2009年5月号
特集  - 育て新人 コンテンツ産業新潮流
産学連携でハリウッドに挑む-新しい映画人材
育成
顔写真

安藤 紘平 Profile
(あんどう・こうへい)

早稲田大学大学院
国際情報通信研究科 教授


若い才能をはぐくむ場所でもあった、映画会社の撮影所が機能が大きく変質している。こうした中で大学で映画をどう教えたらいいのか。早稲田大学大学院国際情報通信研究科の安藤紘平教授は、プロを育てるにはプロの力が必要、ハリウッドに対抗するには最先端デジタル技術を駆使した日本独特のシステムが必要という。

写真1

「私は貝になりたい」の撮影。モーションコントロール“マイロ”による合成用ミニチュアセット

撮影所システムの崩壊と人材育成

昔、映画人たちは、決して映画の専門教育を受けていたわけではなく、映画会社の撮影所の現場でもっぱら鍛えられ育てられてきました。撮影所という場所は、映画を制作する工場であったばかりではなく、新しいアイデア、手法を編み出す研究所であり、若い才能をはぐくむ学校でもあったわけです。ところが、テレビ、そしてネットなど時代の趨勢(すうせい)とともに、かつての華やかな映画産業は衰退し、撮影所というシステムは徐々に崩壊、いまやほとんど以前のようには機能していません。では次の時代のために一体どこで映画人を育てるのか、今のままで映画業界はよいのか、という問題が提起されます。

そこで登場するのが大学です。私が卒業した早稲田大学というのは、映画人を多数輩出している学校として日本でも随一の存在です。名匠といわれる監督には、小林正樹、今村昌平、篠田正浩、小栗康平、是枝裕和…、枚挙にいとまがありません。さらに脚本家となると早稲田人の割合はもっと高いはずです。

では、どのように大学の場で映画を教えたらよいか。それには、次のようなキーワードが重要です。

プロを育てるには、プロの力が必要
デジタルを知らずして、これからの映画は語れない
ハリウッドに対抗するには日本独自の得意技が必要

どのキーワードについても、産学そして官の連携が必要です。

プロを育てるのは、プロの力である

全米最高の映像教育機関と言われ、ジョージ・ルーカスなど著名映画人を輩出する南カリフォルニア大学の映画芸術学部長デイリー氏は「プロを育てるには、プロフェッショナルでなければならない」と断言し、産業の力を利用しています。

映像表現の教育には、2つの大事なポイントがあります。「何を表現するか」と「どう表現するか」です。とかく「どう表現するか- How」については教えられても、一番大事な「何を表現するか- What」については『果たして映画を大学で教えられるのか』という命題とともに大きな問題点です。前出のデイリー氏は言います。「大学は、文学を教え、政治を教え、経済を教え、音楽を教え…にもかかわらず、それらの総合芸術であり、若者にとっては今一番ビビッドとしたメディアである映像を教えられなくして、何が大学たるか」私もその意見に大賛成です。しかし、教室の机の上だけで映画を教えられるものでしょうか。そこでキーになるのが現場経験を積んだプロの力です。早稲田大学では、産業界のプロの方々と連携して「マスターズ・オブ・シネマ」や「プロデューサー特論」等といった授業を行っています。

図1

      図1 産学官連携による先端映像制作
          システムネットワーク



写真2

「ローレライ」での合成画像(戦闘機)の撮影

「マスターズ・オブ・シネマ」は、映画界を支えるプロフェッショナルなゲストを迎えて、なぜ映画にかかわったか、どう映画に取り組むべきか、具体的な映画の分析・手法・エピソードなどから人生観に至るまで、学生たちの人間力をはぐくみ、イマジネーション力を高め、映画により興味と愛情を持ってもらう講座です。篠田正浩監督、山田洋次監督、久石譲さん、橋本忍さん、大林宣彦監督、是枝裕和監督、谷川俊太郎さんなど、毎週の講師はまさにプロ中のプロです。「プロデューサー特論」は、映像産業界を代表するプロデューサーたち、「シナリオ作法」では『日本沈没』や『クライマーズハイ』の脚本家・加藤正人氏、その他、撮影、特殊効果、監督術、どれにも産業界との連携によって、よりすぐりのプロフェッショナルな現場の先生方に来ていただいています。

インターン制度も重要な実習教育です。書を捨てよ、街に出よう。プロの現場というところは、教室では学べないノウハウ、職人技、心持ちなど精神面も含めて、学ぶべきところは多大です。NPO法人映像産業振興機構、日本映像職能連合(映職連)などとの連携はもとより、早稲田大学は、東宝と連携してインターンを進めています。映画の産業と密接することで、一番必要な現場教育が見えてきます。

デジタルを知らずして、これからの映画は語れない

今日、好むと好まざるにかかわらず、映画はデジタル抜きでは語れません。近未来SFXやパニック映画、怪獣ものばかりではなく、昭和の風景、実写の雨や雪、青空や雲を足したり、電柱や撮影時に写り込んだ余計なものを消すなど、日常的にデジタル技術は必要とされています。そこで早稲田大学では、最先端技術を駆使した映画・映像の拠点として、本庄キャンパス内に『早稲田大学 芸術科学センター』を設立しました。ここには、最先端のデジタル合成機器が設置されています。産業界と連携し、実際の映画制作現場を誘致して新しい映像手法について共同研究するとともに、インターンとして学生たちを現場に参加させ、デジタルの最先端を学ばせます。『日本沈没』や『隠し砦の三悪人』『ザ・マジックアワー』『私は貝になりたい』など、産学連携なくしてはできない実学としての研究と教育を実施しています。ほかに、樋口真嗣監督や特撮研究所の尾上克郎氏、ピクチャーエレメントの大屋哲男氏などの協力で「特殊映像合成理論」という集中カリキュラムも編成しました。これによって、新しいデジタル映像技術の開発と、若い人材に対する教育が実施されます。

ハリウッドに対抗する 日本独自の得意技

日本がハリウッドに対抗したいというとき、マーケットの規模から、製作費は日本では20億円が限界なのに対し、ハリウッドは300億円以上です。デジタルの費用で言うと、50分の1くらいでしょうか。日本のクリエイターは、腕では決して負けていませんが、バジェットが違い過ぎます。そこで、撮影所、現像所、ポストプロダクション、CG制作会社などの設備、技術、労力をネットワークによって有機的に結び付け、コスト、時間を低減しながら、最先端デジタル技術を駆使した映像制作ができる日本独特の制作システムを構築しようと考えられました。それが「ネットワークを利用しての先端映像統合制作事業」(文部科学省・私立大学社会連携研究推進事業)です(図1)。東宝、早稲田大学を中心に、イマジカ、東京現像所、オムニバスジャパン、ピクチャーエレメントなど大小さまざまな会社が持つ特徴を最大限に生かして、日本独特の日本流デジタルシネマ制作手法を開発するいわば「映像産業革命」です。例えば、東宝撮影所で撮影されたデータがその日のうちに早稲田本庄の芸術科学センターに送られ、そこで、CGスタジオから送られた画像とすぐさま合成され、撮影の良しあしを東宝にフィードバックする。そういう連携作業を、設備やスタッフの空いている時間をうまく調整しながら回してゆく。そこに、日本の得意技であるミニチュア技術などの職人技やアナログ的工夫、発想を加えて、マイロなどの最先端機材と組み合わせれば、ハリウッドで20億円かけるところを、せめて1億円で世界レベルの作品を作ることができると確信します。日本の映画産業が互いに連携し、限られたソースを有効に活用して束になれば、黒澤、溝口、小津を生んだ日本が、負けるわけにはいきません。

写真3

東宝と連携、北京電影学院と早稲田大学の共同
     制作「少林功夫」

東宝と早稲田は、前述のインターン、ネットワークでの連携に加え、研究拠点として撮影所内に研究室を設けることで合意し、手始めに、北京電影学院との共同制作作品「少林功夫」を完成させました。産学連携が、まさに若い才能をはぐくんでいます。今こそ、産学官が連携することで、第2、第3の『おくりびと』を世界に発信したいものです。