2008年10月号
連載1
ビジネスゲーム開発による起業教育(中)
東北大学BASEプロジェクトの歴史
顔写真

浜田 良樹 Profile
(はまだ・よしき)

東北大学大学院 情報科学研究科
講師


ビジネスゲームによる起業教育は、北海道大学、日本政策投資銀行、ニセコ町の産学官連携から誕生した。東北大学の浜田良樹研究室はそれを移植し、大学生協で「ビジネスゲームによる合宿」を事業化した。その後ゲーム開発に取り組み、病院経営、工場経営の2種類のゲームを開発した。

はじめに

前回は、東北大学における、ビジネスゲームを用いた独立採算型起業教育プロジェクト(BASE プロジェクト)の概要を説明させていただいた。今回は、取り組みの経緯、研究開発の成果、そして今後の目標について説明する。

北海道大学「ニセコオータムスクール」

「経営や会計の予備知識がない学生が、ビジネスゲームを合宿してプレイし、優れたアントレプレナーになる」というアイデアは、2001 年秋、北海道で生まれた。3つの相互に関連のない要望を受け、産学官連携により実現したものだ。

まず、北海道大学(北大)歯学部の佐野英彦教授である。歯学部の学生は、大半が卒業後一定期間内に院長として起業する。しかし、ビジネスセンスがなくて苦労する学生が多い。

次に、日本政策投資銀行北海道支店の菊池伸企画調査課長(当時)である。同行では、新人行員に経営と会計を学ばせる研修用キットとして「ビジネスゲーム」を保有していた。菊池氏は、これを大学の起業教育に使えないかと考えた。

そして、逢坂誠二ニセコ町長である。ある特殊法人が作ったリゾート施設を町で引き受けることになった。スキーシーズン直前は、最も稼働率が低い。そこで、母校(北大薬学部)から合宿を誘致しようと考えた。

これらが北大経済学部の濱田康行教授の下に取りまとめられ、2001 年11 月、晩秋のニセコで「理系学生のためのビジネスゲームを用いた合宿」(ニセコオータムスクール)が誕生した。

初年度は経済産業省の補助事業であったが、2年目以降は企業からの寄付により、毎年秋に行われている。2007年11 月に第7回を実施、延べ参加人員は266 名で、参加者による創業事例が2件ある。

東北大学への移植

筆者は2001 ~ 2003 年にかけて北大先端科学技術共同研究センター(現、創成科学共同研究機構)で、NEDOフェローとして産学連携に従事し、「ニセコ」にインストラクターとしてかかわった。

2003 年4月に東北大学に移り、産学連携の実務から離れたが、仙台でもビジネスゲームをやりたいと考えた。そこで、2004 年秋、日本政策投資銀行東北支店の飯村豊企画調査課長(当時)を訪ね、ビジネスゲームをやりたいのでご協力をお願いし、ご快諾いただいた。

講義でしばしばビジネスゲームの話をしていたから、参加者の確保は容易だ。ゲームの卓も確保した。でも、それ以外はゼロと同じだ。ボランティア5人とともに、山のような作業に立ち向かった。相当に苦労したが、2004 年12 月3日~5日、ペンションを借り切って福島県裏磐梯で「ビジネス入門コース」をスタートさせた。参加学生は、情報科学研究科と工学研究科の22 名、講義は8コマ、講師とスタッフは総勢15 名、全員ノーギャラだ。

東北大学生協による事業化

事業としての決算の結果は厳しく、持続可能性が危ぶまれた。当時はMOT 教育のブームであり、補助金をもらおうと考えればできないことはなかった。しかし期限切れ後のことを考えると、気乗りがしない。

ここで、前号に述べた東北大学生活協同組合(生協)との連携という話が出てくる。部局も学年も関係なく、組合員(およそ3万人)に対し門戸を開ける。何より学生から信用されている。

表1 ビジネス入門コース(東北大学・2007年)参
     加者の声

(東北大学・2007年)参加者の声

筆者は生協に掛け合い、2005 年5月、生協が事業承継し、「ビジネス入門コース」は生協の「学びと成長支援事業」の一部として位置付けられた。場所を山形市の蔵王温泉に移し、「ビジネス入門コースin 山形蔵王」を名乗った。2008 年5月から、BASE プロジェクト(Business and AccountingSchool for Entrepreneurs)という愛称をつけ、合宿名を「BASE CAMP」とした。

これまでの参加者はちょうど150 名、うち社会人18 名、創業事例1社である。表1は2007 年の参加者のアンケート結果の一部である。ビジネスゲームと講義は、参加者に高い満足感を与え、経営への興味を引き出し、学際的な交流の促進にも貢献している。

東経連事業化センターの参加

2005 年7月15 日、東北経済産業局の後援を受け、仙台のホテルで、成果報告会を開催した。これを聞いていたのが、東北経済連合会(東経連)の千田晋部長である。千田氏は、起業教育が社会人のスキルアップにも貢献すると考え、東経連自ら主催者として参加すると表明された。

これ以降、「山形蔵王」は社会人を強く意識し、地域に開かれたプロジェクトとして展開することになった。2006 年からは「東経連事業化センター」が発足し、同センターに主催名義が移っている。

インストラクターの成長と医療系ゲームの開発

プロジェクトを支える学生インストラクターは、毎年うまく継承されて現在で5代目である。所属は、工学部、理学部、農学部、経済学部、法学部など多様だ。学年も学部2年生から博士1年生までと幅広い。皆、ビジネスゲームという共通の興味を持ち、学際的な交流をしている。2005 年9月からは、本家である「ニセコ」から、インストラクターの派遣を要請されるようになった。

2006 年8月、「ニセコ」に触発され、京都大学大学院医学研究科の知的財産経営コース(寺西豊教授)が「ビジネスゲームワークショップ」を開催した。東北大学からインストラクター4人が出張して指導した。ゲームの卓は日本政策投資銀行のものだったが、既製品の製造業ゲームは医系学生のニーズに合致していないと強く感じた。

これを契機に、「ニセコ」のルーツである北大歯学部の佐野教授のご協力を仰ぎ、「病院経営ゲーム」開発を始め、2007年4月~8月にかけて集中的に研究開発を行った。8月に北大で医系学生を集めてテストし、11 月の「山形蔵王」と「ニセコ」でデビューさせた。

工場経営ゲームの開発

2008 年には、長年の懸案であった「製造業」のオリジナル版作成に取り掛かる。東北大浜田研、東北大生協に加えて、「ニセコ」初年度の参加者で、北大・東北大のすべての仕事にかかわった北海道自動車短期大学の金子友海准教授、そして北海道立工業試験場が加わる。これもまた、珍しい組み合わせだが、私立大学にも、公設試験研究機関にも、それなりの危機意識を持つ人はいるのだ。知的財産のことを考え、正式な共同研究契約を交わした。予算がないから、互いに自己の経費は自分で負担するという「ゼロ円契約」、これもまた、レアだ。新ゲームは、10月18 日に京都大学で開催される「ベンチャービジネス・ベンチャーキャピタル教育フォーラム」でリリースされ、11 月の「山形蔵王」で実戦デビューする。

事業化へ

開発費もそれなりにかかった。今後は2つのゲームを実戦で運用し、売り上げを得なければならない。最大の課題は、模倣というリスクにどう立ち向かうかだ。人間が考えたゲームのアイデアは、特許とは相性が悪い。強力な知財マネジメントが必要だ。競争者に負けない、的確なマーケティング、強い営業も必要だ。どうやら、大学発ベンチャーを立ち上げるべき時期に至ったようだ。現在、兼業手続きを進めている。

おわりに

9月に入り、インストラクターたちは「山形蔵王」の準備に取り掛かっている。今年の目標は日本一の起業家教育キットを実戦デビューさせること。そしてノウハウを継承する人材をスカウトすることだ。

浜田研は、研究とビジネスを同じ次元で両立させ、意欲ある学生を実戦で育てる日本一の起業家教育集団となるべく、今後も頑張っていく。