2009年10月号
特集  - ITと地域産業創造
市内の大学を活用しIT企業集積
第2ステージに入った福岡県飯塚市「e-ZUKAトライバレー構想」
福岡県飯塚市は市内にある大学、ベンチャー企業などを活用して新産業創出、既存産業の活性化に取り組んでいる。「e-ZUKAトライバレー構想」だ。市内に情報工学部を設置している九州工業大学はベンチャー企業を多く輩出している。これらをどう地域活性化に結び付けるのか。

写真1

e-ZUKAトライバレーセンター

福岡県飯塚市が産学官連携をテコにしたIT(情報技術)関連産業の集積に取り組んでいる。同市の人口は現在、約13万4,000人。同規模の地方都市に比べ、理工系の大学(学部)や研究機関、大学発ベンチャー企業が極めて多いので、これらを活かして新産業を創出するとともに既存産業を活性化させるのが狙いだ。大学等を活用しようという施策は、1980年代末から「学園都市」を目指して進められてきたが、2002年にITを中心にした「e-ZUKA トライバレー構想」*1に発展、現在に至っている。2003年4月に「飯塚アジアIT特区」として政府の構造改革特区の第一弾に認定され、2004年6月にはトライバレー構想の推進が経済産業大臣賞(産学官連携推進会議=京都国際会議場=における「産学官連携功労者表彰」)を受賞している。

同構想は一定の効果が出ているものの、創出した市場の規模はそれほど大きくない。同市はベンチャー企業に対する販路開拓支援などに力を入れている。

5つのインキュベート施設

飯塚市は福岡県のほぼ中央に位置し、響灘に注ぐ遠賀川の上流域にある。ほぼ西の福岡市内まで車で約40分、北東方向に45分走ると北九州市内だ。炭鉱で栄えた筑豊地域の中心都市の1つである。

近畿大学が同市に第二工学部(現、産業理工学部)を開設したのは1966年と古いが、大学・研究機関が相次いで進出する契機となったのは1986年に九州工業大学が情報工学部を同市に設置したことだろう(表1)。

表1 飯塚市の大学・研究機関

●飯塚市の大学・研究機関
1966 年~ 近畿大学第二工学部(現産業理工学部)
1979 年~ 労働福祉事業団総合せき損センター
1986 年~ 九州工業大学情報工学部
1990 年~ 財団法人ファジィシステム研究所(飯塚研究開発センター入居)
1993~2005 年   松下電器産業(株)九州マルチメディアシステム研究所
2001~2005 年   スタンフォード大学言語情報研究センター飯塚ブランチ
2001 年~ 近畿大学分子工学研究所ヘンケル先端技術リサーチセンター
2007 年~ 近畿大学分子工学研究所JSR 機能材料リサーチセンター

こうした大学力を活用して地域を活性化しようと、同市、福岡県、さらに九州経済産業局などが産業支援施設の整備(表2)や支援策を進めた。産学連携のコーディネートを行う福岡県立飯塚研究開発センターや、高度情報処理技術者の育成を行う第三セクターの株式会社福岡ソフトウェアセンターのほか、3つのビジネス・インキュベーション施設がある。県立飯塚研究開発センターと福岡ソフトウェアセンターにもインキュベート機能があるから、この規模の都市としては異例の充実ぶりだ。

表2 飯塚市の産業支援・インキュベーション施設

●飯塚市の産業支援・インキュベーション施設
1992 年~ 福岡県立飯塚研究開発センター(財団法人飯塚研究開発機構)
1992 年~ 株式会社福岡ソフトウェアセンター
2002 年~ I. B. Court(民間のインキュベーション施設)
2003 年~ e-ZUKA トライバレーセンター(飯塚市新産業創出支援センター)
2004 年~   九州工業大学インキュベーション施設

九州工業大学発ベンチャー数は累積で45社
図1

図1 飯塚市のベンチャー企業数推移

ベンチャー企業が多いことも背景にある(図1)。将来の地域産業という面では市がベンチャーに期待するところは大きい。特色のある企業もある(表3)。同市内のIT関連企業は約50社で、そのほとんどは九州工業大学情報工学部、近畿大学産業理工学部の卒業生などによるベンチャー企業だ。

特に九州工業大学のベンチャー企業輩出が目立つ。同学発のベンチャー企業は累積で45社(経済産業省の平成20年度「大学発ベンチャーに関する基礎調査」。調査時点で活動している企業数)。その事業分野をみると、「ITハード」が19.0%、「ITソフト」が57.1%とIT分野に集中している。この九州工業大学発ベンチャー45社の半数以上が飯塚市にあるという。

きっかけの1つは、1990年代半ばから、同学情報工学部の山川烈教授が実践的なベンチャー起業教育・研究を行ったこと。山川氏の指導した院生が卒業後、起業する一方、96年から「企業経営特論(90分13コマ、2単位)」、97年から「国際経営特論(同)」の講義を行った。「理工系大学における日本で最初のマネジメント教育で、2005年3月時点の同学の起業率(学生による起業数を学生数で除したもの)は0.506で国内大学でトップだった」(山川教授)。

表3 特色あるベンチャー企業

●特色あるベンチャー企業には次のようなものがある(いずれも飯塚市の資料から)
【株式会社なうデータ研究所】

九州工業大学発ベンチャー企業。同社をコア企業とする「人工知能を活用した臨床研究・治験ナビゲーショ ンシステムによる新市場開拓」の取り組みが、経済産業省の新連携計画に認定された。このシステムは、薬 剤の臨床研究における医師や薬剤師の事務的負担を軽減するために、同社が開発した人工知能の機能を持つ 「推論エンジン」が登録された医療知識に従って情報を精査し、適切なガイダンスや診療情報を提示するもの。

【株式会社アステックインタナショナル】

同社が近畿大学産業理工学部と共同開発した情報漏えい防止ソフト「セキュリティコンパクト」が2008年 1 月、日経BP 社主催の「ITpro EXPO2008」において「ITpro EXPO AWARD セキュリティ部門」を受賞。

同製品は、文書ファイルの暗号化とアクセス管理、閲覧/編集/保存/印刷の制限機能を備えており、 パッケージ・ソフトのほか、ASP サービスとしても提供している。

【株式会社マルテック】

九州工業大学の現役留学生による大学発ベンチャー第1 号として1999 年に創業し、2001 年に法人化。現 在、インドネシアに事業拠点を構えるほか、同国とマレーシアに現地開発チームを持つ。携帯電話を活用し てビデオメッセージが送信可能な「i — Video」は、インドネシアの大手携帯会社で採用されるなどの実績を挙 げている。

代表取締役のリム氏は、2007年12月、文部科学省の科学技術政策研究所が科学技術の振興・普及に貢献 した個人・団体に贈る「ナイスステップな研究者」を受賞。


人材育成など4つの柱

2002年に策定し、2003年度から具体化したトライバレー構想は「産学官連携」「人材育成」「ベンチャー支援」「企業誘致・案件創出」の4つを柱に進められた。第1ステージ5年間を終えた時点の目標を、ベンチャー企業数100社、従業員数約800人、売上高年間約50億円と定めた。

2002年9月の同構想策定時と、2008年3月の第1ステージ終了時を比較すると、次のような結果となった。

ベンチャー企業数 33社 → 50社(延べ設立総数80社)
従業員数 250人 → 330人(誘致企業含む)
売上高 8.25億円 → 約15億円

同市経済部産学振興課産学連携室は次のように分析している。

第1ステージの成果と課題
【産学官連携】
写真2

第54回ニーズ会の様子

新産業創出支援事業補助金は、ベンチャー企業の新技術・新製品の開発に一定の寄与
ニーズ会(毎月第2水曜日に開催している市の産学官交流研究会)においてPRプレゼンテーションを行った市内ベンチャー企業がそれを契機にほかの企業とマッチングし、経済産業省の新連携事業の認定を受け、新市場への参入に成功
産学連携で製品は開発したが、その後の販路拡大に苦戦

【ベンチャー支援】

IT分野を中心にベンチャー企業が延べ80社設立(30社は他地域へ転出)
売り上げを伸ばしている企業もあるものの、全体の売り上げは当初の目標値に至らなかった

【人材育成】

チャレンジプロジェクト(市の産業振興にかかわる大学生のユニークな活動を助成)採択のテーマをもとに学生がベンチャー企業を設立
Java研修等で育成した人材が市外へ流出

【企業誘致】

首都圏等から開発案件等を獲得するシステムが構築できなかった

ベンチャーの販路開拓を助成

同市産学振興課産学連携室の分析にもあるように、抱えている大きな課題の1つは、製品を開発したベンチャー企業がその販路開拓に苦戦していること。しかし、これは同市のベンチャー企業に限ったことではない。資金調達、人材確保、販路開拓はベンチャー企業が抱える永遠の課題である。東京一極集中の影響も垣間見える。

同市は2009年度から「展示会出展等事業補助金」を創設し、販売面を直接支援している。2008年度までは大きな展示会に企業と共同出展し、トライバレー構想をPR していたが、共同出展は取りやめた。

収益が大きく伸びているのは数社にとどまっているが、大きく飛躍する成功企業を出すことが弾みになると同連携室はみている。

新しい産業を生み出し定着させることがいかに難しい道のりであるかは想像に難くないが、科学技術、ITに着目した同市の先駆的な取り組みは地方の中小都市の産業再生の可能性に多くの示唆を与えている。

(登坂 和洋:本誌編集長)

*1
「e-ZUKA」の表記は、1999年に訪問したスタンフォード大学CSLIから「IIZUKAは発音しにくので、e-ZUKAをキャッチフレーズにしたらどうか」と提案されたこと。トライバレーのトライは英語の「試みる」のトライと、産学官の3者を意味する「トライアングル」のトライをかけたもの。