2009年9月号
特集  - 「起業」の心得
台湾の大学発ベンチャーとインキュベーション
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鹿住 倫世 Profile
(かずみ・ともよ)

高千穂大学 経営学部 教授



台湾の大学発ベンチャー企業の動向に関する最新レポート。政策的に取り組んできた半導体関連の産業育成、クラスター形成に果たした大学・研究機関の役割は大きい。大学や研究機関と産業界の垣根が低く、大学等を辞めて起業する人が多いことも特徴である。

はじめに

日本における大学発ベンチャーは1,700社を超えたが、その中の多くは研究開発段階であり、事業化どころか大学や研究機関を核としてイノベーティブな産業クラスターを形成するという目標は、いまだ道のりが遠い状況である。

台湾は、1970年代から政策的に半導体関連技術分野の育成と産業クラスター形成を進めており、その中で台湾の大学と研究機関が果たした役割は大きい。

日本の大学発ベンチャーが直面する最も大きな課題は、事業化と経営を担う人材の不足である。実際に技術を事業化する企業家はどのようにして生まれるのか、台湾の事例から日本へのインプリケーションを探る。

本稿は、筆者が2007年11月、2008年10月および2009年3月に行った現地調査の結果の一部をまとめたものである。

台湾の大学とビジネスインキュベーション

台湾では、中国大陸への工場の移転による国内産業空洞化に直面し、新たな産業の担い手となる新規創業企業の育成と、既存中小企業の新規事業創出や事業転換を狙い、大学の研究開発力を活用することを政策的に推進した。2007年時点で、台湾には約100カ所のインキュベーターが設置・運営されているが、そのうち95%は大学に設置されている。

写真1

写真1 台湾大学のインキュベーション施設

ただし、実際の大学インキュベーターは、台湾大学(写真1)や清華大学など一部の大学を除き、既存中小企業の新規事業創出支援が中心となっており、必ずしもハイテクを基盤とするイノベーションの事業化を支援しているわけではない。

筆者が3回の調査で訪ねた大学および研究機関のインキュベーターは、ITRI(Industrial Technology Research Institute)、(台湾)清華大学、台湾大学、淡江大学である。ITRIのインキュベーターは、1996年の設立以来250社が卒業しており、そのうちハイテク企業は110社、32社がIPOしている(2007年現在)。台湾大学のインキュベーターは1997年に設立され、53社が卒業し、そのうち2社がIPOしている(2009年現在)。清華大学のインキュベーターは1998年の設立であるが、57社が卒業し、IPOは7社に上っている。

大学発ベンチャーの事例

残念ながら、これらの大学インキュベーターの卒業企業にはアクセスできなかったが、これまで新竹地域で創業した大学発ベンチャー2社にインタビュー調査を行っている。

1. Phison社

Phison社は、2000年創業であるが、NAND Flush Solution分野で世界シェア30%超を持つ急成長企業である。創業者Pua 氏は中国系マレーシア人であり、台湾交通大学に留学し、電子制御専攻で修士課程を修了している。卒業直後は、指導教官が創業した企業に技術者として参画していたが、途中で経営の方向性が合わなくなり、同じ研究プロジェクトの仲間4人(すべて交通大の卒業生)と27歳で独立創業した。

創業当初はITRIのインキュベーターに入居していた。2002年に東芝から出資を受け、2004年には台湾OTC市場に上場している。2007年の売上高は6億2,000万米ドルである。同社の強みは開発力とスピードであると評価されている。同社の技術者は、ほとんど交通大の卒業生であり、交通大のネットワークを活用している。

2. e-Memory社

e-Memory社は、清華大学の教授であったHsu氏(ph.D)が2000年に創業した、Flush Memoryの設計およびIPライセンシングを行う企業である。Hsu氏は、清華大学のインキュベーターのディレクターも務めていたが「このまま30年も毎年同じことの繰り返しになるのに飽きて」大学を辞めた。マネジメント経験を積むため、半導体関連の技術研修を行う非営利団体の事務局、アナログIC の設計企業の経営幹部を経て、40歳の時創業した。

同社の会長には、台湾半導体協会の代表で、大手半導体メーカーである力晶半導体の経営者を据えている。e-Memory社の経営幹部も清華大学の教え子や同級生、元部下などであり、個人的ネットワークを活用して資金調達や人材獲得を行っている。

台湾の大学発ベンチャー創出環境

これまでの調査結果から、台湾の大学発ベンチャー創出環境について幾つかの発見があった。

まず、大学や研究機関と産業界の垣根が低く、大学等を辞めて創業する者が多いことである。教員自身が創業しなくとも、インキュベーター入居企業に対して教員がアドバイスしたり(台湾大学)、研究機関の研究員が企業の研究開発に参画している(ITRI)。ハイテク企業の創業人材の供給源となっているだけでなく、企業にも人材を供給している。

次に、公式・非公式の人的ネットワークの活用により、創業資金の調達、人材獲得、販路開拓などあらゆる経営課題が解決されていることである。同窓生、知人、友人といった個人の人脈で、ビジネス・エンジェルから出資を受けたり、外注先や取引先を獲得している企業も多い。

これらの中で、台湾政府が政策的に推進している部分もあるが、台湾や中華系の民族や社会における慣習、考え方による部分もある。日本で取り入れるとすれば、技術系人材への経営教育や、大学・研究機関と企業の人材交流、一度大学を離れても戻れるような組織、人事制度の確立、ネットワーキングのための場づくりやコーディネーションといったことが挙げられる。いくら研究環境を整備しても、研究者本人の意思と能力がなければ何も始まらないが、意欲を引き出すような環境づくりはできるはずである。