2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
米国オースティンからの報告
すそ野広い産学連携
顔写真

藤原 善丞 Profile
(ふじわら・よしつぐ)

テキサス大学オースティン校
IC2研究所 科学技術商業化理学
修士コース在学
AprendSoft COO(会社設立準備中)

米国オースティンは理想的な産学連携を実現していると日本では考えられているが、シリコンバレーなどと比べると遅れているという現地からのリポート。しかし、技術移転に関しては着実に前進、大学が大きな役割を果たしていくと見る。

オースティンのイメージとギャップ

2007年の4月より筆者は米国テキサス大学(UT)オースティン校*1のIC2 研究所*2の科学技術商業化理学修士コース(MSSTC プログラム)*3に参加している。こちらに来る前は、日本で見聞した情報*4から、いわゆる産学連携の理想的な成功モデルがテキサス州の州都で活発に展開されているのだろうと想像していた。つまり、UTオースティンの特許のライセンスが続々と地域の企業に移転され、大学の技術を基にした大学発ベンチャーが次々と生まれて、ATI*5で成長の下地を整えていく。この流れが地域にインパクトを与えて街全体を一層活性化していく。日本の産学連携関係者が思い描く理想の産学連携が実現できているのだろうと思っていた。MSSTCは、大学・研究所保有の特許の市場性を評価して魅力的な技術であればビジネスプランを作成するまでをプロジェクトベースで進めるカリキュラムであり、ATIはハイテク・ベンチャー創出・成長支援に優れた実績を挙げてきたと聞いていた。筆者もUTオースティンのOTC*6 が扱っている技術を題材にビジネスプラン作成演習まで行えるのかと思っていた。

しかし、紹介された技術にはUTの特許はなく、テキサスA&M大学やボストン大学のものが中心であった。ATIのベンチャーは最近までUTの技術と無関係のものがほとんどである。Technology Transferの授業で講師のMeg Wilsonは、「テキサス大学は、テキサスA&M大学に比べると技術移転については遅れている」とコメントしており、現時点でUTオースティンは技術商業化・移転について先進的な活動ができるとは言い難い。

OTCのスタッフによれば、予算が限られているために実現可能性が高い既存企業との共同研究の優先度が高く、手間が掛かりリスクも高いスピンオフ案件や、リターンが期待できないMSSTCプログラムとの協業になかなか時間が割けないことが原因だそうである。

オースティンの産学連携

オースティンに滞在するうちに、こちらの産学連携はすそ野の広いものであることが少しずつわかってきた。

80年代にオースティンはコンソーシアムや企業 (研究開発拠点含む) の誘致に成功するが、この折に要因の1つとなったのが、UTの研究者や従業員候補としての学生の存在である。また、5万人の学生を抱えるこの大学は地域最大の雇用主でもあり、2万以上の直接雇用を生み出している。毎年70億円を超える経済効果を州にもたらしているというレポートもある。さらに、オースティン校のビジネススクール (Red McCombs) は、教授がコンサルティングを提供したり起業家のメンターになったりと、長年地元の経済と密接な関係を保ってきた。マネジメント人材の輩出源でもある。

特筆すべきはMOOT CORPというビジネスプランコンペティション*7。これはMcCombsの学生が始めたもので、世界中の著名ビジネススクールにも似たような動きが広まった。MOOT CORPの折には、VC、Angel、地元企業のマネジメントが集まり、学生たちのプレゼンテーションを評価する。賞金を元手にビジネスを始める者もいれば、入賞できなかったもののここで知り合ったVCから出資を受けて起業した者もいる。参加したビジネスパーソンの印象に残り、社員として採用された学生の例も少なくないそうである。

人材の育成・蓄積およびビジネススクールと地元経済との関係が、UTオースティン校における産学連携の大きな要素といえそうである。

最近の動向

ご存知のように、米国では日本に先行して、大学や国立研究所から生まれてくる科学技術を社会に還元する動きが進んでいる。テキサス州知事も州立大学が技術商業化に積極的に取り組むように期待しており*8、IC2やATIはその流れの先鞭(せんべん)をつけるべく活動してきた。少しずつ成果が表れてきている。ATIにも近年は大学の技術と関係をもつベンチャー企業が増え始め、ATIとOTCの協業も公的にではないが少しずつされるようになってきた。2006年には830万米ドルのライセンシング収入を上げ、7つの新しい会社がUTオースティン校の技術の商業化のために創出されている*9。この流れは増加傾向にあり、今後一層の成果が期待できそうである。

日本へのインプリケーション

日本で理想と思われている産学連携像からすると、オースティンの状況はシリコンバレーなどと比べ遅れているといえる。しかし、技術移転に関しては少しずつであるが着実に前進している。大学が地域経済のなかに大きな存在感を持ち、またビジネススクールを中心として地域のビジネスと長いつながりを持っていることが土台となって、大学の科学技術の社会還元という産学連携においても成果を挙げていくことになるのであろう。地域とさまざまな形で接点をもち、人材の交流を行い、ノウハウを蓄積していく。産学が共同で参画する息の長いさまざまな活動がすそ野にあり、その一部に科学技術のライセンシングやスピンオフが存在するのではないか。地域や大学の歴史・特徴によって、効果的な連携のモデルも少しずつ変わってくるだろう。海外のモデルを参考にしながらも、それぞれの地域・大学に合った独自の産学連携モデルというのが、大切であるように思う。

「ATIをコピーしたい」という、ある見学者のコメントを聞いたATIのディレクターは、「ATIはオースティンという独特の環境の中でうまく回っているのであって、そのままほかの場所に移しても効果は期待できない。地域の特徴や目指すものが何かをまずきちんと時間をかけて明確にし、それに合ったインキュベーションのスタイルや目標を決めていくことが実は効果を挙げる近道だと思う」という内容の発言*10をしたことがある。産学連携のモデルについても同じことがいえるのではなかろうか。

*1
University of Texas at Austin。http://www.utexas.edu/

*2
アイシースクエア研究所。UTオースティンの付属研究所であり、科学技術をもとに経済的価値を生み出すことを研究・実践している。IC2はInnovation, Creativity, and Capitalをさす。http://www.ic2.utexas.edu/

*3
MSSTC (Master of Science in Science and Technology Commercialization) 科学技術商業化理学修士コース。http://www.ic2.utexas.edu/msstc/

*4
『大学からの新規ビジネス創出と地域経済再生-TLOとビジネスインキュベータの役割(2001)』,『テクノロジーインキュベータ成功の条件-テクノロジートランスファーとハイテク起業家の育成(2002)』,『大学初ベンチャー企業とクラスター戦略(2005)』他。

*5
Austin Technology Incubator, IC2の下部組織で、ハイテクスタートアップの成長支援に特化して成功を収めているインキュベータとして著名である。http://www.ati.utexas.edu/

*6
Office of Technology Commercialization, 技術商業化オフィス。日本ではTLOという呼称が一般的。http://www.otc.utexas.edu/

*7
http://www.mootcorp.org/ “NO LONGER MOOT” Gary M. Cadenhead, Ph. D, 2002 参照。

*8
全米規模のSBIR/STTRなどのR&D資金助成プログラムに加え、テキサス州ではETF (Texas Emerging Technology Fund; http://www.texasone.us/site/PageServer?pagename= tetf_homepage)が用意され科学技術の商業化を促進しようとしている。

*9
http://www.otc.utexas.edu/Statistics.jsp

*10
Mr. Isaac Barchas, Director of Austin Technology Incubator のあるミーティングでの発言。