2008年7月号
特集  - 連携・統合から探る明日の大学
4大学による連携大学院プログラムの意味するもの
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鈴木 守 Profile
(すずき・まもる)

群馬大学長



茨城大学、宇都宮大学、埼玉大学そして群馬大学が連携してIT人材育成のための大学院の連携コースを開設した。4大学をインターネットで結び同時中継する教育方法。この連携大学院プログラムは産業界の期待も大きい。

国立大学法人に支給される運営費交付金が、年々削減されることが国立大学法人第2期を前にして、大きな問題となっている。このまま削減が慢性的に持続されると多くの大学の財務状況は危機的な局面を迎えることは確実である。大学間の連携を強化して危機を乗り越えようとする考えも当然浮上してくる。埼玉大学と群馬大学の統合問題は具体的な進展のないまま今日に及んでいるが、今後の動きは、これからの両大学の連携と共同作業がどのように展開するかにかかっている。

2008 年6月3日に茨城大学、宇都宮大学、埼玉大学そして群馬大学が連携してIT人材育成のための大学院の連携コースを開設した。

この連携大学院プログラムについて述べる前に、英国のNorth EastWales Institute of Higher Education(以下NEWI)のことを少し詳しく紹介したい。群馬大学は現在、45 の外国の大学と大学間協定を取り交わしているが、NEWI は、本学が最初に協定締結を進めた大学である。1987 年に両大学長の署名が交わされた*1

新しい街として生きる道を探る

英国ウェールズ州のClwyd 市という、かつて炭坑を中心として栄えた街にNEWI は設置されている。炭坑が栄えた時代が終焉し、Clwyd 市は新しい街として生きる道を考えなければならなくなった。今各地で盛んなハイテク産業の誘致が20 年前にウェールズのClwyd 市で進み、日本の企業もHOYA 株式会社、ブラザー工業株式会社など25 社がNEWI を中心としたサイエンスパークに各々の研究所等を設置した。

筆者がウェールズに近いリバプール熱帯医学研究所に研究員として滞在していた1970 年初頭、近くのRacoon という町に生産拠点を持つ日本のYKK 株式会社は、英国の諸産業の中でモデル的な優良企業であった。この事実も日本のハイテク産業が誘致される理由の1つになったものと思われる。NEWI の教員は学生教育にあたると同時に、サイエンスパーク内にある企業の研究所の部長や研究所長などを兼業できる仕組みになっていて、そこでは典型的な産学連携活動が活発に進められていた。折しも英国では、サッチャー元首相が英国の伝統的大学の守旧的姿勢に対し強い攻勢をかけて産学官連携を進めようとしている最中であった。その中でNEWI は、いわば模範的存在であったため官からの支援も大きかった。Clwyd 市は生死をかけた模索の末、NEWI を中心に産学官のサイエンスパークを建設する経緯に至ったのであった。折よくPhillips 学長がClwyd 市の考えに全面的に賛成し強い指導力と行動力を発揮したため、NEWI とClwyd 市および誘致された諸企業研究所との連携は円滑に進んだ。

現在、日本の大学では、当時のNEWI をモデルとするような産学官活動が盛んであるが、産学官連携に関しては、地元や産業界が大学に対して強い要請、あるいは期待を寄せ、それに大学が具体的に応えることが重要である。昨年、群馬大学工学部・工学研究科は生産システム工学科と専攻を太田市内に設置する運びとなったが、この計画は太田市と地元商工会議所の強い希望に沿って進められたいきさつがある。NEWI とClwyd 市との協力関係を思い起こさせる事例であるが、地域および産業界と大学との連携が発展の鍵を握るはずである。そして地域の発展が地域の大学の在り方、将来像にも少なからぬ影響を及ぼすことも考えられる。

産業界の期待も

以上の視点に立って、大学院の連携コースに話を戻そう。4大学をインターネットで結び同時中継する大学院の教育方法は、始める前に憂慮した不自然さはなく円滑に進められた。「4大学連携先進創生情報学教育研究プログラム」企画の第1回は、群馬大学の魏書剛教授による「コンピュータアーキテクチャーとOS」と題する講義であったが、今後各大学でのスクーリングによる実習も行われる見通しである。この大学院の新しいIT教育企画に対しては、日本経済団体連合会が支援を表明し産業界の期待も寄せられている。前述したNEWI でも、いち早く壮大なコンピュータセンターを設置し、企業等の要望にも応えていた。

埼玉大学との統合問題については、「4大学連携先進創生情報学教育研究プログラム」の企画をまず成功裏に進めることから始めて、新たな展開を図らなければならない。大学が全体として連携や共同体制を構築していく過程は、大学が複合化した教育研究機関であるため、複雑な道をたどることは不可避であり、産学官の理念だけでは進まないはずである。しかし、産学官連携体制とその実践が複数大学の連携関係を強化し具体化させる「さきがけ」の役割を果たす可能性は大いにあると思われる。北関東自動車道の完成も遠くないことを考慮すれば、埼玉・群馬2大学の今までの協議を活用して、さらに大きな視野に立った大学の連携と共同体制が論議されることも遠くない将来に始まるものと考えている。

*1
大学間協定を締結しようとする気運が大学内に盛んとなってきた当時、筆者は国際交流委員長を仰せつかっていたため、日本の大学が外国の大学との間で交わしている提携協定の実情を調べてみた。すると協定書交換後、組織的に進められる大学間の具体的な実績は、ほとんど何もない状況であることがわかった。「協定を取り交わす以上、何か実質的な成果を生み出したい」という委員会の強い意向があり、工学部に滞在し共同研究を進めていたNEWIのPhillips学長も、同様の希望を委員会に寄せてきたため協定書締結が実現した。