2008年10月号
特集  - なぜ海外?企業の研究投資
日本の大学との連携に、企業のブランド志向の壁
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岡本 清秀 Profile
(おかもと・きよひで)

岡本IPマネジメント 代表/
日本ライセンス協会 前会長/
日本知財学会 理事

わが国の企業が海外研究機関へ投資する研究開発費は、日本の大学へのそれの約3倍。欧米の有名大学に研究開発を委託する理由の1つにブランド志向がある。ブランド力の高い大学、特に欧米の有名大学なら、失敗しても開発責任者が経営トップから非難されることがないという。

苦戦する日本の産業

中国の威信をかけて開催された北京オリンピック。開会式における、電飾が施された中国古代の打楽器「缶(ほとぎ)」の迫力ある演技、同国の活版印刷技術を表現した「活字陣」のコンピュータ制御のように難度の高い演技は、目を見張るばかりであった。その一糸乱れぬ、組織の団結力を中国企業が持てば日本の産業を押しつぶしてしまう――そうした勢いであった。

中国のGDPは、2007 年に4兆ドル弱となっており、2010 年ごろには微増傾向の日本を追い越す見通しである。中国の特許出願件数も急増。3年ほど前に「2010 年には、減少傾向にある日本を上回る」と予想されていたが、その通りになりそうな勢いである。さらに同国の知的財産に関する訴訟件数は2006 年に米国のそれより多くなり、今や世界最大の訴訟件数国となっている。

資源を持たない日本の産業がグローバル市場で生き残るには、世界最先端の技術を研究開発し、優れた製品、ビジネスを提供することにある。日本の企業は、自社の研究開発だけでは限界があり、国内外の大学との産学連携は欠かせない。

企業の大学への研究開発投資

日本企業の海外研究開発機関への投資額は、1990 年ごろまでは日本の大学への投資額とほぼ同額であったが、2004 年には約3倍の約2,000億円となっている。

電機産業における多くの日本企業の大学への研究開発投資は、イノベーションは米国に、研究開発支援は中国に、技術の実用化は日本に、との傾向がある。

日本企業は、米国の大学に世界最先端の技術を期待している。大学にイノベーション(斬新性)技術があるからである。また、イノベーションが高速・高確率で生まれる仕組みと、それを速やかに事業化するインフラがあり産学連携が進んでいる。教授はビジネスマンでもあり、自ら企業に訴え実践的なプロジェクトをつくる。

中国の大学は、高度な学術レベルと豊富な研究人材が魅力である。日本の大学院生にはないバイタリティーがあり、確実に成果が得られ、学生の学術知識のレベルは極めて高い。企業に必要な研究、調査まで含めた協力が得られ戦力として期待できる。

日本の企業は、その技術を実用化に向けてブレークスルーする時に、日本の大学に助けられている。しかし、大学は企業からの研究資金に頼り、企業は官の公的資金に期待する傾向がある。このため、産学連携の研究開発体制が、有名な学者が名を連ねているだけの形式的なものになることが少なくない。その結果、企業がその成果に失望することになる。名を連ねた教授が責任を持って対応してくれる米国とは異なる。

日本企業は技術投資にチャレンジを

日本の企業が欧米の有名大学に研究開発を委託し、日本の大学に委託しない理由の1つにブランド志向がある。日本企業は、技術投資にはリスクを避けてチャレンジには及び腰という側面がある。戦後、欧米の一流企業、大学などの完成された優れた技術を学び導入することで日本企業は発展してきた。研究開発にリスクを取りたがらない傾向は、発展途上の経営思想の名残である。

ブランド力の高い大学、それも欧米の有名大学に研究開発を委託すれば、失敗しても開発責任者が経営トップから非難されることがないという。わが国のサラリーマン社会が、自己責任を回避するために欧米有名大学を利用しているわけである。昔から言われることであるが、日本の中堅企業が日本の大手企業に技術を売り込んでも一向に取り合わず、米国の大手企業に採用されると、今度は手のひらを返すように日本の大手企業もその技術に関心を示し採用する。リスクを恐れた結果、チャンスを逃している。

米国の有名大学は、投資リスクを取らない日本の企業に失望し、優れた 技術を紹介もしない状況になってきている。日本の企業に求められること は、技術開発のリスクを恐れず、日本の大学との連携を深め、世界最先端 のイノベーションを起こす仕組みを共に構築していくことである。

わが国では、企業が優秀な技術者を確保するためのインフラができていない。以前から、優秀な技術者は不可欠と言われてきた。まずは、技術者のステータスを高めることである。給与体系を変え、特に優秀な技術者には高い報酬などの大きなインセンティブを与え、青少年の憧憬(しょうけい)の的となるような技術者のスターを誕生させることである。

中国では大学をトップランクで卒業した技術者は、平均的な学卒の10 倍を超える給与を得ているので、学生のあこがれである。つまり、中国では、技術者へのインセンティブを実現したことでさらなる成長が期待できる。今のままでは、日本は英国の二の舞いとなる。

わが国では、優秀な外国技術者の採用に力を入れることも必要である。外国から日本の大学院に優秀な留学生が来ても、企業が外国人を受け入れないため高度の教育を受けた優秀な学生が他の国に行ってしまっている。世界トップのイノベーションを創出するには、外国人技術者が活躍できるように企業の人事体系を改善し、ユニークな人材が活躍できるような社内風土に速い速度で改革していかなくてはならない。

日本の大学の改革をスピードアップ

英国「タイムズ」誌の「世界大学ランキング」では、研究力、就職力、国際性、教育力を評価して世界の大学の順位を毎年定めている。2006 年の順位では、北京大学14 位、東京大学19 位、清華大学28 位、京都大学29 位と中国の大学が日本の大学を凌いだ。2007 年は英語以外の論文のデータベースも評価に使われたため、中国の大学は日本の大学よりも順位を落としてはいるが、国際性では日本より高い順位にある。

日本の大学においては、さまざまな改革に取り組んではいるが、国際競争力を持つ大学への改革のスピードを上げないと、グローバル競争に勝てなくなる。大学の強化なくして日本の産業の発展はない。特に次の改革が急務に思える。

1. 一流の学者の高額収入を美徳とする風土の形成

米国や中国と同様、優秀な学者には高額の収入があっても美徳とする風土を形成することである。一流の学者になれば高額の収入が得られるという体制ができれば、競争原理が働き、若い優れた研究者が育つことになる。競争は大学の力の原動力となる。

2. 企業との人事交流の強化

企業はグローバルの厳しい競争にさらされ、大学より先に、さまざまな改革を行っている。企業の良いところを大学も取り入れ、企業との人事交流をもっと促進すべきである。伝統的な人事制度を改善し、企業から人を受け入れるだけでなく、大学から企業に積極的に派遣する改革が望まれる。海外から優秀な学者を受け入れ、教授陣の数割は外国人で占められるようになれば、科学技術の革新、イノベーションの創出が促進される。

3. 留学生の受け入れの強化

米国の有名大学に比べると、日本の大学には、奨学金制度が乏しく、外国の優秀な学生を受け入れる体制ができていない。奨学金制度を充実させて、有名大学の学部、大学院共に、外国人の学生が数割を占めるようにしたい。そうなれば、トップはほとんど外国人で占められてしまうことになるかもしれないが、日本人学生には刺激となり、国際レベルの卒業生を送り出すことができる。

日本を取り巻く環境は大きく変化し、厳しくなるばかりである。企業は国際化とともに技術投資にリスクを取る覚悟を持つことが重要だ。大学も国際的に置かれた環境を見つめ、体制の改善に急いで取り組まないと、日本の産学連携が実ることはない。産学連携により日本の技術の国際競争力を高めない限り、日本の発展はなく、静かに沈み行く船となる。