2009年3月号
単発記事
ER流体とその応用製品をベンチャーで事業化
顔写真

井上 昭夫 Profile
(いのうえ・あきお)

株式会社ERテック
代表取締役


旭化成は、1993年から電気通信大学の古荘純次教授(現、大阪大学大学院教授)と共同でER(Electro-Rheology)流体とその応用製品の開発を進めていたが、2003~05年に開発を終結した。同社で研究に従事していた井上昭夫氏は定年退職後、その研究を受け継いでベンチャー企業・ERテックを起こした。旭化成は、古荘教授や井上氏が発明者となっっている同社出願特許を古荘教授に移管、ERテックが実質的に使用できるようになっている。

技術と経緯

ER(Electro-Rheology)流体とは、粘度を電圧の強さに応じて瞬時に変化でき、また電圧を切れば元の粘度に戻る流体である。1940年後半にW.M. Winslowが、シリカやでんぷんなどのわずかに水を含んだ微粒子を分散させた絶縁油でこの流体を発明した。

図1

図1 ER効果の発現機構

図1は分散粒子に電圧がかけられた際に粒子表面の電荷が正負に分極し、反対符号の電荷で引き合った粒子が電界の方向に架橋を形成する様子を示している。粘性の変化はこの架橋した粒子の結合を切り離す力による。Winslowは発明当初からクラッチやブレーキ、ダンパーやスピーカーなどへの応用を試みていた。

1980年代半ばに、米国の自動車専門雑誌に自動車用途への可能性が記載されたことを日産自動車の友人から聞いた。私は旭化成の技術者だったが、これを機に会社として、いち早くER流体の研究を始めた。ER流体の応用開発についても1993年から電気通信大学の古荘純次教授(現、大阪大学大学院工学研究科・機械工学専攻・教授)と共同研究を開始し、連携は現在まで続いている。

当時、自動車用途は市場が大きいことから、多くの材料や関連部品の企業が開発に加わり、1990年代前半には年に100件を超す特許が公開された。粒子の沈降防止やER効果の向上など、流体性能は改良されたが、広い温度範囲で長期間の安定使用を要求する自動車用途には適用が難しいことが分かり、開発を続ける企業は急減した。ER流体に夢を持つ企業研究者や大学研究者とともに、組織の壁を越えて新しい用途開発を目指す「ER流体コンソーシアム」を設立したが、長続きはしなかった。

旭化成は、自社関連の技術や材料を活かした部品や装置の製品化を目指し、ER流体ブレーキを転倒防止に用いた歩行器や、ER流体クラッチを力覚呈示に用いて上肢リハビリ装置の開発を行った。上肢リハビリ装置は、画像の指示に従ってゲーム感覚で自分の意思を伴いながら上肢を動かすうちに、脳に新たな回路が形成され機能が回復するとの仮説に基づく。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「身体機能リハビリ支援システム」プロジェクト(1999年~2004年)に採用され、兵庫医科大学(道免和久教授)での臨床評価で、脳卒中による上肢片麻痺患者の機能回復に有効なことが実証された。

起業のきっかけ

旭化成で長年、ER流体とその応用製品の開発をさせていただいたが、旭化成は私の定年退職を機に、2003~05年にその開発を終結した。ER流体の可能性に夢を持つ私は、ER流体コンソーシアム仲間や古荘教授の支援もあり、退職後にベンチャー企業のERテックを設立した。開発を断念した旭化成にとっても、私が流体の提供や歩行器や上肢リハビリ装置の開発を継続することは望ましいことと判断し、旭化成は古荘教授や私が発明者となっている旭化成出願特許を古荘教授に移管し、ERテック社が実質的に使用できることになった。

古荘研究室との関係

ER流体は機械等の制御に期待されたことから、旭化成は大阪大学に移られた古荘教授に引き続き応用研究を依頼することになり、同教授の研究を基に多くの応用特許が出願された。上肢リハビリ装置は同教授の指導の下に前述のNEDOプロジェクトや愛知万博のプロトタイプロボット展への出展などでさらに開発が加速された。古荘教授と私は、たまたま豊中高校の同窓でもあり、現在も連携が続いている。

ERテック社の開発、販売品
写真1

写真1 ER流体ブレーキ/クラッチ



写真1

           写真2 簡易型上肢リハビリ装置
               (PLEMO)

ER流体クラッチ/ブレーキはコンパクトで極めて優れた応答性を示す。ERテックは、ブレーキ/クラッチ(写真1)を中心に、顧客と共同で新しいER流体デバイスを開発しながら、主に流体込みの製品を大学や企業に提供している。上肢リハビリ装置は2005年に旭化成が装置づくりから撤退し、危機を迎えたが、その後、古荘教授の指導の下でERテックが中心となり、機械、電気、ソフトなどを専門とする中小企業の協力で、簡易でコンパクトなリハビリ装置(PLEMO、写真2)が試作され、兵庫医科大学、森之宮病院などの医療現場で評価がなされている。これらの試作・評価には大阪大学や兵庫医科大学の文部科学省助成制度(基盤研究B)が活用されている。

ベンチャーの悩み、課題

いずれもまだ量産品でなく一品製造に近い段階であることが、製品価格や経営上の悩みである。上肢リハビリ装置は販売に厚生労働省の医療機器認定の取得が必要であり、多額の資金と長期間を要する。装置の製造は中小企業の協力で可能であるが、機器認定の取得や販売は中小企業には難しく、現在大手福祉機器企業の参画を得た実用化プロジェクトを設立して進め方を探っている。新しい商品の開発には、根気とともに公的助成制度の活用や産学官の連携が必要である。