2009年11月号
特集1  - 森林から学ぶこと
鹿児島大学が社会人の林業技術者再教育事業

奧山 洋一郎 Profile
(おくやま・よういちろう)

鹿児島大学 農学部生物環境学科
森林管理学講座 特任助教

国内の山林の樹木を伐採し木材を安定的に供給するためには生産システムの改善が必要だ。しかし、その担い手は量的にも質的にも不足している。鹿児島大学は林業に携わる技術者の再教育プログラムを実施している。経験と勘に頼る林業経営からデータと科学による経営に転換することを目指している。

鹿児島大学は森林で働いている人々を対象にした「林業技術者養成(再教育)」を実施している。主に中堅の技術者養成を目的とした社会人向け教育プログラムである。大学の研究成果、知的資源を活用し、従来の「経験と勘」に頼る林業経営から「データと科学」へのやり方に転換するとともに、新しい時代に対応できる質の高い技術者を養成することを目的としている。

事業の経緯

このプログラムは、文部科学省の「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」に採択され(2007~2009 年度)、実施している。

現職の林業技術者に対し再教育を行うのは、大学としては試行錯誤の取り組みだが、事業実施の背景について簡単に説明したい。鹿児島大学農学部は林業界と連携を積み重ねてきたが、1つの契機となったのが林野庁の実施する「新生産システム」*1のコンサルタント事務局受託である。鹿児島大学は鹿児島圏域のコンサルタントとして、森林組合・素材生産業者・製材加工業者とともに生産・流通・加工のコストダウン、木材の安定供給を目標に各種の取り組みを実施してきた。その中で浮かび上がった課題の1つが「林業技術者の養成」である。

コストダウン、木材の安定供給には既存の生産システムの大幅な改善が必要であるが、その担い手は量と質の両面で不足している。量的な拡大策は行政による雇用条件整備等が中心となるが、質的な向上には大学の知的資源を有効に活用できるはずである。林業技術者の養成に関しては行政機関等で各種の研修がなされているが、(1)資格取得を目的とした研修が多く個別技術・知識の取得はできるが、施業システムや経営改善に関して意識改革を伴う研修機会が少ない(2)新規参入者に対しては「緑の雇用」*2等で研修が実施されているが、現場監督者や中堅技術者に対しては総合的な研修機会が提供されていない、という実態がある。

例えば、機械操作の研修は実施されているが、機械の効率的な運用システムや新しい需要に対応した木材生産といった経営管理の視点での研修機会はなく、いまだに現場監督者の「経験と勘」に頼る面が大きい。林業機械導入には多額の投資が必要で、事業環境の変化によってこれまでの経験則が適用できない場面が増えている。

プログラムについて

表1 プログラム受講者数の推移

表1

プログラムは、鹿児島大学における社会人対象の特別課程として実施しており、学校教育法に基づく「履修証明書」*3が発行される。いわゆる「公開講座」とは違い、学内に実施委員会を設置してカリキュラム内容や受講生に関しての手続きを定めた上で、修了者を認定している。

カリキュラムは総時間124時間、受講生定員10名として、2008年5月より第1回を開始して、2009年9月開始まで4回実施している(このほかに2007年度に1回プログラムを試行、表1)。受講生は、林業事業体経営者・職員、森林組合職員、大学演習林職員、国有林職員、山林所有者等で、関係機関に広報の上、自由応募・先着順で受け付けている。

基本的に合宿形式での集中講義で実施している。これは受講生が現職の技術者であるため、通学・移動の負担を軽減するためである。なお、受講料に関しては、本年度までは文部科学省の補助により無料となっている。ただし、宿泊・食費は実費を徴収している。カリキュラム構成は5科目+特別講義等を軸としている(図1表2)。現場で活用できる知識・技術の提供が目標であり、付属演習林での模範施業を実施しての現場実習や木材市場、製材工場等への見学実習も実施している。

講義の様子
図1

図1 科目一覧



表2 カリキュラム内容

表2

本プログラムは、大学が「履修証明書」を発行するものの、既存の林業資格との関連は薄い。このことは逆に、応募してくる受講生の意識の高さにもつながっている。つまり、資格取得のためだけに受講しているのではなく、現状の林業経営に対する限界や問題点の解決のために本プログラムでの受講内容を活用したいという気持ちが強い。


写真1

写真1 講義風景

ただ、日常業務は旧来の方法が中心であり、中には「PC機器を初めて扱った」という受講生もいる。また、普段の業務が現場作業中心のため長時間の座学による講義は学校卒業以来という受講生も多い。このため、プログラムは、講義、演習、実習、見学を組み合わせて、集中力を維持するという点について配慮している。ただし、先述のように受講生の意識は高く、比較的長時間の講義にも懸命に対応している(写真1~3)。

各講師には、一方的な講義だけではなく受講生個人の業務内容を随時聞きながら、意見交換を交えた進行を依頼している。受講生は日常業務で議論・プレゼンテーションの機会がなく、積極的な発言が少ないが、合宿研修の良さを生かして夕食後にビールを交えた懇親を随時実施するなど交流を図りながら、積極的な意見交換を促している。

大学の知的資源利用と学外との連携
写真2

写真2 木材市場見学実習



写真3

写真3 演習林内実習

本プログラムの特色は、実地での模範施業による作業路設計実習やデータ分析演習。それを可能にしているのは演習林の存在である。鹿児島大学は約3,000ヘクタールという大きな演習林を保有しており、さまざまな施業条件を設定した研修を企画できる。講義には森林科学系各研究室の教員も参画しており、プログラム実施には鹿児島大学の森林科学教育・研究にかかわるさまざまな知的資源を活用している。

カリキュラムには実践的内容を含むため、鹿児島大学の教員だけでは対応できない分野も多い。講師の派遣については、林野庁、県等の行政機関、森林総合研究所、宮崎大学、九州大学等の学術機関、全国森林組合連合会や先進的な林業事業体、各種林業団体にも全面的な協力をいただいている。「林業技術者の養成」という目標に対する関係機関・団体等の深い理解により事業運営がなされていることを明記しておきたい。また、農学部という実学分野にとって、このような学外機関・団体、受講生との交流が知的資源の新たな蓄積になるはずだ。

おわりに

林業技術者の養成は、鹿児島県だけではなく全国的な課題である。2009年度第1回は大分県日田地域を会場に、現地関係者の協力を得ながら出張講義として実施した。北部九州各県から多くの参加者があり、本プログラムの内容が現場の課題解決に一定の普遍性を持つことが確認できた。大学付属演習林を持つ大学は全国に20以上あり、それぞれの地域で林業界と連携した活動を実践している大学も少なくない。技術者養成を企図する大学には、本プログラムの経験を積極的に提供していく予定である。道筋は簡単ではないが、関係者の助言、協力を得ながら、この試みを継続、普及させる方策を考えていきたい。

*1 :新生産システム
社団法人全国木材連合会.“新生産システム推進対策事業”.(オンライン). 入手先<http://www.zenmoku.jp/shinseisan/>,(参照 2009-10-1).

*2 :緑の雇用
全国森林組合連合会.“「緑の雇用」ウェブサイト RINGYOU.NET”.( オンライン). 入手先< http://www.ringyou.net/>,(参照 2009-10-1).

*3 :履修証明書
文部科学省.“大学等の履修証明制度に関するQ and A”.(オンライン).入手先<http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shoumei/08020613/
005.pdf
>,(参照 2009-10-1).