2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
株式会社堀場製作所最高顧問 堀場雅夫氏
地域の特徴を生かした新産業を
顔写真

堀場 雅夫 Profile
(ほりば・まさお)

株式会社堀場製作所 最高顧問



聞き手: 前田 裕子 Profile

(東京医科歯科大学 知的財産本部
技術移転センター長、特任准教授)



25 分の1

前田  経済が大変な状況になってますけれど、日本が受けてる影響は欧米に比べて大きいと言われています。

堀場  日本は外へ向かって商売をして、そのお金で必要な原材料を買うという循環になっているから、その循環経路のどこかが故障するとたちまちこたえますよね。動脈系が梗塞(こうそく)を起こしましたからね。

前田  自動車、エレクトロニクス製品の輸出の落ち込みが大きいですね。自動車は国内でも構造的な問題を抱えているようです。人口減少や若い人の車離れで数年前から販売台数は前年割れが続いています。こういうときに、新しい産業が必要です。1990 年くらいから企業誘致型の産業振興というより、地域と大学が連携してベンチャーを起こそう、新しい産業を創出しようということでいろいろ政策が組まれてきたと思うんです。国が音頭をとってベンチャーも1,800 幾つまでいきました。もちろん成果はゼロじゃなかったですけれど、どうみたらいいんでしょうか。

堀場  事業としての視点からみれば厳しいでしょうねぇ。ベンチャー企業が事業をして、その商品とかサービスがマーケットで受け入れられる。ユーザーが対価を払って、企業はその対価よりも安く供給できたらその差が利益になる。利益の半分は法人税として国に還元する。その還元した金額が国が投資した金額を上回ったとき初めてその投資は有効なんですよね。もちろん雇用も動いてくる。

前田  バイオのベンチャーは製品になるまでに10 年ぐらいかかります。

堀場  実際にビジネスになるまでは時間がかかります。しかし、単に時間をかければ良いということではありません。例えば治験100 例で90%成功した場合、あと200 例するのにもう3 年かかりますと言うんだったら、我慢もできるが。100 例やりました、2 例だけ成功して98 例は失敗しました。これは3 年待ったって厳しい。

前田  企業としてみると、大学発ベンチャーの多くは優遇されています。大学のインキュベーション施設に安い賃料で入り、大学の教職員が兼業でかかわっているので人件費もその分少なくて済む。でも本来、企業経営は厳しいものですよね。

堀場  ベンチャーを支援するインキュベーション・マネージャーとかコーディネーターとかアドバイザーとかいろいろな名前の職種があって、JANBO(日本新事業支援機関協議会)などの機関が養成している。企業経営には技術もわかり、マーケットもわかり、さらに会社経営というものもある程度わかる人がいる必要がある。ベンチャーを興すのに対してそれだけのアドバイザーがいないとできない。しかし、もっと本質的な問題があるんです。日本にはベンチャーをやる人そのものが極端にいえばほとんどいないんですよ。日本人には致命的なことがあるんです。人間というのは、これ面白いって感激するでしょう。感激をすると神経伝達物質のアドレナリンとかドーパミンとかがドバッと出ます。しかし、感激だけしても行動につながりません。その神経伝達物質を受ける受容体というのがあるんですが、アングロサクソン(白人)はその受容体がおよそ50%の人にあるんですよ。それに比べて日本人は2%しかない。

前田  そんなにもともとないんですか。

堀場  25 分の1 なんです。

前田  じゃ、感動しない……。

堀場  感動はするんです。同じようにドーパミンとかアドレナリンとかセロトニン自体は、アングロサクソンとそう変わらず出るんですが、受け止め方の問題なのです。要するにピッチャーはボールをどんどん投げるんですが、問題はそれを受けるキャッチャー側なのです。アングロサクソンは暴投にも飛び上がってでもそのボール受けるわけですよ。それに対して日本人というのはストライクゾーンにミットを構えて、ただミットに来たときだけ受けるんです。

前田  ちゃんと取れればいいですけど、それで捻挫(ねんざ)なんかしたら、飛び上がったからじゃないかって。くじいちゃったことの方を怒られて、飛び上がったことの褒めはないじゃないですか。

堀場  しかし救いの手はある。高等動物ほど遺伝ではなく、育った環境、教育などの影響の割合が大きいんです。後天的な状況によってネガティブにもポジティブにも変わる。そやから人間社会成り立ってるんですよ。

前田  変わるからこそ努力する気になるんですよね。そういう日本で、ベンチャーを育てようということですね。

堀場  2 つの方法があって、1 つはストライクゾーンのボールしか受けない人を、教育によって飛び上がらんでもせめて手の動く範囲くらいのボールを受けるというようにできますわな。

前田  でも、うんと小さいうちからそういうふうにしないと駄目ですね。

堀場  もちろん小学校、幼稚園くらいからする必要があります。もう1 つは、もともと飛び上がって受ける人が2%もいるととらえることです。

前田  そういう人がいないわけじゃないんですからね。

堀場  1 億おったとしたら、2%いうたら200 万人もいるということです。

前田  結構いるんですね。

堀場  20 歳から50 歳までの働き盛りが全人口の半分としたって、100 万の人が飛び上がってもボールを受けるんですよ。

前田  どうして堀場さんとか京セラの稲盛さんみたいな人がここ10 年、20 年出てこないんでしょうね。

堀場  あのころは飛び上がらないと飯食えなかった時代やからねぇ。

前田  飽食の時代になっちゃったから。

ワンストップサービス

前田  今度できた全国イノベーション推進機関ネットワークはどうですか。

堀場  10 年前にJANBO が何でできたかというと、当時の通商産業省のいろんな局のいろんな係それぞれがベンチャービジネス支援、中小企業支援をしていて、私のように、ベンチャー支援の活動に深く関与している者でさえ、どこで何が起こってるのか、わかりにくい状況でした。誰もがどこに相談して申請したらよいかがわかりやすいワンストップサービスをつくりなさいと言い続けてきました。それでスタート切ったのがJANBO なんです。各都道府県と、当時の11 政令都市にワンストップサービスをつくったんです。そこに来れば、通産省の事業だけでなく、他省庁の事業、産学連携の大学の先生のデータベースとか、技術のデータも大体クリアできるような拠点をつくったんですよ。最初はものすごい意気込みでお金も出てたんだけど、最近になって活動に倦怠(けんたい)感が出てきて形骸(けいがい)化の方向にありました。それで、今度つくったのがこれなんですよ。経済産業省と文部科学省はもちろん全部ネットワークを組んでやることになったのです。

前田  カバー範囲の広い組織ですね。

堀場  各省にしても、産総研(産業技術総合研究所)、JST(科学技術振興機構)、JETRO(日本貿易振興機構)などにしても、個々には現状に対して危機感持ってはいるのです。だから、こういうネットワークを組んでやることになったんです。

前田  このメンバーを見るとTLO(技術移転機関)とかも入ってますから、大学とか、地域に根付いたベンチャーの支援がこういうところで行われるのかなとか思ったんですけど。

堀場  本当の意味の産官学公の連携によるとこのニュービジネスとか、あるいは中小企業の第2 の創業といいますかね、新しい事業化する。

前田  全部束ねたんですね。

堀場  他の省まで入ってもらって、省庁ごとの縦割りでなく横断的な動きを活発にしてスピードアップをはかりたいのです。

前田  確かに医療機器なんかを実際に動かそうと思ったときに、医療特許の方だって動かなければいけないし、治験がなかなか早く進まないから、ベンチャーが沈んだまま上がってこれない理由の1 つになってますもんね。

堀場  絶対あります。

脱米国モデル

前田  日本のビジネスインキュベーション、ベンチャー政策も基本的に米国のモデルですよね。

堀場  JANBO やったときにワンストップサービスつくるために北海道から沖縄まで日本全国を回りました。しかし、熱心なところほどそろって「うちはシリコンバレーをつくる」と意気込むんです。本家の米国でも1 カ所しかシリコンバレーはないのに、ですよ。この地場として持ってるナレッジというものを産業に変えるように、地場の大学とか地場の企業とかが連携して、そこで新しいビジネスを興して、第2 の創業もいいし、そういうふうにしてやりなさいって説いて回ったわけです。京都はその点うまくいってるのは、伝統産業のベーシックな技術を全部近代産業のマーケットに持ち込むために京都大学とかを中心に産学連携を各分野で活発に実行してきたわけですよ。セラミックなんて原点は京都の焼き物。原料の不純物を除去して人工的につくったものが、清水焼から電子用化学用セラミックになるわけです。それから捺染。だんだん線幅が狭くなって写真製版になり、さらにマイクロメートルと超微細になるとIC になる。全く同じ技術なんですよ。それから分析機械なんていうのは、薄い金属を表面処理したり曲げたり立体化したりする世界トップレベルの仏壇の製造技術が生きているんですよ。どれも昔から培われてきた京都にある技術の応用なのです。そういうベースのテクノロジーがもともと京都にあるからわれわれは強くなったんです。われわれはヘリコプターで8 合目ぐらいまで一気に上がって、そこからの戦うわけですから楽です。ベースの技術もなく零合目からリュックサック背負ってたら、みんな3 合目くらいで倒れているかもしれません(笑)。

前田  全国画一じゃなくて、各地域の地元のいろんなものを活用したものが、だいぶ出てきましたね。

堀場  JANBO の1 番大きい功績と思っています。要するにローカルの特徴を生かした産業を興すことです。

前田  山を築こうとしても、もともとその地域に特異な山が低かろうが何だろうが絶対あるはずですもんね。その山使わなきゃ駄目ですね。

堀場  そうなんです。日本は先に組織と計画があって、そこへ後から人を張り付けるんですが、それでは駄目です。劇でもそうでしょう。この俳優がいるからこの劇をしようというのと、この劇のために最適の俳優選ぶというのとは全く違います。何も難しいことをする必要はないのです。持っている技術を生かせば成功する確率が高いですよ、と説いているのです。

前田  そうですね。どうもありがとうございました。

(本文構成:本誌編集部)