2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
水素エネルギーの有効性とその課題
ジャングルジム状のナノカーボンとその水素吸蔵能
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京谷 隆 Profile
(きょうたに・たかし)

東北大学多元物質科学研究所
教授


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伊藤 仁 Profile
(いとう・まさし)

日産自動車株式会社 総合研究所
社会・フロンティア研究室
フロンティア研究グループ
アシスタントマネージャー

燃料電池自動車の実用化に向けての課題の1つは、水素の安全でコンパクトな貯蔵方法である。東北大学の京谷隆教授と日産自動車が発明したジャングルジム状の構造を持つゼオライト鋳型炭素には優れた吸蔵能力がある。その仕組みと可能性とは?

はじめに

クリーンで環境に優しい自動車として、燃料電池自動車をはじめとした水素燃料自動車の開発が広く検討されている。しかし、水素はガソリンとは違い気体なので、体積当たりのエネルギー密度が非常に低い(ガソリンのわずか3,000 分の1)。そのため、自動車のような限られた空間に水素を搭載するための、安全でコンパクトな貯蔵方法が求められている。水素貯蔵材料を利用した方法もその1 つであり、特に水素の出し入れが極めて容易で耐久性の問題もない炭素系材料が注目されている。さらに環境負荷や化学的な安定性の観点からも炭素は魅力的な材料である。本稿ではジャングルジム状の構造を持つゼオライト鋳型炭素(Zeolite Templated Carbon:ZTC)とその優れた水素吸蔵能について紹介したい。

一般的な炭素の構造

ZTC の紹介の前に一般的な炭素の構造について簡単に説明する(図1)。黒鉛は炭素6 員環からなる亀の甲(グラフェンと呼ばれる)が積層した結晶構造をしている。活性炭は非常に乱れた構造をしており低結晶性の炭素の典型である。一般に「炭素」と呼ばれているもののほとんどは黒鉛と低結晶性炭素の中間的な構造を有する。これらに加え、炭素の新しい同素体としてフラーレンやカーボンナノチューブが相次いで発見された。それ以来、炭素の新しい形態はもう出現しないだろうと思われてきた。しかし、われわれは図1 に示したいかなる炭素とも異なる、全く新しい炭素構造体の存在を明らかにした。この新しい炭素構造体であるZTC は、ゼオライト結晶の規則的に配列したナノ空間を合成場とすることで得られる。

図1

図1 一般の炭素材料の例 (a)黒鉛 (b)活性炭 (c)フラーレン
(d)カーボンナノチューブ                                                   

ゼオライト鋳型炭素のジャングルジムのような構造
図2

図2 ZTC の合成方法


図3

図3 ZTC の分子構造

ゼオライトはケイ素、アルミニウム、酸素原子からなる無機物質であり、美しい結晶構造を持っている。結晶中には1nm 程度の均一な穴(ナノ空間)が規則的にあいている。この穴の中に炭素を均一に詰め込んだ後にゼオライトを酸で溶解除去すると、ZTC が得られる(図2)。ZTC は、ゼオライト結晶の穴の部分が炭素で、ゼオライトの骨組みの部分が炭素の穴となった構造をしており、ゼオライトの規則構造がちょうどネガポジ反転して炭素に写し取られていると考えてよい。ZTCが図2のような規則構造を持っていることは分かっていたが、これまでその分子構造は全く不明であった。われわれはさまざまな分析手法を駆使することで、最近ようやくその構造を明らかにした(図3)。グラフェンがジャングルジム状に規則的に連結した構造であり、図1 に示した従来のどの炭素とも全く異なる。ZTC には通常の炭素にみられるグラフェンの積層がなく、グラフェン1 層で炭素骨格が構成されている。このためグラフェンの両面が表面として機能する。さらに、グラフェンの幅が狭いのでその端の部分(エッジと呼ばれる)の割合が極めて多い。無限に広い(エッジが全くない)グラフェンの理論表面積は2,630m2/g だが、エッジが多いZTC の表面積は4,000m2/g もの大きさになる。これはたった3g 弱のZTC で東京ドームのグラウンド面積に相当し、間違いなく世界一表面積の大きな炭素材料である。しかも、ZTC の穴のサイズは1.3nm前後と極めて均一である。この巨大な表面積と均一な穴が水素吸蔵にとって好都合なのである。

ゼオライト鋳型炭素の高い水素吸蔵能
図4

図4 ZTC の水素吸蔵量

そこで、30℃の温度で水素の圧力を340気圧まで徐々に増加させていき、ZTC に吸蔵した水素量を測定していった。その結果を図4 に示す。比較のため通常の活性炭(表面積2,680m2/g)の結果も併せて示す。どちらの場合も圧力とともに吸蔵量は増加していくが、100気圧以上でのZTC の優位性は明らかである。水素分子は、ZTC にしろ活性炭にしろ、炭素の穴の中にたまっていく。しかし、ZTC の穴のサイズは約1.3nm と均一であり、このサイズが100 気圧以上の圧力で水素吸蔵に有利となる。ZTC の水素吸蔵量(340 気圧で2.2wt%)は純炭素材料では最高の値である。

米国エネルギー省は目標吸蔵量として6wt% という値を設定しているので、ZTC の2.2wt%は残念ながらまだまだ低い。吸蔵能の向上のためには表面積をさらに巨大化することや穴のサイズを最適化することが考えられるが、それだけでは6wt%を達成するのは困難であろう。われわれはZTC に0.2wt%という微量の白金のナノ粒子を付けるだけで水素吸蔵量が向上することを見いだしている。これは穴の中に水素分子がたまっていくという従来の吸蔵機構とは全く異なる機構である。今後はZTC の構造最適化と白金担持による新しい吸蔵機構を組み合わせることで6wt% という目標値を達成したいと考えている。

なお、水素吸蔵能の研究の一部は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものであり、関係各位に深く感謝申し上げる。