2008年3月号
単発記事
知的財産権を用いた農業保護と活性化
-過去30年間の出願動向からみた課題-
顔写真

石塚 悟史 Profile
(いしづか・さとし)

高知大学 国際・地域連携セン
ター・産学官民連携部門長、
准教授

高知大学国際・地域連携センターの石塚悟史氏は過去30年間の農業の知的財産権(特許、実用新案、商標、種苗)の出願動向を都道府県別に調査している。ここから課題が浮かび上がってきた。

地方経済を活性化するためには、1次産業の立ち直りも不可欠である。これまで、多くの農業技術が開発され、農業の振興に果たしてきた役割は決して小さくない。農業分野における新しい技術は、主に国または都道府県の試験研究機関で開発され、広く普及してきた。このため、農業の現場では、技術が「知的財産」であるとの認識が薄く、技術を「知的財産」として活用することによって得られる利益や効果が、十分に認識されないまま使用されてきた。しかし、国内外における大競争時代にあっては、知的財産権の取得、活用は競争に勝ち抜くための有力な手段となりえる。

筆者は現在、過去30年間の各都道府県における農業分野の知的財産権(特許、実用新案、商標、種苗)の出願動向を調査している**1。これまでの結果から、農業分野における知的財産権の現状と課題が明らかになってきたので、知的財産権を活用した農業保護と活性化のための方策について考察する。

出願件数は年間2,000件前後

農業分野における出願件数は、年によって若干の増減はあるものの年間2,000件前後であった。日本における特許および実用新案の出願件数は年間約40万件なので、農業分野の特許および実用新案の出願割合は約0.5%である。過去30年間の農業分野における技術区分ごとの特許および実用新案の出願件数は約6万2,000件であった(表1)。そのうち約6割が栽培に関する出願である。

表1 技術区分ごとの出願件数

表1

商標については、商標登録公報(1994年1月1日~2006年10月31日)および商標出願公報(2004年1月1日~2006年10月31日)から第31類の加工していない陸産物、32D01の野菜、32D03の茶、32E01の果実を調査対象とした。商標は、全国的には企業による出願の割合が高かったが、個人出願の割合が比較的高い地域も見られた。千葉県、熊本県、宮崎県および高知県は全体の2割以上が個人による出願であった。

各都道府県における登録品種の件数の分布を図1に示す。登録品種の件数は、関東甲信越、愛知県、大阪府およびその近隣府県、北海道、福岡県など大消費地圏および広島県や徳島県が多い。これらの地域の特徴として、一部の種苗会社による草花類の登録件数が多いことが挙げられる。種苗については、個人による出願の割合が比較的高く、なかには50%以上が個人で行っている地域もあった。

図1

                                                                                                          **6
図1 各都道府県における登録品種数の分布

個人出願の多い地域も

全国的には農機具メーカーをはじめ大都市圏の電機メーカーや化学メーカーが特許および実用新案を多く出願しているが、都道府県ごとで集計した場合、個人出願の件数が多い地域もある。例えば高知県の場合、農業経営者の中でも篤農家と称される人たちの中には、農業施設、農業技術、農業機械の改良に熱心な人が多々見受けられる。それらの改良技術が生まれる土壌としては、いくつかの理由が考えられるが、農業施設、農業機械が現場の要求を的確にくみ上げておらず、従前の施設、機械などに満足していないことが指摘できよう。大手農機具メーカーの設計開発者が汎用性を重視して設計するため、開発と現場が遊離している部分があるためと思われる。農業は同一作物を栽培する場合でも、地域的な条件、すなわち気候、土壌、地形などにより作業環境が異なり、汎用的な設備、機械では栽培方法や現地適応力に問題が生じているからである。そのため、農作業に関する栽培方法や施設機械の改良・改善特許は、これらの現場の作業を熟知した、地域の実情に詳しい篤農家によって行われていると考えられる。

地域全体に波及させる仕組みづくり

しかしながら、一般的に知的財産権を個人で管理することは困難である。権利侵害の監視や訴訟の準備などは高度な専門知識が必要であり、専門業者へ依頼するにも高いコストを支払わなければならないからである。農業においては、技術を知的財産として有効に活用するためには、一般的な活用方法に加え、技術を使用する範囲(開発者個人か、ある程度限られた地域やグループか)を考慮する必要がある。農産物の品質の改良のための技術などは、個々の農家が単独で取り組むだけでは付加価値に結び付かず、ある程度の生産量を確保できるよう地域全体で産地化に取り組むことにより、経済的な価値を向上させることができる場合もある。

そのため、地域として活用できる農家の知的財産権を保護するためには、行政や農業団体等による支援と地域全体に波及させていくための仕組みづくりも必要になると考えられる。場合によっては、大学が品種開発の拠点としての役割だけでなく、行政や農業団体と共に大学知的財産本部との連携支援体制の構築が必要になるかもしれない。

求められる地域ごとの知的財産戦略

各機関が農産物のブランド化を支援し、農業の活性化に至るには知的財産戦略のコンパスなくしては不可能であろう。農林水産省は、平成19年3月に策定した「農林水産省知的財産戦略」**2に基づき、全ての農林水産業関係者が、農林水産業における技術・ノウハウを「知的財産」と認識することが重要であるとの立場に立ち、農業の現場において新たに開発された技術・ノウハウ等の知的財産取扱指針を取りまとめている**3 **4。また、農林水産業・食品産業分野において、研究・技術開発の成果等の実用化を一層効果的に実施していくため、農林水産知的財産ネットワークの構築に向けた取り組みも開始されている**5

各都道府県において知的財産戦略が整備されつつあるが、農業分野(1次産業)を含めた戦略を立てているところはまだ少ない。そのため、今後、地域の実情に合わせた農業分野(1次産業)の知的財産戦略を早急に策定し、農業関係者を含めた知的財産権取得に向けた支援体制を構築することは、地域農業の活性化と地域の農産物関連のブランド化を図る上で重要になってくると考えられる。今後さらに地域団体商標や特許および実用新案などの活用状況を調査し、また、各地域の個人への支援状況を調べることで現状の問題点を整理するなど、適切な支援のあり方について検討を進める予定である。

●参考文献

**1 :阿万智治ら.知的財産権を用いた農業保護と活性化についての調査研究.平成16年度特許庁研究事業大学における知的財産権研究プロジェクト研究成果報告書.高知大学,2005, 280p.

**2 :農林水産省.“農林水産省知的財産戦略”.(オンライン)入手先<http://www.maff.go.jp/www/counsil/counsil_cont/seisan/titekizaisan/strategy.pdf>,(参照2008-01-31).

**3 :農林水産省. “農業の現場における知的財産取扱指針”.(オンライン)入手先<http://www.maff.go.jp/www/press/2007/20070815press_2c.pdf>,(参照2008-01-31).

**4 :農林水産省企画評価課知的財産戦略チーム. 「農業の現場における知的財産取扱指針」の策定について~技術・ノウハウを活かした経営に向けて~.特許ニュース. 東京, 財団法人経済産業調査会, No.12112, 2007,12p.

**5 :農林水産知的財産ネットワーク.“農林水産知的財産ネットワーク”.(オンライン)入手先<http://www.aff-chizai.net/>,(参照2008-01-31).

**6 :農林水産省.“品種登録ホームページ”.(オンライン)入手先<http://www.hinsyu.maff.go.jp/>,(参照2008-01-31).