2009年7月号
連載1  - 工学部離れは本当か?
後編 工学部進学を選ぶ高校生は誰か
顔写真

濱中 淳子 Profile
(はまなか・じゅんこ)

独立行政法人 大学入試センター
研究開発部 助教


全大学進学志願者における工学部志願者の比率の推移からみると「工学部離れ」が起きているとは言い切れないが、高校生の進路選択からみるとどうか? 連載後半の今回は「資格志向」「入学のしやすさ」「第二次産業の状況」の3点が、それぞれ進路選択とどう関係するのかを検証する。

「工学部離れ」が起きているとは言い切れない——前回は、全大学進学志願者における工学部志願者の比率の推移から、このような結論を提示した。そして、志願者数減という量のインパクトに惑わされ過ぎた理解は危険だとも述べた。この主張については再度強調しておきたいが、ただ他方で今後「工学部離れ」が進行しないと断定することもできない。ここ数年の動向をみれば、男子で工学部志願者比率の低下が生じていたのは事実だったし、この変化が続く可能性もあるからだ。

学生の入学状況という側面からみた場合、工学部の将来像はどうなっていくのか。予測というのは難しい課題だが、この問題を考えるに当たって、高校生の進路選択の実像を知っておくことは大きな手掛かりになる。誰が、なぜ、工学部を選び、あるいは選ばないのか。連載後半である今回は、この問題について考えてみたいと思う。

3つの視点

キャリア教育の興隆も関係してのことだろう、昨今、進路選択のありようについては、とかくキャリア意識との関係で議論されることが多い。高校生のキャリア意識、そして資格志向は強くなっている。それ故、資格が取得できる領域の人気が高まっているというのだ。そのなかでも医療系人気は大きな話題を呼んでいる。

高校生のキャリア意識の変化、ならびに進路選択におけるその影響は大きいのかもしれない。けれども同時に思わざるを得ないのは、その影響力ばかりに議論が集中するのはどうか。高校生はもっと別の側面をみながら進路を選択しているのではないか。例えば入学のしやすさ、あるいは工学部であれば第二次産業(製造業)の状況なども、重要な検討要素になっているのではないか。こうした疑問である。

そこで以下、3 つの関係の分析から、進路選択の実像に迫ることにしよう。すなわち [1]資格志向と進路選択の関係 [2]入学のしやすさと進路選択の関係、そして [3]第二次産業の状況と進路選択の関係、である。

資格志向の影響とその限界
図表1

図表1 資格志向と進学先

図表1 をみてもらいたい。これは、大学入試センターが2006年に実施した質問紙調査のデータを利用して、高校時代に理系コースに在学していた者の資格志向と進学先の関係をみるために算出したクロス表である。調査では、受験する大学を選ぶ際、取得できる資格を重視したかどうかについて回答してもらっている。その回答別に進学した学部の分布をみたのが、この図表である。

ここからは資格志向が強い者ほど医療系を選ぶという傾向がうかがえる。なるほど「資格志向」「医療系」というのは、確かに進路選択を語るときのキーワードになりそうだ。しかし同時に指摘できるのは、資格志向の影響が強いのも、そして資格志向そのものが強いのも、女子だということである。医療系選択の上がり方をみると、男子は13.6%→ 38.8%(+ 25.2%)であるのに対し、女子は20.5%→ 54.1%(+ 33.6%)であり、女子の上がり方のほうが大きい。また、表の右列「計(n)」に資格志向自体の回答分布を示したが、男子は「重視しなかった」が3,159人、「重視した」が3,756人、女子は「重視しなかった」が899人、「重視した」が3,371人。偏りの違いは一目瞭然(りょうぜん)であろう。

工学系の主要な入学者は男子である。他方で資格志向は女子の問題である。これら2 つの事実を組み合わせると、進学動向の背景について、意識の問題で説明することには限界があるようにも思える。キャリア意識の問題は重要だ。けれども、理系高校生ならびに工学系の問題を考える場合、それに過剰に反応することは、逆に誤った判断をもたらしかねないのではないだろうか。

入学しやすくなると好転する志願率

では、第2 の「合格率と進路選択」の関係については、どのようにいえるか。ここでは時系列分析の結果を紹介しておきたい。

図表2 は、前回も示した「波打っている」工学系学部志願者比率(男子)と、工学系学部の入学率(工学系学部入学者数を、その年の工学系学部延べ志願者数で割ったもの)の推移を示したものである。後者の入学率については、値が高まれば、「入りやすさ」が増したとみることができる。

図表2

    図表2 工学系学部志願者比率(男子)と
         工学系学部入学率の推移

このグラフによると、入りやすさが増したのは、1970年代後半と90年代はじめ(赤線で囲った部分)。その時期に若干のタイムラグをおいて、80年代はじめと90年代半ばに志願者比率の上昇が生じている。逆に入りやすさが減じたのは80年代半ばと00年代はじめ(点線で囲った部分)だが、やはり少しの間をおいてから、志願者比率の低下が起きている。

こうした変化からは、入りやすさと志願者比率との間には、タイムラグをおいた共変関係があるといえそうだ。大学進学を考える者たちは、入りやすそうな領域を見いだせばそちらに流れるし、合格が難しいと判断すれば、そこへの進学を避けるようになる。あまりにも基本的な話かもしれないが、基本的だからこそ、忘れてはならない因果関係であるように思う。

第二次産業が元気な県は、工学
系志願比率も高い
図表3

      図表3 理系高校生の工学系進学比率と
          第二次産業GDPとの関係:男子

加えて、出口の状況も、高校生の進路選択に影響を及ぼしている。図表3 は、都道府県別に算出した「高校時代、理系コースだった大学進学者のうち、工学系学部に進学した者の比率(男子)」、および同じく都道府県別に出した「第二次産業GDP比率」の2つを用いて作成した散布図である。データの出どころは、前者が図表1 でも用いた大学入試センターによる質問紙調査データ、後者は内閣府『県民経済計算』である。

ここからは、これら2つの指標の間にプラスの相関があることが分かる。群馬、栃木、静岡、滋賀の4県は外れたところに位置しており、その背景については、あらためて検討する必要があるが、基本的に第二次産業が強い県ほど、工学系志向も高くなっている。なお、紙幅の都合で図表を省略したが、女子について分析してもほぼ同じプラスの傾向を見いだすことができる。

第二次産業が盛んな地域であれば、その印象もいいはずだ。また、地元就職を考えている者にとっては、工学系学部進学への志向を強めることにもつながる。高校生の進路選択を考えるには、労働市場、そして産業の現状といった側面からの検討も大事だということを教えてくれる図表である。

「工学部離れ」——今後のシナリオと対応策

工学系学部への志願状況は、入りやすさや第二次産業の活気のいかんで、好転もするし、冷え込みもする。また、男子の間の資格志向が今後どうなるかによっても変わり得る。今後のシナリオについては、このような漠然としたものしかいえないが、まず、工学系学部への志願状況が、こうした大きなうねりのなかで決まるものだということは自覚しておく必要があろう。そこには、第二次産業の状況など、大学側がどうにかできるレベルではないものも含まれている。

ただ、だからといって、大学関係者が何もできないということにはならないはずだ。今回の連載では、波打つ志願者比率、そしてその背景について議論してきたが、考えてみれば、製造業や技術者といった、いわば堅い領域への進学状況が、入りやすさや第二次産業のイメージぐらいで、これほどまでに変化するというのも驚きである。それだけ高校生たちが、工学系学部というもの、そして何よりもその領域を卒業した後のキャリアというものを分かっていないということなのかもしれない。だとすれば「安心して」工学系学部への進学を選ぶことができるような環境づくりと教育効果情報の発信。このことこそが、工学系学部に堅実な発展をもたらすのではないだろうか。

工学系学部ほどの歴史と実績を積んでいるところであれば、困難な課題ではないはずだ。「工学部離れ」という言説に踊らされることなく、いままでの資産を活かすことに集中する。あまり語られたことはないが、これも「工学部離れ」に対する1 つの対応策のような気がするのである。