2009年7月号
特集  - 多芸多才 繊維の素顔
超臨界二酸化炭素流体を用いる繊維加工とこの実用化
顔写真

堀 照夫 Profile
(ほり・てるお)

福井大学 副学長(国際交流担当)、
大学院工学研究科 ファイバー
アメニティ工学専攻 教授

繊維の総合産地である福井県では衣料用から非衣料用・産業用繊維へのシフトが進んでいる。医療、通信・IT、自動車、航空機、建築・建設分野など幅広い産業分野に材料を提供している。また、産学官連携で新しい技術開発にも取り組んでいる。その1つ、超臨界流体技術を紹介する。

はじめに

繊維は言うまでもなく「衣」「食」「住」の一角を担い、いわゆる衣料用材料として発展するとともに、繊維産業は各国の近代化および経済成長においてけん引的役割を演じてきた。現在でも発展途上国の経済成長に対する繊維産業の貢献は大きい。しかし、先進国においては繊維産業の様子が変わってきた。衣料用繊維には種々の高い機能性が付与され、また繊維素材は「衣」分野のみならず「食」から「住」まで、すなわち「飲む」繊維から、医療、通信・IT、自動車・航空機、建築・建設の分野までいろいろな産業分野に重要な材料を提供する時代となってきた。絹や綿からレーヨン、ナイロン、ポリエステル、複合繊維の編織から染色整理まで繊維総合産地を形成してきた北陸でも衣料用繊維から非衣料用・産業用繊維への展開が盛んになってきた。

このような状況の中、繊維産業の川中部分を担う福井県を中心とした北陸では、繊維材料の新しい分野への展開に向けた繊維加工においてブレークスルーに期待を込めて、産学官連携による新規の技術展開を進めてきた。超臨界流体技術、電子線やプラズマ照射技術がこの代表例である。最近ではこれらの研究成果を利用し実用化展開までできるに至った。ここでは繊維加工における超臨界流体技術に的を絞って紹介する。

超臨界流体の特性と染色への応用

繊維に機能性を付与する方法は2 種類に大別できる。加工剤(機能剤)を繊維の内部まで均一に注入・固定する方法と、表面のみに何らかの方法で固定する方法である。前者は機能剤を拡散と吸着の現象を利用し、繊維内部まで注入するもので、機能剤と繊維の親和性が高ければ洗濯などに対しても耐久性が高い。一般の染色はこれに相当する。水を媒体に用いることが多く、場合によっては機能剤を直接熱だけで内部まで拡散・固定させる方法もある。

これに対し、抗菌加工や撥水加工などは繊維表面に樹脂等を用いて機能剤を固定させる方法であり、コーティング・ラミネーティング法に代表される方法である。耐洗濯性は高くなく、場合によっては固定用に用いる樹脂が皮膚に障害を与えるなどの弊害を生ずることもある。

これらの方法に対し、超臨界二酸化炭素流体を用いる繊維加工法は両方法に応用できるだけでなく、従来できなかった処理が可能になり、また環境負荷の低減など大きなメリットを有することで、工業化が期待されている。

繊維加工の代表例は染色である。水に溶解または分散された染料溶液中で繊維・織物を処理することで染料を繊維内部まで拡散・吸着させて染色は完成するが、高い堅牢(けんろう)性を得るためにほとんどの染色では染料は繊維内部まで均一に分布させる。太古の昔から染色はほとんど水を媒体として行われてきた。このため多量の水を用いて、染色の仕上げまでに繊維は何度もぬらしては乾かす工程が繰り返され、染色整理業は典型的な資源・エネルギー多量消費型産業に分類されてきた。1991 年にドイツから、染色媒体として水に代わって超臨界二酸化炭素流体scCO2を用いる研究成果が発表され**1、世界から注目を浴びた。助剤が不要、染色時間が短い、乾燥工程が不要、エネルギーコストが低減できる、廃液が出ない、など理想的な染色系である。

図1

図1 超臨界流体とは



図2

図2 超臨界染色のメカニズム

超臨界流体は固体、液体、気体などと並んで物質の状態の1 つである(図1)。液体を密閉容器に入れ、温度、圧力を上げることで得られる均一な媒体で気体に近い高い拡散性と液体に近い密度を有す。水やアルコールの超臨界流体は化学的に活性で有機物を分解するが、超臨界二酸化炭素は不活性で、極性がないため、疎水性の高分子を膨潤させ、疎水性低分子化合物を溶解する。この性質を繊維の染色に応用しようと考えたのはドイツのSchollmeyer **1であった。

超臨界二酸化炭素流体を用いた染色の原理を図2 にまとめた**2。scCO2は疎水性であるため対象となる染料は主に分散染料、油溶性染料、バット染料などが対象となる。これらの染料の溶解度は流体の密度(圧力)の上昇に伴って指数関数的に上昇し、また一般に、温度が高いほど溶解度は大きくなる。しかし、注意すべきことは溶解度のオーダーで、モル分率で10- 5~10- 6程度に過ぎず、これは分散染料の水に対する溶解度とほとんど変わらない**2

一方、ポリエステル、ポリプロピレン(PP)などの疎水性合成繊維はscCO2中でかなり大きく膨潤する。未延伸PET 繊維では約3%、未延伸のPP プレートは100℃で15%も膨潤する**3。このため、scCO2中では溶解した染料などの機能剤は容易に繊維内に拡散することができる。拡散係数で比べると120 ~130℃では水系より1 ~2 けた大きく、拡散の活性化エネルギーは水系の約3 分の1 と小さい**4

scCO2系での分散染料のポリエステル繊維に対する吸着等温線はほぼ分配型を示し**5、繊維への吸着(染着)は溶解した染料濃度に比例して上昇する。吸着等温線の傾きからは分配係数が算出できるが、この大きさは数百から数千と大きい。これは非常に重要なことで、前述のように染料の溶解度は小さいが、解けた染料は有効に繊維の方に移行(分配)され、その結果、高濃度に染色できることを意味する。染色後、浴に残る染料量も最小限に抑えることができる。これが超臨界流体染色の特徴であり、1970 年代に研究され、実用化に至らなかった「溶剤染色」と大きく異なる点である。溶剤染色では分散染料は媒体となる溶剤(パークレンやトリクレン)によく溶解したが、分配係数が小さいため繊維の方向に染料が移行(分配)されず、高濃度に染色できなかった。

この原理を用いると、従来染色が不可能であったPP やアラミド繊維が染色できるようになる。綿、絹および羊毛などの天然繊維の染色は繊維の高い親水性のためscCO2単独では容易ではないが、二酸化炭素にほかの溶剤(エントレーナまたはコソルベントと言う)を添加することで可能となるが、廃液処理などに問題点が残る。また、染料の構造を工夫することで、天然繊維をscCO2中で染色しようとする試みもある。

超臨界流体を用いる繊維・高分子の機能加工

分散染料の分子量は300 ~400 程度の物が一般的であるが、scCO2媒体では繊維は可塑化され、膨潤するため、もう少し大きな染料でも染色できる。このことを考慮すると、染料以外の化合物でも分子量が数百から数千程度であれば繊維内に注入できる。われわれは分子量1,000 および2,000のポリエチレングリコール(PEG)をscCO2に溶解させ、この浴にPET またはPP 繊維を投入することで、125℃、25~35MPaで繊維内に約0.6wt%のPEG を均一に繊維内部まで注入・固定できることを見いだした**5。高分子量のPEG を繊維内部まで均一に注入させる技術はほかに考えられない。PEG 導入PET 繊維は水で瞬時にぬれる。

同様な処理を分子量5,000 のシリコンオイルを用いて、150℃、25MPaで行った結果、シリコンオイルはPET 繊維に対し約2.3wt%が注入できた。得られたPET 布帛は超撥水性を示した。類似な処理はキトサンおよびこの誘導体をはじめ、いろいろな機能性高分子(分子量は5,000以下)に応用できる。

このように大きな分子を高配向・高結晶性の繊維内部まで注入する技術はこれまでに存在しなかった。これはまさに超臨界流体の特性を生かした技術であり、実用化が待たれる。

超臨界流体を用いる繊維・プラスチックのめっき

超臨界染色の原理は各種繊維のめっきに応用できる**6。繊維のめっきは基本的には繊維表面をエッチング等で荒らし、この表面に触媒を作用させて析出させ、これを核として無電解めっきするものである。このような方法でめっき繊維は電磁波シールド材などを目的に生産されているが、工程は煩雑で、使用する薬剤も多い。廃液処理費用も高い。また、使用目的によってはめっきの密着強度も十分でない。

図3

      図3 NiとPt錯体注入ケブラーR繊維と
          その銅めっき



図4

図4 銅めっきケブラーRのケーブル化

これに対し、超臨界染色の原理を応用し、有機金属錯体を繊維内部に注入し、これを核として利用することで容易に無電解めっきができる。scCO2に溶解できる金属錯体を選択し、これを溶解したscCO2に繊維や織物を投入すると、錯体は染料のように膨潤した繊維内部に拡散する。一般にこのような金属錯体は高温にすると熱還元されて分解し、金属が遊離する。高分子内で遊離した金属は不安定で幾つかの金属原子が集まってクラスターを形成する。その後、常温・常圧に戻すと錯体を形成していたリガンドはscCO2に溶解して除去され、一方、繊維内部に残った金属は溶解することなく、また繊維が再び収縮するために脱落することはない。ここまでを超臨界流体を用いて行い、その後は取り出した金属含有繊維を無電解めっき液に浸漬させるだけで、注入された金属を核としてめっきが進行する。この原理から考えて錯体を繊維内部深くまで注入することは不要で、できるだけ繊維表面付近に高濃度に注入するのがよい。

この方法では、従来の方法では困難であった芳香族ポリアミド繊維やPBO 繊維のめっきも可能となり(図3)、従来になく軽量で、高強度の電線に応用する研究(図4)は実用化が見えてきた。屈曲耐久性は銅線の300 倍にも及び、ロボットアームや自動車のワイヤハーネスなどへの展開等を目指して、この技術に投資する企業からの提案で実用機の設計が始まった。2010年には大規模な生産が開始される。

おわりに

北陸3 県は国の支援の下、合同で繊維クラスターを発足させ、世界の先端をゆく繊維産地を確固たるものにするべく、繊維の係る広い分野で、人材育成、研究開発、販路開拓を推し進めることになった。欧州等の取り組みからは少し後れをとっているが、日本の基幹産業の1 つである繊維産業が、いわゆるテクニカルテキスタイル分野で大きく発展するためには、やはりどこにも負けない研究開発が重要である。ようやく実を結びだした産学官連携は、ますます加速する必要がある。

●参考文献

**1 :K.Poulakis;E. Schollmeyer. Chemie Fasern / Textilind. 41, 93,1991.

**2 :堀照夫(共著).超臨界流体プロセスの実用化.技術情報協会,p.82. 2000.

**3 :K.Hirogaki;I.Tabata; K.Hisada and T.Hori. J.Supercritical Fluid. 36, 166, 2005.

**4 :田畑功;宮川しのぶ;堀照夫.繊維工業研究協会誌.12, 42, 2002.

**5 :堀照夫(共著).超臨界流体の最新応用技術.NTS, p.233. 2004.

**6 :趙習; 田畑功; 久田研次; 奥林里子; 堀照夫; 鄭光洪.SEN’I GAKKAISHI(報文).62(3), 47, 2006.