2009年1月号
巻頭記事
米国バイ・ドール法28年の功罪 新たな産学連携モデルの模索も
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洪 美江 Profile
(ほん・みがん)

Washington CORE
Research Analyst


制定から28年経過した米国のバイ・ドール法の功罪、評価に関する同国からの最新レポート。大学における特許取得件数、TLO数、ライセンス数、企業からの研究資金などが同法成立以降、増加している。こうした貢献への評価の一方で、大学がライセンス収入を重視することが産学連携の障壁になっているとの批判もある。このため、新しい産学連携のスタイルを模索する動きも出ている。

バイ・ドール法の概要

バイ・ドール法は、連邦資金を利用した研究成果の実用化を促進することを目的に、1980年に成立した米国連邦法である。同法は、米国の技術力の巻き返しを実現させた仕組みの1つとして、これまでに、米国内外からも大きく注目されてきた。立案者であるバーチ・バイおよびロバート・ドール両上院議員にちなんだ通称名称で知られているが、正式名称は「大学および中小企業特許手続法」となる。同法の骨格は以下の通り。

1. 大学・非営利法人・中小企業が連邦政府の資金提供の下に研究を行った場合、研究成果に対する知的財産権は研究実施機関に帰属
2. 知財を取得した機関は、他の機関にライセンス付与が可能
3. 連邦政府は、研究成果に対する特許を無償で利用できる非独占的ライセンスを保有

バイ・ドール法が成立する以前は、連邦政府では連邦資金による研究成果に関する知財政策が統一されておらず、省庁によって異なる方針が混在していた。しかし、1970年代の日本経済の台頭などを受け、米国では国際競争力への懸念が高まり、競争力向上のための政策の一環として、連邦資金を受けた研究成果の取り扱いが連邦議会で大きく議論されることになった。この際、以下の2つのアプローチのどちらを採るべきかが議論された。

公的管理アプローチ: 連邦資金による研究開発から生まれた発明は、連邦政府が所有・管理すべき
民間委譲アプローチ: 研究成果の実用化は民間に委ねることが最適

一方で、連邦政府が保有する特許の実用化の実態を調査した結果、連邦政府は米国の基礎研究費の約80%を負担していたにもかかわらず、実際にその研究成果がライセンス供与・実用化されたのはわずか4%以下ということが判明した。特に米航空宇宙局(NASA)では、1978年までに創出された発明3万1,357件のうち、NASAは3万103件における所有権を確保したものの、うち実用化されたのは1%以下であるとの結果が出ている。一方、研究実施者が所有権を得たのはわずか1,254件であったが、うち18~20%が実用化に結び付いていた。

このようなデータからも、連邦政府が研究成果を保有していては実用化は進まないとの議論に拍車がかかり、最終的に、前述した民間委譲アプローチを取り入れたバイ・ドール法が成立することとなった。成立から25年以上経った今日でも、バイ・ドール法を提案した、バイ議員の元スタッフであるジョセフ・アレン氏は、「イノベーション政策に関しては公的管理アプローチでは駄目だ。研究成果の実用化は民間に任せるべきである」と、技術移転における民間委譲アプローチの重要性をアピールしている。

バイ・ドール法によって研究成果の活用は、研究実施者に委ねられることになったが、連邦政府は研究成果に対する非独占的ライセンスを保有するなど、連邦政府が課す義務や制限は存在する。その1つが報告義務であり、バイ・ドール法では、研究成果の所有権を得た機関は連邦政府に対して、研究成果や特許、そして成果の活用状況(商品開発の状況・販売開始日・ライセンス収入など)に関する報告を行うことになっている。

しかし実際には、この報告義務が遵守されていないことが問題となっている。つまり連邦政府は、研究資金を提供していながらも、その成果として何件の特許が創出されており、うち何件がライセンス供与されているのか、またはどの程度のライセンス収入を上げているのかなどを把握できていない。その結果、バイ・ドール法の功績を示す正確なデータも存在しないのが現状である。

バイ・ドール法の功績
図1

             図1 大学と連邦機関による
                  特許取得件数の推移



図2

図2 大学が新設したTLOの数の推移

エコノミスト誌(2002年)が「過去50年間の中で最も国民を保護した法律であり、米国の産業競争力低下を食い止めるという点で、ほかの何よりも重要な役割を果たした措置」と賞賛したように、高い評価を得ているバイ・ドール法であるが、前述の通り、その功績を示すデータは乏しいのが現状である。

バイ・ドール法の功績は、大学における特許やライセンス件数の増加を根拠に評価されることが多いが、これらの指標には、連邦政府からの資金をもとに行われた研究だけでなく、大学が自身で捻出(ねんしゅつ)した研究費や企業から獲得した資金による研究の成果も含まれており、バイ・ドール法の実態を正確に反映しているとは言い難い。しかしながら、以下のような状況をかんがみれば、大学における特許・ライセンス活動などからバイ・ドール法の功績をある程度把握することは可能であるといえる。

バイ・ドール法が成立した1980年を境に、大学の技術移転活動や産学連携が活発化している
大学による研究費総額のうち連邦資金が占める割合は、一貫して60~70%と高い比率を占めている

バイ・ドール法が影響を与えたといわれる、米国大学における技術移転および産学連携活動に関し、一般に同法がもたらしたといわれる効果について、以下に列挙する。

特許 :米国大学における特許取得件数は増加傾向にあり、米国で取得された特許総数中、大学による特許取得件数の割合は1969~1991年の1.14%から2005年には3.57%にまで拡大。同期間における連邦政府の特許取得件数の割合が減少していることから、バイ・ドール法が存在しなければ連邦政府が取得していたであろう特許を大学が取得していることがうかがえる(図1)。2002年以降、大学による特許取得件数は減少しているが、これは米国特許商標庁(USPTO)による特許審査の遅れが原因であり、1大学当たりの特許申請件数は2002年以降も増加
TLO :バイ・ドール法が成立した1980年以降、大学は次々とTLOを新設(図2)。1972年にTLOを設置していた大学は30校であったが、1997年にはその数は275校と、9倍以上に増加
ライセンス :大学等によるライセンス収入・ライセンス件数は増加傾向にあり、2006年の大学によるライセンス収入の総額は18億ドル(図3)
大学発ベンチャー :1980年以降に立上げられた大学発ベンチャー企業数は5,724社。過去5年間、大学発ベンチャー立ち上げ数は全体的に増加傾向(図4)
産学連携 :民間による大学へのR&D資金提供額が大学R&D拠出総額に占める割合は、1980年度の3.9%から2000年度には7.2%と大きく増加。近年では知財の取り扱いが産学連携の障壁となり、 民間による資金提供が占める割合は減少しているものの、バイ・ドール法成立以前と比べて高い割合(5%前後)を維持(図5)

図3

        図3 1機関当たりの年間ライセンス
             収入平均額の推移(1992~2006年)



図4

        図4 大学発ベンチャー数の推移
            (2002~2006年)



図5

        図5 民間による大学へのR&D資金
            提供額と大学R&D資金に占める割合
            の推移

このように、バイ・ドール法の功績をまとめると、まずは、大学の技術移転および産学連携の促進を挙げることができる。データがどこまでバイ・ドール法の効果を反映しているかという懸念は残るものの、米国大学における特許取得件数、TLO数、ライセンス件数、大学発ベンチャー数、企業からの研究資金のどれもがバイ・ドール法成立以後は増加傾向にあることから、同法がこれらの増加にある程度貢献しているといえるであろう。

また、連邦政府における統一特許政策をもたらしたバイ・ドール法の意義も無視できない。バイ・ドール法成立前は各省庁が個別の知財規則を定め、連邦政府全体では26もの政策が混在する状況であったため、特許政策の統一は、研究実施機関にとって歓迎するべきものであったと見られる。

さらに、大学による知財の所有を認める連邦政策が法制化されたことも重要である。NIHのように、バイ・ドール法成立以前も大学に知財の取得を認める制度を取り入れていた省庁もあったが、これは省庁レベルの規則であり、省庁の意向で規則が変更となる可能性もある不安定な制度であった。バイ・ドール法が成立したことで、大学も安心してTLOの設置など技術移転活動の設備投資を行うことができるようになったのである。

バイ・ドール法に対する批判・課題

前述のようにバイ・ドール法についてはさまざまな功績が称えられているが、同法に対する批判もある。まず、米国大学による技術移転活動が1980年以降活発化したことを功績の根拠とすることが多いが、大学による特許の取得やライセンス付与の増加は、この時期に米国全体における特許活動が活発になったためであり、バイ・ドール法とは無関係であるとの指摘もある。

大学におけるTLO設置についても、ウィスコンシン大学マディソン校(TLOを1925年に設置)、カリフォルニア大学(1943年から研究成果の実用化を支援する方針を採択)、スタンフォード大学(1970年にTLOを設置)などの先駆的な例が存在しているため、バイ・ドール法が成立する1980年より前から、米国大学では既に技術移転を促進し始めてきた、つまり、バイ・ドール法成立と大学技術移転活動の活性化との相関性は薄いと分析する研究者も存在する。

また、バイ・ドール法で定められている研究成果の報告義務が守られていないという運用面での課題もある。報告義務が徹底されていないために、連邦政府が研究成果の活用状況を把握できておらず、そのために、連邦政府が研究成果に対する無償の非独占的ライセンスを有効に行使できないことに懸念が高まっている。さらに、バイ・ドール法には、研究実施者に対しては、特許を取得するか、または所有権を放棄するかの2つの選択肢しかないこと、さらに、全省庁に対して画一的に同法が適用されるため、特許ではなく企業秘密として研究成果を所有することを求めた企業があったとしても柔軟に対応することができないことが批判の対象となっている。

このほか、大学研究や研究成果の活用に関する懸念も見られる。例えば、バイ・ドール法では商品に結び付く発明とリサーチツールとして広く普及されるべき発明の区別がないため、リサーチツールが特許化され、結果として、基礎研究の進展が阻害されるという懸念が指摘されている。同様に、従来大学での研究成果は学術誌や学会での発表を通して広く共有されていたが、成果の特許化が進むことで研究成果の共有が制限されることも問題視されている。また、ライセンス収入を目当てに、技術移転が容易な応用研究を重視するという「学術研究の商業化」に対する懸念もある。

さらに、バイ・ドール法が産学連携に弊害をもたらしたと指摘する声も大きい。バイ・ドール法成立を受けて大学はライセンス収入を得られるようになったが、ライセンス収入を重視するあまり、産学連携の交渉においても研究成果の所有権を強く主張するようになった。この結果、共同研究を実施することでは合意に達していても、契約を締結する手続きにおいて知財の帰属先に関する交渉が長引くという問題が頻繁に発生するようになっている。本来、産学連携はバイ・ドール法の対象とはならないが、企業が研究資金を全額出す場合でも、大学は連邦資金で購入した機材を使うのでバイ・ドール法が適用されるといった、同法の拡大解釈が問題に拍車をかけているケースもある。産学連携の交渉が難航することが多くなった結果、近年では米国大学よりも、知財へのこだわりが少なく、かつ研究の質が向上している海外大学との連携を好む企業も出てきている。

ただし、米国大学においても意識の変化は見られており、特に大規模な大学ほど、1つの知財よりも企業との長期的な関係を重視するようになっている。後掲のように新たな産学連携の形態を模索する動きもあることから、長期的には米国における産学連携は改善の方向に進むことが期待される。

新たな産学連携のモデル

前述のように、知財が産学連携の障壁となっている状況を受け、新たな産学連携のモデルを模索する動きがある。ここでは、代表的な例として、1. IBM社による「オープンコラボラティブ研究」、2. 全米アカデミーの「産学デモンストレーションパートナーシップ」、そして3.「ベーシック」と呼ばれる、サンフランシスコを拠点とする産学官コンソーシアムによる「後援研究交流プロセス」について紹介したい。

1. オープンコラボラティブ研究

「オープンコラボラティブ研究」は、IBM社が産学連携の障害を取り除くことを目的として2006年12月に開始したプログラムであり ・産学連携研究による成果は公共に無料で公開すること ・無料で公開された利用権を乱用してはならないこと、という2つの原則に基づいて、大学との共同研究を実施している。公共への無料アクセスを前提とすることで、発明の独占的な活用やライセンス売上への固執を減少することを狙いとしており、IBM社は、このモデルをIT産業に広め、連携研究の促進と迅速な実用化促進を目指している。

しかし、知財の帰属先をめぐる産学の対立を回避する1つの手法として評価できるものの、IT産業における知財の価値は、製薬産業などとは大きく異なることから、他産業への適用は難しいと見られる。

2. 産学デモンストレーションパートナーシップ

「産学デモンストレーションパートナーシップ」は、全米アカデミーが2006年8月に設立したグループで、米国における産学連携の促進を目的としている。特に知財に関する交渉の合理化を重視しており、これまでに産学連携における基本的原則の策定や、ベストプラクティスを収集および普及といった活動を行っている。

その中でも注目されるのが、現在開発中のソフトウエア、「ターボネゴシエーター」である。これは産学連携における契約を合理化することを目的としており、産学連携を締結するための交渉が始まる際に、大学や企業の規模や大学が必要とする研究資金など、その産学連携の交渉に必要な情報をすべてインプットすると、ターボネゴシエーターが両者に最も適切と見られる契約草案を作成する仕組みとなっている。しかし、これは絶対的なものではなく、あくまでも草案をもとに関係者による対話を促進することが狙いである。

3. 後援研究交流プロセス

サンフランシスコ周辺を拠点とする大学や国立研究所、企業などで構成される「ベーシック」と呼ばれるコンソーシアムは、産学連携のための交渉モデルとして、「後援研究交流プロセス」モデルを開発しており、この利用をメンバーに推奨している。同モデルでは ・交渉チームの信頼関係の構築 ・大局的な視点からの交渉 ・創造性を活かした柔軟な対応などがポイントとなっており、合意内容の細部において見解の違いが生じても、大学と企業の両方が連携の目的を常に意識し、交渉の長期化を避けることを奨励するものとなっている。

ベーシックの参加企業の1つであるヒューレット・パッカード(HP)社は、このモデルを用いてカリフォルニア大学バークレー校との連携交渉を2カ月で終えることに成功しており、米国での産学連携交渉の平均期間が5カ月であることを考えると、このモデルの有効性がうかがえる。このケースでは、両者が事前に、交渉にはある程度の時間がかかることを確認していたことも成功のポイントであったという。HP社はその後、同じくカリフォルニア大学バークレー校との新しい連携にかかる交渉期間を1カ月以内に抑えることに成功している。

バイ・ドール法の今後

これまで述べてきたように、バイ・ドール法をめぐる課題は数多く存在する。また、活用実態を示すデータが限定されていることから、バイ・ドール法の功績自体を疑う見方があるのも事実である。一方、特許、TLO、ライセンス、大学発ベンチャー数などの定量的な指標を使って大学での技術移転活動の推移を見ると、バイ・ドール法の功績は簡単には無視できない。

実際、ダウ・ケミカル社のスーザン・バッツ氏を始めとする産学の関係者は、バイ・ドール法の微調整は必要であるとしながらも大幅な修正は不必要であると口をそろえ、現行制度のままで機能する産学連携の在り方を模索している。同様に、連邦政府内でもバイ・ドール法の改革を求める声はあまり聞かれない。

これは、バイ・ドール法はうまく機能してきたメカニズムであるとのステークホルダーの認識は一致しており、今後も、米国においてはバイ・ドール法で築かれた仕組み、そして精神は継続されることを示唆している。ただし、企業と連邦政府がともに大学に研究資金を提供した場合のバイ・ドール法の適用などに関する議論は、連邦議会で継続されるであろうし、省庁レベルでは、研究成果に関する報告義務の徹底など運用面に対する課題への対応が期待されるなど、同法の細部や運用に関する修正・調整が行われる可能性はある。

他方、バイ・ドール法の見直しという各論にとどまらず、大学の本来の使命とは何か、という本質的な議論が活発化すると考えられる。経済のグローバル化とともに、国際競争力の増強に向けた取り組みが強化される中で、地域経済の振興や理工系人材の育成など今まで以上に多様かつ重要な役割が期待される大学が、基礎研究を担うという本来の使命と研究成果の実用化促進とのバランスをどのように保つのか――。バイ・ドール法の存在意義にも影響を及ぼす議論として、今後注視すべき議論が展開されるといえよう。さらに、米国経済の建て直しを最優先事項として取り組むオバマ新政権および第111期連邦議会が、イノベーション促進基盤の中長期的な整備の一環として、現行のバイ・ドール法に対して新たなスポットライトを当てる可能性も十分に考えられる。