不十分であり、地域在住のさまざまなボランティア組織等の協力体制の確立が不可欠である。

情報の収集・解析システムの開発に着手
写真4

写真4 片岡 浩巳氏

一方、高知大学医学部附属病院の片岡浩巳副検査技師長(写真4)を中心として、栄養管理情報の収集・解析システムの開発に着手した。2011年度には医療現場における電子カルテの共有化が本格的に始動することになっているが、現状では栄養管理に必要な情報が網羅される計画はない。このため、病院の電子カルテシステム内で栄養管理に関連のあるすべての項目を収納できる栄養管理データベースとした。これを基盤として、在宅医療、介護、保健指導といったさまざまな場面での栄養指導をサポートするアプリケーションの構築が可能となった。

図1

           図1 栄養管理サマリーシステム
               栄養指導データ画面



図2

       図2 分散型情報システム イメージ

折しもこの開発を進めている時期に、メタボリックシンドローム対策を目的とした管理栄養士等による特定保健指導事業が2008年4月より開始されることとなった。現在は、前述のデータベースを活用した保健指導用アプリケーションに絞って開発を継続している。その特徴として、血液検査や問診結果などの多くのデータから対象者が抱える問題点の抽出や報告書作成などの煩雑な事務手続きの支援などの機能を実施して、管理栄養士等の指導実践者にとって易しく使える設計としている(図1)。また、インターネットがあまり利用されていない中山間地における指導の場面等も想定して、ローカルでの端末使用により得られた情報をまとめてサーバーに同期できる分散型情報システムとした(図2)。

大学発ベンチャー企業を設立
写真5

写真5 藤田 竜氏

このアプリケーションは、指導に携わる人材資源の中核となる管理栄養士の育成にも効果的である。高知を拠点に病院給食の受託業務を実施している株式会社高南メディカル、松山市で栄養管理事務所を開業する株式会社ヘルシープラネットとともに、2007 年10 月、このアプリケーションの展開を目的とした株式会社ヘルシースマイルを高知大学内(国際・地域連携センター)に設立した(代表取締役・藤田竜:写真5)。ここでは、単に販売するだけでなく、特定保健指導を実践する管理栄養士や保健師に対するこのアプリケーションを使った人材育成も手掛けている。

予防医学の推進は、国民の健康寿命の延伸や増え続ける国民医療費の抑制の切り札でわが国の基本政策の1つとして取り上げられるに至っている。われわれはその業務支援を実現するアプリケーションの展開を通じて、栄養ケアサービス提供者である管理栄養士等の地域での活動が活性化し、健康サービス産業としての地域住民に対する栄養ケアサービスが充実することを切に願っている。

*1
有限責任中間法人高知予防医学ネットワーク http://www.kochi-hcnet.org