2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
オープン・イノベーションと産業界が期待する基礎研究
顔写真

吉田 二朗 Profile
(よしだ・じろう)

東芝リサーチ・コンサルティング
株式会社シニアフェロー/産業競
争力懇談会「基礎研究についての
産業界の期待と責務」プロジェクト
プロジェクトリーダー

産業競争力懇談会(COCN)は、2009年3月に「基礎研究についての産業界の期待と責務」プロジェクトの最終報告書を発表した。産業界の立場からみた基礎研究の役割、ブレイクスルーのための効果的な施策は何か。

はじめに

世界の経済情勢が大きく変化し、また激しいグローバル競争にさらされている今日の民間企業では、基礎から実用化までの広範な研究開発をすべて自前で行うことは極めて難しくなっている。大学等を中心に行われている基礎研究の力と成果を広く活用し、オープンイノベーションを推進していくことが、わが国の産業競争力強化のためにはぜひとも必要である。

産業競争力懇談会(COCN)では、産業界の立場からの基礎研究の役割の再点検、産学官連携によるブレイクスルー創出のための効果的な施策、産業界の果たすべき役割、推進すべき研究課題等について検討することを目的に「基礎研究についての産業界の期待と責務」プロジェクトを実施し、2009 年3 月に最終報告書を公開した*1

本稿では、COCNプロジェクトでの検討結果に基づき、産業界が期待する基礎研究とはいかなるものかについて紹介する。

ブレイクスルーへの期待

わが国は、新興国の台頭に伴う産業競争力の低下、生産年齢人口の減少、温暖化に伴う地球環境の変化、石油・食料・工業資源などの国際的な需給逼迫(ひっぱく)、IT 基盤技術の限界到達など、多くの課題に直面しようとしている。これらの課題に的確に対処し、長期的な経済競争力を維持していくためには、世界を視野に入れた、不断のイノベーション創出が不可欠である。とりわけ、社会にパラダイムシフトとも呼ぶべき大きな変革をもたらす、ブレイクスルー実現への期待は大きい。

ブレイクスルーを狙う研究は、大きなリスクを伴う。また、基礎領域にまでさかのぼる、息の長い研究開発が必要とされる。わが国が直面する課題の解決に向け、産学官が協働し、オープンイノベーションを前提としたブレイクスルー創出のための研究戦略、研究環境を構築していくことが重要である。

日本の基礎研究の現状と課題

日本の研究費総額は米国に次いで世界第2位の水準にあるものの、その80%以上は民間企業によって担われている。この比率は、欧米、中国、韓国などと比較して高い。民間企業における研究開発投資のうち、OECD 分類に基づく基礎研究費は約6%を占めるが、これはコーポレート研究所などの総予算を反映したものに過ぎず、多様な基礎研究活動を担保するものではない。

政府による研究開発投資には、大学等における多様な基礎・基盤研究を担保するための資金や、各省の政策課題にかかわる基礎的研究を推進するための競争的資金等が用意されている。しかしながら、科学技術関係予算総額は平成15 年度以降、ほぼ横ばいの状態が続いており、文部科学省の科学研究費補助金、戦略的創造研究推進事業などの伸びも、ここ数年、年率1%程度にとどまってきた。今後いっそうの激化が予想される欧米、中国などとの「知の大競争」に対抗し、産業競争力を確保していくためには、革新的技術創出を目標とした基礎研究領域への投資の拡充、優れた学術成果をイノベーションに結び付けていくための施策の強化が求められる。

わが国の自然科学・工学分野における発表論文数は、長年、米国に次いで高い値を維持してきた。一方、論文の相対被引用度は、依然として1を下回っており、欧米主要国に比較して低い状態にある。競争的研究環境整備のための施策を通じ、基礎研究の質のいっそうの向上が望まれるところではあるが、産業界が必要とする多様な基盤技術と、それを支える人材育成の観点からは、計数化しやすい指標に過度に依存した評価を行うことの弊害も懸念される。過度な競争的研究資金獲得競争が、日本が得意としてきた「ものづくり」を支える基盤技術の衰退を引き起こすことは避けねばならない。産学が、望まれる人材の在り方、必要とされる技術についての意識を共有し、研究と教育のバランスの取れた大学経営が成されることが重要である。

産業界が期待する基礎研究

研究はその目的および実施内容によって表1 のように区分でき、基礎研究は、学術指向研究と、技術指向研究のうちの「革新研究」を合わせたものと位置付けられる。

表1 研究活動の分類

表1

大学等を中心として行われる学術指向研究から、結果として大きなブレイクスルーが創出される場合がある。このような研究成果が、いつ、どのような領域から生まれるか、事前に予測することは難しい。この観点において、研究の多様性の確保が重要である。一方、優れた学術成果が自動的にイノベーションを産むわけではない。優れた学術成果を技術の世界に取り込み、ブレイクスルーに結び付けるには、第三者に利用しやすい形での成果公開と、学術成果を現実の公共的・経済的ニーズに結び付ける、構想力を持った「目利き」の存在が必要である。

「革新研究」とは、将来のニーズを構想し、その課題の根源にまでさかのぼって、革新的な解決法を探索する研究を意味する。産業界としては、このような研究からブレイクスルーが創出されることへの期待が大きい。

革新研究の推進に当たっては、将来の社会の動き、産業構造を構想した上で、真に重要な課題をテーマ化することが必要である。そのためには、産学官の、異なる専門性を有した第一線の研究者が、多角的な議論を行い、本質的な課題を共有していく「場」を構成することが重要となる。産業界には、このような「場」の形成を主導するとともに、長期的視野に基づく展望を描き、重要課題を広く提起していく責務がある。日本経済団体連合会が提言した、産業界主導による課題解決指向の産学官協働プラットフォームは、革新研究推進の場と位置付けられ、その具現化が強く求められている。

また、学術指向研究、革新研究のいずれにおいても、基礎から実用化に至るさまざまな研究開発フェーズに適した資金配分と切れ目のない資金支援を担保する、効率的なファンディングシステムの設計、それら全体を俯瞰(ふかん)し、統括する機能の構築等が必要と思われる。

おわりに

COCN プロジェクトでは、革新研究を長期的な国際競争力強化に向けた基礎研究の核と位置付け、その推進に向けた研究資金の拡充と、課題の本質に対する理解を深め、ビジョンを共有するための「場」の設定を提言した。

わが国ではこれまでも、日本学術振興会における産学協力総合研究連絡会議や、経済産業省による「技術戦略マップ」の公開、複数の学会におけるアカデミア・ロードマップの作成、個々の大学におけるフォーラムの実施など「場」の形成にかかわるさまざまな活動が行われてきた。しかし、これらは相互の有機的な連携が成されていないため、広範囲な議論を醸成させるには至っていない。今後、産学官が連携し、オープンな議論を行うための枠組みを構築することが必要である。

*1
(参考文献)産業競争力懇談会.“基礎研究についての産業界の期待と責務—ブレイクスルーに向けてのアプローチ”.(オンライン),入手先<http://www.cocn.jp/common/pdf/kisokenkyu.pdf >,( 参照 2009-5-13).