2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
地域活性化と大学改革の戦略的な視点(前編)
多様な産学官連携への多様な支援
顔写真

佐野 太 Profile
(さの・ふとし)

山梨大学 副学長
前 文部科学省研究環境・産業連
携課長

天然資源の乏しい我が国が持続的な発展を遂げるためにはイノベーションを創出していくほかないが、それを支えるのが産学官連携である。いま求められているのは、多様な展開をしている産学官連携への多様な支援、質の重視などだ。

1. キャッチアップ時代からフロントランナー時代へ

(1)日本は戦後から1980年代まで奇跡的な経済の復興と繁栄を遂げてきた。その奇跡的な経済復興と繁栄を支えてきた大きな要因は、やはり「平均的に高い教育水準と日本人の勤勉性」にあったと思う。さらには「横並び、前例主義」とか、「年功序列と終身雇用」、「既存技術・手段の改良」、「協調と協力」、あるいはいわゆる「護送船団方式」といったことが、戦後、「先進国に追いつけ追い越せ」を合言葉にしていた「キャッチアップ時代」の基調をなしていたと思う。

1990年代に入り、日本に大きな衝撃を与えたのが、バブルの崩壊と冷戦の終結による世界大競争の始まりであった。産業の空洞化やIT革命への乗り遅れと相まって、日本経済は活力を失っていった。キャッチアップ時代の日本型社会のシステムの強みが、行き詰まってしまったということである。

(2)21世紀の我が国においては、もはや真似するべき物が目の前になく、進むべき用意された道もない。このような「フロントランナー時代」ともいえる時代においては、自ら目標を定めて、創意と工夫で、道なきところに道を切り拓(ひら)いていかなければならない。

今後の我が国の社会全体の構造改革の基調とすべきことは、「日本固有の良いシステムや文化は残しつつ、日本流の新しい活力の創出を図ること」と考えている。

図1

図1 イノベーションとは何か

具体的な方向性としては、「結果の平等より機会の平等へ」、つまり「悪平等からの脱皮」、さらには「改良から創造へ」、「個性を伸ばし、出る杭(くい)はむしろ育てていく」、「硬直的な組織から、柔軟で国際的に開かれた組織へ」、「個人の能力を重視していく」、「セーフティーネットの下で安定志向からリスクテイクへ」、「官から民へ、国から地方へ」、「シニアは引退から、さらなる活躍の場へ」という転換を図っていくことだ。

(3)厳しい国際競争の中で、天然資源に乏しい我が国が持続的な発展を成し遂げるためには、前述のようなコンセプトの下で構造改革を実行しつつ、大学等の基礎研究を着実に推進するなどし、その成果から絶えざるイノベーション(図1)を創出していくほかに道はない。

2. イノベーションを支える産学官連携

(1)平成18年3月に策定された第3期科学技術基本計画においても、産学官連携がイノベーション創出の実現のための重要な手段であると位置付けられている。このため、産学官が課題設定の段階から対話を行い、長期的・国際的な視点に立った共同研究に取り組むなど、戦略的・組織的な連携を行うことがますます重要になってきている。世の中はまさに「世界大交流時代」に入ったといえる。

(2)「産学官連携」という言葉は、現時点においては当たり前のように使われているが、この言葉そのものは平成8年3月に策定された第1期科学技術基本計画のころから使われ始めた。それまでは「産学協同」とか「官・学・民の有機的連携」、「産・官・学の有機的連携」という言葉が使われていた。

そして、この産学官連携が今日のような1つの単語としての意味を有するようになったのは、平成13年11月に経団連会館で開催された「第1回産学官連携サミット」以降であったと認識している。サミットと名が付いているように、各企業の社長あるいはCEO、大学からは理事長または学長が出席し、個人レベルの連携ではなく、組織レベルの連携に進化させるという産学官連携の意識改革のための、いわば一大国民運動であったわけである。

(3)これ以降、文部科学省および経済産業省の産学官連携予算は飛躍的に伸びていった。その後、平成14年に知的財産基本法が制定され、平成16年度には国立大学が法人化されて、産学官連携はさらに活性化された。

図2

        図2 大学等における共同研究実施
            件数等の推移について



図3

図3 産学官連携にとって一番大切なこと



図4

図4 成功・失敗の事例集と技術移転事例集

図2に示す「大学等における共同研究実施件数等の推移について」を見ても分かるように、共同研究実施件数・特許出願件数等は近年飛躍的に伸びている。特許実施料収入においては平成18年度の国公私学大学等の合計で約8億円に達するまでに至った。しかしながら、同年の米国MIT(マサチューセッツ工科大学)の特許実施料収入は1校だけで51億円にも上る。産学官連携の成果は特許実施料収入だけで計ることはできないが、欧米に比べれば、我が国の産学官連携はまだ途についたばかりといえるであろう。ここで、失速させてはならない。

(4)ところで、手段としての産学官連携の持つ意味を考えると、活動そのものは「技術移転」だとか、「共同研究活動」、「情報交換」、「技術指導」、「教育活動」、「寄付講座」等いろいろあるわけだが、その目的としては、地域の経済の活性化や企業の利益の向上のみならず、教育研究の活動そのものの活性化や、さらに知的財産の創造等にも非常に大きな意味を持つものである。

(5)このような産学官連携を行うに当たって何が重要ポイントかということを次に整理する。 図3に示すように、例えば「例外的な問題処理の適切かつ柔軟な対応」とか、「企業の機密保持と大学の公共性・公開性とのバランス」、あるいは「成功事例・失敗事例の共有」など幾つかのポイントがある。

この成功事例・失敗事例の共有については、文部科学省の研究環境・産業連携課が平成18年6月に『成功・失敗事例に学ぶ―産学官連携の新たな展開へ向けて―(こうすれば大学が動く、企業が乗り出す、地域が発展する!!)』という事例集を発行した。19年8月時点で1万3,000部を発行するに至った。先人たちの努力から、新たな展開に向けての今後の道筋を示すものである。また、19年6月には『イノベーション創出へ向けた技術移転事例集』を発行した。「国公私立大学・独立行政法人・高等専門学校の“知識と知恵”で国民の生活の質の向上へ」という副題をつけた本事例集は、1つの事例を見開き2ページで掲載し、一方を日本語、もう一方を英語という構成になっている(図4)。

産学官連携のポイントにはほかに「制度的隘路(あいろ)の解消や各種制度の運用の弾力化」、「国際的な知財マインドの下で知的財産の創造・保護・活用を図ること」などがある。

最も重要な点を3つ挙げると、[1]当事者間の信頼関係と絆(きずな)[2]大学に独創的・先進的なシーズがあること [3]役割分担と双方の立場の理解と尊重、目標の共有である。我が国においては[1]の信頼関係と絆が一番大切ではないだろうか。

(6)今後の産学官連携への支援の基本的なコンセプトについていえば、次の3点が考えられる。

1点目は、「多様に展開されつつある産学官連携の戦略的な展開への多様な支援」。換言すれば、産学官連携のピークを伸ばしていくことと、裾野を拡大していくということ。平成13年に「第1回産学官連携サミット」が開催されて以来、産学官連携は着実に進展しつつあるが、その取り組みは一律ではなく、各大学、各企業、各地域によりさまざまである。

行政側からの支援も、国際機能の強化、人文社会系を含めた連携、利益相反への対応、不実施補償への対応、地方公共団体との連携や国公私立大学間の連携など個々の事情に応じたきめ細かい支援を切れ目なく行っていくことが必要だ。

2点目は、「質の重視」。例えば、知的財産の管理の面からは、件数のみに偏らず「質の重視」を念頭に、基本特許につながる重要な発明を国際的に権利取得していくことが非常に重要である。大学発ベンチャーについても量のみならず、今後は質が問われる。

第3点目は「地域における産学官連携のさらなる強化(特に、中小企業)」だ。地域社会の活性化の観点からも、大企業だけではなく、地域の中小企業と大学との産学官連携支援を強化すべきである。

(後編は7月号掲載)