2009年7月号
特集  - 多芸多才 繊維の素顔
蚕が糸をつくるメカニズム活用し新素材
新産業創出に向けて群馬大の研究会
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粕谷 健一 Profile
(かすや・けんいち)

群馬大学大学院 工学研究科
応用化学・生物化学専攻 准教授


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武田 茂樹 Profile
(たけだ・しげき)

群馬大学大学院 工学研究科
応用化学・生物化学専攻 教授


群馬県はかつて主要な養蚕県であり、わが国最初の機械製糸場である富岡製糸場に象徴されるように生糸生産も盛んだった。その伝統を生かし、群馬大学ファイブロバイオプロセス研究会が発足。産業界や行政機関とも連携し、蚕が糸をつくるメカニズムを応用して新素材を開発する。

生物がつくる高分子(バイオベースポリマー)である絹と群馬との関係は極めて深く、明治維新からの近代化による国力の発展に日本最初の機械製糸場である富岡製糸場が大きな貢献をしたことは歴史的にも重要である。今日においても桐生の絹は少なからずブランド価値を維持している。一方、現在、群馬県内では自動車産業や機械産業の集積が見られ、その結果、プラスチック部品メーカーあるいは成型加工メーカーも他地域と比較して多い。各種リサイクル法が施行され環境意識が高まる中、これらのプラスチック関連企業の興味は、大量生産至上からサスティナビリティー志向に軸足を移しつつある。そんな中、カーボンニュートラルな材料である「バイオベースポリマー」が、再び脚光を浴びている。

2007 年9 月に結成した群馬大学ファイブロバイオプロセス研究会*1は、群馬の養蚕業の歴史・土壌を十分に理解した上で、バイオベースポリマーの生産方式から新材料開発および市場化まで幅広く研究を行い、産業のパラダイムシフトに貢献することを目的としている。このような研究拠点の形成は、新たな地域産業の創出を促すと期待される。本研究会では、繊維(ファイブロ)と生物(バイオ)を核として、高分子科学、微生物学、遺伝子工学、環境工学、食品学、薬学など多岐にわたる分野を研究対象にしている(図1)。本研究会は、群馬大学教員がコアメンバーであるが、広く産官学に開かれた組織であり、共同研究を推進している。また、研究会では、研究シーズ(種子)の育成とともに、共同商品開発にも取り組んでいる。研究会には、3 つの研究グループがある。

1. バイオベース素材開発グループ
絹を含む動植物を原料とする、環境に優しい新素材開発を行う。新素材開発において、環境に優しい製造プロセスの研究開発を行う。
2. 繊維開発グループ
高性能なバイオ繊維の開発を行う。蚕から液状絹取り出しの機械化に関する研究開発も行う。
3. バイオテクノロジーグループ
蚕を用いた医薬品の開発、および「ヒト型蚕」に関する研究開発を行う。

研究会が取り組んでいる課題の中から3 つ紹介する。

蚕のバイオテクノロジー
図1

図1 研究会の研究開発戦略

研究会では、ヒトが痛みを感じる仕組みに必要な遺伝子を蚕に持たせることに成功した。今後、アレルギーを起こす遺伝子や糖尿病にかかわる遺伝子、肥満に関連する遺伝子などを持たせた「ヒト型蚕」の作製の準備が整っており、これらを実験動物として用いた新しい低コスト医薬品開発と蚕の新しい利用による雇用の拡大を目指している。また、研究会では、蚕に人間の生物センサーをつくらせることで蚕の細胞を使った高感度センサーを開発したり、蚕自体に人間の代わりのセンサー機能を持たせるための基礎的な研究を開始した。これらの生物センサーは、より人間の「体感」に近いセンサーとして利用できるようになると期待されている。

本研究の一部は、群馬県蚕糸技術センター、独立行政法人農業生物資源研究所、および東京大学との共同研究である。

液状絹の高度利用

表1 研究会が取り組んでいる研究課題

研究会が取り組んでいる研究課題
バイオベースポリマー応用品の開発
商品名:ハイブリッド水切りネット(
www.jora.jp/txt/katsudo/bm/cate/bma/
index05.html
本製品は、群馬県繊維工業試験場と有限会社高橋製作所との共同開発品である。
ファイバー入り食品の開発
商品名: ふすまパン(
www.asiapan.co.jp/
list/fusumapan.html

本製品は、群馬県繊維工業試験場と有限会社高橋製作所との共同開発品である。本製品は、協同組合群馬炊飯センター、アジア製パン所との共同開発品である。
環境対応型バイオトイレの開発
商品名:B-eat(
www.kotohira.biz/lineup/
biotoilet.html

本製品は、コトヒラ工業株式会社との共同開発品である。
繊維製造・加工技術を用いた農業用資材の研究開発
平成20 年度 地域イノベーション創出研究開発事業(参加グループ:NPO 法人北関東産官学研究会、群馬大学(本研究会)、群馬県繊維工業試験場、群馬県農業技術センター、野口染色株式会社、フジレース株式会社、シロテックス株式会社、有限会社はなせきぐち)(
www.hikalo.jp/HiKaLo2/HiKaLoNewspaper/
No.28/HiKaLoNewspaper28_05.html

絹を用いた有機無機ハイブリッド素材の開発
本研究は、大手素材メーカーとの共同研究である。
新しいバイオベースポリマーの開発
バイオベースポリマーのライフサイクルアセスメント解析
バイオベースポリマーによる有害物質除去
免疫系に及ぼす絹蛋白質の効果

近年、絹の主成分であるフィブロインタンパク質やセリシンタンパク質の配列および立体構造が明らかにされ、絹の強靭(きょうじん)な強さとの相関が解明されつつある。一方、蚕体内から、絹糸となり体外へ吐き出された絹は、その構造や物性を改変することが困難となる。そこで、研究会では、紡糸前の非晶状態の絹である「液状絹」に着目した。液状絹は、溶媒等の化学物質を用いることなく、その構造および性質を改変できる点で、絹糸と比べて優れている。研究会では、液状絹からナノファイバー、フィルム、あるいはスポンジなどの新しい形態の絹の創出を目指している。また、液状絹は、蚕の生体から直接切開して取り出す必要があるが、研究会では、蚕から液状絹を取り出すロボットの開発にも取り組んでいる。

バイオベースポリマーを用いた水質浄化

家畜汚水などが原因で引き起こされる地下水の硝酸態窒素汚染は、通常の浄水プロセスで取り除くことが難しい。本研究会では、地下水のような低有機物濃度下でも硝酸汚染を取り除くことができるシステムとして、バイオベースポリマーを用いた生物脱窒に関する研究を行っている。本研究は群馬県、および株式会社ソーセキとの共同研究で、一部は、群馬県地域結集型プログラム「環境に調和した地域創出プロジェクト」内テーマとして行われている。

本文で取り上げたもの以外の主要な研究課題を表1 に示す。

*1 :群馬大学ファイブロバイオプロセス研究会
http://www.tech.gunma-u.ac.jp/FibroBioProcess/index.html