2008年10月号
特集  - なぜ海外?企業の研究投資
企業の研究費支出-定番グラフの出典を探る
科学技術振興、大学などをテーマにしたシンポジウム、講演会などでよく使われる定番のグラフがある。日本の企業が「国内の大学」へ支出した研究費と「海外研究機関」へのそれを比較したものである。年度ごとにそれぞれへの支出額を並べる棒グラフという形式は共通している。だが、「なぜ、海外は研究機関なのか」といった疑問の声が少なくない。そこで、データの出どころを調べた。

「科学技術振興」「産学官連携」「大学」などをテーマにしたシンポジウム、フォーラム、講演会などでよく使われるグラフがある。日本の企業が「海外研究機関」へ支出した額と「国内大学」へのそれを比較したものである。年度ごとにそれぞれへの支出額を並べる棒グラフという形式は、どのグラフにも共通している。この世界では、いわば定番のグラフの1つである。15年から20年という長い期間を比較できるようにつくっているものも少なくない

企業の研究開発投資

図1 企業の研究開発投資

同じデータの10 年分で当編集部がつくったのが図1である。2008 年8月3日放送のNHK(日本放送協会)・BS1 の番組「新BSディベート」は、「日本の大学は生き残れるか 激化するグローバル競争」というテーマで大学、企業人らが米国、欧州、中国などの事例を題材に討論する内容だった。この番組のなかでも「企業の大学への投資」というタイトルでこのグラフが映し出された。また、9月16 ~ 18日に開催された「イノベーション・ジャパン」(科学技術振興機構と新エネルギー・産業技術総合開発機構主催)のなかのフォーラムでも同様のグラフが紹介されていた。いずれも「2006 年度は、海外研究機関への支出額が、日本の大学への支出額のおよそ3倍」と危機感を訴える狙いのようだった。

ところが、この生のデータに直接当たったことのある人は非常に少ないと思われる。そればかりか「国内は"大学" なのに海外はどうして"研究機関" なのか」「海外向けが国内の2.5 倍とか3倍という比較値だけが独り歩きしているような気がする」という声がある。そこでこのデータを直接調べることにした。

出典は総務省の「科学技術研究調査」

グラフの基になっているデータはいずれも、総務省が毎年実施している「科学技術研究調査」結果にある。同調査結果の概要は同省のホームページで公開している。また、財団法人日本統計協会が毎年3月、各年度の「科学技術研究調査報告」(同省統計局が編集)という冊子を発行している。

まず、前述のグラフが「わが国の企業が『国内大学』へ支出している」と表記している投資額から見よう。

この支出額は、実は企業に聞いたものではなく、「大学等」への調査から得られた数値である*1。「大学等」というのは、大学・短期大学(短大)の学部(大学院も含む。独立の研究科は別)や研究所、大学共同利用機関、高等専門学校(高専)などである。この「大学等」の調査は「悉皆(しっかい)」といって上記機関のすべてを対象にしている。このデータは同省ホームページでも科学技術研究調査報告書でも見られる。

表1 大学等が「外部から受け入れた研究費」に
     ついての調査項目(総額と内訳)

大学等が「外部から受け入れた研究費」

この部分の調査項目は、「外部から受け入れた研究費」を尋ねるものである。具体的には「収入名目(受託費、科学研究費、補助金、交付金等)のいかんを問わず、外部から研究費として受け入れた金額」の総額とその内訳を表1のような12 項目のなかから選んで記入してもらう。ここでテーマとしている数値は、このなかの各大学等が「会社」から受け入れた金額を集計したものである。

つまり、国内のすべての大学、短大、高専が名目のいかんを問わず「会社」から受け入れた研究費である。言い換えると、日本の企業が国内の大学、短大、高専へ支出(投資)した研究費である。

それがグラフでは「企業の国内大学への研究費投資」などと表記されているわけである。

18 年度に大学等が「会社から受け入れて、かつ当年度に内部で使用した研究費(内部留保や受け入れたものの外部に支出した研究費は含まれない)」は931 億5,700 万円という額になる。前述、NHK・BS1 の「新BS ディベート」で使われたグラフをはじめ、筆者の手元にある複数の行政機関の資料のグラフもこの
データからつくられている。

ただし、この数字には人文・社会科学分野の研究費も含まれている。その内訳はわからない。

自然科学と人文・社会科学組織に分けた統計も

「自然科学」という視点では、「科学技術研究調査報告」の中に次のようなデータがあることを同省統計局から教えられた。「同報告」は研究費を「自然科学」の組織と「人文・社会科学」の組織に分け、それぞれの研究主体別の内訳も示している。

この「自然科学」組織の中の1つである「大学等」の数字を見ていくと、「会社」から受け入れて、かつ当年度に内部で使用した研究費として890 億4,300 万円とある。ここでいう「大学等」の調査対象は自然科学を主とする学部(大学、短大)、研究所(同)、高専ということになる。

しかし、このデータは、本稿でテーマとしている定番のグラフには利用されていないようである。

社外への支出のうち「外国」

次に、「日本の企業が『海外研究機関』へ投資している」とされる研究費についてである。

これは、総務省統計局の統計図書館(東京都新宿区若松町)で調べられる。同図書館で年度ごとの同調査報告の詳細が入ったCD を借り出し、同図書館の利用者用のパソコンで見ると、その「分析表」の中にある。

平成18 年度は2,665 億5,000 万円である。

表2 企業が「社外へ支出した研究費」について
     の調査項目(総額と内訳)

企業が「社外へ支出した研究費」

これに該当する調査項目は、企業に「社外へ支出した研究費」を聞いた部分である。具体的には「支出名目(委託費、賦課金等)のいかんを問わず、社外へ研究費として支出した金額」の総額とその内訳を表2のような10 項目から選んで記入してもらう。このなかの「外国」へ支出した研究費が、該当するデータだ。

調査票には単に「外国」とあるだけである。例えば、調査対象の国内企業が、親会社や子会社など系列企業に研究費を支出した場合であっても、それが外国籍の企業であれば「外国」となってしまう。つまり、「外国」イコール「海外研究機関」ではない。

上記の2,665 億5,000 万円は推定値である。次のような仕組みだ

調査対象は資本金1,000 万円以上で、所定の産業に含まれる企業だが、実際には一定の確率で絞り込んだ「標本」企業による調査(ただし、資本金10 億円以上の企業および資本金1億円以上でかつ直近の調査で「研究をしている」と回答した企業は「悉皆」)を行い、そのデータをもとに、「資本金」「所定の産業」の2つの条件に合う全企業の研究費総額を推定したものである*2。厳密に言うと「一定の条件を満たす日本の企業が外国へ支出した研究費の総額を推定した値」だが、これが多くのグラフで「企業の海外研究機関への研究費支出(研究投資)」などと表記されているものである。

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以上、定番グラフに利用されている企業の研究費支出に関するデータの出どころを追ってきたが、国内のうち「大学等」に限定した支出額と、「外国」全体への支出額はそもそも土俵が異なる。データの取り扱いには留意する必要があるだろう。

(本誌編集長 登坂和洋)

*1
調査対象の企業(本文で後述)から回答のあった「国内の大学へ支出した研究費」も集計している(479億1,500万円)。この結果は報告書非掲載表として総務省統計図書館で閲覧可能。

*2
1万4,000弱の標本の企業に調査票を送り、回答のあった1万余りの企業の回答を集計し、それをもとに全体を推定している。