2009年1月号
単発記事
地域間連携による成人T細胞白血病(ATL)の克服
顔写真

小玉 誠 Profile
(こだま・まこと)

財団法人宮崎県産業支援財団
結集型研究推進室 主任技師


西日本、特に南九州に成人T細胞白血病という風土病がある。難治性白血病で、大学病院などでは患者の追跡調査や原因の解明などの研究が行われてきた。こうした研究を基に、宮崎、鹿児島、大分、琉球の4大学と診断薬メーカーなど多くの企業が共同研究をスタートさせる。

宮崎におけるATL研究の現状

南九州を中心とした西日本は成人T細胞白血病(ATL=adult T cell leukemia)の多い地域である*1。難治性白血病でもあるにもかかわらず、発病者数が少ないことから全国的には重要な疾病としての認識が低い。しかし、大学病院などではコホート(特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたって行う追跡調査)研究や病態進展因子の解明など、長年にわたり研究が進められている*2

このような中、宮崎では、ATLなどのウイルス感染を背景として発症するがんの発症機構解明*3とともに、宮崎が得意とする「食」の活用により疾病の発症予防を目指すプロジェクトとして、科学技術振興機構(JST)宮崎県地域結集型共同研究事業(事業期間 平成16~20年)がスタートした。宮崎大学医学部・農学部を中心として、当時としては特徴的な医学と農学の連携により、優れた研究成果を創出した。ATLに関しても、発症ハイリスク群の囲い込み、発症前診断、食による発症リスク低減について、非常に興味深い成果を上げた。

ATLは、HTLV-1に感染後50年以上を経てその5~10%が発症する。逆に言えば、90%以上のHTLV-1キャリアは、ATLを生涯発症することがない。発症すると化学療法による治療は難しく、多くの患者が半年から1年で死亡する。HTLV-1キャリアは発症のリスクを常に背負って生活しており、ATL発症リスクが高いキャリアを同定することが可能となれば大きな福音である。このような中、宮崎大学医学部の岡山昭彦教授らは、発症者に特徴的な要因として、特に、母児感染と感染細胞数の2つの因子を重視している。さらに、発症リスクが高いキャリアを判別する手法として、感染経路、感染者の性別・年齢、感染細胞数、感染細胞クローナリティなどのATL発症関連因子をそれぞれ点数化し、キャリア個人について点数を算定することにより発症リスクを予測するスコアリング法を研究している*4

ただし、多くの医学系研究プロジェクトと同様に、これらの実用化には長期間に及ぶ追跡試験と多数のキャリアの協力、それを実施するための多額の資金が必要である。さらに年間発症者数の少ないATLの場合、製薬メーカーなどが積極的に参入することは困難である。

このため、われわれはATL発症リスク診断薬の実用化を目指し、新規プロジェクトを立ち上げ、JST研究開発資源活用型(事業期間 平成20~22年:事業費約2億円)に採択された。効率的に事業化へと結び付けるために、熟考したのが共同研究体制であった。

宮崎、鹿児島、大分、琉球の4大学のほか、財団法人宮崎県産業支援財団、アドテック株式会社(診断薬メーカー)、株式会社医学生物学研究所(診断薬、生化学試薬メーカー)、株式会社抗体研究所(抗体委託製造、診断薬開発)、株式会社スディックスバイオテック(診断薬、化学試薬メーカー)、財団法人慈愛会・今村病院分院(医療機関/キャリアやATL患者の臨床サンプルを提供)も加わり共同研究を実施する。

医学系プロジェクトにおける産学官連携

臨床に携わる医学部研究者は、研究シーズを提供するとともに、患者のニーズを常にとらえている。一般的な産学官の共同研究に例えると、産と学の面を持ち合わせている。治験や臨床研究を実施できることからも非常に重要な存在である。ただし、例に漏れず臨床医は多忙を極めている。研究開発を効率的に推進するためには、医学部における臨床医と基礎医学教室の協力が重要である。この2者と企業とが連携することで事業化は必ず加速されると考える。

一方、企業の参画には、事業としてのメリットが必須である。従来、ATL診断薬開発においては、市場が小さく新規参入は困難と考えられてきた。ただし、従来のウイルス感染者や発症者の確定診断ではなく、ウイルス感染者のATL発症リスクを診断するシステムが開発されれば、定期的な検診や診断薬のニーズの高まりが期待される。潜在的な市場の発掘が図られるとして、アドテック、医学生物学研究所、抗体研究所、スディックスバイオテックの賛同を得た。

地域間における開発ポテンシャルの結集

ATLは宮崎だけでなく、南九州地域が統一して抱える課題である。このため九州各研究機関・大学で、ATLが研究テーマとされ、それぞれ優れた研究者を有している。

しかしながら、南九州のような地方においては、資金面・人材面など、十分な研究環境が整っておらず、効率的に研究が推進されているとは言い難い。前述のように、国または製薬メーカー等からも支援を受けることも難しい。風土病とも言われるATLを解決するためには、地域医療にかかわる研究者、行政などが連携し、それぞれのポテンシャルを結集させることが重要と考えた。

プロジェクトリーダーは鹿児島大学大学院医歯学総合研究科の坪内博仁教授(宮崎県地域結集型共同研究事業でも医学系の研究リーダーを務めた)、研究リーダーは宮崎大学医学部の森下和広教授である。

4大学と宮崎県産業支援財団は、これまでにそれぞれの大学で発見されたATL関連因子について、その臨床的有用性や診断薬への応用可能性、ATL発症機構との関連について検証する。前述4企業は、有用なマーカーについて抗体作製や診断薬の設計・開発を行う。各大学の大学病院や今村病院分院は、診断薬開発に必要な臨床サンプルの提供や最終段階では臨床試験を実施する*5

いずれもキャリアが多い地域であり、研究のベクトルが合致したことから、スムーズな連携が可能であった。目標であるATL発症リスク診断システム開発においても、複数の大学病院が連携することは、臨床試験の面からもメリットは大きい。参画企業としても、診断薬開発に必要な臨床試験の費用を最低限に抑えることができる。行政サイドとしては、行政区域の枠を超えた連携をいかに支援していけるかが課題になる。

以上は、構想としてはシンプルなものと受け取れるが、日夜、医療と研究に没頭している医学部研究者が他機関と積極的に連携する例は少ない。しかしながら同じ課題と目標を持つ研究者たちは、結集することにデメリットを感じていない。要は誰が指揮をとり、コーディネートするかである。われわれの新規プロジェクトは地域結集事業で構築された連携基盤の下、「ATL克服」という新たな目標を掲げ、県・地域の枠を超えて研究体制が構築された。地域間のポテンシャルを結集することにより、地域が抱える重大疾病の克服へとつなげていきたい。

*1
全国でキャリアは約120万人と推定されているが、そのうち年間の発病者は1,000人程度。

*2
以前から南西日本に悪性リンパ腫が多いことが臨床的に報告されていた。1977年に高月清氏(元熊本大学教授・附属病院長)らにより独立した疾患として確立され、1981年には、原因ウイルスとして京都大学の日沼頼夫氏、癌研究所の吉田光昭氏らによりHTLV-1(ATLV)の存在が確認された。これには、高知医科大学の三好勇夫氏らがATL細胞株を作出したことが大きく貢献した。この後、愛知県がんセンターの田島和雄氏らにより疫学的な研究も進められた。この当時進められたレトロウイルスに関する研究は、その後のHIV研究に大きく貢献している。
    九州においても、1986年に鹿児島大学の納光弘氏らが同じHTLV-1感染を原因として発症する慢性痙性脊髄麻痺をHAMという疾患単位として提唱した。長崎大学においても、上平憲氏、日野茂男氏らにより臨床的研究がなされ、母乳遮断による介入試験により感染率の低下が図られた。

*3
宮崎県地域結集型共同研究事業においては、ATLの発症機構について大きく2つの結論を出すことができた。
    まず1つは、宮崎大学医学部内科学講座免疫感染病態学分野の岡山教授らが、今年までに、コホート研究を活用し、発症者の感染細胞率はいずれも1%以上と高率であったことを明らかにした。以上のことから、ATLには、「感染細胞数」の因子は非常に重要であることを結論付けた。
    2つ目に、宮崎大学医学部機能制御学講座腫瘍生化学分野の森下教授らが、今年までに、ATL特異的な染色体異常部位を特定し、詳細に解析した結果、発現異常のある遺伝子として、TCF8やBCL11Bなどを発見した。これらの遺伝子におけるATL発症機構との関連については、現在検証中である。

*4
これまでのATL関連の診断法は、HTLV-1感染を診断する方法やATL発症を確定する方法であった。森下教授らは、患者血清中からATL特異的に発現が亢進するペプチドマーカーとして、TSLC1を発見した。これを高精度に検出可能とする抗体を選抜しており、これを用いた高精度な簡易キットの開発により、より早期にATLの発症を診断することが可能となると考えられる。また、TSLC1は、ATLを発症前に判別可能とするマーカーとしても期待され、臨床的な検証が進められている。
    ATLは、ウイルス感染から50年という長い年月を経た後に発症することから、ハイリスク群を囲い込むことができれば、積極的に予防的介入を実施することにより、発症予防につなげることができるのではないかと考えられる。宮崎県地域結集型共同研究事業では、宮崎県産農作物を対象にウイルス発がん予防に貢献する生理活性を評価した。その結果、ラビットアイブルーベリーの葉に、抗酸化作用、がん細胞増殖抑制作用、HCV産生抑制作用などについて高い活性を見いだした。ATL予防効果についても、ATLモデルマウスを作出するなどにより検証を進めている。

*5
宮崎大学は、本プロジェクトの中心的な役割を果たす。注釈*4の岡山教授らの研究成果を活用することにより、ATLハイリスクキャリアを簡易的に診断可能とするキット開発に取り組む。また、森下教授らのTSLC1をはじめとしたATL特異的マーカーを活用することにより、血中ATLマーカー検出キットやATL細胞定量法、ATL特異的遺伝子解析法を開発する。
  鹿児島大学は、馬場教授の参画により、ATL特異的マーカーとして発見されたCD70について、診断薬開発を目指す。また、隅田教授が保有する糖鎖固定化技術を活用することにより、ATL特異的な糖鎖マーカーの検出による新規診断薬開発を目指す。
    琉球大学は、森教授の参画により、やはり腫瘍マーカーとして知られているcaveolinについて、ATL発症との関連性を解明するとともに、診断キット開発を目指す。
    つまり、森下(宮崎大学)、馬場(鹿児島大学)、森(琉球大学)の3氏が研究を進めているそれぞれのATLマーカーについて、1つのプロジェクトにより診断薬としての有用性を検証することにより、ATL早期診断・発症前診断に有用なマルチマーカー検出キット開発を効率的に進めることが可能である。
    一方、大分大学の伊波准教授は、ATL発症予防食品の提案を目指し、柑橘類果皮エキスの有用性検証を行う。
    一連の研究開発により、ATL発症危険度を階層的に判別可能とする一連のATL発症リスク診断システムの開発とともに、発症リスクの高いキャリアについて予防的介入の実施を目指す。