2010年2月号
特集  - 実用化への志と喜び-語り継ぐ昭和の産学連携
天然有機化合物の動物、ヒト用医薬品 産学双方の研究グループの特色を生かす
顔写真

大村 智 Profile
(おおむら・さとし)

学校法人 北里研究所
名誉理事長



かかわった産学連携・事業化

微生物代謝産物を中心とする天然有機化合物について、発見から構造決定、生合成、全合成などにかかわる研究を進める一方、医薬品(特に動物用)の開発に向けて40 年余り企業と共同研究を行ってきた。

われわれが発見し特許料を取得することができたものには、ロイコマイシンおよび誘導体ロキタマイシン(ヒト用)、タイロシン誘導体テイルミコシン(動物用)、ナナオマイシンA(動物用)、アベルメクチンおよび誘導体イベルメクチン(動物およびヒト用医薬)がある。

この中でメルク社との共同研究によって発見したアベルメクチン(イベルメクチン)は動物薬として1983 年から今日まで世界の売り上げ第1位をキープし、ピーク時には年間の総売上が約1,000億円、1981 年から今日までは1 兆8,000 億円ほどとなる。なお、これは1987 年のフランス政府の認可を皮切りにヒト用にも各国で認可されて使用されているが、特筆すべきこととして本薬剤がメルク社より無償供与され、重篤な熱帯病オンコセルカ症およびリンパ系フィラリア症の予防と治療に使用され、これらの撲滅作戦が展開されていることが挙げられる。既に集団投与法が確立され、両者併せると1 億3,000万人余りの人々に投与され、両者ともに2020 年をめどに撲滅作戦が展開されている。メルク社は、この無償供与したイベルメクチンの製造原価を3,750 億円と発表している。

図 WHO(世界保健機関)の指導の下、展開しているイベルメクチン(アベルメクチンのジヒドロ誘導体、商品名:メクチザン)を用いた熱帯病オンコセルカ症撲滅プログラムで承認された投与人数の推移

WHO(世界保健機関)の指導の下、展開している
     イベルメクチン(アベルメクチンのジヒドロ誘導体、
     商品名:メクチザン)を用いた熱帯病オンコセルカ
     症撲滅プログラムで承認された投与人数の推移

タイロシンの誘導体テイルミコシンの場合は、構造決定から構造活性相関までの研究をわれわれが行い、基本的なことを明らかにし、イーライリリー社で研究を継続して動物用抗生物質として開発に成功したものである。これらの売り上げは動物薬として、目下第3 位にあり、年間450億円、最近の10年間で4,500億円余りの売り上げがある。

産学連携成功のカギは?

共同研究相手企業とわれわれの研究グループの特色を生かした共同研究を目指したことが成功につながった。われわれのグループでは菌の分離技術、構造決定など、確かな技術を持ち、相手企業(例えばメルク社)は安全性試験、野外試験など、一連の開発研究に豊富な実績を持つ上に特許戦略などにも極めて優れていた。

アベルメクチンの発見に向けた共同研究はDr. Boyd Woodruff というメルク社より抜きのコーディネータが付いたことが成功の1 つの鍵となっている。S. A. Waksmann の高弟で細菌学者としても一流の彼が、私の考えを的確にメルク社に伝えるとともに日本文化についても勉強され、日本人の気質などを理解して、いわゆる人間関係を重視した私の研究室の運営方法を理解してくれた。その結果、万全のコミュニケーション体制を維持することができ、われわれの研究室がin vitro 試験、メルク社がin vivo 試験と明確に役割分担を行う体制を確保することができた。彼の人間性によって信頼関係を保持し、特許の申請、契約書の作成などにおいても円滑に事を運ぶことができた。

成功に至るまでの危機、障害をどう乗り越えたか

薬の開発、特に抗生物質をはじめとする生物生剤は、開発途上で薬剤原体の生産性の向上を目指す研究が重要なステップである。これがかなわず試験研究もかなわなかった例を数多く持っている。これを乗り越えることができたのは、共同研究にかかわる研究者たちの総合力である。

また、薬の開発の際、このような問題に突き当たる前に毒性や副作用で開発を断念した例も多くある。

先のアベルメクチンの場合、小動物試験の段階で急性毒性(LD50)が20~40mg / kg と従来の抗生物質から見れば毒性が強く、そのために開発初期の段階では国の試験研究機関で薬に適さないとの判断もあった。しかし、有効量(ED50)は50 ~200μg / kg と、ほかの抗生物質に比して極めて少量で抗寄生虫活性を示しており、従来の抗生物質の概念とは異なるものであることを主張して開発にこぎ着けた。固定概念にとらわれていたならば、この優れた薬は世に出なかったと思う。

産学共同への批判など大学内でのご苦労は?
写真 抗寄生虫薬アベルメクチン生産菌の写真

抗寄生虫薬アベルメクチン生産菌の写真
     (左:寒天培地上のコロニー、右:走査型電子顕
     微鏡写真)

現在でこそ国を挙げて共同研究をはじめとする産学の連携強化を推奨しているが、当時は全国的な大学紛争の影響もありほとんどの大学で極めて控え目であった。

1970 年代前半から筆者は諸外国の企業を含め国際的に産学共同研究を行っていたので、大学内では極めて変わり者として扱われ、それとなくこれを控えるように注意してくれた先輩教授もいた。また、共有機器を使うにしても遠慮がちで、独自の機器を持つように苦労もした。

「学」から見て産学連携はプラスになったか
写真 微生物を培養しているジャーファーメンターの前で

微生物を培養しているジャーファーメンターの前で

シーズは大学の自分たちの所で見いだす心構えが必要であるが、世の中のニーズにかかわる情報は企業の方がはるかに豊富に持っている。学生は卒業後は製薬企業に就職する者が多いので、研究室で企業との薬の開発の話を聞く機会も多くなり、どのようなことを勉強すれば良いかが自然に身に付くのではないかと思う。

研究室の研究は一連の薬の開発研究から見ればごく一部にすぎない。毒性、薬理から始まり製造工程などの幅広い分野で開発能力のある企業が控えていることは、開発研究の一部を分担して無駄を省いた研究を推進することができ、何かにつけて大学での研究にプラスとなった。

特許料収入により一層の研究・教育環境の整備が行え、ゲノム研究のごく初期の段階に先駆けてアベルメクチン生産菌の全ゲノム解析を完了するなど、先端的研究を推進し、成功させることができた。

先生の分野で今後10 年で可能性のある技術テーマは?
[1]   農薬用殺虫剤ピリピロペン誘導体の研究は、圃場試験を終えて長期毒性試験を実施中である。既存の薬剤より優れた効果を示し、2014年発売をめどに企業との開発研究が進められている。
[2]   マクロライド抗生物質エリスロマイシンの持つ抗炎症作用を高め、本来の抗菌活性を消した化合物(EM-900)が抗炎症薬として有望であり、小動物での評価研究を終え、某ベンチャー企業との大型動物を用いる評価研究へと開発研究が進められている。
[3]   スタチン系の作用とは異なる新しいタイプの高脂血症治療薬を目指してわれわれが発見したピリピロペン誘導体の開発研究が、某ベンチャー企業と共同で進められている。小動物試験での好成績を基に、大型動物試験へと開発研究を進める段階になっており、目下、大手製薬企業との連携を目指している。
[4]   抗エイズ薬を目指したスクリーニングで発見したアクチノヒビンは、HIV ウイルスの細胞侵入を阻害する物質である。目下、ベンチャー企業(キイム・ファーマ・ラボ)と共同で開発研究が進められている。

大学・研究機関の「知」を活用して産業を活性化するためにどんな支援が必要か

創薬研究の流れの中で、大学で特異な作用を有するシーズの発見後、それが小動物(マウス、モルモット、ウサギなど)を用いたin vivo のテストを済ませて有望となった段階では、大手製薬企業に共同開発を申し出ても最近のリスク回避を強めている状況下ではなかなか受け入れてもらえない。大動物(イヌ、チンパンジーなど)を使った試験をする資金の支援があれば、企業も共同研究に前向きになる。

大動物試験に用いる試料の大量確保も大学においては極めて困難であり、特にわれわれのように微生物代謝産物を扱う場合はこのことが言える。大学の基礎研究成果を産業に結び付けるためには開発研究のこのような段階での支援は必須になると思われる。

大学の研究者の発見、発明を生かし活用する際の特許戦略は、極めて貧しいものである。TLO などを立ち上げても、特許がしっかりしていないと実用化に向けた開発研究は挫折することになる。そこで、大学の知的財産を守り発展させるための特別な大学特許戦略センターの設立といった、しっかりとした特許ファイルを支援するシステムを希望する。

日本は次の時代も技術・ものづくりで生きていくことが できるか。何について頑張るべきか
写真 液体クロマトで微生物代謝産物を確認しているところ

液体クロマトで微生物代謝産物を確認している
     ところ

理科教育の充実を図り、大学のみならず小中高校時代から自然科学に親しみ、優れた着眼力と創造力を養うようにすれば、必ず今の若者の中から優れた産業のシーズを発見、発明する人材が生まれてくると思う。筆者はこの考えから、1996 年、有志とともに山梨県に社団法人山梨科学アカデミーを立ち上げ、今日まで活動を続けている。この活動は優れた県下の研究者の顕彰のほか、会員(県下の大学教授、名誉教授、研究所の部長クラス)が県下30 校の小、中、高等学校に出向き「未来の科学者訪問セミナー」を実施する事業を県教育委員会との連携の下で行っている。このような事業が各地方で行えるようになれば、わが国の理科教育力が高まり未来が開けてくると信じている。このアカデミーでは年に2 回の情報交換会、懇親会を開催し、産学の研究者が集い、議論を行っている。

このような事業へも国の支援があれば、一層充実した活動を行うことができるようになると思う。